01.溶岩は阿古集落を襲い、一夜にして焼失埋没させた。


【区分】
第1期 三宅島の概要
1-2. 1983年噴火災害とその後の対応
2. 1983年(昭和58年)噴火による被害
【教訓情報】
01.溶岩は阿古集落を襲い、一夜にして焼失埋没させた。
【文献】
◆昭和37年8月24日の噴火以来沈黙を続けていた雄山は、昭和58年10月3日15時23分頃、雄山中腹にある通称「二男山」付近から突然大爆発を起こし、島の南西部から南東部一帯にかけて甚大な被害をもたらした。
  二男山付近の噴火は、割れ目噴火により雄山の南々西に位置する新澪池に至るまで拡大していった。縦一線に並んだ噴火口からは、真っ赤な溶岩が力一テン状となって高さ100m以上に噴き上げられ、噴煙は1万mの高さにまで及んだ。
  流れ出た溶岩は、途中山林や原野を焼き、農地や都道をのみ込み、噴火後約2時間で島内最大の集落である阿古集落や粟辺地域に達し、阿古地区の南部と西部は大きな被害を受けた。阿古集落を襲った溶岩流は、330世帯の住家や阿古小・中学校、給食センターなど主要な公共施設を一夜にして焼失埋没させてしまった。[『記録 昭和58年三宅島噴火災害』東京都(1985/9),p.102]

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