第2節 近年の火山をめぐる動向と予防的観点からの法改正
前節のとおり、御嶽山噴火を踏まえた活火山法の改正以降、各火山地域において火山防災対策が進められてきたが、近年の国内火山をめぐる状況に鑑み、活動火山対策の更なる強化を図る動きがある。
例えば、富士山では富士吉田市市街地近くに新たな火口位置が特定されたこと(雁ノ穴(がんのあな)噴出物の火口)などにより、想定される火口範囲が広がった。また、火山ハザードマップの基となるシミュレーションの結果、火山噴火に伴う各現象の影響範囲が拡大し、溶岩流や融雪型火山泥流が到達する可能性のある市町が新たに追加された。これを受け、富士山火山防災対策協議会では、令和3年(2021年)に富士山ハザードマップを改定し、これに基づく避難計画も令和5年(2023年)に改定した(図表2-2)。
また、桜島では、大規模噴火の可能性が指摘されている。日本における20世紀最大の火山噴火とされる大正噴火では、大正3年(1914年)1月12日10時5分に桜島の西側山腹で噴火が開始し、その10分後には、東側山腹から大音響とともに爆発が発生した。流出した溶岩により、島の西側に位置した複数の集落が埋没し、東側では幅400m、深さ72mあった瀬戸海峡を閉塞し、大隅半島と陸続きとなった。
出典:鹿児島県立博物館
この大正噴火から110年が経過した現在、地下にあるマグマだまりには、大正噴火発生当時と同等量のマグマが蓄積されていると推定されており(図表2-3)、次の大規模噴火に対する警戒を要する時期に入ったとされている。
このような近年の国内火山をめぐる状況に鑑み、噴火災害が発生する前の予防的な観点から、活動火山対策の更なる強化を図り、住民や登山者等の生命及び身体の安全を確保することを目的として、令和5年(2023年)に活火山法が議員立法により改正された(令和6年4月施行)。
本改正の主なポイントは6点あり、それぞれについて紹介する。
(1)避難確保計画の作成等に係る市町村長による援助等について(法第8条関係)
火山現象の発生時に、噴火警報や避難指示といった情報を住民や登山者等に確実に伝え、迅速かつ円滑に避難が行われるためには、不特定多数の方が利用する施設(山小屋、ロープウェイ駅、宿泊施設等)や、避難に時間を要する要配慮者が利用する施設(老人福祉施設、病院、学校等)における利用者の安全を確保するための取組が重要となる。このため、これらの施設であって、かつ、市町村地域防災計画に名称及び所在地が定められた施設(以下「避難促進施設」という。)では、平成27年(2015年)の活火山法改正により防災体制や利用者の避難誘導、訓練及び防災教育に関する事項等を定めた避難確保計画を作成・公表するとともに、これに基づき訓練を実施することが、求められるようになった。しかしながら、現状として、施設管理者等が避難確保計画を作成するためのノウハウを有していないことや、小規模な施設にとっては計画作成自体が負担となっていることなどの課題もあり、取組が進んでいない施設も存在している。
上記を踏まえて、避難促進施設の所有者又は管理者が避難確保計画の作成等を行うに当たって、市町村長が必要な情報提供や助言、その他の援助をするとともに、必要に応じて、火山防災協議会に意見を求めることができることが明記された。
(2)登山者等に関する情報の把握等について(法第11条関係)
火山現象発生時の救助・捜索活動に際して、被災者情報の収集と集約、被災した可能性のある登山者の早期把握、安否確認等を円滑に進めるためには、登山届等により登山者等の情報をあらかじめ把握しておくことが重要になる。また、登山者等自身においても、火山へ立ち入る際には、突然の噴火の可能性など、一定のリスクがあることを認識し、自らの安全を確保するために必要な手段を講じておく必要がある。このため、地方公共団体に対しては、登山者等の情報を把握すること、登山者等に対しては、自らの安全を確保する手段を講じることについて、従来から努力義務規定が設けられているところであるが、この取組をより一層促進させる必要がある。
今回の活火山法改正では、必要な情報及びその重要性についての規定も追加され、努力義務規定の内容が強化された。
具体的には、地方公共団体は、登山者等の円滑かつ迅速な避難の確保を図るため、立入りの日や移動の経路など、登山者等に関する情報の把握に努めなければならないこととするとともに、オンラインによる登山届の導入など、情報提供の容易化に必要な配慮をすることが追加された。
一方、登山者等は、立入りの日や移動の経路等の情報が、火山現象の発生時における救助活動にとって重要であることに鑑み、地方公共団体への当該情報の提供に努めるとともに、火山噴火のおそれに関する情報の収集や関係者との連絡手段の確保、円滑かつ迅速な避難のために必要な手段を講ずるよう努めなければならないこととされた。
これらの改正を踏まえ、登山届の提出率を向上させるための取組が一層推進されることが期待されている。
(3)迅速かつ的確な情報の伝達等について(法第12条関係)
活火山法において、気象庁は、火山の爆発から住民等の生命及び身体を保護するため必要があるとき、火山現象に関する情報を関係都道府県に通報し、通報を受けた都道府県は、指定地方行政機関や指定地方公共機関、関係市町村等に必要な通報又は要請をしなければならないと規定されている。また、都道府県から通報を受けた市町村長は、その情報を住民や登山者、その他団体等に伝達しなければならないと規定されている。特に火山現象の発生時においては、住民等の円滑かつ迅速な避難のための情報伝達が重要となる。
このため、今回の法改正では、情報通信技術を活用するなどして、火山現象の発生時における円滑かつ迅速な避難のために必要な情報が住民等に迅速かつ的確に伝えられるようにすることが明記された。
(4)火山に関する専門人材の育成及び継続的な確保等について(法第30条関係)
火山現象を科学的に理解し、適切な防災対策につなげていくためには、火山に関する専門的な知識を有した人材が必要である。平成27年(2015年)の活火山法改正を受けて、火山専門家の育成が図られているが、国と地方公共団体がより一層連携して火山に関する人材を確保していくことが重要である。
このため、今回の法改正では、国及び地方公共団体は、相互の連携の下に、火山に関し専門的な知識又は技術を習得させるための教育の充実を図り、能力の発揮の機会を確保すること等を通じた人材の育成及び継続的な確保に努めなければならないことが明記された。
例えば、文部科学省では、火山に関する広範な知識と高度な技術を有する火山研究者の育成を行うため、平成28年度(2016年度)から「次世代火山研究・人材育成総合プロジェクト」を実施している。令和6年度(2024年度)からは、火山研究者を目指す社会人や自治体等における実務者にも対象を広げ、即戦力となる火山研究・実務人材を育成するプログラムを実施予定である。また、内閣府等では、全国の火山防災協議会に参画する火山専門家が、各協議会の枠を越えて横断的に情報交換できる会議を開催し、若手専門家が火山防災対策を進める上で抱えている課題などについても共有・意見交換できる場を設け、専門人材の育成機会としても活用している。
地方公共団体においても、上記改正の趣旨を踏まえた取組について検討されることが期待される。地方公共団体の先進的な取組の事例としては、山梨県で採用している富士山噴火対策の専門ポストとなる「火山防災職」が挙げられる。本職は、富士山火山防災対策の各種計画や防災訓練、研修会等に関する企画立案及び運営業務に携わり、行政職員と火山専門家という2つの顔を持つ貴重な人材として期待されている。
(5)火山調査研究推進本部について(法第31条~第36条関係)
火山の噴火現象は、多様で予測が難しく、大規模な噴火が発生すれば、長期間にわたり広範囲に甚大な被害をもたらすことから、火山災害を軽減するためには、火山の観測や調査研究を実施し、火山活動を適切に評価することが重要となる。
国として、火山に関する観測、測量、調査及び研究を一元的に推進することの必要性から、文部科学省に特別の機関として「火山調査研究推進本部」(以下「火山本部」という。)が新たに設置された。
火山本部には、政策委員会と火山調査委員会の2つの委員会が設置されている。政策委員会では、火山の調査研究に関する総合的かつ基本的な施策や調査観測計画を策定する。本計画に基づき、関係行政機関や大学等において観測、測量、調査及び研究が行われる。火山調査委員会では、調査研究の成果を収集、整理、分析して、総合的な評価を行う。
このような形で、火山本部では、国の火山研究の司令塔として国内の火山調査研究を一元的に推進し、その成果が火山防災対策の強化につながることが期待されている。
(6)火山防災の日について(法第37条関係)
国民の間に広く活動火山対策についての関心と理解を深めるため、8月26日が新たに「火山防災の日」と定められた。これは、我が国で最初の火山観測所が浅間山に設置され、観測が始まった日である明治44年(1911年)8月26日が由来となっている。
国及び地方公共団体は、「火山防災の日」には、防災訓練等その趣旨にふさわしい行事が実施されるように努めることが規定された6。地方公共団体においては、その実効性を上げるため、地域の実情に応じて、9月1日の「防災の日」に関連して実施される防災訓練やイベント等と連携させるなど、工夫して実施されることが期待される。
内閣府では、令和4年度(2022年度)から火山防災訓練の検討・実施に関する支援事業を実施しており、支援等を通して得られた成果に基づき、令和5年(2023年)8月に訓練の企画等を支援するための「地方公共団体等における火山防災訓練の企画・運営ガイド(第1版)」と「地方公共団体等における火山防災訓練の取組事例集(第1版)」を作成し、ホームページで公表している7。
これらの資料も活用しながら、火山地域における防災訓練等の取組が促進されることが期待される。
過去の噴火に学ぶ -富士山宝永噴火の概要-
宝永噴火は、旧暦宝永4年11月23日(1707年12月16日)の正午前ごろに始まった。富士山の南東斜面に開いた火口から立ち上った噴煙は成層圏に達し、火口東側の上空は噴煙に覆われ、辺り一面が暗くなったと言われている。噴火は12月9日未明までの16日間断続的に続き、火山灰は西風にのって江戸や房総半島周辺にまで降り積もった。
富士山の周辺地域では、噴石や火山灰などの噴出物が降り注ぎ、地震や噴出物の重みで家屋の倒壊などが多数発生したものの、火砕流や溶岩流が村里に押し寄せるなどということはなく、また、冬季で登山者がいなかったことから、多くの死者や怪我人が出たとする記録は見当たらない1。しかし、周辺の田畑は多いところで数メートルも埋没して、その後の長期間にわたり耕作ができなくなった。また、火山灰は富士山の東側に位置する酒匂(さかわ)川などの河床にも堆積し、さらには大雨時に山々からも大量の火山灰が流れ込み、幾度も浸水被害を引き起こすなど、その影響は長期に及んだ。
この噴火では、火山から遠く離れた地域においても、火山灰による住民の生活や健康への影響が生じた。例えば江戸では、降り注いだ火山灰が乾いた風に舞い、のどを患う者が増えたことで、風邪が流行したという記録が残っている2。さらに、現代の都市が広く火山灰に見舞われた場合には、健康への影響に留まらず、車や鉄道による移動が制限される、停電や断水が発生するなど、生活や社会経済活動に大きな影響が生じることも想定される。このような想定される影響を踏まえ、現在、内閣府を始めとする関係省庁と地方公共団体等が連携し、富士山噴火に伴う広域降灰に対する課題や対策について検討を進めている。
富士山ではこれまで、宝永噴火以外にも様々な規模、様式の噴火が発生している。例えば、平安時代に発生した貞観噴火では、多量に放出された溶岩流が本栖湖まで達したとされている。今後、富士山で、いつ、どのような噴火が起こるのかは分からないが、こうした過去の噴火履歴や当時の経験を生かして、ハザードマップの作成や避難計画の策定など、将来の噴火に備えた対策が進められている。
1:中央防災会議(2006)「1707富士山宝永噴火報告書」p.161
2:中央防災会議(2006)「1707富士山宝永噴火報告書」p.78
海底火山について知る -水面下で起きている火山活動-
我が国はプレートの沈み込みに伴う火山活動が活発な「火山大国」であり、現在は111の活火山が存在することが知られているが、その多くは火山活動の把握が可能な陸域のものであり、海域にはまだまだ未知の活火山が眠っていると考えられている。海域火山の調査研究は陸の火山に比べて大きく後れを取っており、不意打ちの火山噴火によって火山災害が大きくなる懸念がある。
こうした背景を踏まえ、国立研究開発法人海洋研究開発機構(以下「JAMSTEC」という。)では、海域火山における災害の発生予測や地球環境への影響評価を行い、災害の軽減につなげることを目指して、海域の火山と地球内部を統合的に理解する調査研究を推進している。
JAMSTECでは、近年火山活動が活発な伊豆・小笠原諸島周辺海域を主要なターゲットと位置付け、所有する海底広域研究船「かいめい」などの船舶を用いて火山試料の採取や地下構造データ等を取得し、詳細に解析することにより火山活動の理解を目指している。令和3年(2021年)8月に爆発的な噴火が発生した福徳岡ノ場では大量の軽石が日本各地の沿岸に漂着し、漁業の操業等に想定外の大きな影響が出たことは記憶に新しい。JAMSTECではそれらの軽石を詳細に分析し、この爆発的な噴火は火山地下深くからマグマ溜まりに貫入した玄武岩マグマの影響により引き起こされていたことを明らかにした。また、令和5年(2023年)10月に鳥島周辺で地震活動が活発化し、津波が発生した際には、「かいめい」を用いて周辺海域の緊急調査航海を実施し、孀婦海山(そうふかいざん)の中央付近にカルデラ状の海底地形があることを確認した。現在はこのカルデラ状の海底地形と一連の地震・津波活動の関連性を分析している。
漂着した軽石(南大東島、沖縄県)の写真
6 気象庁では、火山防災を推進するため、より多くの方に火山の魅力・恩恵を知っていただきつつ、火山災害に備えていただけるよう、「火山防災の日」特設サイトを気象庁ホームページ内で公表している。
(参照:気象庁ホームページ「火山防災の日」特設サイト:https://www.data.jma.go.jp/vois/data/tokyo/kazanbosai/index.html)

7 内閣府ホームページ(参照:https://www.bousai.go.jp/kazan/shiryo/index.html)
