防災の動き



「個別避難計画の作成」が努力義務に
―「誰一人取り残さない防災」へ大きな一歩
〈別府市防災局防災危機管理課 村野淳子〉

 4月28日の参院本会議で災害対策基本法の改正が全会一致で可決・成立し、災害時に大きな被害を受ける障がい者や高齢者など避難行動要支援者の「個別避難計画の作成」が自治体の努力義務と位置づけられることになりました。この改正によって「誰一人取り残さない」防災が大きく進むことを心から願っています。

 別府市は2016(平成28)年度から、障がい者や高齢者、福祉専門職、地域の人たちと行政が協働しながら“インクルーシブ防災”事業に取り組んできました。(インクルーシブとは、包括的な・排除しない)それから5年、避難行動要支援者の命を救うためには、平時から個別避難計画の作成を軸にしながら地域で支え合う仕組みをつくっていくことが重要であることを明らかにし、それが可能であることを実証してきました。

 今回の法改正にはその成果が反映され、避難行動要支援者への対応は名簿作成にとどまらず、一人ひとりの状況の把握と個別避難計画の作成に踏み込んだ取り組みが求められることになりました。これにより、障がい者や高齢者、地域の自治会関係者、福祉専門職の願いが具体化しましたが、避難行動要支援者の命と暮らしを守る本当の仕組みが地域に根付くには、これからが正念場だと感じています。

 個別支援計画の作成は、事務的な作業にとどまりません。全国各地の被災地支援の経験から、数字上の目標達成だけでは災害時の的確な行動に結びつかないと実感しています。最終的な目標は、計画作成自体ではなく、災害により多くの命や暮らしが失われないよう現実を変えていくことです。そのためには、平時から支え合える地域づくりや人づくりを進めておくことが必要です。それは、個別支援計画を作成する取り組みの過程で、地域の人たちと障がい者、高齢者、福祉関係者、行政などが連携を深め、地域の仕組みづくりを行うことに他なりません。

 別府市のインクルーシブ防災事業では、地域住民や障がい者・高齢者、福祉専門職などが参加した取り組みをもとに、個別支援計画作成の手順を整理しました。それは「⓪地域におけるハザード状況の確認①当事者力アセスメント②私のタイムライン作成③地域力アセスメント④災害時ケアプラン(地域のタイムライン)調整会議⑤私と地域のタイムラインを含むプラン案作成⑥当事者によるプランの確認、⑦プラン検証・改善のための避難訓練」という7段階です。平時の支援を担当する福祉専門職が当事者の声をもとに個別計画を作成し、つなぎ役(インクルージョン・マネジャー)が地域住民につないで調整会議を開き、当事者も参加する訓練に結びつけます。

 当初は「高齢で多忙な自治委員や民生委員にこれ以上仕事を押しつけては困る」という声もありました。それは地域の切実な声です。でも障がいのある人や高齢者はどうすればいいのでしょうか。答えは当事者や地域の人たちが出してくれました。

 別府市と協働して取り組みを進めてくれた“福祉フォーラム in 別杵速見実行委員会”は障がい当事者を中心とした市民活動団体ですが、自分たちの問題として受けとめて、障がい当事者に呼びかけるとともに地域にも働きかけて、より多くの市民の理解と共感を呼び起こしました。地域の住民は、実際に困っている障がい者や高齢者を前にすると、避難方法のアイディアを出し合い、備品の改良や支援について学ぶための研修会を企画しました。参加した障がい者は「私はこんなにあたたかい地域に住んでいた」と感想を話し、地域活動に積極的に参加するようになりました。福祉専門職も多忙の中、書式の確立やプラン作成、訓練等に参加し、避難行動要支援者の命を守るために尽力しました。市は、未知の取り組みに戸惑いながらも、市長を先頭に、各課の連携、市民との協働を進め、日本財団の助成事業だったインクルーシブ防災事業は市の事業として継続されています。また、多くの外部有識者や団体・企業等の参画と協力も重要でした。様々な人たちが各々の特性を発揮し、一緒に推し進めてこられたことが、取り組みの成果を全国に共通するモデルとして提示することになり、今回の法改正につながったと思います。

 出発点は、被災地での教訓が生かされないまま、命と暮らしが失われている現実を変えたいと思ったことでした。取り組みは地域で具体化されました。個別避難計画づくりを契機に地域住民と避難行動要支援者が会えば笑顔で挨拶できる関係性、地域で命を守るという意識が呼び起こされ、いざという時に助け合える地域づくり人づくりが見えてきました。この法改正をきっかけに、これまで亡くなられた多くの命を忘れることなく、残された私たちが「みんなが助かる。誰ひとり取り残さない」という防災の取り組みを進めていくことができればと願っています。



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