第4節 国民の防災意識の変化、自助・共助の取組の進展
関東大震災から得られた教訓の一つは、国民一人一人の防災意識や、それに基づく「自助」「共助」の取組が、地域の防災力を高める上で不可欠な要素であるという点である。
関東大震災の発生当時から継続的に国民の防災意識や防災の取組状況を把握している調査は無いものの、ここでは、内閣府の世論調査及び消防庁の調査等を基に、昭和後期以降の動向を分析し、今後の課題を検討する。
4-1 国民の防災意識と「自助」の取組の進展
(阪神・淡路大震災以前は低かった国民の防災意識)
昭和59年(1984年)9月の「防災に関する世論調査」において、「あなたの家庭では大地震が起こった場合に備えて、何らかの対策を講じていますか、いませんか」という問い(複数回答方式)を初めて実施したところ、「特に何もしていない」という回答が41.6%に上った(図表2-9)。
その後3回の調査でも国民の防災意識の高まりは見られなかったことから、今から約30年前の平成4年版防災白書では、国民の被災体験の有無と防災意識の関係性に触れつつ、次のような考察を行っている。
「関東大震災が発生したとき20歳の者は、現在90歳になろうとしているところであり、伊勢湾台風の災害に見舞われたとき20歳の者も、すでに50歳代になっており、過去の大きな災害の体験はますます風化していくであろう。」11
当時の白書はこのように述べた上で、災害映像や起震車等の積極的利用によって擬似的に災害体験を積むことの必要性を論じていた。
このような国民の防災意識の傾向が大きく変わる契機となったのは、阪神・淡路大震災(平成7年(1995年))の発生である。同震災の発生から間もない平成7年9月に実施した世論調査では、「特に何もしていない」は26.3%まで急減した。
また、具体的な「自助」の取組の実施率をみると、「家具等の固定」が6.8%から12.7%(昭和59年と平成7年の比較)、「食料や水の備蓄」が11.4%から23.3%(昭和62年(1987年)と平成7年の比較)と、それぞれ大きく上昇した。このことは、阪神・淡路大震災において、死者の死因の大半が家具の転倒等による圧迫死であったことや、発災直後の避難所では食料・物資の量が圧倒的に不足したなどの事実12が知られたことが要因になっていると考えられる。
(平成中期に相次いだ地震災害による国民の防災意識の向上)
阪神・淡路大震災以降も、平成16年(2004年)新潟県中越地震、平成19年(2007年)新潟県中越沖地震、平成20年(2008年)岩手・宮城内陸地震など、平成時代の中期には各地で地震災害が相次いだ。
平成7年の世論調査以降、東日本大震災(平成23年(2011年))発生までの間に、計6回の世論調査を実施しているが、この間、「家具等の固定」が12.7%から26.2%(平成7年(1995年)と平成21年(2009年)の比較)、「食料や水の備蓄」が23.3%から33.4%(同)、「避難場所の確認」が20.6%から34.2%(同)、「家族との連絡方法の確認」が16.1%から25.7%(同)と、いずれもおおむね上昇傾向を維持した背景には、このような相次ぐ地震災害を受けた国民の防災意識の高まりがあったと考えられる。
(東日本大震災発生後の「自助」の取組は頭打ち傾向)
言うまでもなく、東日本大震災(平成23年(2011年))の発生は、国民の防災意識を一層大きく高めることになり、平成25年(2013年)の世論調査では、「特に何もしていない」と回答した者が10.8%まで低下した。また、具体的な「自助」の取組についても、「家具等の固定」が40.7%、「食料や水の備蓄」が46.6%と、実施率が前回調査よりもそれぞれ10ポイント以上上昇した。
しかし、東日本大震災後、平成28年(2016年)に熊本地震が発生し、大きな被害をもたらしたにもかかわらず、その後に実施した平成29年(2017年)の調査では、例えば「家具等の固定」が40.6%となるなど、自助の取組の実施率は頭打ち傾向にある。また、直近の調査である令和4年(2022年)の調査は、それまでの個別面接聴取法と異なり郵送法で実施しているため、従前の調査結果との単純比較はできないものの、総じて取組の実施率は高まっていないおそれがある。
(国民が取組に着手するためのきっかけづくりが必要)
近年は、地震災害に加え、台風、豪雨、土砂災害などの風水害が相次いでいるものの、国民による「自助」の取組の実施率が頭打ち傾向にある背景として、多くの国民にとっては報道で見聞きするだけであり、自らが被災者となる実感が得られないことから、災害の発生を契機とした国民の防災意識の高まりが得られにくくなっているとも考えられる。
一方で、令和4年の調査では、「自然災害への対処などを家族や身近な人と話し合ったことがない」と回答した者(全体の36.9%)に対して、その理由を新たに聞いたところ(複数回答方式)、「身の回りで自然災害が起きたとしても安全だと思うから」や「身の回りで自然災害が起きないと思うから」との回答選択率は少なく、「話し合うきっかけがなかったから」の回答選択率が圧倒的に高かった(58.1%)。このことから、国民の多くは、自然災害のリスクを認識しているものの、着手の一歩を踏み出せない層が一定程度あることが分かる(図表2-10)。
また、令和4年の調査で大地震に備えての対策について、「特に対策は取っていない」と回答した者は、回答者の13.9%に当たるが、これを回答者の属性別に見ると、地域別には、東京都区部の居住者では6.4%となっている。また、年齢階層別では18~29歳が17.2%、30~39歳が17.6%であるのに対して、70歳以上では11.4%となっている。このように、東京都区部の居住者や高齢者層の方が、その他の階層よりも対策を取っている者の割合が高い。このため、このような対象地域や年齢層による違いも意識した上で、まだ着手の一歩を踏み出せていない国民層に働きかける取組を強化していくことが求められる(図表2-11)。
11 国土庁「平成4年版 防災白書」p198~p199
12 内閣府「阪神・淡路大震災教訓情報資料集」