序章で見たとおり,阪神・淡路大震災では,災害後の対応で,地域コミュニティの役割が重要であることを多くの国民が認識したところである。しかし,その後の防災意識の風化,都市部における旧来型コミュニティの機能の低下が指摘されている。
5 防災まちづくりの推進
(1)「共助」のまちづくり
そうした中で,昨年版の白書では,「生活から考える防災まちづくり」として,新たな形で,生活に根ざした「まちづくり活動」が行われている事例を紹介し,そうした活動が,結果として地域の防災力向上に役立つことを紹介した。
防災を直接の目的とする対策(例えば住宅の耐震化推進等)が,即効性のある対策だとすると,「まちづくり」は,必ずしも防災を直接の目的としていなくても,地域の人と人のきずな,支えあいを大切にする活動が,「漢方薬」のような形でまちの体質改善につながり,災害に強いまちづくりにつながる。「防災まちづくり」は,短距離走ではなく,息長く続ける長距離走のようなもので,自分たちで楽しみながら,できるところから始めるのがよい,という指摘もなされている。
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(2)防災まちづくりモデル調査事業
平成15年度,内閣府は国土交通省と共同で,「官民の協調による災害に強いまちづくりに関する検討調査」等の,民間主導による「防災まちづくり」に関する調査を実施した。具体的には,防災まちづくりに先進的に取り組んでいる地区をモデルに選定し,官民が協調して地域の防災力向上に向けた取り組みを行うための課題等について,対象各地区ごとに,防災まちづくりに取り組んでいる各主体の代表等からなる検討委員会を設置して検討を行った。各委員会は,住民や企業など,当該地区の関係者を中心に自主的に運営され,そこでの検討状況は,中央防災会議「民間と市場の力を活かした防災力向上に関する専門調査会」の「防災まちづくり分科会」(座長:伊藤 滋 財団法人都市防災研究所会長)にも報告されてきた。
モデル調査地区の選定にあたっては,下記の点に着目した。
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具体的には,早稲田,目白,大手町・丸の内・有楽町地区(以上東京都),平塚,多摩田園都市地区(以上神奈川県),名古屋駅地区の6か所で調査を実施した。
a 早稲田地区
空き缶のリサイクルからスタートした地域活動が,やがて環境だけでなく福祉や防災などより広い対象にまで拡大していったユニークなまちづくりの取り組みとして,これまでマスコミなどでもたびたび紹介されてきた。商店街や学生を中心にして,まちで暮らす者でなければできない震災対策を,「遊び心と本音で行う防災プロジェクト」として実施している。例えば,学生ボランティアによる独居高齢者宅への「ガラス飛散防止フィルム張り」や,商店街における耐震診断の実演等,ユニークな取り組みがなされている。
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b 目白地区
JR目白駅を中心に,目白通りに沿った駅周辺整備等を進めてきたNPO「目白まちづくり協議会」が中心となって,「緑陰の街目白:魅力・環境・防災のまちづくり」の考え方のもと,様々な活動を行っている。
まずは,自分たちのまちを知ることが重要と,街歩きを実施したほか,財団法人都市計画協会の協力を得て,インターネット上で掲示板機能をもつGIS(地理情報システム)である「カキコまっぷ」を活用し,防犯・防災上の課題を探った。また,町内会と共同で,アンケートも実施している( 図3−5−1 )。

目白では,「まちは我が家の延長,わたしたちの生活空間!」を合言葉に,行政に対し街区改善等の提案を行うとともに,防犯訓練の実施,近隣の大学等と連携した駅前イベントの開催等,地域コミュニティの再生に向けた多様な取り組みを実施している。
c 大手町・丸の内・有楽町地区
東京駅周辺地域には,わが国GDPの約20%を占める企業本社群が集積しているといわれ,その社会的,経済的役割はきわめて大きい。そこで,同地区の再開発協議会の中に「安全・安心まちづくり研究会」を設置し,それと連携する形で「東京駅・有楽町駅周辺地区帰宅困難者対策地域協力会(防災隣組)」を平成16年1月に設立した。
同会では千代田区と協調し,帰宅困難者(従業員,顧客,通学者,買い物客など)を想定した避難訓練,被害状況や避難指示の受発信をする防災情報システムの開発,備蓄倉庫の整備,区内大学との防災応援協定の締結等の取り組みを行っている。また,それに加え,避難訓練以外にも地域防災力を高める仕組み作りを検討することとし,その検討項目を,BRP(ビジネス・ルーリング・プラットフォーム)という形で整理・提示している( 図3−5−2 )。

d 平塚地区
以前から福祉関係等,NPOによるコミュニティ活動が盛んに行われてきた地区において,NPOのメンバーが阪神・淡路大震災の再現映像(人と防災未来センター作成)を見たことなどが契機となって,さまざまな市民活動NPO,小中学校PTA,自治会などが連携して「ひらつか防災まちづくりの会」が設立された。これらのグループは,「自分たちのまちは自分たちで守ろう」として,〈まちを壊さない〉〈まちを燃やさない〉〈互いに助けあう〉を共通テーマとする,ゆるやかな連携を保ちながら,次のような活動を精力的に実施している。また,並行して地元自治体の支援策も充実されつつある( 図3−5−3 )。

・阪神・淡路大震災被災体験者による講演会
・小学生や保護者による防災探検まち歩き
・モデル家屋を選定して耐震診断と補強工事を実施
・コミュニティFMやケーブルテレビによる防災情報の発信と防災意識啓発
・障害者,在日外国人など災害時要援護者への支援検討
e 多摩田園都市地区
民間開発企業が50年にわたって開発を続けてきたニュータウン地区において,今後さらに50年,安心・安全に住み続けるまちという視点から,当該企業及びNPO,地域住民が共同で,防災力の向上に取り組む活動が進められている。
ニュータウン特有の「人と人の地縁的ネットワークが薄い」点を克服するため,地域FMを活用した防災知識普及のための番組提供や,災害時の情報提供の検討,地域住民を対象にした防災シンポジウムの開催等の活動を推進している。これに加えて,実際に地域住民と直接の交流を行える防災情報提供の場である「サロン・ド・防災」を,ハウジングセンター内に設置した。また,建設業者等の協力を得て,発災時の機動的な人命救助や瓦礫処理等に活用できる「重機ネットワーク」の仕組みも検討している( 図3−5−4 )。

f 名古屋駅地区
名古屋駅を中心とする地域を対象として,東海地震の発生が予知された場合に想定される帰宅困難者対策などにより,同地域の効果的な防災まちづくりへの検討が行われている( 図3−5−5 )。もともと,名古屋市等の行政が主導した防災対策が検討されていたところ,社団法人中部経済連合会等,企業関係者の間にも防災意識が高まったことから,駅地区を中心に,「協働型防災まちづくり」推進に向けた検討を開始することとしたものである。

検討委員会には,地区内の主要企業及び有識者が参加,フィールドワークやアンケート調査,災害発生シナリオの設定や避難ルート案内,企業防災ネットワークの検討が進んでおり,その成果として,安全・安心な名古屋駅地区をめざした防災まちづくり計画の策定が期待されている。なお,その一環として,中部経済連合会では,平成16年3月に「企業における地震対策ガイドライン」を作成,関係企業等に配布して,大規模地震災害への備えを啓発しているところである。