記者の眼

「優等生」の悲劇

 鳥肌が立ったのを、今でもはっきり覚えている。昨年8月9日、台風9号による豪雨で兵庫県を中心に20人以上が犠牲になった災害。最も被害が大きかった同県佐用町では、死者20人のうち、避難の途中で増水した川に流されるなどした人が12人にのぼった。
 私はその2日前の毎日新聞夕刊(東京本社発行版)で、「近年の豪雨災害の犠牲者の約1割が避難途中に死亡した」という牛山素行・静岡大防災総合センター准教授の調査結果を紹介し、避難に関する注意を呼びかける記事を書いていた。取り上げた懸念が直後に現実となり、恐ろしささえ感じた。この豪雨被害は、行政や防災関係者にも衝撃を与えた。佐用町で死亡した12人は町の避難勧告を受け、あるいはそれ以前に自主的に、町が指定した避難所に向かっていたとみられる。つまり、防災意識の高さがかえってあだとなってしまったといえるからだ。犠牲者のなかには、自宅の2階に逃げていれば助かった可能性がある人もいた。
 現地調査を実施した牛山准教授は、「従来の防災の考え方では、市町村指定の避難所にできるだけ早く行くことが正しい避難方法とされており、佐用町の犠牲者はその意味で『優等生』だった。しかし、ある程度浸水した場合は移動するのは危険で、むしろ自宅やすぐ近所の高所に避難した方がいい。避難方法は状況に応じて柔軟に判断する必要がある」と指摘する。
 昨年は7月にも、九州北部と中国地方で梅雨前線の活発化による豪雨災害が発生した。山口県防府市では特別養護老人ホームが土石流に襲われるなど、14人が死亡。市の避難勧告が遅れ、土石流の発生に間に合わなかったことなどが問題となった。
 国は平成17年に「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン」を策定し、市区町村に対して避難勧告・指示の発令基準や伝達方法などを定めるよう促してきた。しかし、昨年の一連の豪雨災害は、避難の方法や避難勧告のタイミングに関する考え方を見直す必要性を突きつけた。内閣府は昨年10月、防災の専門家らでつくる「大雨災害における避難のあり方等検討会」を設置し、ガイドラインを再検証。今年3月に報告をまとめ、自治体に対し、気象予測情報などを活用して避難勧告の判断を早めるほか、「むやみに屋外に出ない」「自宅の2階に逃げる」など、状況に応じた避難方法の具体例を住民に示すよう求めた。
 「ゲリラ豪雨」が頻発するなど、近年は水害のリスクが高まっているとされる。いかに迅速に被災の危険性を見極め、住民に適切な防災情報を伝えるか。自治体には難しい対応が求められるが、精度の高いハザードマップの作成、情報収集・連絡体制の強化といった実用的な備えを進めてほしい。一方で、住民側も行政に頼るばかりでなく、近所の浸水の危険箇所を確認するなど、いざという時に自ら判断して行動するための知恵を養うべきだろう。悲劇の教訓を生かさなければ、失われた命が報われない。
 全国紙記者として、各地の先進的な取組を広く紹介し、時には問題提起をすることで「減災」を後押ししていきたい。

福永方人さん

毎日新聞東京本社
社会部記者

福永方人
ふくなが ほうじん
平成14 年毎日新聞社入社。秋田支局などを経て平成21年4月から東京本社社会部。

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内閣府政策統括官(防災担当)

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