特集 「平成27年9月関東・東北豪雨」から10年~激甚化する豪雨災害にどう対応すべきか~



 豪雨で増水した鬼怒川が溢れ、堤防は削り取られ、濁流が家々を押し流していく。取り残された家の屋根の上で助けを求める人々。

 そんな衝撃的な映像をテレビやSNSで目の当たりにすることになった平成27年(2015年)9月関東・東北豪雨から10年が経ちました。堤防が決壊した茨城県常総市では、市の面積の約1/3が浸水、逃げ遅れた多くの人が孤立したほか、災害対応の拠点となる市役所も1階部分が冠水する等甚大な被害に見舞われました。この災害は、その後の水害対策を考える上での転換点となりました。

 本記事では、この水害の概要とその後の対策を紹介することで、水害への備えについて考えていきます。

茨城県常総市で鬼怒川の堤防が決壊

 平成27年9月、台風18号から変わった温帯低気圧に向かって暖かく湿った空気が流れ込んだことで線状降水帯が次々と発生し、関東地方と東北地方は、記録的な大雨となりました。9月9日から翌10日にかけて、日光市の五十里観測所で24時間雨量が観測開始以来最多の551ミリを記録し、栃木県と茨城県に大雨特別警報が発表されました。さらに、9月11日にかけては大雨の中心が東北地方に移り、宮城県に大雨特別警報が発表されました。9月9~11日にかけて、統計期間が10年以上の観測地点のうち16地点で24時間降水量が観測史上最大の値を更新するという記録的な豪雨となったのです。

 豪雨の影響で関東地方から東北地方にかけて、多くの河川で氾濫が発生しました。茨城県内では鬼怒川が、山形県内では最上小国川が、宮城県では渋井川や吉田川等が氾濫したほか、福島県内でも浸水被害が相次ぎました。

 中でも影響が大きかったのが、鬼怒川の氾濫でした。茨城県常総市三坂町付近で発生した200mにわたる堤防の決壊により、常総市の面積の約1/3に相当する約40km2が浸水し、平成26年(2014年)に竣工したばかりの常総市役所の庁舎も冠水、屋外に設置してあった非常用電源が使用不能になる等の被害を受け、災害対応の拠点となるべきところが孤立するという事態になりました。

 氾濫流は流速も速く、決壊箇所周辺では、建物の倒壊や流失も多く発生しました。多くの住民が取り残されて孤立したことから、消防や警察、自衛隊、海上保安庁等がヘリコプターを出動させ、救助活動が行われました。最終的に救助された住民は、4,258人(ヘリコプターによる救助人数は1,339人)に及びました。

広域の浸水で市外への避難も

 浸水したのは、鬼怒川と小貝川に挟まれたエリアで、宅地や公共施設の浸水が解消するまで10日間を要する等、湛水期間も長引きました。

 常総市内での住宅被害は、全壊53件、大規模半壊1,581件、半壊3,491件、床上浸水(半壊に至らないもの)150件、床下浸水3,066件と記録されています。多数の避難者が発生したため、市では、26カ所の避難所を開設しましたが、交通渋滞により市内の避難所への避難が困難となったことから、隣接するつくば市、つくばみらい市、下妻市、坂東市、守谷市に依頼して市外にも13カ所の避難所を開設し、9月11日時点での避難者は合わせて6,223人に及びました。

 ライフラインの被害も大きく、停電は約11,200世帯、水道の断水は約11,800件、通信ではNTT光回線が約5,000回線不通となったほか、道路は国道294号や国道354号も含め主要幹線が通行止め、鉄道では関東鉄道常総線が全線運休を余儀なくされました。

国土地理院が9月10日にUAVで撮影した決壊地点の様子(国土地理院動画より)

国土地理院が9月10日にUAVで撮影した決壊地点の様子(国土地理院動画より)

決壊地点周辺の被害状況(常総市提供)

決壊地点周辺の被害状況(常総市提供)

冠水した市役所の駐車場(常総市提供)

冠水した市役所の駐車場(常総市提供)

9月12日15:30時点までの茨城県常総市付近の推定浸水範囲(国土地理院)

9月12日15:30時点までの茨城県常総市付近の推定浸水範囲(国土地理院)

鬼怒川緊急対策プロジェクト

 この水害では、いくつかの防災における重要な課題が表面化し、後にハード・ソフトの両面においてさまざまな対策が実施されるきっかけとなりました。こうした意味で、平成27年9月関東・東北豪雨は、近年における水害対策の一つの転換点と位置付けることができます。

 国土交通省は、この水害を受けて、「鬼怒川緊急対策プロジェクト」を立ち上げました。茨城県の鬼怒川下流域において、「水防災意識社会」の再構築を目指して、国や茨城県と常総市等7市町が主体となり、ハードとソフトが一体となった緊急対策を行うというものです。この考え方は、現在では、「緊急治水対策プロジェクト」としてさまざまな水害の被災地で受け継がれ、流域治水プロジェクトの一部を加速化・強化する形で、流域全体で再度災害防止に向けた対策が短期的・集中的に行われるようになっています。

 鬼怒川緊急対策プロジェクトでは、ハード面において、同規模の洪水が再び起こった場合に被害が発生しないよう、かさ上げ・拡幅といった堤防整備や漏水対策、河道掘削等を行ったほか、八間堀川でも堤防整備や河道の拡幅等を実施しました。

 国土交通省では鬼怒川堤防調査委員会を設置し、堤防の決壊原因を特定し、本格的な復旧工法について検証・検討を行いました。その結果、堤防決壊の主たる要因は、越水した洪水により堤体が洗堀され、それに加えて堤防下部の砂質土への水の浸透による「パイピング」が決壊を助長した可能性もあることが示唆され、今後の堤防のあり方について、万一越水があった場合でも簡単に決壊しない粘り強い性能を求めることになりました。決壊を防ぐことで浸水面積を減少させることはもちろん、避難のための時間を確保することができる「粘り強い堤防」の考え方は、その後の平成30年(2018年)7月豪雨や令和元年(2019年)東日本台風等の水害を経て、各地へ広がっていきました。

 また、鬼怒川水害は、水系の上流域で激しい雨が降り続いたことが結果的に下流での氾濫につながったこともあり、後の流域治水プロジェクトの出発点としても位置付けられます。流域治水プロジェクトは、流域全体で対策を行い、氾濫を防ぐ考え方で、令和3年(2021年)に策定された「鬼怒川流域治水プロジェクト」では、「平成27年9月関東・東北豪雨規模の洪水に対する再度災害防止」が掲げられています。

「タイムライン」防災の導入

 鬼怒川緊急対策プロジェクトでは、ソフト対策も盛り込まれています。その一つが「タイムライン」防災の導入です。

 「タイムライン」とは、災害時に発生する状況を予め想定し共有したうえで、「いつ」、「誰が」、「何をするか」に着目して、防災行動とその実施主体を時系列で整理した防災行動計画です。行政と住民が、地域の災害特性や危険性を平時から共有することで、災害発生時に迅速・円滑・的確な避難行動が可能になるというものです。

 「タイムライン」導入に至る検討の発端は、平成24年(2012年)に米国ニュージャージー州・ニューヨーク州を襲ったハリケーン・サンディに遡ります。ニューヨークでは地下空間の浸水や交通網の麻痺によりビジネス活動が停止する等甚大な被害に見舞われた一方、現地では被害の発生を前提として、事前の防災対策として「タイムライン」が策定され、これをもとに住民避難に対する対策が行われたことで、人的被害を最小限に抑えることができたのです。

 この翌年、国土交通省は防災関連学会との合同調査団を結成して米国を訪問し、現地でヒアリング等の調査を行い、現地での教訓等を活用しつつ、日本の実情にあった「タイムライン」の策定・活用の検討を開始しました。平成28年(2016年)8月には、「タイムライン(防災行動計画)策定・活用指針」が国土交通省から公開され、その後全国に広がっていきました。

 平成27年9月関東・東北豪雨で多数の孤立者が発生したことを踏まえ、鬼怒川緊急対策プロジェクトではソフト対策として「避難勧告に着目した「タイムライン」の整備とそれに基づく訓練の実施」が掲げられ、国土交通省が策定した活動指針を実装することとなりました。

住民が主体となる「マイ・タイムライン」で防災を我がことに

 「タイムライン」を策定する主体は様々です。自治体単位での策定事例や、河川管理者による策定事例のほか、自治会や自主防災組織で策定しているケースも見られます。こうした中で、国土交通省では「マイ・タイムライン」の作成を推奨しています。

 「マイ・タイムライン」は、住民一人ひとりが「タイムライン」をつくっておき、例えば、台風の接近等で河川が増水した際にどのタイミングでとのような行動をとるのかを決めておくことで、適切なタイミングでの避難を実現するツールとなります。

 平成27年9月関東・東北豪雨は「マイ・タイムライン」普及のきっかけになりました。この災害で避難の遅れや避難者の孤立が発生したことを受けて、国や県、鬼怒川・小貝川沿川市町で構成される「鬼怒川・小貝川下流域大規模氾濫に関する減災対策協議会」が中心となり、住民一人ひとりが水害と防災に関する知識と心構えを共有し、事前の計画等の充実を促すためのツールとして「マイ・タイムライン」が開発されたのです。

 さらに、同協議会では、具体的な施策の一つとして「みんなでタイムラインプロジェクト」を立ち上げて、常総市内の若宮戸地区と根新田地区をモデル地区として、「マイ・タイムライン」作成の普及に取り組みました。また、小中学生向けの教材として「逃げキッド」を開発し、常総市内の小学校では、これを活用して地域の災害リスクを学び、「マイ・タイムライン」を作成する防災教育の取組を始めています。

 被災を経験した常総市では、現在市内の7割以上の自治区で地区防災計画や訓練計画を定めた自主防災組織が活動している等、自助・共助への意識が高まっています。「マイ・タイムライン」についても、市民が自主的に作成に取り組んだことで、全国への普及に寄与しました。

 また、常総市では、市民向けに洪水時避難の「ジブンゴト化」を促進する「避難行動促進ツール」を登録者が多いLINE上のアプリとして開発しています。チャットボットを使い、現在地を送信すると洪水ハザードマップ上の浸水深を返したり、建物状況を入力することで、水平避難又は屋内安全確保等の避難行動の目安を確認したりできるほか、発災時には市内の避難所の混雑状況をリアルタイムで確認できるサイト(VACAN)も閲覧することが可能となっています。

 こうして住民一人ひとりが地域の災害リスクを知り、課題に気づき、どのように行動するかを考えることは、防災を我がこととして捉えるきっかけとなります。気候変動等の影響もあり、「雨の降り方が変わった」と言われる今日、水害対策はハード・ソフトの両輪で考えていく必要があります。そこでは私たち一人ひとりもまた重要な役割を果たすことを意識したいものです。

「タイムライン」の一例。住民も自らマイ・タイムラインを作成することが推奨される(国土交通省)

「タイムライン」の一例。住民も自らマイ・タイムラインを作成することが推奨される(国土交通省)

小中学生向けの教材「逃げキッド」

小中学生向けの教材「逃げキッド」

常総市が公開しているアプリ「避難行動促進ツール」

常総市が公開しているアプリ「避難行動促進ツール」

<参考文献>
常総市水害対策検証委員会,2016,『平成27年常総市鬼怒川水害対応に関する検証報告書』.
鬼怒川堤防調査委員会,2016,『鬼怒川堤防調査委員会報告書』.
関東地方整備局下館河川事務所,2021,『鬼怒川緊急対策プロジェクト』.
鬼怒川・小貝川下流域大規模氾濫に関する減災対策協議会,2018,「鬼怒川・小貝川下流域における「水防災意識社会」の再構築に向けた取組み」,『消防防災の科学』No.131.
国土交通省水管理・国土保全局,『タイムライン』.
https://www.mlit.go.jp/river/bousai/timeline/
国土交通省水管理・国土保全局,『マイ・タイムライン』.
https://www.mlit.go.jp/river/bousai/main/saigai/tisiki/syozaiti/mytimeline/index.html

所在地 〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1 電話番号 03-5253-2111(大代表)
内閣府政策統括官(防災担当)

Copyright 2017 Disaster Management, Cabinet Office.