防災リーダーと地域の輪 第22回

津波の経験を未来へと伝える

平成5(1993)年に、北海道南西沖地震の津波で深刻な被害を受けた奥尻島の人々が、自らの被災・復興の経験を若い世代や東日本大震災の被災者に伝える取り組みを行っている。

北海道南西沖地震が発生したのは平成5年7月12日、午後10時17分。マグニチュードは7.8であった。震源に近い奥尻島では、地震発生から2〜3分後に津波が来襲し、海岸沿いの集落が壊滅的な被害を受けた。この災害による奥尻島での死者・行方不明者は198名にのぼっている。

「揺れがおさまってから直ぐに、祖父を背負い、祖母の手を引いて家の裏の高台にある灯台を目指して避難をしました。坂の途中で振り返ると家が流されるのが見えました。あと少し逃げるのが遅れていたら命はなかったです」

そう語るのは奥尻町の消防署員の三浦浩さんだ。当時、三浦さんは高校1年生。海岸から200m程離れた家で祖父母と暮らしていた。

三浦さんが地震直後に避難することができたのは、昭和58(1983)年に発生した日本海中部地震の経験があったからだ。当時、5歳だった三浦さんは祖父母に手を引かれ、灯台へと逃げた。この時以来、地震があったら一人でも直ぐに逃げるようにと祖父母に言い聞かされていたのだ。

三浦さんはその後、高校を卒業すると、災害から地域を守りたいという思いから消防士となったが、津波の経験は早く忘れ去りたかった。しかし、防災に取り組むNGOの依頼で、平成16(2004)年のスマトラ島沖地震で津波の被害を受けたタイとスリランカを訪れたことが転機となる。両国で自らの経験を話したことがきっかけとなり、三浦さんは「一人でも助かる命があるのなら、津波の教訓を広めたい」と考えるようになり、奥尻島でも津波経験を語り継ぐ活動を始めた。

そうした中、平成23(2011)年の東日本大震災後に三浦さんは、岩手県宮古市田老地区の田畑ヨシさんと知り合う。田畑さんは、昭和8(1933)年の昭和三陸津波での経験を紙芝居に描き、30年以上にわたって数多くの人に語り継いできた。田畑さんは東日本大震災では自宅を津波で流されたが無事に避難をしている。

田畑さんの活動に心を動かされた三浦さんは、自身をモデルにした紙芝居を作ることを決意。妻や同僚、友人からも協力を得て、「あの坂へいそげ」と題した紙芝居を平成24年夏に完成させた。三浦さんは現在、「奥尻島津波語りべ隊」の一員として、地元の子どもたちや島を訪れる中高生、東北の被災者などに紙芝居を披露している。

「命は一度落としたら戻ってきません。時間も一度過ぎたら戻ってきません。『時間は、命』なのです。未来の命をつなぐために、あの時に生かされたと思っています」と三浦さんは言う。

母校の小学校で紙芝居を演じる三浦浩さん(三浦浩さん提供)

防災教育プログラムに参加する高校生に、奥尻島の津波被害について説明する満島章さん
(満島章さん提供)

支援への恩返し

三浦さんが隊員の「奥尻島津波語りべ隊」は平成24年4月に結成された。東日本大震災以降、地震・津波からの復旧・復興対策を視察するために、奥尻島を訪れる自治体、研究機関、報道機関などの関係者が急増した。そうしたニーズに応えるとともに、災害の教訓を後世に伝えることが語りべ隊の目的である。隊員は30歳代から60歳代までの13名。それぞれの隊員が、自らの経験をもとに、被災経験、復興とまちづくり、防災教育などのテーマで語る。結成以来、隊員は島内外で1500名以上の中高生や自治体関係者にその経験を伝えている。

「私も東北の被災地で奥尻島での経験を話し、『必ず復興できます』と皆さんを励ましてきました」と語りべ隊の一人で、奥尻町水産農林課の満島章さんは言う。「奥尻島は災害の後、全国の方々から支援を頂き、5年で復興することができました。自分の経験を話すことで、その恩返しをさせて頂いているのです」

奥尻町では、教育旅行として島を訪れる中高生を主な対象に「防災学習プログラム」を実施している。平成17(2005)年以来、北海道の学校を中心に1000名以上の生徒が来島しており、奥尻島津波館や防災施設の見学、語りべ隊による講演、住民とのディスカッション、炊き出し体験などを、津波から復興した地で実体験している。

さらに、「防災ロールプレイ」の体験も可能である。これは、生徒が、公務員、消防団員、医師、住民などの役割を演じ、1時間ほどかけて行う避難と救護の訓練である。訓練が始まると、災害対策本部を立ち上げ、避難誘導、負傷者確認といったことを、生徒自らの判断で進めていく。訓練では実際に、町の緊急サイレンを鳴らしたり、消防車や模擬救急車を出動させて臨場感を出すことも行われる。

「訓練は本番さながらで進められるので、生徒は非常に緊張感を持って参加します。生徒は緊急時の冷静な判断、チームワークの重要性などを学ぶことができます」と満島さんは言う。「これからも私たちは、奥尻島の経験を積極的に伝えていきたいです」

「防災ロールプレイ」の住民役として避難をする高校生(奥尻町提供)

避難生活を体験するための炊出し訓練(奥尻町提供)

「防災ロールプレイ」で立ち上げられる災害対策本部(奥尻町提供)

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