特集 なぜ、住宅の耐震化が進まないのか?

住宅の耐震化の課題とその解決に向けて

 順調に進まない耐震化の課題とその解決策について、東京大学教授の目黒先生に聞きました。以下は目黒先生の考えです。
 私は耐震化を推進するうえでの課題は次の3つに集約されると考えています。よく指摘される耐震補強の経費の問題も、これらが解決されればおのずと解決されるし、先ほどのアンケート調査の結果も大きく変化すると思います。私が指摘する3つの課題とは、人々の低い「災害イマジネーション」の問題、耐震補強を取り巻く技術的な課題、そして社会制度的な課題です。以下で具体的に説明します。

(1)耐震改修を妨げる3つの課題

 現在のわが国のように、地震が多発する危険性の高い状況における防災の最重要課題は、既存不適格建物の建替えや耐震補強(改修)を推進することですが、うまく進展していません。最大の理由は、「災害イマジネーション」の低さです。発災時の季節や天気、曜日や時刻、自分の立場や役割、さらに服装などの条件を踏まえたうえで、発災からの時間経過にともなって自分のまわりで起こる状況を具体的に想像する能力が低いのです。
 効果的な防災対策は、「災害イマジネーション」に基づいた「現状に対する理解力」と「各時点において適切なアクションをとるための判断と対応力」があってはじめて実現します。人間は、イメージできない状況に対する適切な心がけや準備などは絶対にできません。災害イマジネーションが低いと、耐震補強をはじめとする事前対策の重要性を認識できないので、どんなに環境を整えても進展しません。現在の防災上の問題は、社会の様々な立場の人々、すなわち、政治家、行政、研究者、エンジニア、マスコミ、そして一般市民の災害イマジネーションの低さが、最適な事前・最中・事後の対策の具体化を阻んでいる点にあるといえます。地震被害の状況を具体的にイメージする能力の向上には、私が提案している災害イマジネーションツール「目黒メソッド」や「目黒巻」などの利用をお勧めします。
 災害イマジネーションの次は、適切な「技術」と「制度」の整備が重要で、前者は、「補強技術」と「診断技術」に分けられます。「補強技術」に関していえば、木造に限っても1000万戸を超える既存不適格建物と、そこに住む人々の状況を考えると、性能は高いが高価な工法は問題解決の決定打にはなりません。低価格なこと、ただし施工者に応分の利益が上がることが重要です。「安ければ安いほどいい」では、健全な業者が参入しません。そして実施した際の「効果」が、たとえこれが著しく高くなくても、信頼性の高い情報として、持ち主に理解してもらえる環境の整備が大切で、この中の重要な要素として簡便で高精度な診断法の整備があげられます。簡便かつ高精度な診断法が整備されれば、耐震補強に対する信頼性は向上し、悪徳業者が入り込む余地はなくなります。
 「制度」としては、建物の持ち主に耐震補強に対する強いインセンティブを与えるものであり、かつ「技術」の価格や信頼度に関わる不確定性をカバーする機能を持つことが求められます。近い将来の地震で、全壊・全焼のみでも最悪200万棟(世帯数にすればその2倍程度)を超えるような被害が予想されるなかでは、「事前に行政がお金を用意して進める現在の耐震補強支援策」も「行政による事後の手厚い被災者支援策」も財政的に成り立ちませんし、副次的にも多くの問題を生みます。前者では数を限って実施しても「やりっぱなし」の制度が、悪徳業者が入り込む環境を作るし、後者は最も重要な事前の耐震補強対策へのインセンティブを削ぐのです。いずれもオールジャパンを対象として、長期的な視点からわが国の防災に貢献する制度になっていないし、公的な資金の有効活用の点からも説明責任が果たせるものになっていないと私は思います。

(2)防災における「自助」

 「共助(互助)」「公助」防災においては「自助」「共助」「公助」が重要ですが、基本は「自助」にあります。また「共助」や「公助」は「自助」を誘発する仕組みがないと、大幅な無駄やモラルハザードを生むだけでなく、被害軽減に結びつきません。防災において、「自助」が基本といえる理由は、現在発生が危惧される大規模地震災害時には、被害量が膨大になるため、行政のみの対応では不十分なこと、また規模がそれほど大きくなくとも、生死に直結する発災直後の時間帯は、行政による十分な対応を期待することが不可能だからです。
 地震防災における「自助」の最重要なアクションは、既存不適格建物の持ち主による事前の「建替え」と「耐震補強」です。これを実現する「制度」として、私は「行政による新しいインセンティブ制度(公助)」、「耐震補強実施者を対象とした共済制度(共助)」、「新しい地震保険(自助)」を提案しています。これら3つの制度(目黒の3点セット)により、耐震補強が不要な高い耐震性の建物に住む人と耐震補強を実施した人は、将来の地震で万が一、全壊・全焼などの被害を受けても新築住宅の再建に十分な支援を地震後に受けることができる環境が整います。

(3)目黒の3点セット

 1)目黒提案の公助システム

 わが国は自然災害については自力復興を原則としています。しかし実際には、被災者には各種の公的支援がなされ、阪神・淡路大震災の際には、ガレキ処理や仮設住宅の建設・撤去、復興住宅の建設などをはじめとして、全壊住宅世帯には1世帯当たり最大で一千数百万円、半壊でも1000万円規模のお金が使われました。もちろん被災者個人のポケットに入ったわけではなく、彼らを支援するために使われたのです。これらの多くは建物被害がなければ費やす必要のないお金であり、その主な原資は公費です。
 そこで私は次のような「行政によるインセンティブ制度」を提案しました。持ち主が事前に自前で、耐震診断を受け補強の必要がないと評価された住宅、または耐震補強をして認定を受けた住宅(いずれも将来の地震時の公費の軽減のために自助努力したもの)が、地震によって被害を受けた場合に、損傷の程度に応じて、行政から優遇支援される制度です。この制度が実現すると、被災建物数が激減するので、行政は全壊世帯に1000万円を優に越える支援をしてもトータルとしての出費は大幅に減ります。
 自治体が事前にお金を用意して、市民に補強をお願いする現在の制度は、既存不適格建物数を考えると、都道府県単位で地震の前に数千億円規模の予算措置を必要とし、現実的ではありません。しかも建物の数を限って実施したところで、公的資金が導入された耐震補強家屋のその後のメンテナンスを確認するインセンティブが行政に発生しない「やりっぱなし」の制度であり、「悪徳業者」を生む土壌をつくります。さらに高額の補助金を出す自治体では、市民がなるべく高い資金援助を得るために所得が低くなるまで補強を先送りしたり、高い支援金を見込んだ業者による補強が他地域に比べて著しく高額になったりする問題が生じています。
 一方、私の提案する制度では、行政は事前に巨額の資金を用意する必要がありません。また発生する被害を激減させ、行政と市民の両者の視点から地震時の出費を大幅に軽減し、税金の有効活用を実現します。しかも契約建物の耐震性を継続的に確認する仕組みが誘発され、住宅の継続的な品質管理に貢献します。さらに「やりっぱなしの悪徳業者」を排除し地元に責任あるビジネスをもたらし、地域の活性化に貢献するのです。
 この制度では、次に述べる「行政によるリバースモーゲージ」も有効です。経済的な理由から耐震補強できないという世帯を調べてみると、多くのケースでは「今キャッシュがない」だけで、土地付の住宅や生命保険などを持っている人も多い。この人たちには土地や生命保険を担保に、金融機関から耐震補強費を借りて、まず補強をしてもらう。しかし毎月の支払いが難しいので、その分を行政が公的資金から貸し出す。払い戻しはその世帯主が亡くなった際に一括して行えば良い。行政は貸し出すだけで、基本的な出費はないが、これにより市民の命が守られ、行政は地震時の出費を大幅に軽減できます。市民も損害を軽減できるし、仮に被災した場合も行政から手厚いケアを受けることができるのです。

 2)目黒提案の「共助」システム

 私の提案する「共助」システムは「耐震補強実施者(もともと高耐震の建物に住む人を含む)を対象としたオールジャパンの共済制度」です。現行の耐震性を満足する建物が被災するのはおおむね震度6以上の場所です。現在心配されている巨大地震が発生しても、震度6以上の揺れにさらされる地域に存在する建物は全国の建物の数%以下です。この地域内に存在する耐震補強済みの建物が被災する確率は、全国比でせいぜい数百分の1程度になります。つまり数百世帯の積立てで全壊世帯1軒、半壊世帯2、3を支援する割合になります。私の試算では、東海地震を対象に考えると、耐震補強時(100万〜150万円を支払う際)、2万円ほどの積立てを1回するだけで全壊時に1000万円、半壊時に300万円の支援を受けることができます。わが国における最大規模の東海・東南海・南海の連動地震を想定しても、耐震補強時に4〜5万円程度(消費税以下)の積み立てを1回だけすれば、同様の支援を受けることができるのです。
 ところが耐震補強を前提にしない共済では、結果的に自助努力した人から集めたお金が努力していない人に流れるだけで、耐震補強へのインセンティブを削ぎます。しかも補強を前提にしていないので被災建物数が大幅に増え、十分な積立ても難しい。対象地域を特定の県に限っている場合には、なおさら条件は悪くなるのです。

 3)目黒提案の「自助システム」

 最後に「自助」の制度として提案する「新しい地震保険」を紹介します。耐震補強済みの住宅が揺れで壊れる可能性は著しく低い。またすでに説明したような目黒提案の「公助・共助」制度で、揺れで被災した場合には新築に十分な2000〜3000万円という支援が行政(公助)と共済(共助)から得られます。問題は震後火災です。そこで私の提案する制度は、揺れによる被害を免責にする地震保険です。すなわち、揺れには耐えて残ったが、その後の火災で被災した場合に役立つ保険です。
 兵庫県南部地震は風の影響が少なかったとはいえ、揺れで被災した建物は全半壊で25万棟、一部損壊はさらに39万棟です。延焼火災建物は7千数百棟で、この中にも揺れで被災した建物が多く含まれます。全半壊だけを対象にしても、揺れによる被害と火災による被害は数十倍違う。建物の耐震性が高まると消火活動の条件が向上するので、延焼火災数は減少できます。これらの条件を考慮して保険を設計すると、揺れによる被災建物を免責にした場合の補償対象建物数は、簡単に100分の一程度になります。年間10万円の保険料が1000円になる計算です。これならば地震保険の割高感もなくなるし、火災保険の30〜50%という地震保険の補償制限も撤廃できます。

 (4)認識を改めるべきこと

 耐震補強費は木造住宅で平米当たり1万5000円が目安、100㎡なら150万円です。最近ではもっと安い工法が多く提案されています。自家用車の値段と比べてみてください。これで家族と財産を守ることができるのです。自家用車を購入する際、多くの人は、強制保険はもちろん任意保険も買います。交通事故の悲惨さがイメージできるからです。しかし耐震補強の重要性に関してのイメージは低い。さらに自動車保険は、保険ビジネスが成り立っていることからも、支払った保険料の投資対効果は1以下です。しかし現在の地震活動状況を考えると、耐震補強の投資対効果(耐震補強費とそれによる期待被害軽減額の比)が5〜10倍という例(地域と物件)はざらに存在します。よく耐震補強に使う「お金がない」という声を聞きますが、その一方で、耐震補強と無関係なリフォームは、現在、戸建住宅だけでも年間40万棟の規模で、平均400万円程度かけて行われています。このリフォームの機会を活用して補強をすれば、耐震補強の経費は半分程度に簡単になります。
 現在のわが国のように地震活動度の高い地域や時期には、「市民1人ひとりが事前の努力でトータルとしての被害を減らす仕組みを作ったうえで、努力したにも関わらず被災した場合に手厚いケアをする制度」の整備が重要です。事前の努力と無関係に、「やられた人がかわいそうだから、なるべく多くのお金を支援してあげよう」的な制度は財政的に成り立たないし、被害を抑止する効果もありません。「近視眼的に、ローカルに、一見良さそうだ」的な制度になっていないか、「オールジャパンを対象に、長期的に、わが国の防災に本当に貢献する制度」、「納税者に説明責任が果たせる制度」になっているかどうかの視点を常に持って、対処していく姿勢が重要だと思います。

写真提供:阪神・淡路大震災を記録し続ける会(撮影:坪田眞紀生)
写真提供:阪神・淡路大震災を記録し続ける会(撮影:掘米秀英明)
写真提供:阪神・淡路大震災を記録し続ける会(撮影:丸山かおり)
福和 伸夫

東京大学生産技術研究所都市基盤安全工学国際研究センター長
目黒公郎 めぐろ きみろう
1991年東大大学院博士修了、2004年より現職。「現場を見る、実践的な研究、最重要課題からタックル」をモットーに、ハードとソフトの両面からの防災戦略研究に従事。

所在地 〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1 電話番号 03-5253-2111(大代表)
内閣府政策統括官(防災担当)

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