過去の災害に学ぶ 20

伊勢湾台風は、今から50年近く前の昭和34年（1959年）9月26日の18時過ぎに潮岬の西に上陸し、伊勢湾周辺地域を中心に台風災害による犠牲者としては明治以降最多となる5098名（死者・行方不明者数）に及ぶ大災害を引き起こしました。また、この災害を契機として、今日の我が国の防災対策の原点となっている「災害対策基本法」が制定されるなど、歴史的にも特筆される台風となっています。

この台風の上陸時の中心気圧は潮岬測候所において観測された929.5hPaであり、これは昭和9年の室戸台風の911.8hPa（室戸岬測候所）、昭和20年の枕崎台風の916.6hPa（枕崎測候所）、昭和36年の第2室戸台風の925hPaに次ぐものでした。しかしながら、犠牲者の数はそれまで最多であった室戸台風による3036名を大きく上回り、台風の強さに比べて被害が格段に大きかった点に特色があります。また、この台風による犠牲者は全国36道府県に及びましたが、その83％が愛知・三重両県に集中した点にも大きな特色があります。

災害の規模は、災害を引き起こす原因となる台風やそれによる高潮などの外力（これを誘因と言います）、外力を受ける側の地形・地質や災害対策などによる抵抗力（このような被害対象の性質を素因と言います）および被害を拡大する要因（拡大要因）の組み合わせによって決まります。

伊勢湾台風による災害を、まず、誘因の観点から見ますと、上陸時の気圧こそ4番目でしたが、それによって生じた高潮は観測史上最高の3.55m（名古屋港）であり、それまでの最高であった室戸台風による2.9m（大阪港）をはるかに上回るものでした。これが満潮に近い潮汐に加わり、名古屋港でのそれまでの最高潮位を1m近く上回る潮位となりました。これに強風による暴風波浪が加わって、堤防を寸断し（写真-1）、住宅団地を土台だけ残して洗い流すなどの猛威を振るいました（写真-2）。

次に素因について見ますと、一般に高潮が発達しやすい湾の奥には低平な沖積平野が広がっていることが多いのですが、伊勢湾とその湾奥部はその典型とも言うべき地形になっています。しかも、その先には、徳川時代以降の干拓によって陸地化された土地が広がっていました（図-1）。このような水害に対して極めて脆弱な低平地が戦後の復興・発展の過程で不十分な防災対策のまま市街化され、そこに観測史上最大の高潮が暴風・暴浪とともに来襲したことが、被災期間を長期化させる大災害につながりました（写真-3）。

さらにその上に被害を一層激甚化させる拡大要因が加わり、歴史的大災害となってしまいました。この時の拡大要因としては、そこが高潮災害の危険地帯でありながら防災対策が不備であることの自覚や警戒心の不足、さらには危険地帯であること自体に対する自覚の欠如、住宅需要に応えるための大量の木材の貯木場への集積と市街地への流出、来襲が夜間であったことなどなどが指摘されています。これらとともに、「もはや戦後ではない」という言葉が広がり始めた当時の世相も拡大要因の背景となったのではと想像されます。それまでの毎年のように1000名を超える台風災害による犠牲者が続いた戦後の混乱・受難期を脱し、社会が成長に向かおうとしていた矢先でした。防災意識の低下が避難対策の不備につながった面は否定できません。まさに、「災害は忘れた頃にやって来る」です。

これら3つの要因が伊勢湾の湾奥部において相乗したことが、湾奥部低平地を中心に愛知・三重両県の犠牲者数を3200名を超えるまでに増大させた原因であったと言えます。しかしながら、そのような中にあっても、適切な避難によって犠牲者をゼロにしたり、大幅に軽減できた市町村を見出すことができます。次号では、こうしたことを中心に紹介します。