第7節 おわりに
本年の白書では、100年前に発生した関東大震災を振り返り、そこから得られる教訓とその後の社会経済情勢の変化を踏まえて、今後の災害対策の方向性を論じた。
関東大震災を自ら体験し、その後の地震研究所の設立にも深く関わった物理学者の寺田寅彦は、昭和9年(1934年)の著作「天災と国防」の中で、国家の安全を脅かす敵国に対する国防策と比べて、当時の政府による自然災害への対策が不十分であることを批判的に論じている。これに対し、我が国はその後、「災害対策基本法」の制定や、阪神・淡路大震災、東日本大震災を踏まえた施策の拡充等を経て、災害対策を相当程度進展させてきたと言える。
一方で、寺田は、同じ著作の中で、次のようにも述べている。
「しかしここで一つ考えなければならないことで、しかもいつも忘れられがちな重大な要項がある。それは、文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増すという事実である。」14
寺田は、文明が発達し、自然の力に抗するような造営物を作ることで自然の猛威を封じ込めたつもりになっていると、あるとき急に自然が猛威をふるって、建物を倒したり堤防を壊したりして人命・財産に大きな被害を及ぼすと論じている。また、文明の進歩に伴い、国家・国民の内部機構が著しく分化することによって、その一部が損傷した場合に、システム全体に大きな影響を及ぼす可能性が高まるとも述べている。
我が国では、防災・減災インフラの整備を始めとする防災投資等によって、多数の死者が発生するような災害の発生頻度は減少した。一方で、寺田が警鐘を鳴らしたように、阪神・淡路大震災の発生以前は国民の防災意識が低い状態が続くとともに、東日本大震災のような想定外の巨大災害に対する備えは疎かになってきたと言える。
また、首都圏への人口や諸機能の集中は、ひとたび首都圏で災害が起きた場合の波及的な影響のリスクを高める結果となっている。同じことは、グローバル化に伴う世界の相互依存の高まりの中で、海外における災害が我が国に与える影響についても言うことができる。
本年は、関東大震災の発生から100年の節目に当たり、その教訓を忘れることなく、100年後に向けて承継していく必要がある。また、今後一層高まる災害リスクに対しては、国土強靱化の理念も踏まえつつ、国土政策や産業政策も含めた総合的な見地から向き合い、災害に強い国土・地域・経済社会の構築を目指していく必要がある。その上で、災害対策の観点からは、直面する大規模災害に対する備えを怠ることなく、防災・減災インフラの整備を始めとする防災投資、災害応急対策の準備、被災者支援の充実、国際連携等に取り組むとともに、防災教育等を通じて国民一人一人の自覚と努力を促すことによって、できるだけ災害による被害を軽減していく必要がある。
14 寺田寅彦(1934)「天災と国防」より引用