4−1 震災対策
(4) 東海地震対策
a 東海地震発生の姿
(a)発生の可能性
駿河トラフ沿いで発生する地震に関して,1854年に発生した安政東海地震の際には,南海トラフ沿いと駿河トラフ沿いの破壊が同時に起こった。しかし,1944年の東南海地震では,駿河トラフ沿いが未破壊のままとり残されている。安政東海地震から150年余が経過していることや,駿河湾周辺の明治以降の地殻歪の蓄積状況を考え合わせると,駿河トラフ沿いに近い将来大規模な地震が発生する可能性が高いと考えられる。この予想される地震が「東海地震」である。
東海地震については,予知体制の整備が図られている。
現在までの観測結果によると,長期的前兆の重要な指標となると考えられる駿河湾西岸の沈降速度の変化に関しては,内陸部を基準とした御前崎の沈降が近年も依然として続いており,東海地震発生の可能性の高さを引き続き裏付けたものとなっている。
(b)予知と警戒宣言前の情報に基づく防災対応
気象庁では,東海地震の直前予知に有効と考えられる観測データを,地震活動等総合監視システム(EPOS)により,リアルタイムで処理し,総合的に監視を行っている(図2−4−14)。
図2−4−14 東海地域等における地震及び地殻変動等常時監視網
東海地震に係る異常現象を観測した場合,気象庁は「東海地震観測情報」,「東海地震注意情報」,「東海地震予知情報」を発表する。
東海地震観測情報は東海地域の観測データに異常が現れているが東海地震の前兆現象の可能性について直ちに評価できない場合に,東海地震注意情報は東海地震の前兆現象の可能性が高まった場合に,それぞれ発表される。東海地震注意情報は,東海地震の強化地域に係る地震防災基本計画の中で,警戒宣言前の準備行動開始判断の契機と位置づけられている。また東海地震予知情報は東海地震が発生するおそれがあると認められ,内閣総理大臣が警戒宣言を発令した場合に,直ちに発表される。
東海地震観測情報が発表された場合は,平常時の活動を継続しつつ,情報の内容に応じて連絡要員の確保など必要な対応をとる。
東海地震注意情報が発表された場合は,防災関係機関は必要な職員の参集や情報連絡体制の確保を行う。政府においては,準備行動等を行う必要があると認める場合,その旨を公表するとともに,官邸対策室の設置や情報先遣チームの派遣,救助・救急・消火部隊や救護班の派遣準備,物資の点検や交通規制に備えた準備等を行う。
さらに現象が進展した場合,気象庁は,この異常な観測データが東海地震の前兆であるかどうかを判定するために,地震防災対策強化地域判定会(気象庁長官の私的諮問機関。以下「判定会」という。)を開催する。
判定会での検討を経て東海地震の発生のおそれがあると認められた場合は,気象庁長官は内閣総理大臣に地震予知情報を報告する。内閣総理大臣はこれに基づき閣議にかけて警戒宣言を発令する(図2−4−15)。
警戒宣言が発せられた場合には,地震災害警戒本部や現地警戒本部を迅速に設置し,関係機関の地震防災応急対策等の実施に係る必要な調整を行う。また,救助・救急・消火部隊のうち必要な部隊の地震防災対策強化地域(大規模な地震によって著しい被害を受けるおそれがあり,地震防災対策を強化する必要があって大規模地震対策特別措置法(昭和53年6月公布。同年12月施行。以下「大震法」という。)に基づき指定される地域。以下「強化地域」という。)周辺への派遣や,救護班をすぐに派遣できる体制の整備,物資の車両への積み込みや,広域的な緊急交通ルート確保のための必要な交通規制等を行う。
(c)被害想定
大震法の成立以来4半世紀が経過し,その間に様々な観測データが蓄積され,新たな学術的知見等が得られてきていることから,平成13年3月の中央防災会議において「東海地震に関する専門調査会」を設置し,東海地震に係る想定震源域の見直しの検討を行い,同年12月の中央防災会議に新たな想定震源域に基づく地震のゆれの大きさや津波の高さの分布を報告した(図2−4−16,図2−4−17)。
これを受けて,平成13年12月の中央防災会議において「東海地震対策専門調査会」を設置し,強化地域の見直しの検討を行うとともに,被害想定を実施(表2−4−8)した上で,東海地震対策のあり方について審議を行った。
b 大震法の実施状況
(a)法律の目的
大震法では,大規模な地震による災害から,国民の生命,身体及び財産を保護するため,あらかじめ強化地域の指定を行ったうえで,同地域に係る地震観測体制の強化を図るとともに,大規模な地震の地震予知情報が出された場合の地震防災体制を整備しておき,地震による被害の軽減を図ることを目的としている(図2−4−18)。
(b)強化地域における防災対策
① 強化地域の指定
大震法第3条に基づき,昭和54年8月に静岡県を中心とする東海地方の6県167市町村の区域が強化地域として指定された。平成14年4月には,東海地震に係る想定震源域の見直しにより,新たに東京都,三重県を含む8都県263市町村の区域が再指定された。
平成19年4月1日現在では,その後の市町村合併の進展により,8都県173市町村の区域となっている(図2−4−19,表2−4−9)。
東海地震が発生した場合,強化地域では震度6弱以上の地震動を受ける,あるいは地震に伴い高さ3m以上の津波が地震発生後約20分以内で来襲するおそれがあるなど,著しい被害をもたらす現象が起こると考えられている。
② 地震防災計画の作成
強化地域の指定が行われると,警戒宣言が発せられた場合に備えて,地震災害の発生を防止し,または軽減するために,国においては地震防災基本計画を,地方公共団体や指定公共機関においては地震防災強化計画を,一定の民間事業者等においては地震防災応急計画をそれぞれ作成することになる。
③ 警戒宣言等の伝達
内閣総理大臣は,気象庁長官から地震予知情報の報告を受けた場合において,地震防災応急対策を実施する緊急の必要があると認めるときは,閣議にかけて,警戒宣言を発するとともに,強化地域内の居住者等に対して警戒態勢を執るべき旨を公示し,関係機関に対して地震防災応急対策に係る措置を執るべき旨を通知する。
一方,内閣総理大臣は,警戒宣言を発した後,気象庁長官から地震予知情報の報告を受けた場合において,地震の発生のおそれがなくなったと認めるときには,閣議にかけて,警戒解除宣言を発するとともに,上記前者に対し警戒態勢を解くべき旨を公示し,後者に対し地震防災応急対策に係る措置を中止すべき旨を通知する。
(c)地震対策緊急整備事業の推進
地震防災対策強化地域における地震対策緊急整備事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律(昭和55年5月公布。同日施行。以下「地震財特法」という。)では,関係地方公共団体等が実施する地震対策緊急整備事業(地震防災強化計画に基づく地震防災上緊急に整備すべき施設等の整備事業)の一部について国庫補助(負担)率の嵩上げ及び地方財政措置等の国の財政上の特別措置が講じられることとされている。
同法では,強化地域の指定があったときは,関係都道府県知事は関係市町村長の意見を聴いたうえで,避難地,避難路,消防用施設等の17施設等の整備に関する地震対策緊急整備事業計画を作成し,内閣総理大臣の同意を受けることとされている。このうち消防用施設の整備,木造の社会福祉施設の改築,公立の小・中学校の構造上危険な校舎の改築及び非木造校舎の補強については国庫補助率等の嵩上げを規定している。
地震対策緊急整備事業計画については,平成17年3月に地震財特法の有効期限が平成22年3月31日まで5年間延長されたことに伴い,「昭和55年度から平成16年度までの計画」から「昭和55年度から平成21年度までの計画」へ変更が行われた(計画変更後の計画総事業費約2兆円)。
(d)地震防災訓練の実施
防災週間の主たる行事として,毎年1月17日又は9月1日の「防災の日」を中心に,東海地震を想定し,大震法及び同法に基づく地震防災基本計画に規定する一連の手続,措置等を重点とした総合防災訓練が実施されている。
平成19年1月には,東海地震が突発的に発生した場合を想定して,官邸に緊急災害対策本部を静岡県に緊急災害現地対策本部を設置して,図上訓練が実施された。
c 東海地震対策の概要
(a)東海地震対策大綱
「東海地震対策専門調査会」における実践的,実効的な東海地震対策のあり方の審議をもとに,平成15年5月の中央防災会議において,東海地震に係る予防段階,警戒宣言時,地震発生時の応急対応まで含めた対策の全般にわたるマスタープランとして「東海地震対策大綱(以下「大綱」という。)」を決定した。
その主な内容は,大きく分類して以下のとおりである(図2−4−20)。
(主な項目)
① 被害軽減のための緊急耐震化対策等の実施
② 地域における災害対応力の強化
③ 警戒宣言時等の的確な防災体制の確立
④ 災害発生時における広域的防災体制の確立
(b)東海地震緊急対策方針
大綱に規定された対策のうち,特に,人命に密接に関連する耐震化等の対策を進めるため,平成15年7月に「東海地震緊急対策方針(以下「緊急対策方針」という。)」を閣議決定した。東海地震対策の中で特に緊急に実施すべき内容について,実施主体と期限を明確化して,取組を強化することとした。
(c)東海地震の地震防災対策強化地域に係る地震防災基本計画
大綱が決定されたことに伴い,大綱における防災対策を,地震防災基本計画をはじめとする各種防災計画等に反映する必要から,平成15年7月の中央防災会議において「東海地震の地震防災対策強化地域に係る地震防災基本計画」を修正した。この見直しでは,警戒宣言前の異常データ観測時に気象庁が発表する情報について整理し,この情報に対する防災対応を明確化した。また,警戒宣言時の防災対応については,震度分布や津波の高さを踏まえたきめ細かな対応を可能とすることや,帰宅困難者への対応を定めるなど,より実践的な対応へと見直しを行った。
この地震防災基本計画の修正を踏まえ,国,地方公共団体,指定公共機関及び民間事業者の地震防災計画についても順次修正が行われた。
(d)東海地震応急対策活動要領
東海地震対策大綱や東海地震緊急対策方針を踏まえ,平成15年12月の中央防災会議において「東海地震応急対策活動要領」が策定された。これは,東海地震に対し,防災関係機関が効果的な連携をとって迅速かつ的確な応急対策活動を実施するため,東海地震注意情報時,警戒宣言時,災害発生時のそれぞれの段階で,各機関が行うべき行動内容を定めるものである(図2−4−21)。
なお,平成18年4月の中央防災会議において,情報集約体制について図上訓練(同年1月)の成果を踏まえた指定行政機関等からの情報集約体制を追加したほか,医療活動について災害派遣医療チーム(DMAT)の体制整備に伴う所要の修正等を行った。
(主な内容)
① 東海地震注意情報が発表された際の対処
- 防災関係機関においては,速やかに防災担当職員が参集し,必要な情報収集・連絡等が行える体制を確保する。
- 関係省庁幹部による緊急参集チーム協議,関係閣僚協議等により準備行動の開始の必要性を確認する。
- 情報の集約,関係省庁との連絡調整,初動措置の総合調整を行うため,官邸対策室を設置する。
- 情報先遣チームを静岡県に派遣する。
- 救助・救急・消火部隊及び医療チームは,直ちに出発できるよう派遣準備を開始する。
- 被災地への物資供給活動について,自治体の備蓄量の把握や民間からの調達可能量等の調査を行う。
② 警戒宣言発令時の対処
- 官邸内に地震災害警戒本部を設置するとともに,静岡県に現地警戒本部を設置する。現地警戒本部の管轄区域は,強化地域の存する都県の区域とする。
- 救助・救急・消火部隊のうち必要な部隊は,強化地域周辺部へ前進する。
- 非被災都道府県に対し,必要物資の車両への積み込みなど搬送準備を始めるよう依頼する。
③ 災害発生時の対処
- 官邸内に緊急災害対策本部を設置するとともに,静岡県に緊急災害現地対策本部を設置する。緊急災害現地対策本部の管轄区域は,強化地域の存する都県の区域とする。
- 予め被害想定に基づいて,東海地震発生時に,救助・救急・消火部隊,医療チームや物資等が各地でどれだけ必要かを,被害想定から算出し,政府の応急体制を事前に計画する。
(e)「東海地震応急対策活動要領」に基づく具体的な活動内容に係る計画
『「東海地震応急対策活動要領」に基づく具体的な活動内容に係る計画』は,東海地震応急対策活動要領において別に定めるとされた,救助活動,消火活動,医療活動,物資調達,輸送活動に従事する各部隊について,被害想定に基づく具体的な活動内容を計画したものである。
平成16年6月の中央防災会議幹事会において,警戒宣言が発せられ,地震発生までに準備行動が完了していることを前提とする予知型の計画を申し合わせ,平成18年4月の中央防災会議幹事会において,警戒宣言が発せられず,突発的に地震が発生した場合の突発型の計画を追加する等の見直しを行った(図2−4−22)。
図2−4−22 東海地震応急対策活動要領に基づく具体的な活動内容に係る計画
(f)東海地震の地震防災戦略
平成17年3月の中央防災会議において,東海地震の地震防災戦略を決定した(図2−4−23)。
地震防災戦略は,「減災目標」と「具体目標」から構成され,減災目標とは,人的被害,経済被害の軽減に関する具体的な目標で,対象とする地震,達成時期,減災効果を明示するものである。具体目標とは,減災目標の達成に必要となる事項ごとの達成すべき数値目標,達成時期,対策の内容等を具体的に定めるものである。
東海地震の地震防災戦略は,減災目標として「今後10年で死者数及び経済被害額を半減させる」ことを掲げ,死者数約9,200人を約4,500人に,経済被害額約37兆円を約19兆円にすることとした。
死者数の減少のうち,特に効果が大きい具体目標は,「住宅の耐震化」であり,今後10年間で住宅の耐震化率90%を目指すこととした。住宅の耐震化率90%を達成するために,「地域住宅交付金制度」や税制の活用等を図っていくこととした。
減災目標を達成するためには,地方公共団体の参画と連携が不可欠であることから,国は,関係地方公共団体に対して「地域目標」を策定することを要請した。
また,地震防災戦略の対象期間は10年とし,進捗状況については3年ごとにフォローアップすることとしている。