5 防災まちづくりの推進



5 防災まちづくりの推進

(1)「共助」のまちづくり

 序章で見たとおり,阪神・淡路大震災では,災害後の対応で,地域コミュニティの役割が重要であることを多くの国民が認識したところである。しかし,その後の防災意識の風化,都市部における旧来型コミュニティの機能の低下が指摘されている。
 そうした中で,昨年版の白書では,「生活から考える防災まちづくり」として,新たな形で,生活に根ざした「まちづくり活動」が行われている事例を紹介し,そうした活動が,結果として地域の防災力向上に役立つことを紹介した。
 防災を直接の目的とする対策(例えば住宅の耐震化推進等)が,即効性のある対策だとすると,「まちづくり」は,必ずしも防災を直接の目的としていなくても,地域の人と人のきずな,支えあいを大切にする活動が,「漢方薬」のような形でまちの体質改善につながり,災害に強いまちづくりにつながる。「防災まちづくり」は,短距離走ではなく,息長く続ける長距離走のようなもので,自分たちで楽しみながら,できるところから始めるのがよい,という指摘もなされている。

コラム 上杉鷹山の「三助」の思想
 米沢藩主上杉鷹山は「民の父母」としての藩主の根本方針を次の「三助」とした。すなわち,
 ・自ら助ける,すなわち「自助」
 ・近隣社会が互いに助け合う「互助」
 ・藩政府が手を貸す「扶助」
 具体的には,「自助」実現のために,鷹山は米作以外の殖産興業を積極的に進めた。また,「互助」の実践として,農民には,五人組,十人組,一村の単位で組合を作り,互いに助け合うこととした。特に,孤児,孤老,障害者は,五人組,十人組の中で,養うようにさせた。一村が,火事や水害など大きな災害にあった時は,近隣の四か村が救援すべきことを定めた。
 天明の大飢饉では,藩政府の「扶助」として,藩士,領民の区別なく,一日あたり,男,米3合,女2合5勺の割合で支給し,粥として食べさせることとした。鷹山以下,上杉家の全員も,領民と同様,三度の食事は粥とし,それを見習って,富裕な者たちも,貧しい者を競って助けたという。
(童門冬二「小説 上杉鷹山」集英社文庫,H8.12より)

(2)防災まちづくりモデル調査事業

 平成15年度,内閣府は国土交通省と共同で,「官民の協調による災害に強いまちづくりに関する検討調査」等の,民間主導による「防災まちづくり」に関する調査を実施した。具体的には,防災まちづくりに先進的に取り組んでいる地区をモデルに選定し,官民が協調して地域の防災力向上に向けた取り組みを行うための課題等について,対象各地区ごとに,防災まちづくりに取り組んでいる各主体の代表等からなる検討委員会を設置して検討を行った。各委員会は,住民や企業など,当該地区の関係者を中心に自主的に運営され,そこでの検討状況は,中央防災会議「民間と市場の力を活かした防災力向上に関する専門調査会」の「防災まちづくり分科会」(座長:伊藤 滋 財団法人都市防災研究所会長)にも報告されてきた。
モデル調査地区の選定にあたっては,下記の点に着目した。

[1] 防災のプロやセミプロではない民間における取り組み
 防災のために組織化されたものでない,一般の市民,NPO,商店街,企業等が取り組んでいる活動事例に着目する。
[2] 必ずしも防災から始めた取り組みではないもの
 防災を主目的に取り組みを始めたものでないが,その後の活動で防災という問題意識を持ち始めたという活動事例に着目する。
[3] 地域の人の参画(アウトリーチ)への取り組み
 活動を仕掛ける中心組織・人物が,地域における他の一般の人々をどのように巻き込む(アウトリーチ)のかに着目する。
[4] 地域防災力の自己評価
 自らが自分たちの住む地域の災害に対する脆弱性をどのように認識し,行動に移しているかに着目する。
[5] 活動における自主性
 自分たちのためにどこまで「楽しんで」,ボランタリー(自主的)に活動に参加しているのかに着目する。
[6] 取り組みにおける連携(パートナーシップ)
 純民間における取り組みの中でも,民間同士の様々な主体間で,どのように連携がなされ,それが保たれているかに着目する。

 具体的には,早稲田,目白,大手町・丸の内・有楽町地区(以上東京都),平塚,多摩田園都市地区(以上神奈川県),名古屋駅地区の6か所で調査を実施した。
a 早稲田地区
 空き缶のリサイクルからスタートした地域活動が,やがて環境だけでなく福祉や防災などより広い対象にまで拡大していったユニークなまちづくりの取り組みとして,これまでマスコミなどでもたびたび紹介されてきた。商店街や学生を中心にして,まちで暮らす者でなければできない震災対策を,「遊び心と本音で行う防災プロジェクト」として実施している。例えば,学生ボランティアによる独居高齢者宅への「ガラス飛散防止フィルム張り」や,商店街における耐震診断の実演等,ユニークな取り組みがなされている。

コラム 「震災疎開パッケージ」を契機とした地域間交流
 早稲田商店街から始まった,全国商店街震災対策連絡協議会の「震災疎開パッケージ」(平成15年版防災白書p174)は,その後,提携する商店街も全国に展開し,それを契機とした地域間交流が盛んになってきている。
「震災疎開パッケージ」を契機とした地域間交流写真
 例えば,長野県飯山市では,全国の商店街関係者を集めたシンポジウム(平成15年10月)を実施,震災対策と地域間交流等について熱心に話し合われた。飯山市では,これを契機に,全国の商店街と,特産品の交流等が行われているという。
 また,東京の商店街の人たちが,「震災疎開下見ツアー」と称して,提携先の地域を訪問して交流することが実施されているほか,逆に提携先の地域の人たちが,東京を訪問して交流することも行われている。
 写真は,新潟県北魚沼郡入広瀬村の人たちが,早稲田のまちを訪問して視察している様子である。(平成15年11月)

b 目白地区
 JR目白駅を中心に,目白通りに沿った駅周辺整備等を進めてきたNPO「目白まちづくり協議会」が中心となって,「緑陰の街目白:魅力・環境・防災のまちづくり」の考え方のもと,様々な活動を行っている。
 まずは,自分たちのまちを知ることが重要と,街歩きを実施したほか,財団法人都市計画協会の協力を得て,インターネット上で掲示板機能をもつGIS(地理情報システム)である「カキコまっぷ」を活用し,防犯・防災上の課題を探った。また,町内会と共同で,アンケートも実施している( 図3−5−1 )。

目白地区「カキコまっぷ」実験
 目白では,「まちは我が家の延長,わたしたちの生活空間!」を合言葉に,行政に対し街区改善等の提案を行うとともに,防犯訓練の実施,近隣の大学等と連携した駅前イベントの開催等,地域コミュニティの再生に向けた多様な取り組みを実施している。
c 大手町・丸の内・有楽町地区
 東京駅周辺地域には,わが国GDPの約20%を占める企業本社群が集積しているといわれ,その社会的,経済的役割はきわめて大きい。そこで,同地区の再開発協議会の中に「安全・安心まちづくり研究会」を設置し,それと連携する形で「東京駅・有楽町駅周辺地区帰宅困難者対策地域協力会(防災隣組)」を平成16年1月に設立した。
 同会では千代田区と協調し,帰宅困難者(従業員,顧客,通学者,買い物客など)を想定した避難訓練,被害状況や避難指示の受発信をする防災情報システムの開発,備蓄倉庫の整備,区内大学との防災応援協定の締結等の取り組みを行っている。また,それに加え,避難訓練以外にも地域防災力を高める仕組み作りを検討することとし,その検討項目を,BRP(ビジネス・ルーリング・プラットフォーム)という形で整理・提示している( 図3−5−2 )。

ビジネス・ルーリング・プラットフォーム
d 平塚地区
 以前から福祉関係等,NPOによるコミュニティ活動が盛んに行われてきた地区において,NPOのメンバーが阪神・淡路大震災の再現映像(人と防災未来センター作成)を見たことなどが契機となって,さまざまな市民活動NPO,小中学校PTA,自治会などが連携して「ひらつか防災まちづくりの会」が設立された。これらのグループは,「自分たちのまちは自分たちで守ろう」として,〈まちを壊さない〉〈まちを燃やさない〉〈互いに助けあう〉を共通テーマとする,ゆるやかな連携を保ちながら,次のような活動を精力的に実施している。また,並行して地元自治体の支援策も充実されつつある( 図3−5−3 )。

平塚における地域防災の多様な取り組み
 ・阪神・淡路大震災被災体験者による講演会
  ・小学生や保護者による防災探検まち歩き
 ・モデル家屋を選定して耐震診断と補強工事を実施
 ・コミュニティFMやケーブルテレビによる防災情報の発信と防災意識啓発
 ・障害者,在日外国人など災害時要援護者への支援検討
e 多摩田園都市地区
 民間開発企業が50年にわたって開発を続けてきたニュータウン地区において,今後さらに50年,安心・安全に住み続けるまちという視点から,当該企業及びNPO,地域住民が共同で,防災力の向上に取り組む活動が進められている。
 ニュータウン特有の「人と人の地縁的ネットワークが薄い」点を克服するため,地域FMを活用した防災知識普及のための番組提供や,災害時の情報提供の検討,地域住民を対象にした防災シンポジウムの開催等の活動を推進している。これに加えて,実際に地域住民と直接の交流を行える防災情報提供の場である「サロン・ド・防災」を,ハウジングセンター内に設置した。また,建設業者等の協力を得て,発災時の機動的な人命救助や瓦礫処理等に活用できる「重機ネットワーク」の仕組みも検討している( 図3−5−4 )。

サロン・ド・防災
f 名古屋駅地区
 名古屋駅を中心とする地域を対象として,東海地震の発生が予知された場合に想定される帰宅困難者対策などにより,同地域の効果的な防災まちづくりへの検討が行われている( 図3−5−5 )。もともと,名古屋市等の行政が主導した防災対策が検討されていたところ,社団法人中部経済連合会等,企業関係者の間にも防災意識が高まったことから,駅地区を中心に,「協働型防災まちづくり」推進に向けた検討を開始することとしたものである。

名古屋駅地区の対象範囲
 検討委員会には,地区内の主要企業及び有識者が参加,フィールドワークやアンケート調査,災害発生シナリオの設定や避難ルート案内,企業防災ネットワークの検討が進んでおり,その成果として,安全・安心な名古屋駅地区をめざした防災まちづくり計画の策定が期待されている。なお,その一環として,中部経済連合会では,平成16年3月に「企業における地震対策ガイドライン」を作成,関係企業等に配布して,大規模地震災害への備えを啓発しているところである。


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