雲仙岳噴火(平成2年11月~平成8年6月)
やっぱり帰ってきてよかった家族一緒
(島原市 50代 男性)
避難所の集団生活は、プライバシーがないから、神経がつかれて、2、3日で頭がキーキーいう感じになりました。
ようやく自分の家に帰れることになって、ようすを見にいくと、家の中は火山灰がどっさり積もっていて、とても住める状態ではありませんでした。
噴火が始まって5年目に、家のリフォームをしてから、長男やよそに避難させていたおばあちゃんを呼びもどしました。「お母さん、もう大丈夫だよ、ここにずっと住むからね」と言って、その晩は、家族がまた一緒に生活できるようになったことを喜びあいました。
やっと戻れた自分の家だから、もう、よほどのことがないかぎり避難したくないと思いました。