過去の災害に学ぶ 18

1847年5月8日 善光寺地震 その1

善光寺地震は、今から百六十年前の一八四七年五月八日、旧暦では弘化四年三月二四日の夜十時頃、御開帳で賑わっていた善光寺界隈を含む長野盆地の西側で発生しました。盆地と山地との境目にある活断層に発生した典型的な内陸大地震です。

文:松浦律子(地震予知総合研究振興会地震調査研究センター解析部)

 時は、近世末期。庶民も「旅行」をする時代になっていましたから、阿弥陀さまの御開帳を拝みにきていた土地に不案内の各地からの旅行者も多数犠牲となりました。旅行者が被災したため、探しにやってきて戻ったその縁者によって、あるいは、辛くも一命を取り留めた生存者の帰郷によって、この地震は現在のような報道手段がない時代にあっても、全国にその災害の有様が伝えられていったのです。
 善光寺地震が特徴的なのは、その知名度だけではありません。善光寺地震の犠牲者は、「土葬にされ、火葬にされ、水葬にされ三度弔われた。」と云われたように、被害の種類も多様でした。町のすぐ下に震源域があったため、強震動による家屋倒壊が発生し、その後お定まりの火災発生がありました(図一)。山間部の村々では大小四万箇所以上発生した山崩れによって、家々が埋まりました。岩倉山の大崩壊部分は、雪解け水で水量豊富な時期だった犀川の流れを塞き止めました。十九日後には、たっぷり水を溜め込んだこの震生湖(地震で出来た湖)は、今度はその水の圧力で決壊し、千曲川などの下流の善光寺平一帯に大洪水の被害をもたらしました。地震のゆれによる直接被害だけでなく、二次災害の種類も規模も揃った陸の地震災害の標本が、よりによって観光シーズンピークに発生したのです。
 この地震を発生させたのは、長野盆地の西縁を山地との境にそって延びる長野盆地西縁断層帯という活断層です。この活断層は、概略千年に一回程度善光寺地震のような地震を発生させてきました。全国で百余ある主要活断層帯のうちでも最も活動的な部類に属しています。この長さ約五十キロで西側の山の下へ向かって斜めに深くなっている断層が、西の山側が二メートルぐらい東の低地側にせり上がる様な逆断層運動を起こしたのが、善光寺地震です。この時現れた段差は、今でも信州大学教育学部の北〜正門そして長野の県庁へかけて明瞭に残っています。この地震によるゆれは、遠く秋田県の仁賀保、千葉県の茂原、和歌山県の九度山、兵庫県の赤穂と三百キロ以上遠方でも有感となりました。地震の規模としては一九九五年兵庫県南部地震よりやや大きいマグニチュード七・四(理科年表。別の検討では七・三)。直後から多数の余震が発生し、生き残った人々もとても屋内では眠れない日々が続きました。五日後には、山を隔てた新潟県上越市の高田で、マグニチュード六・五程度の誘発地震も発生しました。
 善光寺地震による長野盆地周辺の震度を、火災やその後の水災の影響を除いて史料や土砂崩れの痕跡などから推定すると、図一のようになります。震度七は現在の中野市から長野市の中心部にかけて分布し、盆地の低地でも千曲川の東岸側は、逆断層の下盤側でゆれが小さかったのです。上盤側(せり上がる側)の山地に広範囲に土砂くずれから震度六かそれ以上と推定される場所が分布します。長野市の西側の山地は、数百万年前までは現在と逆に千曲川流域の側よりも徐々に沈降する低地であって、そこに、やわらかい堆積物が厚く積もっていたのですが、二百万年前あたりから動きが逆転して善光寺地震のように千曲川側より高くなる動きを繰り返してできた「軟弱な山地」です。このため、浅川では僅かな石油が採れたりもしていましたが、地震の時の揺れも大きめですし、地すべり危険地帯でもある、厄介な山地なのです。
 この地震では、善光寺の門前町周辺だけで、三千人程度、稲荷山(図二)で千人、松代藩領内で三千人弱、飯山藩領内で五百人以上、上田藩領内で二百人弱、松本藩の池田組などでも六十七人、と八千〜一万人の犠牲者がでました。このうち、千七百人程度は旅行者だったのです。
 次号では地震後の人々の対応についてご紹介しましょう。

図一

稲荷山宿(現長野県千曲市稲荷山)略図(松林正明氏所蔵)。名主が地震で倒壊や火災で圧死や焼死が多かった宿場の様子を後世に伝えるため絵図として残した。

図二

善光寺地震の震源域周辺の震度分布図。史料や土砂崩れの痕跡などから推定。

善光寺地震PROFILE
活断層の大地震
マグニチュード:7.4(推定)/ 死者総数:8000〜10000人 / 全壊及び焼失家屋 :約20000戸 / 山崩れ:40000カ所以上

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