特集 防災教育の試み

シミュレーション訓練
(株式会社 富士通総研 提供)

防災教育の試み──2
企業における防災教育

富士通総研BCМ事業部長の伊藤毅さんにお話を伺いました。
企業における防災教育のあり方や効果的な訓練など、これまでの実務経験に基づく考え方やノウハウには、企業や自治体等、組織における防災教育として応用したいヒントが詰まっています。

災害時に動ける人間=ビジネス変化に強い人間

災害時に重要なことは、知識だけでなく、入ってくる情報から、自分の身の回りにどんなことが起きそうなのかと発展させられる想像力と、それを行動に結びつける決断力でしょう。そこが抜けていると、情報だけ与えられても何も起きない。
企業における防災教育は「災害時に動ける人間」を作るだけでなく、実は企業の人材開発、人材育成そのものです。
コンテンツの問題ではない。行動能力を鍛えていくのだから、ビジネス環境の変化に強い人間をつくりだしているんだという考え方なんです。

防災教育と人材育成プラットフォーム

「防災」というと縦の切り口でしか出来なくなってしまいますが、本来ある企業の人材育成プラットフォーム上に「防災」というコンテンツをどう載せるかということです。
幹部社員や管理職向けの人材開発研修の中に「防災」や「リスク管理」或いは「BC(事業継続)」という旗が一本立っているという考え方ですね。

企業防災は企業活動そのもの

企業は、平常時と災害時を完全に寸断して考えてしまいますが、例えばBCP(事業継続計画)は、その企業が持っているリソースで対応する企業活動そのものです。
BCP担当者に一番重要なことは、平常時の活動がきちんと分かっているということ。その会社の企業活動が分かっているからこそ、より良いコンサルティングが出来るという当たり前のことなんです。
平常時、企業が自分達の環境を意識して経営方針を決め、それを活動・実行に移し、評価するという活動が、非常時(災害時)には短い時間でやらなければいけないということだけなんです。
日本のBCPは、海外と比べて相対的に遅れているという話もよくありますが、日本の問題点は「遅れている」というよりは、あまりにも強烈な災害がありすぎるがゆえに、やらなければならないレベルが非常に高いという風に考えた方がいいと思うんですよ。日本の企業、特に日本の製造業が作らなければいけないBCPというのは、世界で最高のものでなければならないですから。

糸魚川市立根知小学校10 のミッション

プロセスを解析する

国内外で起きた災害についてヒアリングを行い、データベース化していますが、そこで我々は常にプロセスを解析するんですね。
地震発生から一報が上がって来るまでにかかった時間、どのように一報が上がってきたのか、その人が判断を下すまでに要した時間、どういう材料やインフォメーションをもとに、どう判断して、どう伝えて、結果がどうだったのか、ということを割り出します。
平常時と非常時(災害時)で基本的に違う点は、対応するために使える時間が非常に短くなるということです。
平常時であれば、ゆっくり考える時間があり、何も準備していなくても、色々なことを相談しながら考え、色々なところと連絡を取ってベストな対応ができます。
それが出来ない環境だと考えた場合、「かかる時間をいかに短くするか」というのが我々にとっては最も重要なことなので、「何に時間がかかっているのか」を解析するんですよ。

実際行動を解析する

我々が防災教育や訓練を設定する時は、最初に、「誰にどんな知識を覚えさせて、どのような行動が出来るようにさせたいか」を定義します。そして最終的に、対象となる人達が興味を覚える情報発信の仕方、見せ方は何なのかを考えてコンテンツをつくっていきます。
災害シミュレーションでは、時間がかかりそうな要素をシナリオの中で次々と出していきます。そして「情報が十分収集出来ない」、「安否時間に時間をかけすぎてしまった」、「これは役割分担が問題だ」と、それぞれ分解していくんです。
BCPを作るにしても、防災計画書を作るにしても、色々なことを考えるよりも実際行動を解析して、そこに出てくる問題がその災害特有のものなのか、共通して出てくるものなのか、或いは、たまたま運よくその問題が発生しなかっただけなのかを見ていくと、その組織・企業に適したものが出来上がってきます。

問題を掘り下げて考える

災害時に共通して出てくる問題のひとつは、通信手段です。
通信手段を整備するというハード的な対応もあれば、通信できない場合の手順を決めておくというソフト的な対応もあります。
例えば、帰宅困難者が多数出ても、それは問題ではなくて、単なる事実ではないでしょうか。従業員が帰りたい理由は「家族が心配だから」ということがあるので、そこが解決していかなければいけない問題です。
家族との連絡をどう取るのか。出来るだけ多くの従業員が、家族の安否を確認する手段をもっておくことで、初めて解決出来る問題です。どこに問題があったのかということを掘り下げず、「帰ってはいけない」と言うだけでは何も始まりません。
それぞれの行動や、災害時・被災時にどんなことを考え、どう行動するかということを、もう少し構造的に、理由を全部解き明かしていく必要があるでしょう。
直ぐに、ハードをどうするか、あるいは手順・決まり・マニュアルをどうするかというところで解決しようとしてしまいますが、どういう動機で何がしたいのかをもっと考えないと、人に直接訴えかけることが出来ません。

シミュレーション訓練(株式会社 富士通総研 提供)

企業防災と改善活動

「どこに問題があったのかを考え、ひたすら掘り下げる」。これは現場の改善活動そのものなんです。
製品を作るのに、プロセスや、要する時間など常に測りながら、出来るだけそれらを短くしたり、系列化してダイナミックに行程を改善したりということを何十年もやってきている。
このようなプロセスは、日本の企業はとても得意であるのに、残念ながら災害対応・危機対応、或いはBCPという活動に結びついていかない。

防災教育を継承する

企業における防災教育は、指導者が少ない上に、その人が辞めたり変わったりということでリセットされてしまいますが、これは、「防災」活動やBCを平常時の企業活動と切り離して考えてしまうためなんです。
人が辞めたり、新入社員が入ってきたりというのは会社の中で毎日起こることですから、個人が持っているものをどう継承していくのかというところに企業の教育制度があるんですよ。
会社の中の人材育成の様々なモデルの中に、リスク管理や防災、BCを組み込むべきですね。
また、人材育成をサポートしているようなコンサルティング会社が、彼らのもっているメニューに入れてやっていくことも必要だと思います。

リスクマネンジメント、危機管理を担当している方へ

「人を強くしているんだ」という起点に立てば、自分がやっている仕事がいかに意味がある仕事かと言うことを再認識できます。逆に、そういうことが出来る仕事なんだと思って欲しいです。
「なんとなくやらされている」あるいは、「何かあったときに役に立つ仕事」ではなく、常に会社の価値を上げ続けている仕事と考える。そして、どうやったらこの仕事で会社の価値をもっとあげられるのかということを是非考えていただきたい。
その価値というのは提供するものの価値ですから、それは企業でも自治体でも同じです。自分達の活動の何が会社の価値を上げているのかということを意識し、その因果関係を考えるということが大事です。
自分達の仕事が会社を救い、且つ会社を強くしていく仕事であるということを意識して、誇りを持って欲しいと思っています。

株式会社富士通総研 第二コンサルティング本部
BCМ事業部長(兼)BCМ訓練センター主任インストラクター
伊藤 毅
(いとう・たけし)
富士通株式会社において様々な企画業務に携わり、2007年に企業向けのコンサルティング業務等を行う株式会社富士通総研に出向。以降、企業危機管理全般にわたるコンサルティング部門の責任者として幅広い業種の企業サポートを行い、同社が開催する事業継続マネジメントセミナー等の講師も務める。NPО法人 事業継続推進機構BCМ資格及び専門家育成担当理事。米国専門家団体(DRⅡ)認定BC専門家資格保有者。

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内閣府政策統括官(防災担当)

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