序章 1 国民の防災意識を防災行動へ



1 国民の防災意識を防災行動へ

(1)国民の防災意識と行動のギャップ

災害から生命,財産を守るためには,行政の取組みである公助に加え,自らの身は自ら守る自助が基本となる。例えば,平成16年に発生した新潟県中越地震では,地震による負傷者のうち,家具類の転倒や落下物によって負傷した人の割合が4割以上を占めていたことから見ても,国民一人ひとりが防災の知識を事前に身につけ,平常時から,家具の固定,ガラスの飛散防止等身の回りの生活空間の安全対策を講じることで,大きな効果を挙げることが期待される。

自然災害に見舞われやすい我が国においては,国民の災害に対する関心は高い。重要なことは,防災における自助の実効を挙げるためには,このような高い関心が,実際の防災行動に結びつくことである。しかしながら,現実には,その高い関心が実際の行動に必ずしも結びついていない状況が見て取られ,防災対策の実効性という点では大きな課題となっている。

例えば,最近の地方自治体による住民の意識調査の結果を見ると,大規模地震に対して関心や不安があると答えた人は9割以上に上り,国民の災害に対する関心の高さを示している。しかしながら,その一方で,平成19年の内閣府調査でみても,大地震に備えて家具等の固定をしている人の割合は,ここ数年,地震による被害が頻発していることもあって上昇傾向にはあるものの,なお30%未満であり,例えば首都直下地震防災戦略で目標として掲げている60%という数字には遠く及ばない。

では,災害に対する国民の高い関心が,なぜ実際の防災行動に結びつかないのであろうか。

同調査で,家具等を固定していないと答えた人が理由として挙げたものを見ると,大きく2つの要因が浮かび上がってくる。

家具等を固定しない理由として,最も多くあげられた回答は「面倒くさいから」(26%)であり,また,「転倒しても危険ではないと思うから」(14%),「お金がかかるから」(12%)といった回答も多くあげられている。これを見ると,災害による被害を防ぐために手間や費用をかけるのを惜しむ傾向があり,その底流には,後述する内閣府の「一日前プロジェクト」で報告されている実例にも現れているように,自分に限ってそのような危険な目には遭わないと思う心理が潜んでいることが推測される。そして,一般的に見られるこのような態度の要因として,我が国のように,いつ,どこで大災害が起きてもおかしくない中にあっても,大規模災害による被害が現実に自分に発生しうるとの切迫感が必ずしも充分でないことが考えられる。

家具等を固定しないその他の理由として,「どうやって固定したらよいかわからないから」(11%),「固定しても大地震のときには効果がないと思うから」(17%),「固定する方法はわかっても,自分ではできないと思うから」(12%)といった回答があり,現実の防災行動をとるのに必要な実践的知識を持ち合わせていなかったり,知識はあってもそれを実践することが難しいと感じられていたりする状況が見て取れる。このように,日常生活の中で行動を起こすために必要な実践的な防災知識を容易に得られないことが,防災行動を起こすための妨げとなっていることが第二の要因として考えられる。

このように,災害多発国の国民として災害に対する関心は高いものの,それが,必ずしも実際の防災行動に結びついてないという,「意識と行動のギャップ」とも言うべき状況が存在しており,自助に基づく防災対策の実効を挙げるためには,このギャップを埋め,国民の災害に対する関心を実際の防災行動にまで確実に結びつけていくことが重要である。その際には,国民の自発性を促すような形での取組みを強化することが重要である。

そのためには,これまで述べた2つの要因に対応した対策を着実に講じていく必要があり,特に,

<1>自然災害が決して「他人事」ではなく,いつ,どこでも自分の身に起こり得るものだという切迫感を国民が持ち,防災を日常生活の視点に取り入れるための啓発活動を強化すること,

<2>国民が実際の減災行動を行おうとする場合に,それがスムーズに行えるよう,わかりやすく実践的な防災知識を提供する取組みを強化すること,

が重要である。

ここでは,そのような観点からの取組みを紹介するとともに,今後目指すべき方向について述べることとする。

図表3 災害に対する高い関心の例 災害に対する高い関心の例の図表
図表4 大地震に備えて「家具や冷蔵庫などを固定し,転倒を防止している」と回答した人の割合の推移 大地震に備えて「家具や冷蔵庫などを固定し,転倒を防止している」と回答した人の割合の推移の図表
図表5 家具や冷蔵庫などを固定しない理由(複数回答) 家具や冷蔵庫などを固定しない理由(複数回答)の図表
(2)災害に対する切迫感を持って,防災の視点を日常生活に取り入れるための普及啓発

国民の災害に対する関心を実際の減災行動に結びつけるためには,自然災害が,いつ,どこでも自分や家族の身に起こりえるものだという意識を国民が持ち,災害への備えという視点を日々の生活に取り入れることを促進することが重要である。

自然災害に対する関心が実際の減災行動に結びつかないことの底流にあると考えられる,自分に限って災害に遭うことはないと漠然と思う心理を克服するためには,自然災害がいつ,どこにでも起こりえるものだという当たり前の事実を,自分のこととして現実味を持ってとらえるきっかけとなるような機会を用意することが有効と考えられる。

例えば,実際に災害被害に遭った人の体験談などを分かりやすく伝え,災害への気づきを呼び起こすことがその一つの手段であり,内閣府では,「災害の一日前に戻れるとしたら,あなたは何をしますか」をテーマに,災害被害の実際の体験から得られる教訓や身につまされるエピソードをとりまとめ,広く提供している。

また,自分の住んでいる場所や地域の災害リスクを具体的に把握することも防災行動へのきっかけとなりうる。地方公共団体において,地震や津波,火山,洪水などの様々な災害に関するハザードマップの整備が進められており,更に整備を推進するとともに,将来,自分の身に起こりうる災害を一般の国民にも分かりやすくイメージできるよう,災害リスクを一層わかりやすく「見える」ように表現する取組みも重要である。

災害に対する関心は,年齢層が低くなるにつれて低下する傾向にあるため,若年層に焦点を当てて,災害を自らの問題として現実味を持ってとらえるための取組みも強化する必要がある。

そのためには,災害を具体的にイメージする能力を高めるための防災教育が有効であり,これまでも地方公共団体等により,地震や火災を疑似体験できる施設が整備されてきたほか,「起震車」により地震を疑似体験することで地震に対する備えの重要性を強く印象付ける試みも進められてきている。

更には,学校教育の中で実体験を重視した防災教育を推進するとともに,パソコンなどにより自宅においても,現実の災害を再現し,実際の避難行動の体験ができるような参加型の防災訓練・教育ツールを,最新のIT技術を活用して作成・提供する取組みなどが考えられる。

このようにして,自然災害の危険性を現実味を持ってとらえたならば,それを日々の生活の中で,実際の減災行動としていかしていくことが必要になる。そのためには,まず,家具固定などの身近な防災への取組みのきっかけを作ることが重要である。例えば,内閣府では,一般市民と防災専門家や有識者が,ショッピングモールや公民館などの身近な場所で,気軽な雰囲気で直接,交流し合う取組みを行っている。こうした身近なきっかけづくりを,自治会や町内会,PTA,婦人会,青年会議所,商工会議所等の地域に根ざした団体が積極的に行っていくことが期待される。

図表6 東南海・南海地震などへの関心−年齢別− 東南海・南海地震などへの関心−年齢別−の図表
(3)実際の減災行動をスムーズに行えるよう,わかりやすく実践的な防災知識を提供すること

災害に対する高い関心を実際の減災行動へと結び付けるためには,第二に,身近な減災行動を行おうとする人が,具体的に何をすべきかを知り,実際の行動を起こすために必要な実践的な知識を容易に入手できることが重要である。

災害に備えるために家庭や職場において必要なことには様々なものがある。このため,日常生活の中で災害に対して的確に備えるために実行すべき種々の事を把握できるようにするとともに,それらのために何が必要か,どのようにしてそれを行うかといったことについて,実践的な知識を提供することが重要である。

これまでにも,家庭や地域での防災対策の要点については,国や地方公共団体によって種々のパンフレット等が作成・提供されており,例えば,内閣府においても,災害被害を軽減するための「減災の手引き」を取りまとめ,広く提供している。

その一方で,家具等の転倒・落下防止のための各種の方策や器具等について,専門的な見地から評価分析する試みも行われてきている。例えば,東京消防庁では,平成16年から18年にかけて,地震に備えた家具類の転倒・落下防止を目的とした様々な手法や器具について,関連業界や行政機関からなる委員会で評価・検討し,その結果を取りまとめている。

今後は,これに加えて,これらの取組みから得られた知見を,各家庭や職場で実際に減災活動を行おうとする場合に役に立つ実践的な知識としてわかりやすく提供する試みを充実・強化することが重要である。

具体的には,固定すべき家具類のリストや災害に備えて各家庭で常備すべきものの品目や量の目安など,各家庭で行うべき災害への備えをチェックシートとしてまとめ,備えとして何が欠けているか容易にチェックができようにするとともに,必要な備えを行うための実践的な知識を分かりやすくまとめた手引き書を作成・提供していくことも重要と考えられる。(例えば,東京都では,東京消防庁による検討で得られた知見等を基に,各家庭で家具類の固定等を行う場合に役立つような実践的な知識を整理し,ホームページ上で公開している。)


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