・199701:1997年(平成9年) 針原地区土石流災害
【概要】
①市勢
出水市境町針原地区は、鹿児島県の北西部、熊本県との県境に位置する近郊である。地形的な条件や年間を通じて温暖な気候を活かしてみかんが生産されており、「針原みかん」として県内外でも有名であった。高齢化率は25.0%(平成17年国勢調査)であり、全国平均20.1%よりも高い値となっている。
図1 出水市の位置
②被害の概要
平成9年7月7日から9日にかけて鹿児島県出水市では降雨が続いた。その影響で、針原川の上流部から、多量の水を含んだ崩土が流下し、砂防ダムから越流した土砂は土石流化して、10日午前0時44分頃に針原地区へ氾濫・堆積した。
流下した土石流は針原地区の集落の途中で停止・堆積したが、土砂泥流部分が更に流下・拡散し、住家や主産業であるみかん園等に多大な被害をおよぼした。また、針原川沿いの河川は堆積した流木などにより堰き止められ、増水し、床下浸水等の被害が発生した。
結果、針原地区では、死者21名、重軽傷者13名、全半壊家屋18棟、床上浸水4棟、床下浸水17棟、農地10.2ha、農道10箇所、市道1箇所等の被害が生じた。
写真1 被災前の針原地区(上)と被災後の針原地区(下)
(出典)出水市『出水市針原地区土石流災害の記録』
(2)災害後の主な経過
表1 災害後の主な経過(出水市の取組状況)
年 | 月日 | 項目 |
平成9年 | 7月9日 | 出水市米ノ津地区を中心に浸水被害発生 |
1730 市内 | ||
7月10日 | 0:44 針原地区で土石流による氾濫・堆積被害発生 | |
7月15日 | 第1回 針原地区復旧協議会開催 | |
9月3日 | 針原川を二級河川へと昇格 | |
9月18日 | 第1回 針原川砂防等復旧計画検討会開催 | |
11 | 第1回 針原川土石流検討委員会開催 | |
1126日 | 第2回 針原川砂防等復旧計画検討会開催 | |
1226日 | 第2回 針原川土石流検討委員会開催 | |
平成10年 | 3月27日 | 第3回 針原川砂防等復旧計画検討会開催 |
9月29日 | 第3回 針原川土石流検討委員会開催 | |
9月30日 | 第13回 針原地区復旧協議会開催 | |
10 | 針原川の二級河川指定廃止 |
【参考文献】
1) 出水市『出水市針原地区土石流災害の記録』。
2) 針原川土石流災害記録誌編集委員会『針原川土石流災害記録誌』。
写真2 復旧事業後の針原地区
(出典)出水市『出水市針原地区土石流災害の記録』
○市道・河川 7月15日~8月9日
○住宅地等 7月16日~23日(床上・床下18 世帯の土砂除去)
○みかん園 7月17日~31日(土砂の比較的浅い2ha ボランティア延べ1,210人)
8月4日~(土砂の深い3.4ha)
○遺留品 7月29日~8月5日(重機使用等により収集 ボランティア延べ714人)
・鹿児島県は、針原地区における土石流の発生原因や土石流による衝撃力の推定、砂防ダム設計のあり方などを検討する「針原川土石流検討委員会」と、今後の土石流対策を検討し砂防施設等の復旧を検討する「針原川砂防等復旧計画検討会」を設置した。
・鹿児島県や出水市の各事業の調整や復興手法を議論する場として、「針原地区復興協議会」が市により立ち上げられ、13回の会合が開かれた。針原自治公民館長が住民の代表として地元の要望を伝え、事業者からは工事の進捗状況が定期的に発表された。報道に公開することで議論を開かれたものにするとともに記者発表の機能も果たした。
・ 出水市は市役所内に「針原対策室」を設置し、被災者支援のための窓口としてきめ細かい対応にあたった。
【参考文献】
1) 国土交通省中部地方整備局富士砂防事務所『災害から明日を築く−土砂災害地域復興の教訓集−』平成20年2月。
○地区復旧・復興の基本方針
・本災害では、事業全体を統括した復興計画は立案されていないが、復旧計画が立案され、各種事業が実施された。
○復旧事業
・検討会での議論をもとに平成9年11月に砂防施設等ハード面での対策計画が策定され、本格的な復旧事業が進められた。また、委員会では土砂災害発生の予測の可能性や今後の警戒避難態勢などソフト対策についても議論がなされた。
・針原川砂防等復旧計画検討会にじ�施設等ハード面での対策計画が策定され、本格的な復旧事業が進められた。また、委員会では土砂災害発生の予測の可能性や今後の警戒避難態勢などソフト対策についても議論がなされた。
・針原川砂防等復旧計画検討会において土石流対策計画の検討が行われ、既設砂防ダムの下流約300m地点を基準に、上流側においては砂防事業により不安定土砂を流出させないようにするとともに、下流側では、河川事業により洪水の安全な流下を図ることが河川災害対策の方針として決定された。
・土石流により準用河川である針原川には多量の土砂が堆積し、復旧活動に多大な支障を生じていたため、災害復旧事業に先行して土砂を搬出した。また、上流部の県施工による砂防事業と一体的な整備を実施するため、針原川を平成9年9月3日付で二級河川へ昇格することにより県営事業としての整備が実施された。なお、事業完了後の平成11年9月28日付で二級河川の指定が廃止された。
・地区内の別の河川で過去にたびたび氾濫することがあったため、この河川も砂防事業の一部に組み入れてもらえるように住民から要望が出された。砂防事業の中でこの河川は針原川に注ぐよう整備がなされた。
○砂防事業用地の確保、換地の実施
・針原川に設置された砂防ダムや土石流堆積工に必要とされた砂防事業用地は、被災地内の宅地等を出水市が先行して住民から買い上げ、土地改良法に基づく換地により施工位置に集約して砂防用地として県に売却することで確保された。災害関連緊急砂防事業では県が実際の用地取得にあたって農地として用地を買い上げており、宅地相当で住民から買い上げた市はその差額を負担している。
・針原川上流の左岸山腹はみかん山として利用されていたが、地すべり地であることが判明したため山腹工を砂防事業により施工した。みかん山では従来の農耕用道路の幅員が狭く工事機材の搬出入や施工が困難であったため、地権者の同意を得て一部果樹を伐採して仮設道路として拡幅し、事業後には道路を農耕用に活用できる形で残した。
○発生土砂の利用
・発生した土砂や転石を有効活用し、農地の嵩上げや石張りの護岸整備を実施した。
○農地・農業用施設災害復旧
・針原地区の主産業であるみかん畑と農業用施設の復旧が進められた。
○住宅再建
・針原地区では砂防事業による地区内の安全確保が図られるまで、被災住民・避難勧告対象住民は仮設住宅や公営住宅などへ入居した。
・針原地区の近隣の農協が所有していた土地を市が造成し、一部被災世帯の移転先として斡旋した。
○産業復興
・土地改良事業による農地の区画整理や砂防事業等による用地として、一部の農地が提供され耕地面積が減少したが、地権者であるみかん農家では、補償をもとに新品種の導入などを行い、品質の向上を目指した。
・手入れが必要なみかん畑への立ち入りができるよう、雨量計や監視モニターの設置など県による警戒体制が早急に整備され、昼間の作業に限るなど事業区域における立ち入りのルールを定めた上での農業再開が認められた。
・「みかんの里針原」として復興を成し遂げた。
○農村振興運動
・災害の復旧作業が進む中、針原地区の産業振興、環境整備、文化の向上を図り、明るく住み良い活気に満ちたむらづくりをすすめることを目的に、「針原地区むらづくり委員会」を結成し、若者から高齢者まで地域ぐるみで活動を展開している。以下に、委員会で実施した内容を記述する。
・「針原みかん」を使った加工品開発による地域特産品づくり、地域内沿道への「あじさい」の植栽による潤いある景観づくり、郷土芸能「棒踊り」の復活と子供たちへの伝承活動を実施した。
・土石流災害で破損した集落の守り神「若宮神社」の復興と併せて、秋祭り(収穫祭)を実施し、災害から5年後の平成14年から、ボランティアの人たちへ針原土石流災害復興の感謝の気持ちをこめて、県内外からの参加者を迎え、「みかんの花咲く丘ウォーキング大会」を開催している。
・「みかんの花咲く丘ウォーキング大会」には、出水市が協力しており、振興基金の助成として、鹿児島相互信用金庫が事業協力している。
・ 大会の企画・運営を通じて、地区住民の連帯感が強まった。
○復興事業等の被災者支援
・針原川の砂防ダム等の砂防事業用地となった被災者の宅地は出水市が住民から買い上げた。
・被災住民は被災した宅地を市に売却することで、再建に必要となる資金を早期に得ることができた。
・出水市は針原地区の近隣の農協が所有していた土地を造成し、被災世帯の移転先として一部斡旋した。
・被災したみかん農家では、補償をもとに新品種の導入などを行い、品質の向上を目指した。
○地区復旧・復興の課題と住民等との合意形成
・被災直後の7月18日の避難勧告継続説明会において出水市から住民に対して復旧復興の方針と被災した宅地や農地の買い上げについて説明がなされた。地域復興の方針が明確に示されたことにより、地権者である被災住民は市に対して被災した宅地を売却することで再建に必要となる資金を早期に得ることができた。
・針原地区では自治公民館長が被災地域の代表として復旧協議会や復旧計画検討会に参加し、事業計画や被災者支援の検討に携わった。また、出水市役所内に設けられた針原対策室を通じて地元住民の要望事項を行政に伝え、事業計画を持ち帰り住民に説明するなど、窓口的な役割を果たしていた。
・被災当初は一部の住民が針原地区からの集団移転を要望したそうであるが、移転に必要な10世帯以上の希望者が集まらなかったために防災集団移転事業を断念することになった。
・被災したみかん農園の地権者は、復旧事業中、被災しなかったみかん農園で農作業ができるよう要望を伝えた。
【参考文献】
1) 国土交通省中部地方整備局富士砂防事務所『災害から明日を築く−土砂災害地域復興の教訓集−』平成20年2月。
○被害概要
・発生状況流出土砂量 約16万㎥
・被害状況 死者21名、全壊18戸、半壊1戸、農地被害10.2ha、市道1箇所、河川3箇所、農道10箇所、商工施設6箇所、用排水路11箇所、防除施設等10箇所
○土石流対策計画の概要
[既設砂防ダム上流側]
・崩壊地と周辺の山腹斜面は、アンカー工、法枠工、横ボーリング工、谷止工、流末排水工等により崩壊地の拡大や不安定土砂の流出を防止。
・崩壊地の左岸の地すべり地は、集水井工による地下排除により地すべりを抑制する。地すべり末端部では抗工により地すべりを抑止する。
・崩壊地直下流の渓流部に新設砂防ダムを整備し、不安定土砂の流出を抑制する。
[既設砂防ダム下流側]
・崩壊地上流の不安定土砂や発生箇所を特定できない不安定土砂の流出に対して、土石流堆積工により捕捉する。
・既設砂防ダムから土石流堆積工までや土石流堆積工から砂防基準点までは、土石流やその後続流を安全に流下させるために護岸工による導流を図る。
○土石流対策工の概要
・除石工 約50,000㎥ (無人化工法で実施)
・砂防ダム工(2号ダム:新設) 高さ14m、延長74m、計画貯砂量10,100㎥
・山腹工:右岸 アンカー工、長さ9.5m-22.5m627本、法枠工約8,800㎡、谷止工3基、横ボーリング工30m56本
:左岸 集水井工直径3.5m、深さ22-27m、横ボーリング工36本、杭工直径406.4-508㎜、長さ10.5-24.5m164本
・土石流堆積工 計画捕捉量約24,500㎥、護岸工190m
○適用事業・事業費:災害関連緊急砂防事業 約36.1億円
図 針原川の土石流対策工
○雨量監視システム
・昭和54年から出水消防署設置のアメダス観測実施、災害危険箇所の多い市内山間部の集落を対象に地域毎の7箇所を選定し、それぞれの箇所に雨量観測点を設置し、それを集中監視するシステムの整備を開始。
・災害後、7月15日に鹿児島県が針原公民館に雨量計を設置、出水市役所を本局とするシステム整備を進めていたが、急速24時間監視体制の整っている出水消防署を本局に変更して、雨量集中監視システムは平成10年3月末日から運用開始。
○防災行政無線整備
・平成8年度に移動系防災行政無線整備実施。平成10年度には、出水市役所本局から市内全部の自治会公民館や避難所等に一斉情報伝達できる同報系防災行政無線の整備をすすめ、平成11年3月末日から運用開始。
○土砂災害110番設置
・平成10年9月1日に土砂災害発生の前兆現象等を出水市へ通報してもらえるように直通電話を設ける。
・出水市役所総務課へ連絡、不在の場合は、出水消防署へ自動転送される。通報時に避難勧告等の対応を行う。
○災害時応援協定の締結
・災害発生時の土地の相互使用や情報提供を行う覚書を、市内7郵便局と出水市(平成10年4月9日)、九州電力と出水市(同年9月16日) 締結
1) 住宅移転
○当初、住宅の移転については、防災集団移転促進事業の適用を検討していたが、10戸以上の移転を行うための規模の宅地の確保が必要であること等で断念した。
○がけ地近接等危険住宅移転事業は、被災した1世帯が対象となり事業を実施した。
2) 宅地等の整備
○従前は宅地や農地であった被災箇所の宅地部分を買収し、土地区画整理事業を実施。宅地部分を換地・集約することにより、宅地部分の面積分を土石流堆積工用地として整備、住宅は自力再建とした。
○その他の部分は、みかん用農地として区画整理を実施。
図 針原地区の土地区画整理事業
○平成9年7月10日未明、出水市針原地区において大規模な土石流が発生し、死者21人、負傷者13人、家屋等の流出・全壊29棟の被害に及んだ。
○これらの犠牲者の冥福を祈り、二度とこのような災害が起こらないことを祈念するとともに、災害を風化させず、防災意識の重要性を広く啓発していく必要があった。また、その後の復興状況や復旧事業の経緯を明確に記しておく必要もあった。
○そこで、これらの趣意を末永く後世に伝えていく拠点として、災害復興記念公園が現場に整備され、「慰霊之碑」や「復興之碑」が建立された。
写真 災害復興記念公園の慰霊之碑(上)と復興之碑(下)