防災の動き



途上国で広がる生態系を活用した防災・減災
〈国際協力機構(JICA)地球環境部技術審議役 山崎敬嗣〉

1. はじめに

近年、世界的に自然災害の発生する頻度が増加傾向にある中、地域の持続可能な開発や自然環境保全に対する関心の高まりを背景に、生態系が有する機能を生かした防災・減災(Ecosystem based Disaster Risk Reduction: Eco-DRR)が国際的に注目を集めています。

本稿では、Eco-DRRについてより理解を進めていただくためEco-DRRとは何かを述べるとともに、開発途上国で行う場合のメリットや国際協力機構(JICA)による取組みを紹介します。

2. Eco-DRRとは何か?

(1)考え方
Eco-DRRの基本的な考え方は、①生態系により危険な自然現象を軽減し社会の脆弱性を低減することと②自然状態の土地利用を維持することを通じて自然現象に曝されることを回避することにより、自然災害リスクを下げることです。

①は、例えばクロマツ林やマングローブ林などの海岸林が津波エネルギーを減衰させることや、植生(森林等)を回復させることで根の緊縛力により土壌侵食を軽減することなどが挙げられます。また、②は、例えば洪水の起こるリスクの高いところを湿地として保全することや、土砂災害の起こるリスクの高い急斜面の所や直下の所では開発を避け自然状態のままとすることなどが挙げられます。

もちろんEco-DRRだけで防災の全てができるわけではありませんが、日本学術会議(2014)が整理しているように、人工構造物インフラにはない利点があります(表1参照)。

表1人工構造物によるインフラ整備と生態系インフラストラクチャーの特徴

表1人工構造物によるインフラ整備と生態系インフラストラクチャーの特徴


JICAエーヤーワディ・デルタ住民参加型マングローブ総合管理計画プロジェクト (2007~2013年 ミャンマー) マングローブ植林指導・モニタリング

JICAエーヤーワディ・デルタ住民参加型マングローブ総合管理計画プロジェクト (2007~2013年 ミャンマー)
マングローブ植林指導・モニタリング


(2)国際会議等での認識の高まり
2008年に国連機関、国際NGO、研究機関により「環境と災害リスク削減に関する国際的なパートナーシップ(PEDRR)」が設立され、政策提言や知識・事例の共有活動を行う中でEco-DRRが積極的に推進されています。また、2015年に防災・減災に関する国際的指針として採択された「仙台防災枠組」において、防災・減災の手段の一つとして生態系が位置づけられています。生物多様性条約締約国会議やラムサール条約締約国会議などにおいても、生態系に基づく防災へのアプローチが推奨されています。

3. Eco-DRRが途上国にもたらすメリット

このようなEco-DRRですが、人工構造物に比べて、現地で調達可能な資材を活用したり地域住民自らが管理できたりと、整備や維持管理の費用を大幅に抑えることが可能であり、防災・減災に充てる資金が限られている開発途上国においては、先進国に比べよりメリットが大きいと考えられます。また、途上国の農山村地域では、住民が周辺の森林等生態系から得られる食料・燃料等に依存している場合も多く、その生態系の維持・保全にも資する面もあります。

このように、Eco-DRRは途上国に適した防災・減災手段の一つと捉えることができます。

4. JICAが途上国で実施してきたEco-DRRの取組み

JICAでは、Eco-DRRという言葉が使われる以前から、途上国において生態系の機能を活用した防災・減災に取り組んできました。例えば、中国、ペルーなどにおいて、山地斜面の保全のために植林を組み入れてきました。

現在では、自然環境分野の協力に関する戦略の中にEco-DRRを位置づけるとともに、マケドニア、インド、イランなどにおいて関連技術協力プロジェクト(※)を実施し、開発途上国におけるEcoDRRの取組みを支援しています。

JICA四川省震災後森林植生復旧計画プロジェクト(2010~2015年 中華人民共和国) 地震で崩壊した山地(左)と施工3年後(右)

JICA四川省震災後森林植生復旧計画プロジェクト(2010~2015年 中華人民共和国)
地震で崩壊した山地(左)と施工3年後(右)

JICA持続的な森林管理を通じた生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)能力向上プロジェクト(2017~2022年 北マケドニア)崩壊地周辺に植生がほとんどないところも多い

JICA持続的な森林管理を通じた生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)能力向上プロジェクト(2017~2022年 北マケドニア)
崩壊地周辺に植生がほとんどないところも多い



※プロジェクトの概要は、以下の JICAウェブ参照。

マケドニア「持続可能な森林管理を通じた、生態系を活用した防災・減災能力向上プロジェクト」
▶https://www.jica.go.jp/oda/project/1602223/index.html

インド「ウッタラカンド州山地災害対策プロジェクト」
▶https://www.jica.go.jp/oda/project/1600707/index.html

イラン「カルーン河上流域における参加型森林・草地管理能力強化プロジェクト」
▶https://www.jica.go.jp/oda/project/1600438/index.html

5. おわりに

Eco-DRRという言葉は、近年になって注目を集めるようになったものですが、生態系を活用しながら防災・減災を行おうという考え方は、日本では古くから海岸林を造成したり、明治以降、山地災害を防止する目的で保安林を指定したり遊水地を造成したりという形で実施してきました。開発途上国への技術協力においては、わが国の古くからの経験や現在の技術・知見を生かしつつ、途上国でのEco-DRRの利点を最大限活用し、より積極的に対応していきたいと考えています。



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