間違いだらけの防災対策 第1回

 地震の本当の怖さを知っていますか

火災が起こらなければ犠牲者は減ったのか

 兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)直後の被災地の映像として、街のいたるところで火災が発生し、大規模な延焼火災が起こっている様子が映し出されることが多いので、この地震による死者の多くは火災による犠牲者だと思っている人がいますが、これは間違いです。
 兵庫県の監察医のみなさんがまとめた、地震から2週間以内に神戸市内で亡くなられた人々(3875名のなかで詳細な分析の行なわれた3651名)の死亡原因の調査結果をみると、圧倒的に多いのは呼吸ができなくなって亡くなった「窒息死」で全体の53.9パーセント、次が、多臓器不全などにつながる「圧死」で12.4パーセント、その他を含め、建物もしくは家具が原因による犠牲者が全体の83.3パーセントを占めます。残りの16.7パーセントの犠牲者の9割以上を占める15.4パーセントの犠牲者は、火災現場で発見されています。そしてその約8割に当たる12.2パーセントの人たちは、生きている状態で火事に襲われたことがわかっています。では、なぜ生きていたのに、火事から逃げることができなかったのでしょうか?
 その理由は明解です。彼らのほとんどは被災した建物の下敷きになって逃げ出せない状況だったのです。建物に問題がなければ、彼らは火事が襲ってくる前に逃げ出せるので、焼死しなくてすんだのです。つまり焼死した犠牲者の原因にはまず建物の問題があったということです。
 以上の話から、建物の問題(一部家具含む)を原因として亡くなった犠牲者の割合は、83.3パーセントと12.2パーセントを合わせた実に95.5パーセントにも達することがわかります。

地震対策で最優先すべきこと

 地震対策で最も優先すべきものは何でしょうか。地震後の火災による焼死者の問題、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などの心理的な問題、地域コミュニティ崩壊の問題、避難所・仮設住宅の問題、瓦礫やごみとその処理による環境への問題、地域経済の衰退の問題など、いろいろな問題が兵庫県南部地震の後に指摘されました。もちろんこれらは問題として発現したのですから、それに対応する対策は対症療法としては進めるべきです。しかし、これらに対応する対策を個別に推し進めていっても、本質的な問題解決にはつながらないのです。
 これらの問題がなぜ起こったかというと、地震直後に25万棟の家が全半壊し、約5500人の人たちが亡くなってしまったことが最大の原因です。これが、緊急対応期から、復旧・復興期までに発現したさまざまな問題の本質的な原因だったことを私たちはもっと深く認識すべきです。
 これまでの話からわかるように、近い将来に大きな地震を繰り返し受ける可能性の高い日本が考えなければいけないのは、建物の耐震化を最重要視した対策です。
 地震で亡くなってしまう人の数を減らすことが地震防災の最重要課題だとすれば、既存の弱い建物や施設の補修や補強、建て替えが最も優先順位の高い課題です。この点を常に強調していかないと、私たちはまた確実に同じ悲惨な状況に直面してしまいます。地震の時に亡くなった人を「地震の犠牲者」と呼ぶことが多いのですが、彼らは地震で亡くなっているのではありません。構造物が彼らを傷つけ、殺しているのです。
 耐震性の高い施設や構造物の建設にはそれなりのコストがかかります(とはいっても、設備を含めた全体経費からみれば少額の予算で耐震性は大幅に向上します)が、見てくれや経済性にばかり気をとられ耐震性への配慮を怠ると、自分の生命、家族や家庭が崩壊しかねない悲惨な状況を生んでしまうことを自覚して下さい。そしてこれらの大切なものは、いずれも代替のきかないものである点を認識していただくことが大切です。

兵庫県南部地震での神戸市の犠牲者の死亡原因

目黒公郎さん

東京大学生産技術研究所都市基盤安全工学国際研究センター長
目黒公郎
めぐろ・きみろう
1991年東大大学院博士修了、2004年より現職。「現場を見る、実践的な研究、最重要課題からタックル」をモットーに、ハードとソフトの両面からの防災戦略研究に従事。

所在地 〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1 電話番号 03-5253-2111(大代表)
内閣府政策統括官(防災担当)

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