記者の眼

洪水を意識する

 「ここまで水が来よったんですよ」。民宿のおかみが指さした1階大広間の柱には、大人の腰の位置に平成17年9月の台風襲来時の水位が青のマジックで刻まれていた。日本最後の清流として知られる高知県の四万十川の畔。昨夏、カヌーで5年ぶりに再訪した私に、あらためて「暴れ川」の一面を見せつけてくれた。
「家の中で大きなコイが泳いでいて、不謹慎だけど写真撮っちゃいました」。おかみがいたずらっぽく笑いながら差し出した1枚には、部屋の中で魚取り網片手に収まっている子どもたちの姿があった。
 ゆったりとした清流のイメージがある四万十川だが、増水時には大量の土砂を巻き上げ、三角波を立てる濁流と化す。全長196キロの本流には発電用の小さな堰が1つあるだけで、台風などの大雨で水位は一気に5〜10mも上昇する。山々を縫うように蛇行する流れには河口付近を除いて堤防がなく、10mも増水すれば浸水する家が出る。
「たまに水をかぶるかもしれん。でも川に近いが便利ながよ」。集落で一番に水に浸かるといわれる家に住む青年は事もなげに語る。青年は川漁や料理の仕出しの傍ら、時折カヌーのガイドもこなしている。川底の泥や古い藻をたまに洗い流してくれないと、水は濁るしアユが泥臭くなるので困る、とも。近所の人々はいう。「あんたの家が年に2、3回は浸かってくれんと四万十川がよう(良く)ならん」。
 こんな冗談を飛ばす隣人も、増水時には真っ先に青年の家に駆けつけ、総出で家財道具の避難を手伝う。後片付けもやはり集落総掛かりだ。「水が引き始めたらほうきや棒でかき回して、川に全部持っていってもらう」のがコツだとか。なるほど、何度も水に浸かっているはずの家々には、わずかな壁の染みを除いて痕跡がほとんどない。
 今、日本の治水政策は転換期を迎えている。政権交代後の政府は「コンクリートから人へ」を合言葉に、百〜二百年に1度の大雨を想定して、ダムで一時的に堰き止める量と河道に流す量に分けるという従来の方針から、「できるだけダムに頼らない治水」への転換を目指して有識者会議で議論を重ねている。
 中止後の地元補償や生活再建ばかりが注目されているが、治水方針の転換は、これまで積極的な議論が避けられてきた「万が一のときの避難」という課題も浮き彫りにしている。百年単位の確率の大規模な洪水を想定して、常に河川を「整備途中」の状態にしておくのではなく、過去の記録や財政状況から判断して現実的な整備目標に置き換えるのだから、当然〝想定以上の事態.の頻度は上がる。では備えのほうはどうか。
 残念ながら一部の水害常襲地を除いて、洪水に対する危機意識は河川整備の進捗とともに希薄になってきていないだろうか。平成10年の利根川の増水時には、堤防から河川側の駐車場に止めていた車両が多数流された。そこは河川の一部であるという意識すら共有されていなかったのだ。
 今夏に政府が示す治水方針では、避難対策などのソフト対策により重点が置かれるだろう。せっかくの機会である。行政がハザードマップ作成や防災情報の提供手段などの整備を進めるのはもちろん、川沿いに暮らす誰もが〝想定外の洪水"に備えて、避難場所や連絡手段などを、家族や地域で話し合う機会になればと願う。

奥田 有一さん

共同通信社内政部記者
奥田 有一
おくだ ゆういち
平成11年共同通信社入社。高知支局、仙台支社、横浜支局を経て平成20年4月から内政部。

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