【区分】
第5期 帰島準備期(平成14年3/12一時帰宅~平成17年2/1避難解除)
5-2.避難指示の解除
2.避難指示解除
【教訓情報】
02.一つの行政区の住民全員が四年半にもわたって避難を続けたのは初めてのことだった。
【文献】
◆火山活動の影響で伊豆諸島の三宅島の住民が島を離れたのは、二〇〇〇年(平成十二)九月のことだった。二〇〇〇年(平成十二)六月から三宅島の地震活動が活発になり、七月に雄山が噴火した。その後も活動が活発化して低温の火砕流が出るようになり、三宅村は東京都などと相談して、すべての住民の島外避難を決めたのだった。
その後、有毒な火山ガスが大量に放出されるようになり、住民の避難生活は、二〇〇五年(平成十七)二月一日に避難指示が解除されるまで、四年半に及んだ。自然災害によって、一つの行政区の住民全員が、四年半にもわたって避難を続けたのは初めてのことだった。また、噴火による直接的な犠牲者を出していないことも大きな特徴だ。
当初、行政や住民は長くても半年間くらいの避難で、火山活動がおさまってくれるのではないかという期待をもっていたが、自然の活動はそう単純ではない。火山ガスの放出量は次第に減少したが、いまだにおさまったわけではない。
しかし、なんとか帰島したいという住民の強い希望に沿って、安全面での条件を整備することで帰島が実現した。[『災害情報が命を救う』山崎登(2005/12),p.153-154]
