特集 「平成28年熊本地震」から10年~経験と教訓をこれからの防災に活かす~



 平成28年(2016年)4月に発生した「平成28年熊本地震」は、観測史上初めて同一地域で立て続けに震度7を記録するなど、広範囲に甚大な被害をもたらしました。熊本県は、元の姿に戻すだけではなく、地域の発展につなげる「創造的な復興」を前面に打ち出し、復旧・復興を進めてきました。ハード面においては、いち早い災害公営住宅の整備が行われたほか、道路等のインフラもおおむね復興は完了しています。近年の半導体関連産業の集積効果もあり、令和6年版の推計人口調査の社会動態において3年連続の転入超過を記録するなど、発災から10年を経た現在、創造的復興は一定の成果を示したといえます。ソフト面においては、経験と教訓の継承が大きなテーマとなっており、さまざまな取組が現在も継続的に進められています。本特集では、熊本地震の被災の経験や教訓を防災に活かすさまざまな継承の取組をまとめました。

前代未聞の「2度の震度7」

 平成28年(2016年)4月14日21時26分、熊本県熊本地方を震源とするM6.5の地震が発生し、県内益城町で震度7の揺れを記録しました。その後余震が続く中、4月16日午前1時25分には最初の地震よりも大きいM7.3の地震が発生し、益城町と西原村で震度7を記録したほか、熊本市を含む広い範囲が強い揺れに襲われました。気象庁はこの一連の地震を「平成28年熊本地震」(以下熊本地震)と命名しました。

 震度7の地震が28時間で2回発生したことは観測史上初めてであり、これをきっかけに政府の地震調査研究推進本部は、従来の本震の後の「余震」という前提を変更し、最初の大地震と「同程度の地震」への注意を呼びかけることを基本とする指針を発表しました。現在熊本地震については、14日の地震を前震、16日の地震を本震と表現しています。

 熊本地震の被害は甚大で、死者は278人(令和7年(2025年)4月現在・災害関連死含む)、住宅被害は20万6000棟以上にも上ったほか、道路や鉄道など交通は寸断され、生活インフラにも大きな影響を及ぼしました。また、2度の最大震度7を含め、震度6弱以上の揺れを3日間で7回観測するなど、活発な地震活動は避難した住民たちを悩ませることになり、その恐怖から屋内ではなく車中避難者が多く発生したのも大きな特徴でした。

 熊本県は「被災者の痛みを最小化すること」、「元の姿に戻すだけではない創造的な復興を目指すこと」、そして「復旧・復興を熊本のさらなる発展につなげること」という「復旧・復興の3原則」を地震の直後に示し、それを具現化するため「くまもと復旧・復興有識者会議」を開催し、提言がまとめられました。

責務としての記憶・教訓の継承

 この提言の中には、未曽有の大災害を経験した熊本県の責務として記憶・教訓を継承することが記載されています。

 継承にはさまざまな形があります。たとえば、災害に関する写真や映像、さまざまな文書等の資料を記録としてアーカイブ保存するのもその一つです。実際に熊本県では、平成29年に「熊本災害デジタルアーカイブ」を立ち上げ、公開しています。また、実際に被害を受けた建物や構造物を災害遺構としてとどめ、視覚的に後世に伝えることも災害の風化を防ぐうえで効果的な方法です。その場所に現物を残すことが復興の妨げになる場合は、部分保存や移設保存という選択肢もあります。

 平成29年に震災ミュージアムのあり方検討有識者会議が立ち上げられ、震災遺構の保存や活用方法も含め、県としてどのように震災を継承するのか、震災ミュージアムや防災センターの設置といった方向性が議論されました。

 熊本地震では約30kmにわたって地表地震断層が出現していることが大きな特徴です。これを活かしながら、それぞれのエリアの復旧・復興状況の違いも考慮して提唱されたのが、2カ所の中核拠点設置を含む回廊型ミュージアム「熊本地震 記憶の廻廊」です。訪れる人に被災した各エリアを回ってもらい、それぞれ土地の自然・社会的特性も含めて、震災を認識してもらうためのフィールドミュージアムとする構想です。

南阿蘇村に災害遺構として残る、崩落した旧阿蘇大橋の橋桁(令和8年(2026年)2月撮影)

南阿蘇村に災害遺構として残る、崩落した旧阿蘇大橋の橋桁(令和8年(2026年)2月撮影)

 中核拠点の一つが、令和5年(2023年)5月に設置された熊本県防災センターです。県防災センターは県庁に隣接し、災害対策本部としての機能を担う行政的な拠点となります。地震当時、危機管理部門が高層階にあり、エレベーターの停止で苦労した経緯や、支援組織等への対応経験から、支援に入った人々が使う場所の確保、マスコミ対応の動線なども考慮した施設となっています。平時は学習の場として熊本地震や令和2年7月豪雨に関する展示が常設されるほか、セミナー等が行えるスペースも設けられており、県が主催する防災イベントなども行われています。

熊本県防災センターに設置された展示・学習室(令和8年(2026年)2月撮影)

熊本県防災センターに設置された展示・学習室(令和8年(2026年)2月撮影)

 もう一つの中核拠点が、南阿蘇村の旧東海大学阿蘇キャンパス周辺を整備して令和5年(2023年)7月にオープンした「熊本地震震災ミュージアムKIOKU」(以下KIOKU)です。直下を地震断層が走り、震度6強の揺れを受けながら倒壊しなかった建物と断層を一体的に保存している震災遺構が旧東海大学阿蘇キャンパス内にあり、KIOKUはこの震災遺構に、熊本地震や自然環境、災害への備えについて学べる展示施設を併設しています(震災遺構は令和2年に先行公開)。

 展示施設をつくるにあたり、キーワードとなったのが「災害を伝え、学び、次に備える」です。展示室1では熊本地震で何が起きたのか、展示室2では熊本と阿蘇の大地の成り立ちや地震のメカニズム、そして震災遺構を挟んで展示室3では熊本地震の教訓から災害への備えを学ぶという展示構成になっています。展示室間の渡りには、来場者に対する問いかけがが書かれたプレートが掲げられています。たとえば地震のメカニズムを見た後には「あなたの家の近くに活断層ありますか」、震災遺構の地表地震断層を見た後には「あの断層が次に動くのはいつだろう」という具合です。これは、展示を見て終わるのでなく、自分事化につなげてもらうための工夫です。

 実際にKIOKUを訪れて印象に残ったのが、入場料の設定で県内小中高生を無料としており、外来者だけでなく地元の人たちにも「継承」していく取組がされていることです。

 有識者会議のメンバーでKIOKUの展示内容に関わった熊本大学大学院先端科学研究部・竹内裕希子教授が被災者で行った調査によれば、被災当時は停電していて情報が限られることに加え、自分たちの周囲のことで精一杯で、被災者は災害の全体像を認識する機会が得にくかったといいます。こうしたことからも、地元の人にも展示を見てもらい、認識してもらうことも「継承」として重要な意味を持つのです。

熊本地震震災ミュージアムKIOKUの展示棟(令和8年(2026年)2月撮影)

熊本地震震災ミュージアムKIOKUの展示棟(令和8年(2026年)2月撮影)

震災遺構・旧東海大学阿蘇キャンパス(令和8年(2026年)2月撮影)

震災遺構・旧東海大学阿蘇キャンパス(令和8年(2026年)2月撮影)

地表地震断層(令和8年(2026年)2月撮影)

地表地震断層(令和8年(2026年)2月撮影)

ノウハウの蓄積を次に活かす

 熊本地震を経験した人たちの防災への意識は確実に高まっています。たとえば熊本県では防災士の養成講座を地震前から継続的に実施していますが、以前は60代や70代の男性が受講するケースが多かったのが、近年は自分たちで制度があることを知った小中高生も含む幅広い年代や女性も多く受講するようになっているといいます。

 また令和6年に熊本で開催されたぼうさいこくたいでは、過去の大会以上に多様な背景を持つ団体が多く参画したほか、通りがかりの一般の来場者も多く見られました。これも震災を経験したことで、防災が確実に自分事化された現れと考えられます。

 熊本地震の経験はさまざまなノウハウの蓄積にもつながりました。たとえば熊本県南部を襲った「令和2年7月豪雨」では、コロナ禍での避難所運営に、パーテーションや段ボールベッドの迅速な手配がされるなど、熊本地震での教訓が生かされました。

 地区防災計画づくりにおいても、県が地区防災計画作成方法も含めたガイドブック「地域防災活動支援プログラム」を作成したほか、危機管理防災課の担当者が出前講座や作成支援に入るなど、熊本地震以降は包括的な支援体制ができつつあります。

 災害支援体制についても同様です。熊本地震では行政支援・民間支援ともに、過去の災害での課題の蓄積を踏まえた対策がされており、迅速な支援が行われました。たとえばボランティアについては、熊本地震の5年前に発生した東日本大震災の教訓が生かされ、ボランティアを調整するJVOAD(全国災害ボランティア支援団体ネットワーク)の仕組みができていたこともあり、組織的で迅速な支援が実現しました。熊本地震の後にはKVOAD(くまもと災害ボランティア団体ネットワーク)も立ち上がり、令和2年7月豪雨の際にはコロナ禍で他県からの支援が入れない中、重要な役割を果たしました。支援物資についても、熊本地震では東日本大震災の教訓を活かしたプッシュ型支援により、他の災害に比べると早く、3日目には十分な量が届いていました。

令和6年に熊本市で開催されたぼうさいこくたいの展示ブースの様子(内閣府)

令和6年に熊本市で開催されたぼうさいこくたいの展示ブースの様子(内閣府)

令和2年7月豪雨災害における熊本県人吉市の避難所の様子。熊本地震のノウハウが活かされ、コロナ禍の中迅速にパーテーション等が設置された(熊本災害デジタルアーカイブ/提供者:人吉市)

令和2年7月豪雨災害における熊本県人吉市の避難所の様子。熊本地震のノウハウが活かされ、コロナ禍の中迅速にパーテーション等が設置された(熊本災害デジタルアーカイブ/提供者:人吉市)

熊本地震における御船町での行政支援の様子(熊本災害デジタルアーカイブ/提供者:高知県四万十市)

熊本地震における御船町での行政支援の様子(熊本災害デジタルアーカイブ/提供者:高知県四万十市)

「備える」ことの重要性

 一方で、新たな課題も表面化しました。支援する側がノウハウの蓄積を活かしたのに対して、支援を受ける側の受援体制ができていなかったことです。熊本地震では、最初の地震の翌日には既に支援が入っていました(結果として支援者も本震を経験することになりました)。支援を受ける側の市町村の職員たちは、外からの支援を想定しておらず、何をしてもらえばいいのかが整理されていませんでした。送られた支援物資も、管理や仕分けが滞り、道路の被災と併せて各避難所への円滑な配送ができなかったことも課題になりました。

 こうした事例から、支援はする側とされる側双方の準備がないと機能しないということは大きな教訓となりました。こうした経緯から現在では受援計画の作成などの重要性も認識されるようになりました。

 以上のように震災の記憶・教訓を継承に向けてさまざまな取組が進む一方、次に訪れる災害への備えも重要です。その際に気をつけなければならないのは、必ずしも次も同じ対応でいいとは限らないという点です。震災の教訓は普遍的なものであるのに対して、「備え」は社会情勢や技術の発達によってステップアップや変容が求められるものです。

 備えには、事前にリスクを知る「情報の備え」、備蓄等の「物の備え」、そして共助のための顔が見える関係をつくっておく「人(ネットワーク)の備え」の3つの観点があり、それぞれを考え、準備しておくことが推奨されます。

 地震等の自然の営みを止めることはできません。これに対して、「備え」は災害に対して私たちが唯一できることです。正しく備えるためにも、熊本地震の経験と教訓を継承し、災害を知り、自分事化しておくことが大きな意味を持ちます。

 ※本記事作成にあたり、多くの知見を教示いただいた熊本大学大学院先端科学研究部・竹内裕希子教授に深謝いたします。

<参考文献>
内閣府,2019,『平成28 年(2016 年)熊本県熊本地方を震源とする地震に係る被害状況等について』
熊本県,2025,『平成28年熊本地震に関する被害状況について』
くまもと復旧・復興有識者会議,2016,『熊本地震からの創造的な復興の実現に向けた提言』.
震災ミュージアムのあり方検討有識者会議,2017,『熊本地震震災ミュージアムのあり方検討有識者会議報告書』
熊本県,2023,『地域防災活動支援プログラム』
熊本県,2016,『熊本県から見た⽀援物資等に関する課題と提案について』

所在地 〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1 電話番号 03-5253-2111(大代表)
内閣府政策統括官(防災担当)

Copyright 2017 Disaster Management, Cabinet Office.