【区分】
第5期 復旧・復興期(3ヶ月~1年)
5-02.避難所の廃止
2.避難住民支援サービスの終了
【教訓情報】
04.2001年3月31日に、災害用ラジオ局・FMレイクトピアが閉局した。
【文献】
◆ありがとう76・1メガヘルツ—。虻田町災害用ラジオ局・FMレイクトピアの最後の放送が31日、オンエアされた。有珠山噴火後、325回の放送を重ね、町民に身近な情報と勇気を発信し続けた「被災地のラジオ局」は、その使命を終えた。
「皆さん、お元気ですか」。ラジオから長崎良夫町長の第一声が響いたのは昨年5月8日。防災と復興の視点で身近な生活支援情報などを伝えてきた。昨年11月には閉局の動きもあったが、町民の強い要望と支援で放送を続けてきた。
30日に続きこの日も、スタッフが連日練ってきた番組を展開。本町のスタジオと、復興イベント会場の洞爺湖文化センターに設置したサテライトスタジオを結び、生放送を繰り広げた。
同日正午、放送がスタート。「開局の第一声は町長の話か、情報が先かで議論」したことなどの裏話が次々と飛び出したほか、復興イベント会場では、生中継でシンポジウムの模様など大盛況の様子を伝えた。放送の終わりに長崎町長が「町民に愛され心の支えになった放送も、1つの区切りを迎えた。支援していただいた、たくさんの方に感謝したい」とあいさつ。最後に被災地の子供たちが歌う「スタートライン」が流され、惜しむ声の中、被災者のためのラジオ局はエピローグを迎えた。[『室蘭民報』 (2001/4/1朝刊)]
第5期 復旧・復興期(3ヶ月~1年)
5-02.避難所の廃止
2.避難住民支援サービスの終了
【教訓情報】
04.2001年3月31日に、災害用ラジオ局・FMレイクトピアが閉局した。
【文献】
◆ありがとう76・1メガヘルツ—。虻田町災害用ラジオ局・FMレイクトピアの最後の放送が31日、オンエアされた。有珠山噴火後、325回の放送を重ね、町民に身近な情報と勇気を発信し続けた「被災地のラジオ局」は、その使命を終えた。
「皆さん、お元気ですか」。ラジオから長崎良夫町長の第一声が響いたのは昨年5月8日。防災と復興の視点で身近な生活支援情報などを伝えてきた。昨年11月には閉局の動きもあったが、町民の強い要望と支援で放送を続けてきた。
30日に続きこの日も、スタッフが連日練ってきた番組を展開。本町のスタジオと、復興イベント会場の洞爺湖文化センターに設置したサテライトスタジオを結び、生放送を繰り広げた。
同日正午、放送がスタート。「開局の第一声は町長の話か、情報が先かで議論」したことなどの裏話が次々と飛び出したほか、復興イベント会場では、生中継でシンポジウムの模様など大盛況の様子を伝えた。放送の終わりに長崎町長が「町民に愛され心の支えになった放送も、1つの区切りを迎えた。支援していただいた、たくさんの方に感謝したい」とあいさつ。最後に被災地の子供たちが歌う「スタートライン」が流され、惜しむ声の中、被災者のためのラジオ局はエピローグを迎えた。[『室蘭民報』 (2001/4/1朝刊)]
