過去の災害に学ぶ 21

1959年9月26日 伊勢湾台風 その2

昭和34年、紀伊半島に上陸した伊勢湾台風。台風災害による犠牲者としては明治以降最多となる5098人に及ぶ大災害を引き起こしました。しかし、そのような中でも適切な避難によって犠牲者をゼロにしたり、大幅に軽減できた市町村もありました。どのような避難が行われたのかを報告します。

文:安田孝志(岐阜大学工学研究科環境エネルギーシステム専攻エネルギーシステム講座教授)

前回述べましたように、伊勢湾台風災害は高潮によって被害が激甚化し、愛知・三重両県に4300人近い犠牲者を出す歴史的大災害となりました。しかし、高潮災害の場合、被災地域は沿岸域に限定されますので、そこから避難さえできれば人的被害をゼロとすることも可能です。事実、図-1に示します伊勢湾に面した三重県楠町(当時)は、町内の大半が浸水しながら(図-2、写真-1)、1人の犠牲者も出しませんでした。その一方で、同じ三重県の木曽岬村は、湾奥部の干拓地ということもありましたが、村民の1割を超える328人に及ぶ犠牲者を出しました。このような違いは適切な避難の有無に因るところが大きかったと考えられます。今回は、伊勢湾台風災害を住民避難の観点から分析します。

伊勢湾台風当時の気象台などからの警報や台風情報の住民への伝達ルートは、(1) 電電公社(現NTT)、(2) 行政機関および (3) NHK等の放送の3ルートでした。(1) および (2) のルートでは、市町村を介するためにそこの判断・対応によって住民への伝達内容・時間に差が生じました。また、伊勢湾台風来襲時の (3) のルートによる報道は、それまでの被害状況伝達目的の“被害報道”から台風情報伝達目的の“防災報道”に転換した最初のものでした。しかしながら、停電のために折角の“防災報道”も多くの住民には届かず(当時の電池式ラジオの普及率は名古屋市で21%)、避難につながりませんでした。このため、生死を分けた台風情報が必ずしも適時適確には伝わらず、人的被害を大きくしたと言えます。

表-1は、(2) の行政機関ルートによる伊勢湾台風来襲時の各市区町村からの避難命令発令時刻を示したものです。気象台からの高潮警報は名古屋港での潮位が最高位に達した26日21時35分の約10時間前の11時15分に発令されていましたが、市区町村によってそれへの対応が大きく異なっていたことが分かります。早い所では13時に避難命令が発令されていましたが、避難命令が発令されないまま被災した所もあります。特徴的な点は、伊勢湾台風来襲の6年前の1953年に13号台風によって大きな被害が発生した知多半島から三河湾にかけての碧南、美浜、武豊、内海の市町村では発令が早く、これら4市町村全体での犠牲者も26名に留まったのに対し、13号台風による被害が比較的軽かった伊勢湾奥部の市区町村では発令が遅かったことにあります。特に、1600年以降の干拓によって陸地化された長島町などでの避難命令の発令が19時を過ぎていたことは致命的でした。発令された時は既に停電のために真暗闇の暴風雨となっており、長島町では381人の犠牲者を出すことになってしまいました。

被災経験とその受け止め方の差が避難行動に大きな影響を及ぼしたと言えます。何故、危険度の高い湾奥部で過小評価し、避難が遅れたのでしょうか? その理由を「体験伊勢湾台風—語り継ぐ災害・復旧—」の中でのW氏の発言「伊勢湾台風の時の反省の一つに、予報がラジオで流れたのが、「昭和28年の13号台風に、勝るとも劣らない大型台風だ」という放送の、一点張りだったということです。早く停電して、唯一の頼りはトランジスターラジオだったのですが、それが同じ文句を繰り返していました。ところが、伊勢湾の奥では、13号台風はたいしたことはなかったのです。その頭があるから、ちょっと油断した感じがありました。これが避難を遅くしたり、被害を大きくした原因の一つかもしれません」から読み取ることができます。

しかしながら、同じように13号台風によって被害を受けた三重県楠町の場合、伊勢湾台風による犠牲者はゼロでした。その違いとして、当時助役だった中川薫氏の存在、町民の水防意識の高さと水防を最重要施策の1つとする町政が指摘されています。このことが、気象台からの情報に加えた自前の気象測器による現況把握とそれに基づく26日午前9時の町議会招集による水防態勢と避難措置の協議、町人口の1/4近い2500人の水防団・消防団の待機出動の指示、午後3時の避難命令の発令と水防団による伝達・誘導などの迅速な対応を可能とし、犠牲者ゼロにつながったと言えます。

楠町の例を貴重な教訓として継承し、予想される地球温暖化による台風強大化対策等に生かしていくことが強く求められています。

図-1 伊勢湾と市町村(当時)の位置

図-2 伊勢湾台風による楠町の浸水状況(楠町史、1978)

写真-1 伊勢湾台風による楠町の被災状況

写真-1 伊勢湾台風による楠町の被災状況

表-1 伊勢湾台風時の各市区町村の避難命令発令時刻

伊勢湾台風 PROFILE
上陸時中心気圧:929.5hPa / 高潮:3.55m(名古屋港) / 死者・行方不明者:5,098人 / 住家全壊:40,838棟 / 半壊:113,052棟

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