第1章 東日本大震災の教訓


第2編 東日本大震災を踏まえた災害対策の推進

第1章 東日本大震災の教訓

物理学者で随筆家である寺田寅彦は,昭和8年(1933年)に発生した昭和三陸地震津波の直後に書いたエッセイ「津波と人間」で,明治29年(1896年)にも同じ地域に大津波が襲っていたことから,「困ったことには『自然』は過去の習慣に忠実である。地震や津波は新思想の流行等に委細かまわず,頑固に,保守的に執念深くやって来る」とし,「こんなに度々繰り返される自然現象ならば,当該地方の住民は,とうの昔に何かしら相当な対策を考えてこれに備え,災害を未然に防ぐことが出来ていてもよさそうに思われる。これは,この際誰しもそう思うことであろうが,それが実際はなかなかそうならないというのがこの人間界の人間的自然現象であるように見える」と述べている。そして,災害を防ぐためには「人間がもう少し過去の記録を忘れないように努力するより外はない」とともに,「日本国民のこれら災害に関する科学知識の水準をずっと高めることが出来れば,その時に初めて天災の予防が可能になる」として,防災教育の有効性を記している。

このように,災害対策は,実際に発生した災害の状況と,それに対して実際に行った対応を検証し,それらから導き出される教訓を踏まえ,必要な見直しを速やかに行うという不断の努力の上に成り立つものである。例えば,阪神・淡路大震災から地震動に関する教訓を得て,我が国では,建築物や土木構造物等の耐震化を積極的に推進していること等,被災の経験に基づき法制度を含めた災害対策を強化してきたところである。こうしたことから,我が国は世界の中でも自然災害が発生しやすい国土であるものの,相対的に被害が少ないという面もみられる。また,阪神・淡路大震災の被災状況を子どもらへ語り伝える取組等も行われてきた。

しかしながら,このような取組が行われていた中にあって,東日本大震災が発生し,東北地方の太平洋沿岸地域を中心に大きな災禍がもたらされた。

東日本大震災においては,耐震補強による土木構造物の被害の減少等,これまでの教訓が成果として発揮された一方,多数の被災者を出したこと,津波により建物やライフライン施設等に壊滅的な被害が発生したこと,極めて広域にわたって様々な被害や事象が発生したこと等,今までの災害対策では十分に対応できないことが明らかになった。また,地すべり,斜面崩壊,地盤の液状化,長周期地震動等の地震の揺れに起因した被害・影響も大きかった。

被害を最小化する「減災」に取り組み,大規模災害にも負けない「ゆるぎない日本」を構築して,次世代に引き継いでいくことは,我々の世代が果たさなければならない歴史的な使命である。

我々は,東日本大震災の災禍を再び繰り返さないように,東日本大震災から教訓を導き出し,今後の災害対策の改善・充実を図るとともに,その得られた教訓を忘れないように不断の努力を尽くしていかなければならない。

その際,災害への対応に当たっては想定外があってはならず,東日本大震災による被害状況及び対応を踏まえ,想像力を働かせ,より多くの教訓を導き出すことも必要である。

今年の白書においては,上述の視点をもとにして,中央防災会議の専門調査会,各府省庁に設置された検討会等の報告書の内容等を基に,東日本大震災への対応等を踏まえて教訓を整理し,我が国の災害対策の取組状況,今後の方向性等を示すこととしたい。本章では,東日本大震災への対応等の検証から導き出された主な教訓について,今までの災害の想定が適当であったか,津波や地震による揺れへの対策が十分であったか,大規模で広域にわたる災害への対応が十分であったか,被災者への支援が十分であったかの四つの視点から整理する。

東日本大震災から得られた教訓には,過去の教訓等が奏功して,今回の被害を軽減させることができたものも多くあるが,ここでは今後の災害対策の改善・充実につながる教訓を中心に取り上げる。

これらの教訓を基に,政府がこれまでに取り組んできている対策については,本編第2章において記述する。本編第3章においては,政府として今後更なる取組が求められる災害対策について記述する。本編第4章においては,民間分野で進む取組や国際防災協力の取組を紹介する。なお,東日本大震災の被災地で行われている復興への取組については,第1編において記述している。


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