過去の大津波の教訓が伝わる白保地区の車避難を盛り込んだ地区防災計画作り
沖縄県石垣市白保公民館前館長の世持豊さん

沖縄県石垣市の東海岸に位置する白保地区。昔ながらの石垣の景観が残る集落には約1600人が暮らしています。この地区は1771年に八重山諸島を襲った明和の大津波で、当時の住民1574人のうち生き残ったのが28名のみという大きな被害を経験しており、現在でもその教訓が子どもたちに語り伝えられており、津波避難の意識が根づいています。
その一方で、地区は高齢化が進んでいることに加えて、平坦な地形で海岸から安全とされる場所までは距離があり、最大遡上高が約30m、第一波到達まで10分足らずとされる現在の津波想定に対して徒歩避難では間に合いません。津波避難ビルになるような建物もなく、津波避難タワーを建設することも予算的に難しいという課題がありました。こうした状況を受けて、地区では津波時の車避難を前提とした地区防災計画の策定のため、内閣府の地区防災計画作成モデル創出事業に応募し、採択されました。
一般的な防災計画では津波時は徒歩避難が原則で、それは石垣市でも同様です。実際に2024年4月に台湾沖で発生した地震で津波警報が発表された際に、石垣でも市街地を中心に車避難での渋滞が発生するなど、車避難の課題が露呈しました。白保地区では大きな渋滞はなかったものの、車避難を計画に盛り込むための課題抽出や対策を検討するため、跡見学園女子大学の鍵屋一教授を招いてワークショップと避難訓練を実施しました。
ワークショップで課題を出して対策を検討し、総合防災訓練で実証したところ、参加者のほとんどが8分以内に避難場所に到達することができました。その後もワークショップを重ねて訓練で気づいた問題点を改善し、地区防災計画を完成させました。

ワークショップの様子(石垣市提供)
白保地区では国道よりも海寄りに住家が集中しており、国道は空港側(北側)が地形的に低くなっていることから、避難時には右(空港側)に曲がらない、左折のみというルールを作りました。これにより対向車がなくなり、スムーズな走行が可能になります。また避難は班単位で行い、高齢者等も含めた乗り合いにより車で避難場所へ向かうこととしました。地区では毎年夏に行われる豊年祭などを通じて地区の住民の結びつきが強く、近所の助け合いが定着していることも相乗り避難を後押ししました。
2024年の地区防災計画策定時に公民館長として携わった世持豊さんは、現在の課題にと今後の課題について、「せっかく整備した地区防災計画ですが、まだ住民に十分浸透していません。今後は部屋の中など身近なところに貼れるよう、地区防災計画の内容を簡潔に見やすくまとめた1枚もののチラシを作成して各家庭に配布して、普及を図りたいと考えています」と語っています。

総合防災訓練の様子(石垣市提供)

白保地区津波避難経路図(石垣市提供)
