防災リーダーと地域の輪 第21回

千年後の命を守る、いのちの石碑

宮城県女川町の女川中学校の生徒たちが、東日本大震災の津波の被害を記録に残すために始めた「いのちの石碑プロジェクト」は、「千年後の命を守る」という彼らの強い願いが込められている。

宮城県女川町は東日本大震災の津波で8割以上の家屋が流出し、死者・行方不明者は、町の人口の1割近い832名にのぼった(平成23年9月策定「女川町復興計画」による)。女川町立女川中学校(震災時は、女川第一中学校)は高台にあったため、津波による直接の被害からは逃れたものの、生徒の多くは家族や自宅を失った。

こうした中、震災直後に入学した64名の新入生が、社会科の授業の一環として取り組んだのが、ふるさとの地理的条件を生かした津波被害を最小限にするための対策案づくりだ。生徒たちは「震災の悲しい体験を二度と繰り返したくない」という思いを持ちながら議論を重ねた。生徒たちの意見がいったん、「高台に避難する」、「記録に残す」という案でまとまりかけた時、一人の生徒が「『逃げろ!』と言っても避難しない人がいる。その人はどうするの?」と涙ながらに発言した。その生徒の祖父は、避難しようとしない人を3度目に説得に行った時に、津波に襲われ命を失っていた。この発言がきっかけとなり、生徒たちは対策案を練り直すことにした。その結果、 (1) 非常時に助け合うために普段からの絆を強くする (2) 高台にまちを造り、避難路を整備する (3) 震災の記録を後世に残す、という3つの津波対策がまとめられた。

「避難しない人を説得するには、その人との絆が大切だと生徒たちは考えたのです。人と人との絆があれば多くの命を救うことができる。そうした絆を自分たちで作っていきたいという彼らの思いを強く感じました」と、当時、社会科教諭として生徒を指導した阿部一彦さん(現在は、気仙沼市立唐桑中学校教頭)は言う。

生徒たちはこの3つの対策を、平成24年7月に仙台市で開催された「世界防災閣僚会議 in 東北」などで発表するとともに、震災の記録を残す具体策として、町内にある全21カ所の浜の、津波到達地点に石碑を建てる「いのちの石碑プロジェクト」を計画した。生徒の保護者や地域住民等も加わり「『いのちの石碑』を作る女川の子どもたちを支える会」を結成し、プロジェクトを支えた。生徒たちは、「千年後の命を守る」を合言葉に、 21の石碑の建設費用を集めるため、平成25(2013)年2月から募金活動を開始、修学旅行先の東京などで募金への協力を訴えた。この訴えは大きな反響を呼び、約半年で目標額の1000万円を達成した。

そして、平成25年11月に女川中学校の敷地に最初の石碑を建立。それ以降、今年11月までに6つの石碑が完成している。石碑は高さ2.2m、横1m、厚さ15㎝。石碑には、生徒が考えた3つの津波対策と併せて、「大きな地震が来たら、この石碑よりも上に逃げてください」、「逃げない人がいても、無理矢理にでも連れ出してください」などの碑文が刻まれている。また、それぞれの石碑には、「夢だけは 壊せなかった 大震災」、「ただいまと 聞きたい声が 聞こえない」など、震災後に生徒が詠んだ俳句も一句ずつ添えられた。これらは、国語の授業として生徒全員が取り組んだ俳句作りから生まれたものだ。女川中学校は、「いのちの石碑プロジェクト」が高く評価され、平成25年度「ぼうさい甲子園」のグランプリを受賞した。

女川中学校で石碑プロジェクトを始めた生徒たちは平成26年3月の卒業後も、引き続き石碑の建立を進めるとともに、「命の教科書」作りに取り組んでいる。「命の教科書」は、地震や津波など、自然災害から自ら、そして人々の命を守る方法をまとめた「教科書」で、中学生用を今年度中に完成させる予定である。その後は小学生用、そして、英語版も作成したいと考えている。

「私たちは震災後、日本だけではなく世界各国から支援を頂きましたが、生徒たちはその支援の恩返しとして、『命の教科書』を作りたいと考えているのです。『命の教科書』作りを通じ、彼らが多くのことを学べるように、私も手助けしていきます。それがこの世に生まれてきた私の使命だと思っています」と阿部さんは言う。

女川町に建てられた「いのちの石碑」(内閣府提供)

社会科の公開授業で津波対策に関して発表する生徒たち(阿部一彦氏提供)

平成25年4月、東京のオフィスビルで石碑を建てるための募金を呼びかける生徒たち(阿部一彦氏提供)

防災リーダーの一言

最初、私は授業の中で震災のことは極力避けようという気持ちがありました。しかし、しっかりと震災と向き合い、未来へと歩もうとしている生徒と接するうちに、津波対策を考える授業を始める気持ちが固まっていきました。
生徒と津波対策を考える中で、私は生徒から多くのことを学びました。教師としての役割は、一方的に答えを教えるのではなく、生徒の心の中にある答えを引き出すことだと思います。時には私の思いもよらない答えが出てきます。津波対策の「絆」という考も生徒たちの中にあるものでした。たとえ私自身が答えを持っていなくても、全ての答えは彼らの中にあるのです。
防災は「人づくり」だと思います。命を大切にしたいと強く思う人を育てることが防災につながるのです。「いのちの石碑プロジェクト」も、それが単に石碑を建てることが目的ではなく、未来へとつながる人づくりであったからこそ、多くの方々の賛同を得られたのだと思います。

阿部一彦
あべ・かずひこ
宮城県気仙沼市立唐桑中学校教頭

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内閣府政策統括官(防災担当)

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