3−1 震災対策 (8)首都直下地震対策



(8)首都直下地震対策

a 首都直下地震の姿

(a) 発生の可能性

首都地域では,大正12年(1923年)に関東地震(関東大震災)が発生し,未曾有の大災害を引き起こした。関東地震の地震のタイプは,いわゆる「海溝型」の地震であり,その規模はマグニチュード8クラスという巨大地震であった。首都地域では,このような海溝型の巨大地震は200〜300年間隔で発生するものと考えられている。現在は,1923年の関東地震から約90年余りが経過したところであり,次のマグニチュード8クラスの地震が発生するのは,今後100年から200年程度先と考えられている。

一方,次の海溝型の地震に先立って,プレートの沈み込みによって蓄積された歪みの一部が,いくつかのマグニチュード7クラスの地震として放出される可能性が高く,次の海溝型の地震が発生するまでの間に,マグニチュード7クラスの「首都直下地震」が数回発生することが予想されており,その切迫性が指摘されている(図2−3−28)。

図2−3−28 首都直下地震の切迫性 図2−3−28 首都直下地震の切迫性の図

(b) 被害想定

中央防災会議「首都直下地震対策専門調査会(平成15年5月〜平成17年7月)」では,近年,関東地域の地殻変動に関する定点観測網の充実により蓄積されてきた観測データやそれに伴い増大してきた知見を活かして首都直下で発生するマグニチュード7クラスの地震像を明確化するとともに,政治中枢,行政中枢,経済中枢といった首都中枢機能が極めて高度に集積し,かつ人口や建物が密集している首都地域の特性を踏まえて被害想定を実施した。

<1> 対象地震

首都地域の地殻構造をみると,一番上に北米プレートがあり,その下にフィリピン海プレートが沈み込み,更にその下に太平洋プレートが沈み込むという3層構造となっている。このため,首都地域で発生する地震のタイプは,図2−3−29に示すように,5つのタイプの地震が考えられる。しかしながら,震源の深い地震は,地表面での揺れが小さくなることから今回の検討対象から除外することとし,対象とする地震は,地殻内の浅い地震と,北米プレートとフィリピン海プレートとの境界の地震とした。

地殻内の浅い地震は,活断層で発生する地震と,活断層が地表に認められない場所でも発生するその他の地震がある。活断層で発生する地震についてはマグニチュード7.0以上の地震規模となる5つの断層による地震を(図2−3−30),その他の地震については,どこででも発生する可能性があることから,地震の規模をマグニチュード6.9として,都心部や県庁所在都市等の直下で発生する10の地震を想定した(図2−3−31)。

北米プレートとフィリピン海プレートとの境界の地震については,プレート境界の領域のうち,近年の地震学の調査研究から発生の可能性の低い領域を除いて3つの地震を想定した(図2−3−32)。地震の規模は,これまでのマグニチュード7クラスの地震の中で最大であったマグニチュード7.3とした。

以上,首都直下地震対策専門調査会では,合計18タイプの地震について,地震の揺れ,人的・物的被害等について被害想定を行った。このうち,北米プレートとフィリピン海プレートとの境界で発生する「東京湾北部地震」が,ある程度の切迫性が高い地震であると考えられること,都心部の揺れが強いこと,震度6弱以上の強い揺れの分布が広域的に広がっていることから,この地震を中心に被害想定及び対策の検討を行った(図2−3−33)。

図2−3−29 首都直下で発生する地震のタイプ 図2−3−29 首都直下で発生する地震のタイプの図
図2−3−30 検討対象とした活断層 図2−3−30 検討対象とした活断層の図
図2−3−31 検討対象としたM6.9の直下の地震 図2−3−31 検討対象としたM6.9の直下の地震の図
図2−3−32 検討対象としたフィリピン海プレート上面付近の断層 図2−3−32 検討対象としたフィリピン海プレート上面付近の断層の図
図2−3−33 東京湾北部地震(M7.3)の震度分布 図2−3−33 東京湾北部地震(M7.3)の震度分布の図

<2> 被害想定結果

東京湾北部地震では,建物倒壊及び火災延焼による死者が膨大で,死者数は,18時・風速15m/sのケースで約11,000人,風速3m/sのケースで約7,300人を想定した(表2−3−9)。建物の全壊及び焼失は,揺れ及び火災によるものが膨大で,建物全壊・焼失棟数は,18時・風速15m/sのケースで約85万棟,風速3m/sのケースで約48万棟を想定した(表2−3−10)。風速15m/sのケースにおける都心部の揺れによる全壊棟数及び火災による焼失棟数の分布を概観すると,都心東側の荒川沿いの震度の大きい地域で揺れによる全壊が多く発生し,都心西側の環状6号〜環状7号沿いの木造家屋が密集し不燃領域率が低い地域で火災による焼失が多く発生している(図2−3−34)。

更に,これに伴う経済被害は,建物・構造物の物理的な損失額である直接被害と,建物被害及び労働力の喪失等によって生じる経済活動の低下や交通寸断の影響による機会損失・時間損失による間接被害を併せて,18時・風速15m/sのケースで約112兆円(直接被害約66.6兆円,生産額の低下による間接被害約39.0兆円,機会損失・時間損失による間接被害約6.2兆円),風速3m/sのケースで約94兆円(直接被害約50.1兆円,生産額の低下による間接被害約37.5兆円,機会損失・時間損失による間接被害約6.2兆円)と膨大な被害額を想定した(図2−3−35)。

ライフライン被害については,18時・風速15m/sのケースでは,発災後一日目で,断水人口約1,100万人(約450万軒),停電軒数約160万軒,ガス供給停止軒数約120万軒を想定した。

避難者数については,一日後の避難者数を最大で約700万人,このうち親戚,知人宅に避難する人等を除いて実際に避難所で生活する人は,最大で約460万人と想定した。阪神・淡路大震災のピークで約30万人,新潟県中越地震で約10万人だったことと比較すると,桁違いに多くの避難者が発生する。

昼間に発災した場合,交通機関がストップすることにより,多くの人が自宅に帰れなくなり,帰宅困難者となる。特に首都地域では,遠方から来ている昼間滞留者の数が膨大であり,昼12時に地震が発生した場合,帰宅困難者は約650万人にも上るものと想定した。

表2−3−9 人的被害の概要(東京湾北部地震,M7.3) 表2−3−9 人的被害の概要(東京湾北部地震,M7.3)の表
表2−3−10 建物被害等の概要(東京湾北部地震,M7.3) 表2−3−10 建物被害等の概要(東京湾北部地震,M7.3)の表
図2−3−34 東京湾北部地震(M7.3)による全壊棟数(揺れ)分布及び焼失棟数分布 図2−3−34 東京湾北部地震(M7.3)による全壊棟数(揺れ)分布及び焼失棟数分布の図
図2−3−35 東京湾北部地震(M7.3)による経済被害 図2−3−35 東京湾北部地震(M7.3)による経済被害の図

b 首都直下地震対策の概要

(a) 首都直下地震対策大綱

首都地域の地震対策については,これまで中央防災会議において,昭和63年に関東地震と同じタイプのマグニチュード8クラスの地震について被害想定を行い,その成果を踏まえた「南関東地域震災応急対策活動要領」を,平成4年には,南関東地域直下で発生するマグニチュード7クラスの地震を対象とした「南関東地域直下の地震対策に関する大綱」を策定するなど,各般にわたる南関東地域の地震対策を推進してきた。しかしながら,マグニチュード7クラスの直下の地震が発生した場合の被害想定は行っておらず,具体の被害像に基づく対策が明確でなかったこと,首都機能維持や企業防災対策といった観点からの対策強化が必要であること等から,中央防災会議では,平成15年9月から「首都直下地震対策専門調査会」において,首都直下で発生するマグニチュード7クラスの地震像を明確化するとともに,被害想定を実施し,我が国の政治,行政,経済の中枢機能が集積するエリアとしての首都地域の特性を踏まえた新たな視点から首都直下地震対策を検討してきた。そして,平成17年7月に,首都直下地震対策専門調査会報告書をとりまとめた。

この報告を受けて,平成17年9月の中央防災会議において,対策のマスタープランとなる「首都直下地震対策大綱(以下,「大綱」という。)」を決定した。大綱では,「首都中枢機能の継続性確保」と「膨大な被害への対応」を対策の柱としている(図2−3−36)。

<1> 首都中枢機能の継続性確保

首都中枢機能の継続性確保に当たっては,首都中枢機能を構成する首都中枢施設だけでなく,それらの機能を支えるヒト・モノ・金・情報とライフライン・インフラについても継続性の確保が求められる。発災直後(特に3日間程度の応急対策活動期)においても,首都中枢機能の継続性を確保できるよう,発災時間経過ごとに最低限維持すべき目標を設定し,同目標を達成すべき対策を実施することが必要である。

例えば,中央省庁においては,発災直後から被害状況の把握や被災地への救援のための調整,広域的な応急対策活動のオペレーションを行う必要がある。このため,庁舎の耐震化や災害時にも途絶しない通信連絡基盤を確保し,万が一施設が被災した場合でも対応可能となるよう,ライフライン系統の多重化やバックアップ機能の充実を図ることや,交通機関が途絶する中でも職員が緊急に参集できるよう徒歩圏内に居住することなどが必要である。更に,発災時にも必要な業務が継続されるよう,あらかじめ業務継続計画を策定し,計画に基づいて定められた活動が的確に実施できるよう定期的に訓練を行うことや,各施設に係わる電力・通信が被災した場合には優先的に復旧するなどの応急対策を行うことが必要である。

図2−3−36 首都直下地震対策大綱の概要 図2−3−36 首都直下地震対策大綱の概要の図

<2> 膨大な被害への対応

膨大な被害への対応については,発災後の応急対策には自ずから限界があるため,今のうちから出来る限り地震時の被害量を軽減するためのミティゲーション策(減災対策)に計画的に取り組むことが重要である。

建築物の被害は,倒壊により直接的に多数の死傷者を発生させるばかりでなく,その後の火災被害拡大の原因にもなり,また住宅の全壊等により避難者の多数発生につながり,更には,膨大な量の震災廃棄物も発生するなど,被害の拡大要因ともなる。このため,建築物の耐震化は,重点的に取り組むべき最重要課題である。

建築物の多くは,民間が所有するものであり,耐震化の必要性については広く周知を図ることが必要である。そのため,個々の居住地が認識可能となる程度に詳細な地震防災マップを作成・公表し,耐震化の必要性について広く周知を図る。

また,補助制度,税制度の活用促進により,住宅などの建築物の耐震診断,耐震補強,建て替えを促進する。特に,密集市街地や緊急輸送道路沿いの住宅などについては,倒壊すると応急対策活動等に支障が生じるおそれがあることから,耐震化を緊急に推進する。

更に耐震化を促進するための環境整備として,住みながら耐震改修できる手法やローコストの耐震改修手法などの開発,建築物の取引時における耐震診断の有無等に関する情報提供等に取り組む。この他,大綱では,耐震化に向けた定量的な目標の設定,建築物への耐震改修の指示に従わない場合の公表等について制度を整備することとされ,平成17年11月にこれらを内容とする建築物の耐震改修の促進に関する法律の改正が行われた。

首都地域には,密集市街地が多く存在するため,火災による被害は,全体の被害の中でも非常に大きな割合を占める。特に,同時に火災が多発した場合,消防機関による消火が極めて困難となり,市街地の延焼が拡大する危険性が高い状況となる。

このため,建築物の不燃化,火気器具の安全対策等による出火防止対策を講じるほか,市街地の面的整備,道路・公園などによる延焼遮断帯の整備等の延焼被害軽減策が必要である。

また,密集市街地では消防車が入れない狭い路地が多いことから,被害を拡大させないようにするためには,炎上に至るまでの地域住民による初期消火が重要になる。このため,平常時からの地域コミュニティの再構築や自主防災組織の育成・充実等が必要である。

膨大な数の避難者への対応としては,応急危険度判定等の迅速な実施による自宅への早期復帰の促進等の避難所への避難者数の低減に係る対策,避難所としての公的施設・民間施設の利用拡大等の避難所不足に係る対策,避難者が必要とする情報の提供に係る対策,公的な空家・空室(公営住宅等)や民間の空家・空室(民間賃貸住宅等)の活用等の応急住宅提供等に係る対策を講じていく必要がある。

膨大な数の帰宅困難者等への対応については,「むやみに移動を開始しない」という基本原則の周知・徹底,企業等における翌日帰宅・時差帰宅の促進等の一斉徒歩帰宅者の発生の抑制,地方公共団体間の連携による徒歩帰宅支援,帰宅途上における一時滞在施設の確保,駅周辺における混乱防止・円滑な誘導体制の整備等の円滑な徒歩帰宅のための支援等の対策を講じていく必要がある(避難者及び帰宅困難者等の具体的な対策は平成22年1月に追加。)。

(b) 首都直下地震応急対策活動要領

大綱を踏まえ,平成18年4月の中央防災会議において,「首都直下地震応急対策活動要領」が決定された。これは,首都直下地震に対し,防災関係機関や首都中枢機能を有する機関が効果的な連携をとって迅速かつ的確な応急対策活動を実施するため,災害発生時に,各機関が行うべき行動内容を定めたものである。

緊急災害対策本部及び緊急災害現地対策本部の設置場所については,首都直下地震時には,災害応急対策の司令塔たる中央省庁自身が被災し,支障が生じる可能性もあることから,代替施設を設定している。

緊急災害対策本部の設置場所の優先順位は,<1>官邸,<2>内閣府(中央合同庁舎第5号館),<3>防衛省(中央指揮所),<4>立川広域防災基地(災害対策本部予備施設)としている。

緊急災害現地対策本部の設置場所は,有明の丘とし,当該施設が使用不能である場合の設置場所については,東京都庁としている。

(c) 「首都直下地震応急対策活動要領」に基づく具体的な活動内容に係る計画

平成20年12月の中央防災会議幹事会において,『「首都直下地震応急対策活動要領」に基づく具体的な活動内容に係る計画』を申し合わせた。この計画は,首都直下地震応急対策活動要領において別に定めるとされた,救助活動,消火活動,医療活動,物資調達,輸送活動に従事する各部隊について,被害想定に基づく具体的な活動内容を計画したものである(図2−3−37)。

図2−3−37 首都直下地震応急対策活動要領に基づく具体的な活動内容に係る計画 図2−3−37 首都直下地震応急対策活動要領に基づく具体的な活動内容に係る計画の図

(d) 首都直下地震の地震防災戦略

大綱を踏まえ,平成18年4月の中央防災会議において,首都直下地震の地震防災戦略が決定された(図2−3−38)。

首都直下地震の地震防災戦略においては,減災目標として,「今後10年間で死者数を半減,経済被害額を4割減させる」ことを掲げ,最大被害をもたらす風速15m/sの場合で死者数約11,000人を約5,600人に,経済被害額約112兆円を約70兆円に,風速3m/sの場合で死者数約7,300人を約4,300人に(約4割減),経済被害額約94兆円を約60兆円にすることとした。

死者数の減少においては,特に火災による死者数の減災効果が大きい。その具体目標としては,

  • 住宅・建築物の耐震化:耐震化率 75%→90%
  • 密集市街地の整備:不燃領域率 40%以上
  • 初期消火率の向上:自主防災組織率 72.5%→96%

を掲げ,その減災効果は,風速15m/sの場合で約4,000人減,風速3m/sの場合で約1,500人減が見込めるとした。

経済被害額の減少においては,特に復旧費用軽減額の減災効果が大きい。その具体目標としては,

  • 住宅・建築物の耐震化:耐震化率 75%→90%
  • 緊急輸送道路の橋梁の耐震補強を概ね完了
  • 耐震強化岸壁の整備:整備率 約55%→約70%

を掲げ,その減災効果は,風速15m/sの場合で約26兆円減,風速3m/sの場合で約19兆円減が見込めるとした。

更に首都直下地震においては間接被害が大きいことから,その具体目標として,

  • BCP策定企業の割合:大企業 ほぼ全て

等を掲げ,生産活動停止による被害に対する減災効果について,風速15m/s,3m/sの場合いずれも約4兆円減が見込めるとした。

図2−3−38 首都直下地震の地震防災戦略 図2−3−38 首都直下地震の地震防災戦略の図

(e) 中央省庁業務継続ガイドライン

中央省庁は,地震発生後における国家的判断や広域的調整の中心的役割を果たす組織であり,発災後,直ちに災害応急対策業務を開始するとともに,被災状況に応じて速やかな実施が必要となる他の緊急業務に着手することが必要である。また,被災した場合でも,一定範囲の通常業務はその継続が強く求められる。そのため,大綱において,首都中枢機関は発災時に機能継続性を確保するための計画として業務継続計画を策定することが施策として位置づけられ,内閣府(防災担当)は,中央省庁の業務継続計画策定作業を支援するため,平成19年6月に,その計画に盛り込むべき標準的な内容や計画策定の標準的手法等を示した「中央省庁業務継続ガイドライン第1版」を策定した。

本ガイドラインに基づく業務継続計画とは,首都直下地震のように中央省庁自体も被災により機能低下し,ヒト,モノ,情報及びライフライン等利用できる資源に制約がある状況下において,優先実施すべき業務(非常時優先業務)を特定する(図2−3−39)とともに,業務実施に必要な資源の確保・配分や,そのための手続きの簡素化,指揮命令系統の明確化等について必要な措置を講じることにより,図2−3−40に示すように,業務立ち上げ時間の短縮や発災直後の業務レベルの向上を図り,適切な業務執行を行うことを目的とした計画である。

業務継続計画については,非常事態下で,非常時優先業務の実施に際して必要となる資源や,業務実施の前提条件となる外部のサービス等について,その不足や遅れによって支障が生じるおそれがないかをチェックし,ボトルネックとなる部分が確認されれば,改善対策を検討・実施すること,更に,年々点検・是正を重ねながら持続的に業務継続力を高めていくことが重要である。

これらを踏まえ,平成20年12月時点で全ての中央省庁において業務継続計画の策定が行われ,その旨が中央防災会議に報告された(図2−3−41)。※2009年8月に発足した消費者庁は現在策定中である。

また,国の地方支分部局等は,国の行政機関として,その管轄区域において,平常時から国家機能,国民生活及び経済活動等に係る重要な業務を担っている組織であり,大規模な地震により被災した場合であっても,役割を適切に果たすことが求められることから,全国の地方支分部局等を対象としても,業務継続計画の策定を進めているところである。

図2−3−39 非常時優先業務 図2−3−39 非常時優先業務の図
図2−3−40 発災後の業務レベル推移イメージ 図2−3−40 発災後の業務レベル推移イメージの図
図2−3−41 中央省庁業務継続計画 図2−3−41 中央省庁業務継続計画の図

(f) 首都直下地震の避難者・帰宅困難者対策

首都直下地震の発生により,最大で避難者約700万人(うち避難所生活者約460万人),帰宅困難者約650万人の発生が想定されているところであり,中央防災会議は,平成18年8月より避難者及び帰宅困難者対策の具体化を目的として「首都直下地震避難対策等専門調査会」において検討を行い,平成20年10月に「首都直下地震避難対策等専門調査会報告」をとりまとめた。同専門調査会の報告を受けて,平成22年1月の中央防災会議において,首都直下地震対策大綱等に避難者・帰宅困難者等の具体的な対策を追加する修正が行われた。

首都直下地震の避難者・帰宅困難者対策の課題と対策は,以下のとおりである。

<1> 避難者に係る対策

首都直下地震では,例えば,東京都区部の避難所では,各区の住民が居住する区内で避難した場合には約60万人分,23区全体で広域的な避難を実施したとしても約49万人分不足すると想定されるなど,被害が大きい地域を中心に避難所が大幅に不足する可能性がある(図2−3−42)。

このため,応急危険度判定等の迅速な実施による自宅への早期復帰,現在避難所に指定されていない都県立学校や企業施設などの公的施設・民間施設の活用,地方公共団体の連携による広域的な避難体制の整備などの対策を進めることが必要である。

また,1都3県で約162万戸の応急住宅需要が想定されるのに対して,発災6ヶ月後の供給可能量は,応急仮設住宅12万戸,自宅の応急修理31万戸,公営住宅0.2万戸,民間賃貸住宅92万戸と見込まれ,これらだけでは27万戸の不足が生じることとなるが,さらに,周辺県(茨城,栃木,群馬,山梨,静岡)の33万戸の空き家,空き室も含めて最大限活用すれば,需要を満たすことが可能となる(図2−3−43)。

このため,膨大な応急住宅需要に対しては,応急修理等による自宅への早期復帰,公営住宅の利用や応急仮設住宅の早期提供,民間賃貸住宅の空き家・空き室の活用など,多様な手段を用意しておくとともに,物件確保のために地方公共団体間の広域な調整を行えるような仕組みをつくることが必要である。

図2−3−42 避難所の不足 図2−3−42 避難所の不足の図
図2−3−43 応急住宅の不足 図2−3−43 応急住宅の不足の図

<2> 帰宅困難者等に係る対策

首都直下地震では,約650万人の帰宅困難者の発生が見込まれているが,人々が一斉に徒歩帰宅を開始した場合,満員電車並みの混雑となる道路が数多く発生し,帰宅時間が平常時に比べて大幅に増加すると見込まれるほか,集団転倒等の危険や応急対策活動への支障も懸念される。

専門調査会における検討において,帰宅行動に関して,首都直下地震発生後に生じる道路の混雑状況やそれに対する対策の効果をシミュレーションした結果を平成20年4月にとりまとめた(図2−3−44)。同シミュレーションにより,現況で特段の対策を講じなかった場合を摸したケースでは,都心部や火災延焼部を中心に,満員電車状態(混雑度が1mあたり6人以上)の大混雑が発生し,徒歩帰宅の所要時間が平常時に比べて大幅に増加することが明らかになった。例えば,丸の内から和光市へは,通常約5時間のところ約15時間,横浜市へは,通常約8時間のところ約15時間かかることになる(図2−3−45)。

一方,翌日帰宅や時差帰宅の促進による一斉帰宅の抑制,帰宅経路の混雑状況等に関する情報の提供などの対策を実施することにより,混雑状況が大幅に緩和されることも明らかとなった。例えば,半分の人が翌日帰宅すれば満員電車状態の道路を3時間以上歩く人数は1/4に減少し,3時間の時差の中で分散して帰宅すれば約2割減少する。さらに,帰宅経路の混雑状況等が完全に把握できた場合には約6割減少し,他の対策と併用すればさらに減少することになる(図2−3−46)。

このため,安否確認を迅速に行うとともに,「むやみに移動を開始しない」という基本原則の周知・徹底や,企業等における翌日帰宅や時差帰宅の促進,そのための食料・飲料水の備蓄などの従業員等の一時収容対策の促進により,一斉帰宅を抑制していくことが必要である。また,1つの手段のみでは輻輳等により安否確認に支障が生じるおそれがあるため,迅速な安否確認のためには,複数の安否確認手段を使用することの必要性や,家族間で複数の安否確認手段の使用順位等を決めておくことの重要性について周知・広報することが必要である。

さらに,都心部等における滞留者や徒歩帰宅者への対応として,飲料水,トイレ,情報等を提供する機能を持った帰宅困難者等支援広場や一時滞在施設の確保,駅周辺における混乱防止のための組織づくりなどの対策を進めることも必要である。

図2−3−44 帰宅行動シミュレーション 図2−3−44 帰宅行動シミュレーションの図
図2−3−45 一斉帰宅による混雑の発生 図2−3−45 一斉帰宅による混雑の発生の図
図2−3−46 翌日帰宅等による混雑緩和の効果 図2−3−46 翌日帰宅等による混雑緩和の効果の図

<3> 避難者・帰宅困難者等に共通する課題への対応

発災時の避難所では,多数の避難者に加えて,帰宅困難者等が休憩やトイレ利用等のために帰宅経路周辺の避難所に集まることも想定されるため,避難所運営マニュアル等に帰宅困難者等への対応方法を明確化しておくことが必要である。

また,企業等においても,外部から避難者,帰宅困難者等が訪れた場合の対応方針をあらかじめ定めておき,事業継続計画(BCP)等に記載することが望まれる。

(g) 首都直下地震の復興対策

内閣府は,平成18年度から4ヶ年度にわたり,有識者からなる「首都直下地震の復興対策のあり方に関する検討会」を開催し,阪神・淡路大震災など過去の災害における教訓や,教訓から示唆される課題等について,首都直下地震の復興の際に参考とできるよう,復興の段階ごとに網羅的・体系的に抽出・整理し,平成22年4月に報告書としてとりまとめ,公表した。


所在地 〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1 電話番号 03-5253-2111(大代表)
内閣府政策統括官(防災担当)

Copyright 2017 Disaster Management, Cabinet Office.