第3節 発生が危惧される災害種別ごとの対策
3-1 地震・津波災害対策
(1)南海トラフ巨大地震対策の検討
南海トラフ沿いの巨大地震の防災対策については、平成26年3月に作成した南海トラフ地震防災対策推進基本計画(以下本項において「基本計画」という。)等に基づき、国や地方公共団体、民間事業者等が連携し、重点的に進めてきたところであるが、間もなく作成から10年を迎えることを踏まえ、計画の見直しに向けた検討を開始した。
まず、令和5年2月に地震学や地震工学等の学識有識者で構成される「南海トラフ巨大地震モデル・被害想定手法検討会」を内閣府に設置し、最新の科学的知見を踏まえ、津波高や震度分布、被害想定の計算手法等の技術的な検討を進めている。
(参照: https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/kento_wg/index.html)
さらに、令和5年3月に中央防災会議防災対策実行会議の下に「南海トラフ巨大地震防災対策検討ワーキンググループ」を設置し、基本計画に掲げた防災対策の進捗状況の確認と課題の整理を行うとともに、「南海トラフ巨大地震モデル・被害想定手法検討会」で検討した新たな計算手法を用いて、防災対策の進捗を反映した被害想定の見直しを行い、今後推進すべき新たな対策の検討を進めることとしている。
(2)日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震対策の検討
<1>検討の経緯
日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震対策については日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策推進基本計画(以下本項において「基本計画」という。)等に基づき、政府全体で重点的に進めてきたところであり、平成27年2月に「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震モデル検討会」を内閣府に設置し、最大クラスの地震・津波による震度分布、津波高等の検討を行い、結果を令和2年4月に公表した。
さらに、同月に「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震対策検討ワーキンググループ」(以下本節において「日本海溝・千島海溝WG」という。)を中央防災会議防災対策実行会議の下に設置し、令和3年12月に最大クラスの地震・津波による人的・物的・経済的被害想定結果を、令和4年3月には被害想定を踏まえた防災対策を取りまとめ公表した。
<2>地域の指定、基本計画の変更
日本海溝・千島海溝WGの報告等を踏まえ、令和4年5月に「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」(平成16年法律第27号)が議員立法により改正された(同年6月17日施行)。
同法において、「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策推進地域」(以下本節において「地震防災対策推進地域」という。)及び「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震津波避難対策特別強化地域」(以下本節において「津波避難対策特別強化地域」という。)を内閣総理大臣が指定することとされており、これらの地域の新たな指定について、中央防災会議に諮問された。関係地方公共団体への意見照会や中央防災会議防災対策実行会議での議論を経て、令和4年9月に開催された中央防災会議における答申を踏まえ、1道7県272市町村が地震防災対策推進地域に、1道6県108市町村が津波避難対策特別強化地域に、それぞれ指定された(図表3-1-1)。
また、同会議においては、基本計画が変更され、想定される死者数(日本海溝沿いの巨大地震で最大約19万9千人、千島海溝沿いの巨大地震で最大約10万人)を今後10年間で概ね8割減少させるという減災目標が設定されたほか、減災目標の達成に向けた施策やその具体的な数値目標が定められた(図表3-1-2)。
主な施策としては、早期避難への意識の向上を図るための訓練・防災教育の実施や、津波ハザードマップの整備などの津波対策、建築物の耐震化や、家具等の固定などの揺れ対策等が定められている。また、防寒具・暖房器具等の備蓄による避難時の低体温症対策や、積雪や凍結等の影響に配慮した避難路・避難施設等の整備などの積雪寒冷地特有の課題への対応についても定められている。
加えて、日本海溝・千島海溝沿いでは、モーメントマグニチュード7.0以上の地震が発生した後、続いて発生する大規模な地震(以下本節において「後発地震」という。)の事例なども確認されていることから、日本海溝・千島海溝WGの報告書(令和4年3月)において、「実際に後発地震が発生する確率は低いものの、巨大地震が発生した際の甚大な被害を少しでも軽減するため、後発地震への注意を促す情報の発信が必要である」旨の提言がされた。これを踏まえ、基本計画の変更において、後発地震への注意を促す情報の発信とその対応が定められ、気象庁が後発地震への注意を促す情報を発信した場合には、迅速に避難するための備え等を1週間実施すること等が定められた。
<3>後発地震への注意を促す情報とその対応について
後発地震への注意を促す情報の発信とその対応について、「日本海溝・千島海溝沿いの後発地震への注意を促す情報発信に関する検討会」において、主にその運用や周知・啓発について検討がなされた。この検討結果を踏まえ、内閣府と気象庁において、後発地震への注意を促す情報の名称を「北海道・三陸沖後発地震注意情報」と定めるとともに、令和4年11月8日に内閣府から「北海道・三陸沖後発地震注意情報防災対応ガイドライン」を公表し、気象庁は北海道・三陸沖後発地震注意情報の運用を同年12月16日より開始した。
<4>今後の取組について
基本計画の変更等を踏まえ、国においては、日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震が実際に発生した場合に備えた具体的な応急対策活動に関する計画を、地震防災対策推進地域に指定された地方公共団体等においては、「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策推進計画」(以下本節において「推進計画」という。)を、病院、劇場、百貨店等の施設管理者や、ライフライン・インフラ事業者等においては「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策計画」(以下本節において「対策計画」という。)を、それぞれ作成することとされている(図表3-1-3)。
今後は、基本計画に定められた減災目標の達成に向けた防災対策や、北海道・三陸沖後発地震注意情報の性質や内容を踏まえた適切な防災行動の普及・啓発に取り組み、各地域に指定された地方公共団体等と連携しながら、日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震対策を推進していく。
(3)首都直下地震の帰宅困難者等への対策に関する検討
首都圏に甚大な被害をもたらす首都直下地震の発生に伴い、大量の帰宅困難者が一斉に徒歩帰宅を開始した場合、車道に人が溢れ、救命・救助、消火活動等の応急活動への支障や、集団転倒等による二次被害が懸念されることから、発災後3日間はむやみに移動を開始しないとする「一斉帰宅抑制」を基本原則とするガイドラインを策定し(平成27年3月)、企業等における施設内待機の促進や一時滞在施設の確保等の施策に取り組んでいるところである。
一方、近年における鉄道等公共交通機関の耐震化やデジタル技術の進展といった社会状況の変化を受け、令和3年11月に設置された「首都直下地震帰宅困難者等対策検討委員会」において、令和4年8月に「帰宅困難者等対策に関する今後の対応方針」がとりまとめられた。当該対応方針においては、「対策の実効性向上に必要な一斉帰宅抑制等の正しい理解と認知度の向上」、「デジタル技術の活用等による帰宅困難者の適切な行動の促進」、「鉄道が段階的に運行再開する場合の鉄道帰宅者への支援」といった検討の方向性が示された。
今後、関係省庁や地方公共団体、民間事業者等と連携しながら、従来からの基本原則である「3日間の一斉帰宅抑制」を堅持しつつ、当該対応方針に基づき、被害状況に応じた柔軟な対策を検討し、帰宅困難者等対策の実効性の向上を図っていく。
(参照:https://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/kitaku/kento_index.html)
(4)中部圏・近畿圏直下地震対策の検討
過去の地震事例によると、西日本においては、活断層の地震により甚大な被害がもたらされた事例や、南海トラフ地震の前後に活動が活発化した事例があり、府県を越えて市街地が広がっている中部圏・近畿圏で大規模地震が発生した場合の被害は甚大かつ広域にわたると想定される。
この中部圏・近畿圏直下地震については、平成16年から平成20年にかけて、中央防災会議の下、被害想定や防災対策の検討・とりまとめが行われたが、その後に発生した平成23年の東日本大震災の教訓や最新の知見を踏まえ、見直しを行う必要がある。
このため、令和4年11月に地震学や地震工学等の学識有識者で構成される「中部圏・近畿圏直下地震モデル検討会」を内閣府に設置し、現時点の最新の科学的知見を踏まえ、従来の中部圏・近畿圏直下地震モデルを見直し、あらゆる可能性を考慮した新たな地震モデルを構築するための検討を進めている。本検討会で、中部圏・近畿圏直下地震が発生した場合に想定される震度分布等の推計を行った後、被害想定や防災対策の検討を行う予定である。
(参照:https://www.bousai.go.jp/jishin/chubu_kinki/kentokai/index.html)
「北海道・三陸沖後発地震注意情報」と「南海トラフ地震臨時情報」
日本海溝・千島海溝沿いでは、規模の大きな地震が発生した後、その地震に引き続いて大規模地震(後発地震)が発生した事例が確認されている。例えば、平成23年の東北地方太平洋沖地震では、3月9日にモーメントマグニチュード7.3の地震が発生し、その2日後の3月11日にモーメントマグニチュード9.0の巨大地震が発生した。このため、後発地震への注意を促す情報として「北海道・三陸沖後発地震注意情報」の運用を令和4年12月16日より開始した。
「北海道・三陸沖後発地震注意情報」は、モーメントマグニチュード7.0以上の地震が、日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震の想定震源域とその領域に影響を与える外側のエリアで発生した場合に発表される。この際、防災対応が必要な対象市町村においては、地震発生後1週間程度、後発地震の発生に注意し、揺れを感じた際や津波警報等が発表された際に直ちに避難できる態勢の準備を行う、日頃からの備えを再確認するなど、地震への備えを徹底するよう呼びかけられる。「北海道・三陸沖後発地震注意情報」は大規模地震の発生可能性が平常時と比べて相対的に高まっていることをお知らせするものであり、特定の期間中に大規模地震が必ず発生するということをお知らせするものではないが、一人でも多くの人の命を救うためには、後発地震への注意を促す情報を発表し、地震発生に備えた防災行動を取ることが有効である。
(参照: https://www.bousai.go.jp/jishin/nihonkaiko_chishima/hokkaido/index.html)
後発地震への注意を促す情報の発表は、平成29年11月から既に南海トラフ沿いで導入されており、令和元年5月からは「南海トラフ地震臨時情報」の運用が開始されている。
南海トラフ沿いで異常な現象が観測され、その現象が南海トラフ沿いの大規模な地震と関連するかどうか調査を開始したことをお知らせする「南海トラフ地震臨時情報(調査中)」、有識者による「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」の評価結果に応じて「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)」、「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」、「南海トラフ地震臨時情報(調査終了)」が発表される。「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)」が発表された場合には、その後、国や自治体からあらかじめ指定された地域の住民等に対して事前避難が呼びかけられる。
(参照: https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/rinji/index.html)
日本海溝・千島海溝及び南海トラフ沿いの巨大地震では、揺れ、津波、火災、そして避難後の二次災害等に備えるため、平時からの備えとして、
- 大地震が発生したときには家具は必ず倒れるものと考え、家具の固定等の転倒防止対策の確認
- 津波等から迅速避難を行うための避難場所・避難経路の確認
- 電気やガス、水道などのライフラインが止まった場合を想定し、飲料水、食料品等の避難生活等に備えた備蓄・装備の確認
等を徹底することが重要であり、これらの平時からの備えが後発地震への備えにつながる。