防災の動き



江戸時代の悲惨な災害伝承から防災へ —享保5年7月九州北部豪雨—
福岡県うきは市市民協働推進課

 うきは市は、筑後川や巨瀬川こせがわの氾濫、耳納山地みのうさんちの土石流で深刻な災害を被ってきた歴史があります。災害に備えた第一歩は、ハザードマップを確認し、自宅は危険なのか? どこに、どうやって逃げるのか? を考えることです。しかし、危険だと言われても、どんな災害が起こるのか、なかなかイメージできず、避難行動に繋がりにくい側面があります。そこで、うきは市では、九州大学との共同で、享保5(1720)年7月26日、60名以上の犠牲者を出した土石流災害を対象に資料解読を進め、当時何が起こったのかを具体的に明らかにし、その伝承内容を防災へ繋げる取り組みを実施してきました。耳納山地では、犠牲者を出すほどの土石流災害は300年間起きておらず、災害を具体的にイメージしにくいことから、このような取り組みは大事になってきます。

 その災害伝承によると、当時、豪雨で耳納山地に沿って大規模な土石流が発生し、村落を破壊し尽くし、多くの犠牲者が出ました。その状況は悲惨極まりなく、普段の風光明媚な耳納山地の光景からはとても想像できないものです。女性が首のない我が子を抱いて狂ったように介抱する姿、家族を奪われた男性が川原で泣き叫ぶ姿など目を背けたくなる悲しい伝承が残っています。下記HPでは、耳納山麓の災害伝承を詳しく紹介し、300年前の被災村落をハザードマップ上に重ねて、当時どこで何が起こったのかをイメージしやすくしています。今後、HPに示された悲惨な災害のイメージを基に、地域の防災学習、学校教育、避難訓練などの取り組みを推進していきたいと考えています。

HP:災害伝承から防災へ 享保5年7月九州北部豪雨

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