線路歩く被災者見て、「動かせるところから動かそう」と決意

東日本大震災(平成23年3月)

線路歩く被災者見て、「動かせるところから動かそう」と決意

宮古市 50代 男性 鉄道会社職員

線路歩く被災者見て、「動かせるところから動かそう」と決意のイラスト
インタビュー日:2012年9月10日

被害状況をまず確認する必要があるということ、また、復旧工事をどうするかということもあったので、3月11日に協力会社へすぐ連絡をして、こちらから連絡したら、被害状況の確認にすぐ出られるようにしてもらいたいと、かなり早めに手を打ちました。

東日本大震災発生から2日後、ようやく津波警報が解除になったんで、じゃあすぐに線路の調査に出ようということになり、手分けして状況を見に行きました。被害状況は、南北で大きく差があり、南リアス線は壊滅的で当分、動かせないだろうと思いました。

北リアス線は、山の中の久慈と陸中野田(りくちゅうのだ)の間は被害が軽微で、流失した砕石を補充すれば復旧できそうでした。津波をかぶった田老(たろう)の駅も、構内のがれきを片付ければ、駅自体は使えそうでした。しかし、島越(しまのこし)駅付近は全く何も残っていなかったのです。駅舎も陸橋もなく、がれきだけが散乱していました。

田老(たろう)と宮古の間はがれきで道路が使えず、皆、荷物を持って、ぞろぞろと線路を歩いている状況でした。駅前の家々も流され、土手の上の駅舎だけが残った田老(たろう)駅。その土手の斜面に、黄色と黒の化繊のトラロープが掛けられ、数日後にはハシゴになっていました。線路の上には伝言板が。それは、線路を人が行き来しているあかしです。

「動かせるところからでも、列車を走らせないと」と決意し、順番を決めて、被害が軽微だった久慈と陸中野田(りくちゅうのだ)の間を3月16日に、3月20日には宮古から田老(たろう)を動かしました。

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