序章 2 自然現象や社会環境の変化に伴って変化する災害リスク



2 自然現象や社会環境の変化に伴って変化する災害リスク

各種防災対策の推進により,我が国社会の災害脆弱性は一定程度軽減されてきたと考えられるが,その一方で,近年は,短時間強雨の増加,海面上昇などの自然現象の変化,高齢化の進展,都市構造の変化などの社会環境の変化に伴って,新たな防災上の課題も発生してきている。この節では,近年の各種変化とそれによって発生した新たな防災上の課題について記述する。

(1)近年の短時間強雨の増加と水関連災害

平成20年においても,都市部における短時間の局地的な大雨により各地で被害が発生した。7月28日の大雨では神戸市の都賀川の水位が短時間で急激に上昇し児童を含む5人の死者を出し,また,8月末にも東海地方を中心に記録的な大雨で3人の死者が出た。それ以前においても,平成16年には新潟・福島豪雨や台風23号により人的被害を含む大きな被害を受け,平成17年には,集中豪雨により東京中野区,杉並区で浸水被害が発生している。

短時間強雨の発生回数が増加傾向にあることは確かであり,気象庁のアメダス観測地点1,000地点当たりの1時間降水量50mm以上の発生回数は,平成10年から20年までの11年間において年平均239回であり,これは昭和51年から61年の11年間の約1.5倍になっている。このような短時間強雨の増加や都市化に伴う雨水の不浸透化により,平成17年の東京都の浸水被害に見られるように,下水道や河川の施設規模を上回る大量の雨水が都市の低地部に流れ込み,内水氾濫による被害が発生するとともに,神戸市の都賀川の例のように,中小河川における急な増水による水難事故が発生している。

都賀川の例では,都賀川流域上流部において14時40分から14時50分の10分間に20mm(120mm/hr)程度の強い降雨を観測し,下流の事故現場付近では10分間で1.34mの水位上昇を記録した

世界的にみても大規模水害が多発している。平成20年5月には,サイクロン常襲地域ではないミャンマーを襲ったサイクロンナルギスにより13万人以上の死者・行方不明者を出し,同年イタリアのベネチアでは過去20年間で最も深刻な浸水被害を受けた。ベネチアでは毎年秋から冬にかけて季節風と低気圧の影響で高潮が発生するが,近年の海面上昇や地盤沈下も影響し,近年稀に見る浸水被害となった。

近年,地球温暖化に伴う気候変動の影響と考えられる激甚な災害が頻発しており,国連環境計画(UNEP)及び世界気象機関(WMO)により設立された「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)が平成19年に発表した第4次評価報告書では,今後,地球温暖化に伴う気候変動の影響により,熱帯低気圧(台風及びハリケーン)の強度が増大するとともに,大雨の頻度も引き続き増加する可能性が高く,洪水などによる被害が予測されているところである。

このような状況を踏まえ,我が国においても,地球温暖化に伴う気候変動が各種水関連災害に及ぼす影響等についての議論が進められている。

平成20年6月には国土交通大臣の諮問機関である社会資本整備審議会河川分科会において「水災害分野における地球温暖化に伴う気候変化への適応策のあり方について」答申がなされ,この中では,地球温暖化への対応として適応策が緩和策とともに重要であり,洪水に対する治水対策の重層化,激化する土砂災害への対応強化等により,持続可能な社会・経済活動や生活を行える「水災害に適応した強靭な社会」(水災害適応型社会)の構築を目指すことが求められている。

また,四方を海に囲まれた我が国においては,高潮災害や高波災害等の頻発化・深刻化も懸念されるところであるが,上記社会資本整備審議会河川分科会答申において,高潮への段階的対応の必要性が指摘されているのに加え,同大臣の諮問機関である交通政策審議会から,「地球温暖化に起因する気候変動に対する港湾政策のあり方」が答申されている。

更に,中央防災会議においても,近年の豪雨の発生頻度増加,世界的な大規模水害の多発を踏まえ,大規模水害が発生しても被害を最小限に食い止めるための対策を検討するため,現在「大規模水害対策に関する専門調査会」において審議が進められているところである。

写真2 都賀川増水の様子 都賀川増水の様子の写真 出典:神戸市資料
図表4 1976年以降における1時間降水量50mm以上の発生回数 1976年以降における1時間降水量50mm以上の発生回数の図表
(2)高齢化と災害脆弱性 〜高齢化が進む地域の防災力

高齢者は各種災害において大きな被害を受ける傾向がある。平成18年豪雪では死者数の約3分の2が65歳以上であり,また,平成16年7月の新潟・福島及び福井豪雨では20人の死者のうち17人が65歳以上であった。

このような背景には,高齢化により地域コミュニティにおける共助の力が落ちてきていることや,就業形態の変化や家族構成の変化により,災害が発生した際に高齢者を助けられる若者が周囲にいなくなってきていること等が考えられる。平成12年の東海豪雨では,高齢者が避難に要した時間が2時間半であったのに対し,若い人と同居している高齢者が避難に要した時間は1時間半と,大幅に短かったという調査結果 も出ている。また,平成18年豪雪の事故では除雪作業中の屋根からの転落が最も多くなっているが,1人で作業を行っているときに事故にあうことが多いという調査結果 が出ている。

このような高齢化は,中山間地などに多く存在する過疎地域で特に進行が早くなっている。平成17年の国勢調査によれば,全国の65歳以上人口は全人口の20.1%であるが,過疎地域自立促進特別措置法における過疎地域においては65歳以上人口の割合は30.2%と高くなっており,また,平成18年に国土交通省が実施した調査 では,過疎地域における62,273集落のうち,65歳以上人口の割合が50%以上の集落は7,878集落にのぼり,全世帯が65歳以上の集落も431集落存在することが分かっている。同調査では,このような地域において森林の管理に支障が生じ土砂災害の危険性が高まっているとの指摘もあり,高齢化による地域防災力の低下が特に懸念されるところである。

また,中山間地では高齢化が進む中での孤立集落対策も重要な課題となっている。内閣府が平成17年に実施した調査では,中山間地域に位置する農業集落58,799集落において,その29.7%,17,451集落は自然災害により道路交通による外部からのアクセスが困難となり,住民生活が困難若しくは不可能な状態になると回答している 。このような孤立可能性のある集落では,自主防災組織がある集落は45.5%に過ぎず,過半の集落で食料や医薬品などの備蓄もなされていない状況であった。

高齢化に伴う防災上の課題は中山間地だけのものではなく,都市部でも高齢化に伴う防災力の低下は大きな課題となっている。高度成長期に開発された団地やニュータウンの中には,住民の一斉高齢化を引き起こしているところもある。東京都新宿区の戸山団地では既に住民の過半数が65歳以上という状況にあるが,住民の高齢化に伴って自治会が解散するという事態に陥っており,災害時等の住民相互の助け合いに支障が出るのではないかという懸念も生じているところである。

図表5 世帯構成の変化 世帯構成の変化の図表
図表6 岩手・宮城内陸地震における孤立発生地区(栗原市内)の高齢化率 岩手・宮城内陸地震における孤立発生地区(栗原市内)の高齢化率の図表
図表7 ニュータウンの高齢化状況 ニュータウンの高齢化状況の図表
(3)都市化の進展により高まる災害脆弱性

戦後の人口の急増と都市への人口の集中は,我が国の経済成長の原動力となったことは間違いないが,住宅需要の増大に伴い,大都市の高度成長期に新たに市街化された地域を中心に,オープンスペースの少ない木造密集市街地が形成された。これらの木造密集市街地は,平成7年の阪神・淡路大震災においても明らかになった通り,地震や火災に対し極めて脆弱である。密集市街地における防災街区の整備の促進に関する法律を制定,改正する等により,防災上の安全性確保に取り組んでいるところではあるが,居住者の高齢化や狭小な敷地等により建替えが進みにくいといった問題も生じている。

また,都市化の進展により,市街地のスプロール的な外延化が進んだが,その過程では,湾岸部の埋め立て,傾斜地や窪地などの宅地化が進行していった。このような埋め立て地や造成宅地では大地震に際して液状化や滑動崩落等による被害の発生が懸念されており,近年の災害においても,新潟県中越地震の際には,小千谷市や長岡市などで水田や湖沼を埋め立てた箇所等で液状化の発生が見られるとともに,長岡市などで大規模に谷を埋め立てた造成宅地(谷埋め盛土等)で滑動崩落による被害が発生した。また,阪神・淡路大震災の際にも,神戸市のポートアイランド・六甲アイランドで大規模な液状化現象の発生が確認されるとともに,(社)地盤工学会・阪神大震災調査委員会の調査では,都市域における斜面変動(地すべり・斜面崩壊)214箇所のうち,谷埋め盛土の部分が53%を占めた 。平成17年にまとめられた中央防災会議「首都直下地震対策専門調査会報告」では,今後発生の可能性が指摘されている首都直下地震において,東京湾岸地域や大河川周辺での液状化により約33,000棟の全壊被害が発生すると予測され,また,都市近郊に存在する谷埋め型の大規模盛土造成地が変動し地すべり的な破壊を生じ,ライフライン,道路,宅地等に被害が発生することが懸念されている。

市街地の外延化は,また,郊外の住宅から都心の職場へ通勤する人々の流れを生み出したが,「首都直下地震対策専門調査会報告」では,東京湾北部を震源とするマグニチュード7.3の地震が発生した場合,最大で約650万人の帰宅困難者が発生すると予測されており,都心部から居住地に向けて一斉に帰宅行動をとった場合,路上では混雑による混乱や,応急対策活動の妨げになったりするなどの問題を引き起こす可能性も指摘されている。

一方,近年は都市再生緊急整備地区等での大規模高層開発事業や大規模工場跡地の複合再開発などに伴い,高層マンションの建築が増加している。毎年の竣工棟数をみると,東京圏(東京都,千葉県,埼玉県,神奈川県)の件数が多いものの,大阪府,京都府,兵庫県などの近畿圏や福岡県,広島県,愛知県などその他の地方都市でも増加傾向にある。

このような高層建築物については,災害発生時にはエレベーターが停止し,避難時や復旧までの日常生活において高層階からの移動に支障がでることがあり,またエレベーター内部に閉じ込められる危険性も考えられる。前者については,日常から避難計画を立てておくことや十分な備蓄を確保しておくことが防災上重要であるが,平成17年に東京都中央区が行った調査 では,区内の高さ60m以上の高層住宅29棟について,管理組合や管理会社が防災マニュアルを作成しているというところは41%,防災訓練を実施しているところも51%にとどまっている。

なお,平成17年10月の千葉県西部を震源とする地震においては,首都圏で78台のエレベーターで閉じ込めが生じ,救出まで最長で3時間近くを要したが,平成20年に建築基準法施行令が改正され,地震時管制運転装置の設置が義務付けられたところであり,現在では,地震発生時にはエレベーターが地震等の加速度を検知して,自動的にかごを昇降路の出入口の戸の位置に停止させ,かつ,当該かごの出入口の戸及び昇降路の出入口の戸を開くこととなっている。

このほか,高層建築物については,堆積層の厚い平野部における長周期地震動(ここでは周期が2秒から20秒の地震動を指す。)による被害も懸念されている。堆積層の厚い平野部では,震源が浅く規模の大きい地震が発生した場合,地盤の固有周期に応じた周期の長周期地震動の震幅は大きく,継続時間は長くなるが,高層建築物の固有周期は長く,長周期地震動の卓越周期によっては共振現象による影響を受けるおそれがある。

都市部では地下空間の利用も進んでいるが,平成20年8月末豪雨において愛知県岡崎市では,市庁舎の地下電力設備が冠水し,空調設備機器等を取替えざるを得なくなり1億円以上の損失を被るなどの被害が発生し,また,平成15年7月の梅雨前線豪雨では福岡交通局1号線の博多駅が冠水し地下鉄が運休となる被害を受けた。更に,大規模水害が大都市を襲った場合,地下街や地下鉄等は大きな被害を受けることが予想され,中央防災会議「大規模水害対策に関する専門調査会」が行った被害想定では,200年に1度の発生確率の洪水により,東京都北区志茂地先で荒川堤防が決壊した場合,17路線の97駅,延長約147kmが浸水するものと見込まれている。

図表8 首都直下地震(東京湾北部地震)により発生する帰宅困難者数 首都直下地震(東京湾北部地震)により発生する帰宅困難者数の図表
図表9 20階建以上マンション完成棟数の推移(東京圏,近畿圏,その他圏域) 20階建以上マンション完成棟数の推移(東京圏,近畿圏,その他圏域)の図表
(4)コミュニティの構成変化と災害脆弱性

都市部を中心に,地域コミュニティの希薄化が進んでいるといわれているが,国土交通省の調査 によると,災害や犯罪など「いざ」という時の地域の助け合いの信頼感を東京都,近隣三県(千葉,埼玉,神奈川),周辺四県(茨城,群馬,栃木,山梨)で比較した場合,周辺四県が最も高く,次に近隣三県,最も低いのが東京都という結果となった。また,同じく同省が横浜市内の三区(中区,保土ヶ谷区,青葉区)を対象に行った調査では,地域のコミュニティ意識は,住民の平均居住年数が最も短く,一人暮らし比率が高い中区において最も低くなっている。これらの結果からは,住民の居住形態や家族構成などが地域のコミュニティ意識,ひいては「いざ」という時の助け合い意識に影響を与えていることが推測される。

地域のコミュニティにおいて交流が乏しいと,過去の災害教訓を語り継ぐことも困難となる。都市部に限ったことではないが,住民の移り変わりが激しいなどによりコミュニティの交流の乏しい地域では,新住民がその地域で起こった過去の災害を知らないケースも多く見られ,(独)防災科学技術研究所の調査 では,平成12年の東海豪雨に見舞われた水害危険地帯の住民の51%が地域の水害リスクを知らなかったという結果もでている。

また,近年,我が国に居住し又は我が国を訪問する外国人が増加し,地域にも外国人が増えている中で,如何に自然災害になじみの薄い外国人に防災意識を持ってもらい,実際の災害が発生したときに迅速に適切な行動をとってもらうことができるかが各地で課題となっている 10 。阪神・淡路大震災等においては,外国人の災害死亡率は日本人より高く,正確な情報が適時,適切に伝達されていなかったことや正確な防災知識を持っていなかったこと,災害に弱い木造密集地域に多く住んでいたことなどが原因に挙げられている。平成16年の中越地震の後には,言葉の問題で行政の支援から取り残されがちな被災外国人のために,阪神・淡路大震災で実績のある神戸市の「FMわいわい」等の協力の下「FMながおか」による英語やポルトガル語などの多言語放送が行われ,被災した外国人たちへの正確な情報の提供に加え,精神的な安定にも寄与したと言われている。

(5)災害をとりまく環境の変化の中で求められる対応の方向性

ここまで述べてきたように,災害をとりまく自然的,社会的な環境が変化する中,これまでの統計や経験則が当てはまらないような災害が発生する可能性や,災害が発生した際に従来の対応では被害が増大する可能性もでてきているが,このような状況においては,個人,地域,行政などの各主体が,各種環境が変化する中で生じている災害上の課題を正しく認識し,それに対する適切な対応をとることが必要となると考えられる。

では,国民がどの程度,現在の防災上の課題を認識し,個人として,また,地域として,どのように対応しているのか,更に,行政の活動について国民はどのように考えているのか,次節では国民意識調査の結果を通じて記述していく。


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