【区分】
第1期 三宅島の概要
1-2. 1983年噴火災害とその後の対応
2. 1983年(昭和58年)噴火による被害
【教訓情報】
06.噴火は観光地への被害も大きなものであった。
【文献】
◆今回の噴火は観光地への被害も大きなものであった。新澪池は七色に変化する美しい池で周辺は緑豊かな野鳥の宝庫として三宅島観光の目玉であったが、前記水蒸気爆発により今は一滴の水もなく見る影もない姿に変ってしまっている。また、タイロモの生息地として有名な大路池も大量の降灰により、池の底に灰が積もりタイロモの生死が気遣われている。大路池を囲んでうっそうと繁っていた森林も降灰で枝葉が枯れ噴火前の姿はない。更に雄山中腹の列状噴火口近くにあった島内では最大のレクリエーション施設であるレストハウス、テニスコート、展望台、牧場なども噴火による熱風、溶岩流、降灰礫によって埋もれあるいは焼失してしまった。[『記録 昭和58年三宅島噴火災害』東京都(1985/9),p.105]
