特集② 地区防災計画制度施行から10年



地区防災計画制度施行から10年 〜地区防災計画づくりの現状と課題〜
内閣府防災担当 西澤雅道

令和6年(2024年)は、平成26年(2014年)に地区防災計画制度が施行されてから10年という節目の年です。本号では、この節目の年にあわせて、災害対策基本法の改正によって創設された地区防災計画制度とその10年の歩みを振り返ります。

1 東日本大震災の教訓と災害対策基本法改正による地区防災計画制度の創設

 平成23年(2011年)の東日本大震災では、地震及び津波によって大きな被害が発生し、本来被災者を支援するはずの行政も大きな被害を受けました(公助の限界)。例えば、岩手県大槌町では、町長はじめ町役場の幹部の大半が亡くなりました。そのため、行政が被災者を支援することが難しくなり、被災地の住民たちは、自らの安全は自らが守る自助とコミュニティの住民間の相互の助け合いである共助によって、危機を乗り越える必要がありました。

 そのため、東日本大震災では、「公助の限界」と「自助・共助の重要性」が、注目を集めました。つまり、自助、共助及び公助があわさって初めて大規模広域災害後の災害対策がうまく働くことが強く認識されたわけです。

 その教訓を踏まえて、平成25年(2013年)6月の内閣府による災害対策基本法の改正では、コミュニティにおける自助・共助による防災活動の推進の観点から、市町村内の一定の地区の居住者及び事業者(地区居住者等)が行う自発的な防災活動に関する「地区防災計画制度」が新たに創設されました(災害対策基本法第42条第3項、第42条の2)。なお、この「地区防災計画制度」が平成26年(2014年)4月から施行されています。

2 地区防災計画制度の概要

 従来の国の防災制度は、国の「防災基本計画」があって、それを受けて都道府県や市町村の「地域防災計画」が作られている「トップダウン型」の仕組みでした。一方、「地区防災計画制度」は、コミュニティの住民や地元企業等が主体となって自発的に作成するコミュニティの共助の防災活動による「ボトムアップ型」の防災計画になります。

 地区防災計画では、その計画の内容は、住民等が自助・共助によって行う防災活動が想定されており、その地区についても、住民等の防災活動にあわせてかなり自由に設定することができます。

 そして、住民等が計画の素案を作成し、それを市町村の地域防災計画に入れるように提案することができます。この仕組みを「計画提案」と呼びますが、このような仕組みを導入することによって、市町村の防災担当職員もそれぞれのコミュニティの防災事情について詳しくなりますし、コミュニティの住民も防災担当職員と連携していくことになります。つまり、「コミュニティにおける自助・共助の取組」と「市町村による公助の取組」が連携することで、いざというときに備えて、地域防災力を向上させることにつながるのです。

3 地区防災計画ガイドライン

 平成26年(2014年)3月に、内閣府から、この地区防災計画制度に関する『地区防災計画ガイドライン』が公表されました。

 本ガイドラインは、室﨑益輝神戸大学名誉教授(地区防災計画学会名誉会長・日本防災士会理事長)、矢守克也京都大学教授(地区防災計画学会会長)をはじめとするコミュニティ防災に造詣の深い有識者の学術的な助言を得て作成したものです。また、内閣府の担当者が、全国のコミュニティ防災の現場で情報収集を行い、多くの産学官民の関係者の協力を得て作成したものでした。

 その内容は、コミュニティの住民や企業を主な対象としており、地区防災計画を作成するための手順や方法、計画提案の手続等について説明するものになっています。本ガイドラインは、地方公共団体の防災担当職員等にも広く活用されており、全国の地区防災計画づくりは、原則として、本ガイドラインに従って進められています。

地区防災計画制度の概要(内閣府資料)

地区防災計画制度の概要(内閣府資料)

4 地区防災計画制度の三つの特徴

 本ガイドラインに記載されている地区防災計画の大きな特徴は三点です。

 一つ目は、「コミュニティ主体のボトムアップ型の計画」であるということです。前述の住民等による計画提案の仕組みも、住民等を主体とした地区防災計画のボトムアップ型の特徴になります。

 二つ目は、「地区の特性に応じた計画」であることです。かつては、海側でも山側でも、人が多いところでも少ないところでも同じような内容の防災計画が、金太郎飴のように作られました。しかし、それでは、地区の特性に応じた災害対応ができません。地区防災計画は、そのようなことがないように、各地区の自然特性や社会特性に応じた内容の計画を作ることを重視しています。

 三つ目は、「継続的に地域防災力を向上させる計画」であるということです。防災計画は作っただけで終わりではありません。その計画に基づいて防災訓練を行って、災害に備えて継続して見直しを続け、実際に災害時に活用できる計画を作っていくことが重要になります。

5 地区防災計画モデル事業報告書及び地区防災計画の素案作成支援ガイド

 地区防災計画ガイドラインを読んだ後に、地区防災計画づくりの参考にされている内閣府の文献には、まず、平成29年(2017年)3月に公表された「地区防災計画モデル事業報告書」があります。内閣府では、平成26年(2014年)度から地区防災計画制度を普及させるため、全国で地区防災計画モデル事業を実施しており、大学教員等の地区防災計画の専門家を事業の対象地区に派遣して、地区防災計画づくりを支援してきました。令和5年度までに約90の地区がモデル事業の対象となっていますが、平成26年(2014年)度~平成28年(2016年)度に全国44地区で実施された内閣府の地区防災計画モデル事業に関する報告書である本書は、各モデル地区の取組のポイント、多様な事例から得られた教訓・ノウハウ等を整理しています。

 次に、令和2年(2020年)3月に、公表された『地区防災計画の素案作成支援ガイド』があります。こちらは、コミュニティで地区防災計画づくりを推進している防災担当職員向けに書かれたガイドであり、担当職員の地区防災計画に関する理解を深め、防災担当職員が、住民、事業者等による地区防災計画の素案作成の取組を支援できるように書かれたものです。その内容は、担当職員が支援を進める上での悩みに対し、事例等を基に対応方策を示すとともに、Q&Aも盛り込んだものです。

内閣府が公表している「地区防災計画ガイドライン」、「地区防災計画モデル事業報告」及び「地区防災計画制度の素案作成支援ガイド」

内閣府が公表している「地区防災計画ガイドライン」、「地区防災計画モデル事業報告」及び「地区防災計画制度の素案作成支援ガイド」

6 地区防災計画が発災時に住民の命を救った事例

 ここで、発災時に地区防災計画が役立って、住民の命が救われた二つの事例を紹介します。これらの事例は、地区防災計画学会等でも社会実装の観点から高く評価されています(2022年7月14日地区防災計画学会note)。

(1)愛媛県大洲市三善地区の事例

 平成30年(2018年)には、6月から7月にかけて台風及び梅雨前線等による集中豪雨が西日本を中心に発生しました。この西日本豪雨によって、河川氾濫、浸水害、土砂災害等が発生し、270人以上の死者・行方不明者が出ました。

 この豪雨の際に河川氾濫の被害を受けた愛媛県大洲市三善おおずしみよし地区では、過去にも肱川ひじがわの河川氾濫による水害が発生していたことから、平成27年(2015年)に地区防災計画を作成していました。そして、豪雨の際には、地区防災計画に従って、住民同士で声をかけあって早期避難を実施しました。

 河川氾濫によって、避難所として指定されていた公民館が浸⽔した際にも、住民たちは、住民のリーダーの判断で、浸水前に高台の変電所に避難し、人的被害を出しませんでした。また、逃げ遅れた住民を、地区で準備していたボートで救出したりもしました。

(2)長野県長野市長沼地区の事例

 令和元年(2019年)10月の台風19号(令和元年東日本台風)によって、静岡県、関東地方、甲信越地方、東北地方等で記録的な大雨が発生しました。この令和元年東日本台風によって、100名以上の死者・行方不明者が出ました。

 この台風の際に河川氾濫の被害を受けた長野県長野市長沼地区は、過去の水害が多い地区であり、1742年には千曲川の決壊により約2,800人の死者が発⽣した経験があり、長沼地区でも168人が亡くなったことがありました。そのため、平成27年(2015年)に地区防災計画を作成していました。そして、この台風の際には、地区防災計画に従って、地区全体の早期避難を進め、要支援者名簿を基に、要支援者の避難誘導を実施し、また、市の避難勧告よりも早く独自の「避難情報」を発出しました。そのため、急激な河川氾濫にもかかわらず、多くの住民の命が救われました。ただし、逃げ遅れた高齢者の方2人が亡くなりました。

7 地区防災計画制度の現状と課題

 この地区防災計画制度ですが、内閣府の調査によると、令和3年(2021年)4月時点で、市町村の地域防災計画に反映された地区防災計画を作成している地区が、全国で2,030地区であり、地区防災計画の作成に向けて活動中の地区が、全国で5,181地区あります。あわせると7,200以上の地区で地区防災計画づくりが進んでいます。

 この点、内閣府の調査によると、令和3年(2021年)中に地域防災計画に定められた地区防災計画(264地区)の作成主体は、自主防災組織(71.2%)及び自治会(22.0%)が大半になっています。

 地区防災計画制度の法制化に当たって、地区防災計画の作成主体としては、「各地区の特性に応じて、従来の自主防災組織のような町内会単位や小学校区単位のものから、マンション単位のものや事業者、学校等が中心となるものまで多様なもの」(西澤ほか 2014)が想定されていましたが、自主防災組織を主体とするものが圧倒的に多く、制度が予定していたような多様性が十分に発揮されていません。

 ただし、マンション単位の計画や企業と連携した地区防災計画が存在するほか、祭りをはじめとするコミュニティの地域活動と連携した地区防災計画等も存在します(室﨑ほか 2022)。今後は、先進的な事例の地区防災計画づくりの事例について研究実績を積んできた地区防災計画学会や実務に詳しい日本防災士会等とも連携し、多様な地区防災計画づくりの優良事例が全国に横展開されることが期待されています。

横須賀のマンションソフィアステイシアでの防災訓練(左)と夏祭り(右)の模様/地区防災計画に基づく防災活動と祭り等の地域活動が連携して実施されている(専修大学金思穎ゼミ提供)

横須賀のマンションソフィアステイシアでの防災訓練(左)と夏祭り(右)の模様/地区防災計画に基づく防災活動と祭り等の地域活動が連携して実施されている(専修大学金思穎ゼミ提供)

■文献
 内閣府, 2014, 『地区防災計画ガイドライン~地域防災力の向上と地域コミュニティの活性化に向けて~』
 内閣府, 2017, 『地区防災計画モデル事業報告―平成26~28年度の成果と課題―』
 内閣府, 2020, 『地区防災計画の素案作成支援ガイドライン~地方公共団体の職員の方々へ~』
 西澤雅道・筒井智士, 2014, 「地区防災計画制度入門―内閣府「地区防災計画ガイドライン」の解説とQ&A」NTT出版.
 室﨑益輝・矢守克也・西澤雅道・金思穎, 2022, 『地区防災計画学の基礎と実践』弘文堂.
 2022年7月14日『地区防災計画学会note 地区防災計画チャンネル』「地区防災計画によって命が救われた事例の共通点 大洲市三善地区と長野市長沼地区」https://note.com/chikubousai/n/n790cbd5976ea

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