過去の災害に学ぶ 特別編

2011年3月 東日本大震災

今後の災害対策として、発生頻度は千年に一度程度と極めて低いものの、甚大な被害をもたらす最大クラスの津波を想定した対策が必要となっています。
東日本大震災の貴重な教訓を検証し、将来の千年震災への対策を考えます。

都司嘉宣(建築研究所 特別客員研究員)

千年震災の津波対策

ミレニアム津波の発生
2011年3月11日に起きた東日本大震災によって、約1万9千人の死者行方不明者を生じたが、その大部分は津波による犠牲者であった。今回の震災は、平安時代初めの貞観11(869)年の陸奥(むつ)国の地震津波以来の1,142年ぶりの巨大地震であった。東日本大震災と貞観地震の津波の規模がほぼ同じであったことは、津波が多賀城下に達したこと、地質学的に検証された津波の浸水範囲が、両津波でほぼ一致すること、地震津波被害が関東地方にまで及んだことなどの共通点があることから、そう判断されるのである。今回の東日本大震災の発生以後、このような、千年一度程度の頻度で起きる超巨大な地震・津波は「ミレニアム津波」と呼ばれるようになった。

津波対策の2つの基準
これまで、三陸地方を始め、東海地方、紀伊半島、四国などで、将来の津波対策として防潮堤の建設、ハザードマップの作成などが行われてきたが、その際、津波の想定高さは、およそ近代の200年間に起きた最大の津波の高さのデータが用いられてきた。しかし、東日本大震災の津波はこの想定高さをはるかに越えるものであったため、多くの津波による犠牲者を生じることとなったのである。今回の津波では、三陸海岸では浸水高が20mを越えた場所が数多くあった。このようなミレニアム津波に対して高い防潮堤を作って防ぐことは事実上不可能である。今後の津波対策には、(1)200年一度の津波に対する対策と、(2)千年一度のミレニアム津波に対する対策を分けて考えるべきである、ということになる。

東日本大震災津波の死者の多発地点
今回の東日本大震災では、1点で集中的に死者の出た場所がいくつかある。「なぜそこで多数の死者がでたのか」、「どうなっていれば、大勢の死者を出さずにすんだのか」をしっかり見極めることは、将来の千年震災に対する対策を考える上で大きなヒントになるであろう。

(1) 宮城県石巻市大川小学校の被災
宮城県石巻市大川小学校は、北上川の河口から約5kmさかのぼった地点の南岸の平野にある。小学校の標高は2.5mほどに過ぎず、今回の津波では2階建て校舎の2階の天井まで浸水した。本震の大きな揺れを感じ、津波警報の発令の直後、108人の全校児童が校舎から校庭に出されたのは正しかったが、ここで児童たちは標高約6mの北上川にかかる新北上大橋のほうに避難誘導された。津波はまさに北上川の方からやってきて、全児童の7割に当たる74人がここで津波に呑まれ溺死するという痛ましい事故となった。
大川小学校周辺の地図を見ておこう。児童たちを学校の裏の丘に登るように誘導すれば、能率よく、高い標高の安全な場所に移動させることができたはずであるのに、なぜそうしなかったのか。図2の大川小学校の背後の斜面の写真でわかるように、この斜面は、ほぼ45度の傾斜で、踏み跡のような道もない、登るのに非常に困難な斜面である。津波によって海水が到達した地点に標識が建てられているが、斜面の下端の小学校の敷地からここまで約7m、すなわち大人の身長の5倍ほどある。小学1年生を含む108人の児童をこの斜面を登らせるのは不可能と判断されたのは無理はなかった。
では、「どうなっていればよかったのだろう?」。この斜面に、ハイキングコースのようなジグザグにゆっくり高いところまであがれる道を造っておけば、多数の命を失うことはなかったであろう。

図1 大川小学校周辺の地図

図2 大川小学校背後の斜面

(2) 気仙沼市杉ノ下高台の被災
こんどは津波の指定避難場所となっていた宮城県気仙沼市の気仙沼湾の入り口にある杉ノ下高台の津波被災の状況を見ておこう。図3は、その高台の地図である。頂上の標高は12mあまりの小高い丘をなしているため、この周囲の平野にある住宅の人たちにとって、津波の避難場所として適していると考えられたのであろう。今回の津波はこの高台の頂上まで完全に呑み込み、その頂上の上約2mまで冠水したと推定される。そのため、この高台に避難した人の過半数の54人が、溺死するという痛ましい被害を生じた。
では、「どうなっていれば、この犠牲者を出さなくてすんだのであろうか?」。ミレニアム津波に対しては、この標高は不足であると判断して、ここを津波避難場所とはしない、というのも一つの対策である。しかし、「もしここに自転車小屋程度の建物があって、中に100人分ほどの救命胴衣が備えられていたら?」。皆さんも、飛行機やフェリーに乗るとき、救命胴衣が備えられていることの説明を受けるでしょう。「なぜ?」緊急時に海に投げ出されたとき、命を守るためである。
ミレニアム津波の避難場所には、その場所の標高を超えて、海水面があがってくる可能性があることを考慮に入れて、そこに避難してきた人のために救命胴衣を貯蔵した小屋を造っておく。これは今後ミレニアム津波に対する防災対策の必須事項としなくてはならないだろう。高い防波堤を築く費用に比べたら微々たる費用ですむことである。

図3 宮城県気仙沼市杉ノ下高台の詳細地図

図4 杉ノ下高台の写真

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