03.噴き上げられた火山灰や火山礫は、山林、畑作物、漁場、都道などに大きな被害をもたらした。


【区分】
第1期 三宅島の概要
1-2. 1983年噴火災害とその後の対応
2. 1983年(昭和58年)噴火による被害
【教訓情報】
03.噴き上げられた火山灰や火山礫は、山林、畑作物、漁場、都道などに大きな被害をもたらした。
【文献】
◆栗辺地域を襲った溶岩流も山林などに被害をもたらしながら数戸の住家を呑み込み、海岸にまで達した。
  一方、噴き上げられた火山灰や火山礫は、西風にのって坪田地区の広範囲に降り、山林、畑作物、漁場、都道などに大きな被害をもたらした。坪田地区では平均18㎝の降灰礫に埋まり、住家は屋根に積もった灰の重みで危険な状態になったが、懸命な降灰作業により最悪の事態には至らなかった。
  また、都道は降っ積もった火山灰礫のため通行不能の状態となり、避難やその後の救援活動に支障をきたし、溶岩流によって遮断された阿吉地区を含め、一時は島内唯一の幹線道路が麻痺状態に陥った。更に三宅島空港の滑走路も全面厚さ6㎝の灰に覆われ完全に機能を奪われたが、懸命な降灰作業によって翌4日正午すぎには、早くも救援のための一番機を迎えることができた。
  坪田地区を襲った降灰によって最も大きな被害を受けたのは、山林、農作物などであった。この坪田地区は、農作物や花卉類の栽培が島内で最も盛んなところであり、特に島の主要産物であるキヌサヤエンドウはすでに播種を終えたばかりの時期であったことから被災農民に大きな衝撃となった。
  (中略)
  この夜、島内最大の水道水源池である大路池が、大量の降灰により機能を失ったため1,782世帯が断水し、溶岩流や火山灰により停電した世帯は約700世帯に及んだ。 [『記録 昭和58年三宅島噴火災害』東京都(1985/9),p.102-105]

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