【区分】
第4期 被災地応急対応期(9/4全島避難~平成14年3/12一時帰宅)
4-3.長期避難と避難生活
4.避難生活の問題点
【教訓情報】
04.集団学校生活は、児童・生徒、教員、保護者に様々な課題とストレスを与えた。
【文献】
◆こうして家族別れの秋川集団学校生活は、避難と同時に始まったのである。
その結果は、日ならずして様々なトラブルとなって現われた。寮には女子トイレがない。
低学年用の机や椅子は、近隣の小学校の余りを貰う。教科書を持たぬ子もいた。洗濯したことのない子が多く、年上の子に教わってやる。その混乱ぶりは想像に余りある。集団食事も朝昼晩と続けば、日頃の楽しい学校給食とはずいぶんと趣も異なってくる。朝夕家族と一緒の食事から一気に切り離されたのだ。当然、好き嫌いなど許されない。
最低限の衣食住と教育の環境は整えられ、とにもかくにも二学期をスタートできたことは、一連の避難騒動の中でも幸運だったといえよう。次代を背負う子供とその教育重視の姿勢は高く評価されてよい。
三宅島全島避難の中で唯一足並の揃ったのが、この集団学校避難と特異な全寮生活だった点に注目したい。世間もまたこのことに関心を寄せ、同情と支援が集まり、以後長く話題となって続いた。
しかし、組織や人手、物資が整ってきても気持ちの切り替えや心の手当ては容易ではなく、深刻さは次第に増していった。
昼間元気な子も、夜はベッドで泣き、授業中体調を崩して保健室に行ったり、設置の無料電話には長い行列ができたという。
親代わりを務める先生は過労とストレスに苦しみ、親は心配で仕事探しもできないとニュースは伝えていた。[『三宅島 噴火避難のいばら道 あれから4年の記録』村榮(2005/2),p.100-101]
