平成20年(2008年)岩手・宮城内陸地震(平成20年6月)
宿泊施設の食料に感謝
~シーズンに向けたストック活かす~
(栗原市 60代 男性)
地震発生と同時に電気と電話、携帯も通じなくなっちゃったんです。だから8時43分の地震発生から、行政との連絡がつき始めた11時半を回るまでは、地域の人たちだけで対応しました。
で、区長の私は、全員が下山するんじゃなくて、まずけが人、病人、あとは高齢者、子供を避難させなきゃならないだろうと判断して、みんなで手分けしてそういう人たちに声をかけ、地区の指定の避難所に避難してもらいました。
われわれ若手は、最初は下山するということは毛頭考えていませんでした。というのは、地域内に大きな宿泊施設があって、6月の半ばで、シーズン本番に備え食材をたくさんストックしていたし、私たち農家は、お米は30キロの袋で3つや4つ、いつもみんなストックしていましたから、食料に関しては「1カ月ぐらい下から補給がなくても生活できるね」という状況でした。
避難所となった宿泊施設の厨房が使えましたので、そこで煮炊きしました。何と言っても食料が豊富にあって、助かりました。