07.様々な問題から、集団学校生活の児童・生徒数は、次第に減少していった。


【区分】
第4期 被災地応急対応期(9/4全島避難~平成14年3/12一時帰宅)
4-3.長期避難と避難生活
4.避難生活の問題点
【教訓情報】
07.様々な問題から、集団学校生活の児童・生徒数は、次第に減少していった。
【文献】
◆二学期も終わりに近づくと、現場の先生からは、「もう限界だ」と悲鳴が上がり、教育の質が問われ始めた。何より顕著に現われたのは子供が一人去り、二人去りと姿を消して、親元から地域の学校に通い出したことである。本来の家庭生活が強く求められていたのだ。
  九月に百四十一人いた小学生が、十一月中旬には百七人に減っていた。特に一・二年生に限ると、三十二人が十六人へと半減していた。
  関係者全員が悩むなか、村教委は年末に結論を出した。新年度の新一年は募集せず、都内で二番目に多くの島びとが暮らす武蔵村山団地から秋川学校までスクールバスを走らせると。
  そして、四月の新年度を迎えた。
  小学校は、全児童二十七人。中学校は、五十八人に減っていた。中でも小学校は、三年生が一人、四年生が二人、五年生が三人、二年生が四人という僻地の分校に見られる姿に様変わりし、学校として成り立つのかさえ危ぶまれるスタートだった。
  三宅高校の卒業生は四十一人。そして島の三つの中学校卒業生のうち、三宅高校に進学した生徒は、二十一人だった。[『三宅島 噴火避難のいばら道 あれから4年の記録』村榮(2005/2),p.102-104]

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