記者の眼

地震予知への期待よりも…

 友人と仕事の話になり、「新聞社の科学分野を担当する部署にいて、地震の取材をする機会が多い」と伝えると、おおかた次の質問が返ってくる。「関東大震災はもうじき来るのか」だ。
「関東大震災と震源は違うが、南関東でマグニチュード7級の地震が30年以内に70%程度の確率で起きるとの見通しを国は出している」と答えると、友人たちは70%と高い値に慌て始める。だが、震災から身を守る備えについての話題には発展しない。
 友人たちの姿勢には、「地震直前の予知情報が欲しい。30年なんて長い期間を言われても漠然としているので、備えは後回し」という意識が見え隠れする。
 この10年間で、地震発生の仕組みを解き明かす研究は著しく進んだ。1995年の阪神・淡路大震災以前は、前震などの地震直前に表れる現象をいかにとらえようとするものが主流だった。震災後は地震が地下で起きる仕組みを理解し、その知見に基づいて予知をしようという姿勢に変わった。
 研究が進む中で、プレート境界の地震は、「固着域」と呼ばれる強い地震波を出す領域が、急激に滑って起きるなどが分かってきた。固着域はおおむね定期的にずれることも知られ、地震の発生確率が過去の履歴から求められるようになった。
 ただ発生確率を求める計算も、精度面から30年や10年の単位で求めるのがせいぜい。友人の「地震発生を直前に教えて欲しい」という要望には応えきれない。固着域の理論などを基にスーパーコンピューターで1年〜数カ月前から地震発生の確率を求める技術の開発も始まったが、実用化は早くても20年後だ。
 地下での現象は目で見ることはかなわず、今の科学では地震発生を直前に知るのは極めて難しい。唯一、東海地震は数時間〜数日前に予知できるかもしれないとされているが、地盤のひずみの変化が示す前兆をとらえるのは「簡単ではない」と研究者も明言している。
 一方、強い揺れに備える防災技術の方は、実生活で使える水準のものが多くある。以前に静岡県の地震防災センターを見学したが、家具を固定する器具や、家の一部だけでも耐震補強する方法などが展示されていた。
 微動を先にとらえ、強い揺れを事前に知らせる「緊急地震速報」も利用したい。断層がずれる現象である地震の発生をいち早くとらえるシステムで、発生前に知る予知とは異なるが、2007年の新潟県中越沖地震や08年の岩手・宮城内陸地震で地震速報を聞いた人が身を守ろうした事例もある。こちらは地震研究を進めるうちに発明された。
 ここ数年、地震はめったに起きないと住民が思っていた地域で内陸型地震が発生している。地震の予知に淡い期待を寄せるよりも、いつ強い揺れに襲われてもいいように備えをしておくほうが、無事に生き残れる可能性は高い。
 地震研究に進展はあるものの、今の段階では直前予知の実現は極めて難しい現実を国民にもっと知ってもらう必要があるだろう。現状が認識されれば、防災対策を進めなくてはという気持ちを持ってもらえるはずだ。具体的な対策のやり方が分からないといった声も聞く。こうした疑問を一般人がぶつけられる体制作りが行政には求められる。

米山粛彦さん

読売新聞科学部
米山 粛彦
よねやま きよひこ
2001年、読売新聞社入社。盛岡支局を経て、06年から科学部。

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内閣府政策統括官(防災担当)

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