4 各地域で広がっている「新しい公共」の力を活かした防災活動
ここまで,阪神・淡路大震災以降の民間主体の各種防災活動の広がり,及び現在の地域防災力を取り巻く環境について述べてきたところであるが,ここでは,「新しい公共」の力を活かして,地域防災力の向上に寄与しているボランティア,企業,学校などによる具体的な防災活動の事例を紹介したい。
(1)ボランティア団体の取組例
○手作りで進める地域の防災活動
「たかしま災害支援ボランティアネットワークなまず」は,2001年に地元住民の発意で設立された。活動の一環として,災害の起こる前の「備え」の必要性と緊急性を地域の皆さんに伝えねばならないと考え,「地域防災出前講座〜笑って減災 なまず流〜」という名前の出前講座を開催している。
「防災」を,いかにわかりやすく,身近なものとして伝えるか,漫才,劇,クイズ,腹話術,大型ロール紙芝居などを,台本から道具まで工夫しながら手作りで行っており,20種類を超えるプログラムを持っている。出前講座の対象は高齢者から子どもまで,地域のリーダーや企業の社員研修会からも依頼があり,現在では滋賀県内外へ年間50回以上の講演を行っている。
○「生活者や子どもの視点」を取り入れた防災活動
浜松市を中心に活動する特定非営利活動法人「はままつ子育てネットワークぴっぴ」は,もともと,多くの人が浜松市を子育てしやすい街と感じられるよう,子育て支援活動を行う団体として発足した。この団体が防災活動を開始するきっかけとなったのは,防災について考える場に生活者や子どもの視点が欠落していると感じたことなどであった。
具体的な活動として,例えば,市内外の子育て支援団体等への防災出前講座を実施しており,日常身近にあるもので被災時に役立つものを作る取組を行っている。就寝中の被災に備えて用意する履物を新聞紙で作る「パリパリスリッパ」や被災後の防寒・防塵を兼ねたゴミ袋で作る「簡単カッパ」など,子どもから大人まで,楽しみながら防災活動を行ってもらえるよう工夫をこらしている。
同団体は,子育て中の世代や子どもたちに,防災を日常的なものとして感じてもらえるよう,今後とも地域の自治会や幼稚園・学校などと連携して活動を広げていくこととしている。
○震災からはじまったボランティア活動
平成16年,新潟県は7月の集中豪雨,10月の中越地震と自然災害に立て続けに見舞われたが,その際には,県内外から多くのボランティアが被災地に入り,様々な活動が行われた。「にいがた災害ボランティアネットワーク」は,これらの災害の経験,教訓を将来につなげていくため平成17年に設立された特定非営利活動法人である。
この団体では,被災地でのボランティア活動に必要な活動資機材を平時から備蓄し,被災地に貸与するレスキューストックヤード事業として,三条市に10トントラック1台分の資機材をストックしている。また,災害発生時の情報収集を行う災害先遣隊の派遣,災害ボランティアセンター立ち上げなどに必要な人材の派遣,ボランティアなどの養成講座や啓蒙活動などの人材育成等の事業を実施している。
平成17年,18年度は,中越地震の被災地である長岡市川口町に対し除雪機械や活動用機材の貸与を行い,平成19年度の能登半島地震に際しては石川県の被災地へ人材派遣を行った。
(2)企業の取組例
○コンビニエンスストア等による災害時帰宅困難者支援の取組
日本フランチャイズ協会に加盟しているコンビニエンスストア10社及び外食企業1社は,平成17年2月に関西広域連携協議会(2府5県3政令市が加盟,その後,平成19年7月に「関西広域機構」に改組・改称)との間で「帰宅困難者支援協定」を結んだ。
大規模地震が発生した場合などには,鉄道やバスなどの帰宅の足を奪われた人たちが行き場を失い,多くの人が帰宅困難者となることが懸念されるが,「帰宅困難者支援協定」は,このような場合に備え,地域に点在するコンビニエンスストアや外食チェーン店が,「水道水」「トイレ」「道路情報」の提供等の支援を行うことを予め自治体との間で取り決めておくものである。
同協定に参加した店舗には,日本語だけでなく英語,中国語,韓国語で表示された「災害時帰宅支援ステーション・ステッカー」が掲示され,多くの人の目に留まるようになっている。
なお,この協定は,関西の後,関東八都県市でも結ばれ,関西広域連携協議会で策定されたステッカーが統一ステッカーとして各店舗で使用されている。
○災害対応型給油所の取組
可燃性の危険物を取り扱っているガソリンスタンドは,各種法令に基づく厳しい基準で建築されており,阪神・淡路大震災の際にも,周辺の建物が倒壊・消失する中,ガソリンスタンドが街区の延焼を食い止めるといった事例が多く見られた。また,中越地震においてもガソリンスタンドの被害は軽微で地域住民のために石油製品の供給に努めた実績を有している。
これらを受けて,全石連(全国石油商業組合連合会及び全国石油業共済協同組合連合会の総称)では災害対応型給油所の設置を全国に進めている。災害対応型給油所は,発電設備や給水設備を備え,万一,大規模地震発生時等にライフラインがストップした場合でも,給油や水の供給が可能な災害に強いガソリンスタンドで,平成21年3月現在,全国で171箇所に設置されている。発災時には,警察・消防等の緊急車輌に優先的に燃料を供給することや近隣の被災者等のために飲料水等の集積地として施設等を提供することとしている。
(3)学校の取組例
○中学生の活動を契機とした地域防災力の向上
少子高齢化が進む中山間地域である宮城県丸森町では,地域の防災力を高めるため,中学校が中心となって,個々の防災意識と防災対策・災害対応能力を向上させる取組を行っている。
例えば,中学生と地域住民が地域防災訓練や大学等の専門家による講演等を受け,防災教育を共に学ぶとともに,中学生がその成果や課題等をまとめ,地域住民や保護者等を対象とする成果発表会を開いている。また,中学生が地域の危険箇所や避難所への経路を確認し,地域防災マップ・ハザードマップを作成して地域住民に提供を行っている。さらに,町議事堂において中学生による模擬議会を開き,町長等に対して,町の防災対策に関する提言を行っている。
このような活動を通して,丸森町では,中学生の活動を契機に町全体の防災力強化に取り組んでいる。
○大学の地域防災活動への参画
東京都のJR新宿駅西口に位置する工学院大学は,首都直下地震などに備え,「学生の安全を確保すること」と「学校が地域の防災拠点として普段から地域に貢献すること」を目的として,地域の防災マップづくりや学生ボランティアの育成を行っている。
学生ボランティアについては,災害時の情報収集,救援・救護活動などが行えるよう,研修や訓練を重ねており,災害発生時に地域の防災活動に役立つことが期待されている。
平成21年には新宿区や周辺事業者と協力して,地震防災訓練を行ったが,工学院大学では高層キャンパスビルの発災対応型訓練と並行して,新宿西口現地本部が設置され,学生ボランティアとの協働による現地本部活動訓練,災害情報受発信訓練,駅周辺滞留者対策訓練,傷病者対応訓練等が行われた。
(4)地域一丸となった取組例
○地域の建築関係者と町会・自治会の連携による耐震化の取組
地震による倒壊危険度の高い木造住宅が多く存在している東京都墨田区では,これまでも行政が住民に耐震改修を呼びかけてきたが,平成18年1月に,墨田区が木造住宅耐震改修促進事業を始めたのを機会に,地元の建築関係者や町会・自治会などが集まり平成18年6月に「墨田区耐震補強推進協議会」を立ち上げた。
この協議会には,墨田建設業協会,東京土建墨田支部,墨田建設産業連合会,財団法人墨田まちづくり公社,社団法人東京都建築士事務所協会墨田支部,区内34の町会・自治会が参加している。
協議会は,町会や自治会の会合を利用した耐震補強の進め方の説明,地域のまつりやイベントへの参加,区役所での月一無料相談会の開催,年一回の「すみだ耐震補強フォーラム」の開催などを通じて耐震改修を推進している。
協議会の活動は,基本的には,自分たちの住む街を安全・安心な街にしようというボランティア精神によるところが大きく,会員個人の無償による活動が中心となっている。
○継続的な自主防災組織の活動
東京都国分寺市の泉町三丁目地区連合自治防災会は,昭和58年に10の自治会が連合して設立された。そしてその翌年には,防災まちづくり推進地区となり,「後世に誇れる安全で快適なまちづくり」を目指し,日頃から地域防災活動を積極的に推進している。
昭和59年からは,月一回以上「泉町三丁目防災ニュース」を発行し,身近な防災情報,国内外の災害の教訓の掲載や,消火器・火災警報器の共同購入,地域住民の防災意識の啓発を行っている。
各自治会から代表者を出し,救出・介助,搬送,初期消火などの活動をゲーム感覚で競う防災コンクールは25年以上続いており,また,地域内の児童館と共同で親子防災映画会や初期消火訓練,地震体験も行っている。
さらに,毎年,独立行政法人国際協力機構(JICA)と連携して,海外からの研修生を受け入れ,途上国の人々にコミュニティづくりを基にした防災の取組紹介も行っている。
(5)その他の取組例
○民間における防災リーダーの育成
阪神・淡路大震災以降の防災・危機管理意識の高まりから,近年,主に特定非営利活動法人などが主体となって,防災に関するリーダー育成が取り組まれている。
例えば,特定非営利活動法人日本防災士機構が認証を行っている防災士は,防災の基本的知識と技能を持った地域社会における防災リーダーの育成を目指し,平成22年3月末現在,39,204人が認証されている。認証された防災士は,地方自治体が行う防災講習で講師となったり,地域の防災訓練のリーダーとなったりするなど,平常時には,日頃から地域や職場の防災活動に取り組み,災害時には,公的支援が到着するまでの間に被害の拡大を軽減するための活動を行っている。
その他にも,特定非営利活動法人事業継続推進機構が認定する「事業継続管理者」など,それぞれに特色のある形で,防災に関する知識と実践力を身につけ,所属団体・地域のリーダーとしての活躍が期待される人材の育成を行っている。
○「ぼうさいカフェ」〜楽しく気軽に学ぶ防災〜
普段は特に防災を意識しない人も,災害や防災について楽しく気軽に学ぶことができる場を提供することで,参加者が災害を身近なものとして感じ,家庭や地域における防災対策の実践に役立ててもらおうとする試みが,様々な主体により行われている。
一例として,全国労働者共済生活協同組合連合会(全労済)は,平成20年から21年度末までに全国8箇所で「ぼうさいカフェ」を開催しており,参加した地域の住民やその地域で活動する事業者は,お茶を飲みながら,ちょっとした備え,知っておきたい知識,家族や自分を守る術を学ぶことができる。
専門家の講演,過去の自然災害の映像等から,参加者に自然災害の実態を感じてもらうとともに,災害への備えや被災した場合の対応について学んでもらうこととしている。また,子どもにも飽きずに参加してもらえるよう,防災ガラスの強度実験や起震車体験,多彩な非常食の試食会を用意するなどの工夫をこらしている。
その他,日本損害保険協会,日本生活協同組合連合会などにおいても,それぞれに工夫を凝らした防災の学びの場が開催されている。