第二分科会 「協定づくりや啓発活動など、平時ならではのボランティア活動について」 第4回「防災ボランティア活動検討会」 日時 平成17年10月30日(日) 10:30〜16:00 場所 長岡商工会議所 第二分科会 協定づくりや啓発活動など、平時ならではのボランティア活動について(以下敬称略) 金沢(内閣府防災担当参事官付主査)  この分科会を担当します、内閣府からは参事官の西川と、金沢です。よろしくお願いいたします。座らせていただきます。  おおよその進行状況といたしましては、これからご飯を食べながら、進行について司会者の金子様からご説明をいただき、その後、配付資料の説明を内閣府から行って、12時50分までには自己紹介と簡単な質疑応答をお願いいたします。そして、10分ほどまた休憩をいただいて、1時から分科会を始めさせていただきます。  では、この分科会の司会であります、開催市の新潟県NPO法人新潟NPO協会の金子様にお願いしたいと存じます。よろしくお願いします。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  どうも皆さん、こんにちは。第二分科会ということで、なぜか私が司会をすることになってしまいました。なみいる先輩がたを前にして非常につたない部分があるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします。  まず御礼申し上げたいのは、昨日の「ボランティアパワーフォーラムin中越」に多数のかたにご参加いただきまして、おかげさまで非常に盛り上がって会を締めくくることができたのではないかと思います。あまり盛り上がりすぎてしまって、少し朝がつらいという(笑)、今もやや脳みそが停滞ぎみなのですが、そんなこともありますので、おかしなことを口走ってもご容赦いただければと思います。似たようなコンディションのかたもいらっしゃるようですが、パワーランチを食べて、パワーをつけて元気にやっていければと思います。どうぞよろしくお願いします。 金沢(内閣府防災担当参事官付主査)  引き続き、司会者のかたからスケジュールについてご説明をお願いします。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  そうですね。とりあえずパワーランチということで、40分ほどお時間を頂いているようです。それで、分科会のスタートが1時からということですが、その前に10分ほど休憩の時間を取れるという見込みです。このパワーランチの間には何をするのかということですが、これは全体の中身をご説明するようなことになるのですね。分科会での論点とか、そのあたりのところは。 金沢(内閣府防災担当参事官付主査)  あと自己紹介の時間にお願いいたします。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  そうですね。主に皆様がたの自己紹介という時間にさせていただいております。ということで、お食事を取りながら進めさせていただければと思います。  それともう一つお願いがありまして、きちんとした記録を取るためにも、どなたがどういう発言をされたかということを、こちらのほうでしっかり把握しておきたいと思いますので、ここに紙があります。そこに自分が座っている位置にフルネームでお名前をお書きいただければと思います。  名前だけでよろしいですね。回しますので、お書きいただければと思います。では、まずは内閣府さんの資料の説明ですか。 金沢(内閣府防災担当参事官付主査)  はい。それと、1点ご理解いただきたいのは、報道関係者は来ていないのですが、公開で行いまして、発言は議事録を取らせていただき、そのあとホームページで掲載することになりますので、ご承知おきください。  それから、第2分科会で使用します資料の説明をいたします。先ほどお配りしました一式の中の資料4が分科会2の資料です。これが1種類で、あと分科会のときに使います、秦様から提出いただいております、平時のボランティア活動について、「防災フェア2005 in KANAGAWA」についての説明資料になります。この2種類です。  第2分科会の資料の資料4の中身につきましては、いろいろな例を挙げさせていただきました。災害対応のための「条例」、協定、協議会づくりについての一例、それからイベント・展示や訓練の実例なども挙げさせていただきましたので、これを議論にご活用いただければと思います。以上です。  事前意見を福田様から出していただきましたので、福田様からこれの説明も中で適宜していただけるようお願いいたします。マイクは使わなくともよろしいようでしょうか。大丈夫ですね。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  よろしいでしょうか。声が大きいから大丈夫ですね(笑)。  それでは、とりあえずどういった面々がここでご一緒させていただいているのかということをまず知り合うために、一回り自己紹介、お名前とご所属等、簡単にお話しいただければと思います。それでは、私のこちら側から時計回りにやらせていただいてよろしいでしょうか。 川上(NPO法人Vネットぎふ)  NPO法人Vネットぎふの川上哲也です。私たちの団体は、この新潟には昨年は水害のときと地震のときに来させていただきましたが、水害のときは、向こうに見える山岸さんがものすごく、見附のボランティアセンターでいろいろとご協力いただいて、スムーズに支援活動ができて、本当にありがたいなと思いました。いろいろなかたとこの新潟で知り合って、昨晩のお酒がいまだに金子さんと同じ状態になっておりますが、今日は皆さんといろいろと考えさせていただきたいと思います。よろしくお願いします。 秦(JFFW)  JFFWと私が申します。 JFFWは全国の女性の消防吏員の緩やかなネットワークです。幾つかの団体に所属しています。私はこの3月まで横浜市消防局に勤務して災害予防業務に従事していました。横浜市役所は割に懐が深くて私にいろいろチャンスを与えてくださいました。男女共同参画社会の仕組み作りや、福祉のまちづくり条例の制定の担当課長ですとか、いろいろな機会を与えられるなかでいろいろなネットワークを持って今日まで防災に関わってきております。  横浜市が「町の防災組織」を作ったのは、多分全国で最も早かったと思います。町内会をベースにして、災害時にどうするかという住民組織を作るときに、いわば私はいかに早く「自主防災組織」を作るかに関わってきました。阪神淡路大震災以降小中学校区単位に「防災拠点」を作るときにも、あっという間に作り上げるというような仕事をしてきた反省も含めて、今地域の防災組織や防災拠点の在りかたを検証する意味も含めて災害ボランティア活動にかかわっています。  根っこは関東大震災で横浜市は大きな被災に遭っていることにあります。理想としている自主自衛のお手本は、北海道の日高地方浦河町にあります。浦河町住民の「だれにも頼らない。地震津波から自分の命を守るためには自分たちで備えていく」という意識の高さと日常生活に備えを生かしているところに学び、それをお手本にして啓発活動に取り組んできています。  いろいろなことを考えているのですが、新潟県中越地震で支援した地域と継続してお付合いをして、物と情報の交流をしていますが、今言われているのは、「地震災害がもたらした大きな痛手は、家族や家庭の有様が壊れつつあること。大家族の生活が、仮設住宅の経験から若夫婦だけが住宅再建して出て行ったり、若夫婦が都会に出稼ぎに行ったきりになったり、離婚がでたりと、じわじわと大家族制度や家庭のありようが壊れていっている。農民が農機具も失い、日雇いに出てサラリーマン化する。農地は荒れる。それが集落の経済活動にまで響いていく」。こんな話を日々電話の中で聞くたびに辛く、どうやって支えていけばよいのかを考えています。 永易(新居浜市社会福祉協議会)  愛媛県の新居浜市社会福祉協議会から来ました永易英寿です。去年は日本上陸した台風のうちの5割、半分来まして、大きな災害が新居浜にありました。ここに来られている松森さんにはそのときに資材を送っていただいたり、洙田さんにも新居浜の現地に入っていただいたりということで、いろいろなかたにご協力いただきました。その後も福井県の物資を送るのを参考に、さまざまな都府県に対しての被災地新居浜も助け合いの輪を広げたい思いで協力をさせていただいております。私が委員長をしておりますが、地元では市民が「新居浜災害を考える実行委員会」というものを作りまして、大きな災害だった8・18と9・29を、「防災の日」ということで提唱しています。その期間をまた防災月間ということで、防災・減災を考えるということで、いろいろな啓発活動を地元では行っております。  新潟との関係は、長岡市の災害ボランティアセンターのほうにいろいろお世話させていただきまして、いろいろ経験をさせていただきました。またよろしくお願いいたします。 洙田(医師/労働衛生コンサルタント)  堺市から参りました洙田と申します。ボランティアの健康管理をやっております。いろいろな貴重なご意見を伺いたいと思っています。よろしくお願いします。 松森(福井県災害ボランティア本部 センター長/ふくい災害ボランティアネット理事長)  福井災害ボランティアネットの松森です。よろしくお願いします。福井県は、昭和23年の福井大震災、38年・56年の豪雪災害、それからそのあとナホトカ号の重油災害があって、昨年福井豪雨と、非常に災害が多いところだなと最近知りまして、災害ボランティアをやっているのですが、ナホトカ重油災害以降、あのときから私たちボランティアと行政の仲が悪く、それは我々ボランティアも行政も両者が反省をするところで、そのことを何とか変えていこうということで、非常に紆余曲折を経ながら8年間すったもんだして、今の福井の仕組みを何とか作ってきました。  作って、昨年福井豪雨、まさか起きると思っていなかったので、起きてしまって、今までやってきたことが試される形になってしまったのですが、ある程度成果が出て、私は福井に住むことができる。もしあれで成果が出なかったら、「ペテン師だぞ、おまえは」と言われて、多分追い出されたのだろうと思うのですが(笑)、何とか生活できるような形になっています。  今、石川県の災害ボランティアの制度を作るお手伝いで、石川県庁さんといろいろお仕事を、あと石川のボランティアの人とやっているのですが、今福井県は「災害ボランティア活動基金」という形で6憶8000万円の基金を持っています。みんなから、三重県の南部さんなどいろいろな人から、「あんたんとこ、お金持ちでええね」などといっぱい嫌みを言われているのですが、石川へ行って話をしてみたら、石川はなんと10億円です。二けたも持っていることが判明しまして、お金持ちでは福井ではなく石川です(笑)。2番めか3番めにお金持ちの災害ボランティア基金を持っている。そんなことを、制度を作るということをずっと町の中でやってきたものですから、内閣府の渡部さんのほうから、「おまえはどうでも2番に入れ」という命令を受けまして、ここに参加させていただきました。よろしくお願いします。 室崎(独立行政法人 消防研究所 理事長)  消防研究所の室崎です。私がボランティアなのかどうかと、私自身自問自答しています。9・11のアメリカ、ニューヨークのワールドトレードセンターが崩壊したあとで、被災地のお手伝いが何かできないかということで、ひまわりの種を持っていって植えました。それは、今もきれいに咲いています。庭園の敷地をもらいまして、ひまわりを植えにいったのです。それが、NHKのニュースで流れて、そのときにボランティアの代表で僕の名前が出たのです(笑)。NHKの神戸放送局の人がそれを見ていて、びっくりして、慌てて「それは違う」ということで、夕方にまた同じニュースが出て、そのときは神戸大学教授という肩書が出たそうですけれども(笑)。 要するに、東京のNHKがボランティアの代表と錯覚するぐらい、形の面ではボランティアにはまっております。  でも、私はけっこうボランティアとのつながりが深いのです。学生時代、1970年、比叡山が大土石流で崩れて、私の友人の親が亡くなったことがあります。そのときは、我々学生のチームで、いわゆる泥の掃き出し活動を2週間ほどやりました。だから、最近のああいう水害が出て、皆さんが一生懸命やられていると、僕は学生のころあれをやったなということで。それはたまたま偶然でしたが・・。そのときはまだ建築の設計をやっていたので、まさかこういう世界にはまるとは思っていなかったのですが。それ以外にも、いろいろなところでボランティアのかたと関係を持っています。  現在は、ボランティア関係の組織としては、「神戸復興塾」というグループにいます。この復興塾はNPO法人「神戸まちづくり研究所」という名前ももっています。その復興塾のメンバーが、私自身はあまりやってないのですけれども、積極的に防災ボランティア活動をしています。長岡で活躍した黒田裕子さんや協同病院の上田耕蔵さんもメンバーです。建築をやっている兵庫県のまちづくりネットワークの小林郁雄さんもそのメンバーです。震災直後に、偶然そういうメンバーが集まって復興塾を立ち上げて、東京に震災の語り部キャラバンをやって歩いたのが、そもそもの原点なのですが、そこからボランティアのリーダーがたくさん生まれているということです。私もその隅っこにいることになっています。  それから、海外災害援助市民センター(CODE)というところにいます。村井さんが事務局長ですが、僕はその副代表をしています。これは海外の災害救援で、今もパキスタンなどの支援をしています。ボランティア団体に属しているという意味では皆様がたと同じ立場かもしれないのですが、ほとんど僕は現場には出ていないのです。長岡もこっそり物見遊山的に来ることはあるのですが、ほとんど何のお手伝いもしていません。あまり行けないということで、現場を知らないのでなかなかつらい。こういう場に出てくると、いつもつらい思いをします。  ただ、現場が分からないから、逆にいうと、現場のことを知ろうとします。「よくこれだけ長岡のことをご存じです」と言われるのですが、それは耳学問です。といっても、やはり現場に出ないといけないのかなと、自省しています。  今日のマニュアルというか、ああいう議論も、やはり現場を知った人からどんどん意見を出してもらわないと、現場をあまり知らない者からあれこれ言うのはどうかな、という気もするのです。  渥美先生はすごく現場に出ているのです。そこが僕と渥美さんの大きな違いです(笑)。 山岸(新潟県災害救援ボランティア本部 中越センター長/日本青年会議所新潟県ブロック協議会 会長)  山岸でございます。名簿のほうには、ボランティア本部中越センター長となっていたり、新潟県ブロック協議会の会長となっていますが、実は昨年の肩書きでして、今は中越復興市民会議の一応代表をやらせてもらっています。あと青年会議所は実は卒業させてもらっています。一応直前会長という役職が青年会議所にはあるので、会費だけは払っていますが、そのような状況です。  昨年は、本当に「災害を呼ぶ男」と、青年会議所内では呼ばれていました。実はあまり青年会議所活動も一生懸命やったほうではなくて、何となくたまたまブロック会長までなってしまったということで、必死にブロック会長の座をねらっているかたがたには、すごく悪いことをしたなと思う程度の青年会議所活動でした。  そんな部分で、青年会議所が昨年水害、そして地震へと、どのようにかかわるかなどということを、僕自身も青年会議所活動を通して、災害時の活動などということを全く知らずに、本当にここにいらっしゃる松森さんや川上さんなどにいろいろ教えていただきながら、青年会議所が何とかまちづくりをやっている団体として、少しはお役に立てたのかなと思っております。  今日もこの資料1の災害ボランティアの役割・機能というところに、実は青年会議所という名前が載ったり、JCという名前で載ったりしているのですが、ここに載っていて、このように議論されているということを、実は青年会議所のメンバーは知っているのかなというところが、実はものすごく僕は不安を感じております。一応直前ということで、12月までいろいろな部分であるので、今日も実は日本青年会議所の「地域力創造会議」というところの議長が来ています。なので、その辺をしっかり引き継ぎをして、青年会議所が地域の中でどのような役割を果たすべきなのかということを、また僕自身も考えさせていただきたいと思いますし、あと青年会議所のメンバーというのは、どちらかというと、企業のある程度トップに近いというのが田舎の青年会議所の特徴です。ですから、企業が社会に対して、災害時にどのように貢献ができるのかという部分も、実は青年会議所が考えていかなければいけない点ではないかということも思っています。  もう一つ、僕がなぜここの2番にしたかというと、青年会議所を卒業して、青年会議所というのは、実は委員会などになると一生懸命テーマを考えるのですね。問題点を一生懸命探そうとして、実は僕も委員長になったりした経験があるので、それがものすごく大変なことなのです。何をテーマにして1年間の委員会活動をやろうかということが、僕も理事長になって、理事長もそうなのです。一生懸命探すのだけれども、昨日室崎先生の話を聞いていて、自分たちの内のことなのに、なぜ外から内を見ながら問題を探していたのかなということを、実は最近すごく思っています。青年会議所を卒業して、そんなに難しく考えることはないのではないかということを、実は最近すごく思っているので、そんな部分もぜひこの会を通して、青年会議所にまた訴えていきたいと思っています。以上です。 渥美(大阪大学大学院助教授)  大阪大学の渥美です。今、名刺を渡しますと、「ようけ書いてあるな」と言われてしまうのですが、それは肩書きではなく、字数が多いということで言っていただくのですけれども、大学では二つの組織にいまして、それからNPOもかかわっているということで、いろいろとやらせていただいています。  まずNPOのほうは、日本災害救援ボランティアネットワークというところで理事をやっています。これは阪神・淡路大震災をきっかけにできたものですが、そこでの活動は、次の福田さんが、これにばっちりそのとおりだということを書いていただいていますので、省略させていただきますけれども、ここでは平常時ということでお話しできる会だということで来させていただきました。確かに啓発活動というか何というか、講座とか、いろいろなものをやらせていただいているのですが、そこでは、それはあまり言ってはいけませんね(笑)。結局は気づきとか、思いとか、うまく言えないけれども、そういうところが伝わらないと、ノウハウとかそういうことではないのだというところを、それはすごく必要なのだけれども、我々が伝えることはそこではないのだというところも考えながら、平時も含めて活動しています。  災害時は海外も含めて、組織のほうに余裕があれば飛び出すということがありますので、新潟県中越地震のときも翌日からこちらへ来させていただいて、何度かこちらへ来させていただいています。  我々の団体としてということよりも、日ごろあまり自己紹介のときにお話しできないのは、本当は大学で何をやっているやつなのだろうという(笑)、それがいつもなくて、ボランティアと言っていますが、昨日の室崎先生のお話を聞かれた人は、室崎先生の話のほうがいいのではないかと絶対思っていると思います(笑)。「おまえなんかボランティアと言っているけど、あかんなあ」みたいなところが絶対あると思うので、でも、その看板は下げられないし、困ったなと思っているのですが、「ボランティア人間科学講座」というのがありまして、ボランティア人間科学などというものを、でっち上げというか、震災以降できたのです。そこで地域共生論ということで教えているのですが、専門は集団の心理学です。心理学や社会学、グループ・ダイナミクスということです。だから、ボランティアがお一人お一人はどういう思いでかかわっているかということは、実はあまり専門ではなくて、悩んでおられる人を見ても、「何かみんなで一杯飲んだら?」みたいな解決しか思いつかないのです。カウンセリングをする心理学ではないので、集団でどのように人が動くかということを考えていくようなものが実は専門なのです。  学生たちにもそれを考えてほしいと思うのですけれども、なかなかいい機会がなかったのですが、この新潟県中越地震に関していえば、「KOBEから応援する会」というものを、「ハートネットふくしま」さんと作らせていただいて、そこへ学生が何人も来て、帰ってくるたびに顔が変わっていくというか、成長していくのか、考え方が変わっていくのか、そういう姿を見ていて、「ああ、これはいいことだな」と思いました。結局被災者のかたとお話をさせていただくだけのサロンのようなところだったのですが、そこでいろいろなことに接してきた。学生さんを見ていていちばん安心するのは、その学生さんが普通に世間話ができるようになったときです。いろいろなかたと出会って、今日は天気がどうこうというようなことを言い出したら、ああ、うまくいったなと思います。何かこう凝り固まってボランティアなどに来る人もいますので。  それで昨日もせっかくいいお話を聞けるし、現場も見られるしということで、2回生の子にたくさん来てもらいました。それぞれに言っていることが面白くて、何かいろいろ学んだのだなということで、よかったなと思っています。それはまた帰っていろいろ話を聞いてみたいと思います。  今入っているところは、コミュニケーションデザイン・センターというところなのですが、これはまさにこの福田さんの話も、あるいは今日の話にかかわるところでして、専門家あるいは経験者が何かをそうでない人に言うときに、全然伝わらないということがあると思います。それは、うちの組織では医療とかいろいろありますから、お医者さんが言っていることが伝わらないとか、原子力発電の専門家と原発の電気を使っているけれども危ないと思っている人とか、遺伝子組み換えの大豆を食べていいのかなと思っている人と、その研究している人と話が全然通じない。そのテクニックを開発するというようなところはあるのですが、災害もそういう面がたくさんあると思います。行政が用意する資料を書く気も起こらないと言っていても始まらないのです。そこにどうやってもっと分かりやすくやっていくのかという、そのコミュニケーションをデザインするというところです。  災害でいえば、例えば専門家は「50mmの雨が1時間に降る」とおっしゃるかもしれない。正しい情報だけれども、「50mm」などと言われると、たった5cmだから靴がつかるぐらいだと思ってしまうと、大間違いですね。でも、専門家は正しい情報を出している。ということは失敗しているわけですね。「雨が6割降ります」とか、微妙なことを言われると、要するに傘を持っていったらいいのかどうかを教えてほしいわけで、そういうものの伝え方というところを、実はアーティストとか、そういうかたにも入ってもらって研究するところにいます。  今ちょっと関心を持っているのは、被災地へずっと入っていく中で、語り方のパターンが変わってくるというようなことに興味を持っています。最初は被災者と並んで現場を見るということがいちばん大切だろうと思っています。被災者の前に立って、「何かしてほしいことはありますか」と、そんなことを言っても全く無意味ですが、一緒に、とにかくため息しか出ないかもしれないけれども、被災した風景を見るという瞬間があって、次に前に回っていろいろお話をする。でも、そこでは全然通じていないのだけれども、とにかく水や毛布やと言うから、そういう話をやっていく時期があって、でも、そこから本当は何を言っているのだろうということを考えていく時期があるというように、何か語り方のパターンの変わりというものを、研究テーマとしてはやっています。  そんなことを言って現場に入ってきたら「あほか」と言われますので、いろいろと現場でメモしたことや教えてもらったことを、また研究室に帰って、そんなことを考えるということを繰り返しています。  それで三つ言いましたか。NPOと、ボランティア人間科学と、コミュニケーションデザインというものを今やっているところです。どうぞよろしくお願いします。 福田(東京災害ボランティアネットワーク)  東京災害ボランティアネットワークの福田と申します。渥美さんが書いてあることを大体言ってくださったので(笑)、僕は何も言う必要はないかと思っていますが、つい最近まで三宅島の帰島支援のボランティア活動を僕たちはやらせていただいていました。僕たちの力不足で、皆さんにきちんと、報告が出せなかったなと、反省点しています。三宅島は、離島といっても東京都なので、やはり都民として、都民の人たちにどうやって三宅島のことを伝えていこうかということには苦心をしたつもりですが、全国のところまでなかなか手が回らなかったと思っています。  また、僕たちはボランティア団体のかたがたと一緒におつきあいをして、いろいろなことをやっていくというのもすごく大事だと思っていますが、例えば企業のかたや行政のかたや社会団体、いろいろな団体があると思いますが、災害やボランティアというものを全くテーマにしていない人たちと一緒に、力を合わせてやっていきたいと思っている気持ちがすごく強くあります。  したがって、東京にあるさまざまな企業やさまざまな団体に対して「一緒に三宅島の支援をしませんか」と提案を差し上げました。それこそ災害とは本当に関係なかったり、ボランティアなど全く関係なかったりするようなところに、「一緒に三宅島に行きませんか」というような提案をさせていただきました。  そのためにはいろいろな仕組みが必要でした。おそらく企業が物を出すとかお金を出すというのは、いろいろとやれば何とかなるのかなと思ったりもしたのですが、そうではなくて、できれば社会の中核を担っている30代、40代のかたに、ぜひ被災地に行ってボランティア活動をしていただきたいとすごく思っていましたので、サラリーマンのかたたちが来られるような環境をどのようにすれば作れるのだろうかということを、三宅島の帰島支援ボランティア活動ではずっと挑戦をしていました。  僕らは、個人に対して呼びかけたのではなく、企業や団体などに呼びかけていきました。個人に対して何かアプローチをするのではなくて、集団として気づいていただけると、もっといいのではないかと僕たちは考えています。その集団に対しては、結局起こってからやるのではなくて、日常からそういうところでやっていかなければいけないのだなということを深く感じることになりました。  啓発活動ということが今回分科会2でありましたので、市民に対しての啓発活動もそうなのですが、企業や集団に対しての啓発をどのようにすればいいのかということも勉強してみたくて、この2を選ばせてもらいました。また、何を市民に対して伝えていくか、どうやって伝えていくか、こういうことも併せて、この場でいろいろなことを教えていただければと思っています。よろしくお願いします。 西川(内閣府災害予防担当参事官)  では最後に、内閣府の災害予防担当参事官の西川と申します。ふだん何をやっているかというと、災害予防というのが私の担当でして、今お話がありました企業に対して防災活動をもっとやってくださいとか、BCP(業務継続計画)を作りなさいとか、そういうことを働きかけています。  あとは、このボランティアの関係や、もう一つ最近だいぶ深くかかわっておりますのは、被災経験のある自治体どうしのネットワーク化をいろいろやっています。別の顔で、「地域安全学会」の中で、今、「人材育成委員会」というのがありまして、その中で「行政分科会」を作っています。  いつも、災害が起こるたび、市町村にとってそれは結局、何十年ぶりの災害なのです。そうすると、前の災害を経験した行政官がほとんどだれもいない。結局、組織としてのノウハウが全くない中で災害対応をすることの難しさに皆さん直面する。  そういう中で、私はよく言っているのですが、災害経験のある人というのは、みんな「暗黙知」を持っているのです。災害のときには大体こういうことが起こるのだと。経験した人にとっては常識なのだけれども、経験のない人にとっては全く驚きというか、新鮮な感動というか。そういう「暗黙知」といわれている部分は、結局失敗によって初めて体得できるのですが、何もみんな失敗しなくてもいいではないかと。どうやってその「暗黙知」を、「暗黙知」ではなくて、明示的なノウハウとして、組織的に世代を越えて伝達していくかというのが、多分防災の究極の課題だと思っています。  そんなことをやっておりまして、そのほかに国際防災協力も昔からいろいろやっていますが、ともかく防災の仕事の、要は平時にいかにしてその「暗黙知」を共有して、必要のない失敗を避けうるかということが課題だと思います。どうぞよろしくお願いします。 金沢(内閣府防災担当参事官付主査)  7月から亀山の後任としてボランティアの担当をさせていただいております金沢です。よろしくお願いします。  もう一つ、ボランティアの担当のほかに、私は「防災フェア」というものを内閣府と地方都市とあと民間企業等からなる「防災週間推進協議会」とで共催しています。  今年は9月に仙台で行いまして、来年は名古屋で開催予定です。その平時のイベント関係でたくさん人が集まってくださるのですが、何をやって、その集まった人たちに気づいていただくのか、気づいてほしいなということを、今日のこの「平時の活動」の分科会での皆さんのご意見を参考にしたいと思います。よろしくお願いします。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  ありがとうございました。これで一回りしまして、ちょっと休憩も取りたいので、そろそろパワーランチのほうは終わりにしたいと思います。私の自己紹介は、新潟NPO協会という、新潟県内のNPOのネットワークです。そのくらいでとどめておきまして・・・。 渥美(大阪大学大学院助教授)  『中越の経験』という、書かれたものの宣伝をされたらいいのではないですか。 金子(NPO法人新潟NPO協会)   そうです。でも、今日は何も持ってこなかった(笑)。そういう欲のないのが新潟県人の特徴だと思います。がつがつしていないと言いますか(笑)。  1時から、もうご案内のとおりだと思いますが、三つの論点で議論を進めていきたいと思います。まず第1点めが、災害対応のための条例、協定、協議会づくりやプロセスについて。2点めが、イベント・展示や訓練など、効果的な啓発、参加、呼びかけ方について、ボランティア活動の啓発といった部分について。3点めとしまして、一般のまちづくり団体や市民活動と防災ボランティア活動との融合についてと。1時間半でこの三つということになりますと、本当に一個一個は走り抜けるぐらいの感覚になるかと思いますが、一応この三つをお題として頂いております。  ということで、お一人当たりの発言時間は恐らくぎゅっと絞っていただかないとどうにもならないと思いますので、こういった点でご協力をあらかじめお願いします。とりあえず先ほど金沢さんからご説明いただいた資料とか、今の論点、進め方等々について、何か質問などございましたらお伺いしたいと思いますが。では、1時に再開いたしますので、それまで休憩ということで。    ***  休憩 *** 金子(NPO法人新潟NPO協会)  それでは、第二分科会を始めさせていただきたいと思います。  先ほど私のほうからご紹介しました三つの論点を順番にこなしていきたいと思います。最初に、災害対応のための条例、協定、あるいは協議会を作るといった動きの中の工夫や、そのプロセスの在り方などについて、皆様からご意見を伺っていきたいと思います。  一つお願いがありまして、記録を残しますので、ご発言の際には、まずお名前と所属をしっかり言っていただくということで、口火を切っていただくのは福井の松森さんということになっております。5分程度ということですが、条例をお作りになって、今新潟県も条例を準備しているところですが、非常に参考にさせていただいております。その辺のところをご紹介いただければと思います。では、松森さん、よろしくお願いします。 松森(福井県災害ボランティア本部 センター長/ふくい災害ボランティアネット 理事長)  福井の松森です。条例なのですが、何が大切かというと、私たち福井県、これは福井県のことを考えるのは行政だけがやる仕事ではなくて、我々一般県民も一緒になって考えなければいけないということで、私は平気に「私たち福井県」と言っています。私たち福井県が災害ボランティア、いわゆる災害に関して我々市民レベルが一体何を目指すのかといったこと、いわゆるビジョンを明確に持って、そのビジョンに向けて、私たちはどういうプロセスで何を獲得していかなければいけないのか、ビジョンを具現化するために一体どういう武器を持たなければいけないのか、どんな道具が必要なのかといったことを考えていったときに、一つの道具として、この条例というものが出てきました。  昨年の福井豪雨のときはこのような条例がなく、全く条例のない状態で、福井県として災害に取り組んできたのですが、いわゆる我々市民と行政とが一緒になって協働で取り組むというやり方が、非常に大きな成果が出た。ただ、これはあくまでもある意味偶然に近い結果だったのです。この偶然に近い結果を何とか安定化させることができないか、そして、そのときの反省点を踏まえて、よりいい方向に持っていくことができないかという、この2点を考えて、条例化を進めようという形になりました。  条文がここに3ページから載っているのですが、何気なく読むと、別に大したことは書いていないやという形になります。これは、まずこれの裏話をしていくと、一条一条全部裏があります(笑)。これは記録されるのであまり言いたくないのですが、極端な話、いちばん変わりやすいのは、我々ボランティアよりも行政側が変わりやすい。およそ3年サイクルで担当が入れ替わっていくということで、簡単にいって、福井豪雨のあと、その経緯を知っている人間は3年でだれもいなくなってしまう。そうなってしまうと、継続ができない。行政の継続性といったものに対して、我々は非常に危機感を覚えたのと、それに対して行政サイドも同じように危機を感じていただいて、両者の合意のもとで、ではそれを安定化させるために条例を作りましょうということで、簡単に条文のところでいうと、前文が非常に大きなキーワードになっているので、キーワードだけ言いたいと思います。  前文をあえて作って、そこに去年の水害のことを書いてしまったのです。条例の前文でこんなものを書くというのはあまりないのです。この災害への取り組みを担保する、いわゆるこれでできた成果、これよりも悪くなってはだめだという形のものを、この前文の中でとりあえず担保して、いちばん最後に「福井県が災害ボランティア活動の先進県となること」、こんな文言まで入れたのは、もう手を抜いてはだめだと。ある程度できたから、もういいやというのではなくて、もっと邁進しなければいけませんよといったことを担保したいので、この文言が入っています。  それと、活動の定義のところで、通常災害ボランティアのこういう条例といったものは、災害が起きたあとの切った張ったに対して文言が書かれることが主なのですが、やはり平常時の活動がいちばん大事だということで、定義の中を二つの柱にしています。自発的に被災者を支援する活動と平常時の活動という形で、2本の柱。ですから、平常時も同じく大事なのだということを条文の中に入れています。  これにはもう一つの大きな理由がありまして、先ほど言いましたとおり、福井県は6億8000万円の基金があります。これまでの基金の設置条例の中では、災害が起きたときしか使えない、いわゆる事後しか使えない形になっていたので、それを変えなければいけない。これを事前も使えるようにしましょうということで、基金条例を廃止しまして、この条例に一本化しました。条例に一本化することで、基金の運用方法の幅が格段に広がりました。いわゆる事前活動に関しても、知事の認可が必要ですが、6億8000万円を取り崩してもいいですと。そのような可能性を担保する意味で、この文言が入っています。  ですから、私たちにとってこの前文から第3条までは非常に重要なところで、この条文を県の中で通すには、かなりのすったもんだを経ながら、何とか議会議決まで持ち上げました。  それと、第10条に調査研究部門。これはあまり入ってこないのですが、何でもやはり積み重ねることが必要だということで、この部門を設けて、この中に大学関係、いわゆる産官学民の連携をきちんと明確にしましょうということで、この10条もあえて、相当抵抗がありましたが、何とかここで入れ込むことにしました。  最後にお金を出さなければだめですよといったものが、次のページの14条の第7項に、「知事は、災害ボランティア活動の推進に必要な措置を講ずるため、基金の全部または一部を処分することができる」。災害時だけではなくて、このような災害ボランティア活動、そのボランティア活動とは何かというのは、いちばん最初の前文、目的、定義、基本理念の中で入れて、それらに対して基金を使うのだといったところをこの条例で担保するという形で、我々の活動がより確実にできることを獲得するために作った条例だといったことを説明します。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  本当に5分ぐらいでありがとうございました。それでは、今条例ということで松森さんのほうからいろいろ重要な点をご指摘いただいたのですが、協定を作るといったような格好もあるわけです。資料の中に、例として「名古屋市と各区災害ボランティアとの協定」というものが挙がっています。そのような点や、あと協議会を作る、ボランティアやNPO、関係の団体、それと行政、社協あたりが連絡会を平時から作っておくような取り組みも見られるようになっていまして、新潟の場合もそういった方向で、震災以降は進んできているわけです。  一つ松森さんにお礼を言いたいことがあるのは、福井のほうでそういった前例を作っていただいたということが非常に大きかったのではないかと思います。行政は前例があると取り組みやすいので、新潟県も担当者のかたが非常に熱心に福井の条例などを勉強しながら、条例作りに今取り組んでいるところです。皆様がたからそういった平時からの連携なり、そういった活動をどういう形で担保するかといったことについて、何かご自身のご経験やご意見等ございましたら、お願いしたいと思いますが、いかがでしょうか。  では、洙田さん、お願いします。 洙田(医師/労働衛生コンサルタント)  堺から参りました洙田と申します。先ほどの午前中のときにも「新居浜頑張れ」と言いましたが、ボランティアさんを遠くから被災地まで運ぶことに関しまして、ボランティアバス(ボラバス)というのも一つの方法だし、あと公共交通機関の一部のスペースを提供していただくという方法もあると思います。  それで、昨年新居浜は「ヘドロかき出しツアー」と名前をつけまして、フェリーの30人分を提供していただいたということです。フェリーだけでなくて、鉄道というのもあるわけでして、鉄道が満員になるということは、首都圏などでは通勤電車でそういうことがありますが、中長距離列車の場合、いつもいつも満員になるはずもないし、そういった場合、その一部の座席を提供していただくといった方法もあるのではないかと思います。  ですから、そういった協定のひな型でもいいし、例えば新居浜の社協さんが昨年オレンジフェリーさんと電話1本で話をつけてやったことを、正式な協定書のようなものにしていただければ、それが恐らく先例になるのではないかと思います。そういう意味で、ぜひご出席の永易さんには頑張っていただきたいと思うと同時に、これから具体的にどうやっていただくのかなというのは非常に興味がありますので、コメントを頂ければと思っております。 永易(新居浜市社会福祉協議会)  はい。昨年、企業の社会貢献ということで、大阪南港から新居浜までオレンジフェリーさんにご協力をいただいて、毎日30名のかたに来ていただいたのですが、その30名という人数だけで見ると、「あ、30名か」と思われるかたもいるかもしれないのですが、その30名のかたが来ていただくことによって、マスコミのかたの反応や、また被災地間の交流ができたり、また、ボランティア活動の体験や、特に阪神・淡路大震災で経験されたかたや被災されたかたが多く来ていただきましたので、被災者どうしのつながりもできたということもあります。そういった公共交通機関を使って、ボランティアさんが他県から来ていただけるということになると、より被災地が盛り上がるといいますか、元気づくということは考えておりますので、先ほどの洙田さんの意見を参考に、前向きに取り組んでいきたいと思っております。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  ということは、何らかの形にそういうものを残して、共有させていただけるような方向で考えていらっしゃるということですね。 永易(新居浜市社会福祉協議会)  そうですね。はい、考えます。考えていきます(笑)。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  言いましたね。記録に残りますから頑張ってください(笑)。よろしくお願いします。私たちもぜひ参考にさせていただければと思いますが、ほかにいかがでしょうか。では、福田さん、お願いします。福田さんは事前意見ということで・・・。 福田(東京災害ボランティアネットワーク)  東京災害ボランティアネットワークの福田です。実は僕らも三宅島の帰島支援事業のときに、三宅島に行くために、東海汽船というフェリー会社に僕たちはお話をして、ただではなかったのですが、島民割引という35%まで割引ができる仕組みで、半年間で1000名ぐらいのボランティアが行かせていただくことになりました。  ただ、そのときにも、なかなか難しいなと僕らも思ったのですが、三宅島の帰島支援というのは、避難中から4年半続けてきたということもあって、また三宅島の支援で中心的にやらせていただけたということもあって、僕らが提案したときは、「どうぞ」という形になったのですが、ただ、東海汽船さんなどがすごく心配していたのが、例えばほかのボランティア団体さんが行きたいと言ったときに、どうやって対応すればいいかということでした。ボランティアかボランティアではないか分からない人たちが35%割引で行くようなことになってしまうと、それは東海汽船さんから見ればすごい損失になります。例えば先ほどの福井さんの協定のように、どうやって逆に自分たちの存在というものを行政に対して担保するというか。行政でも企業でも、どこでもそうなのですが、そういう協定のようなものを結ぶときは、「あんたのところはいいけど、ほかのところから言われたときに断れなくなっちゃうよ」という、そこら辺のところをどうやってクリアしていけばいいのかということが、やはりなかなか難しいなと、僕自身は感じました。  僕らは三宅島災害東京ボランティア支援センターという別組織を作っていたのですが、東京都も三宅村のほうも、「三宅島のボランティアさんは基本的には支援センターを通して行ってもらうように、もし何か問い合わせが来たときはそのようにさせてもらいますよ」ということを僕らは言われて、「別にかまいませんよ」と、「窓口は僕らでも全然かまわないですよ」という形にしたのです。社協に対しての信頼感をどうやってうまく構築していくかというのは、これは平時の活動というところとも重なってくるとは思うのですが、協定を結んでいるかどうかだけではないような気がしています。何か意見や考えがあるかたがおられれば、聞いてみたいなと思っています。 秦(JFFW)  JFFWの秦です。今のことですが、要するにボランティア団体というのは一人社長の集団のようなもので、行政からすると、どの人と手を結ぶかというのが非常に難しいのと、それから結んでもすぐ消えたり、出てきたり、名前が変わったり、パートナーとしては姿が見えないというのは、私も行政の中にいて非常によく分かるのです。  そういう中で、私どもは比較的恵まれて活動してきているなと思うのは、やはり自分たちの団体だけでやるというのではなくて、例えば三宅島の例を出しますと、三宅島でこういう支援活動をしましょうと決め、事務局は例えば東京ボランティアネットワークがやりますと。そして、この指とまれで呼びかけをして一つの実行委員会を立ち上げる。だれでも、どういうボランティアでも、一人社長でも入ってこられる形にして、「支援の目的」をもって行政や事業者と話をする方法は、こちらを理解していただけるし、非常に成功の率が高いと私は考えています。  私自身今やっているのは、そういうコーディネーター的な役割です。ホームページも持っていない「横浜災害ボラバスの会」と言われるのですが、私は要らないと思っているのです。 要するに、ボランティア団体はいっぱいあるし、またニーズもたくさんあります。支援活動が必要なときに、その目的をもって、だれもが参加しやすい仕組みを作る。その仕組みのいわば看板になれるような方を日ごろからリストアップして協力を求め、その立派なリーダーの下に、志を同じくするみんなが参加できる仕組みにすると、比較的行政も企業も支援をしてくださることを実感しています。そういうときには、例えば東京ボランティアネットワークが事務局を担いますということで、それを目的とした実行委員会を立ち上げていく。それを重ねていくことが、組織の認知度や社会的信用の高まりにつながると感じております。 福田(東京災害ボランティアネットワーク)  東京災害ボランティアネットワークの福田です。僕らはネットワーク団体なので、いろいろな団体が入られています。主に災害をテーマにしていない団体の方々も入っておられるのですが、「何でここが入っているの?」とか、「ここはちょっと」というような者は、むしろ行政のほうから上がってくるなと、僕は感じています。  また、僕らが窓口になってもいいよと言っても、逆にボランティア側のほうでも、「やはり僕らは独自でやる」というかたもたくさんおられます。逆にその独自でやるというかたがたを、「いや、私たちのところを通してください」というのは、何かちょっと違うかなと思ったりはするのです。  そうなると、例えば行政のかたがたが、「支援センターさん、窓口をやってください」と言ってくださるのはありがたい、光栄ではあるのですが、逆に、違う動き方をしたいと言ったときに、僕らが「いや、それはまずいよ」というのは少し言いにくいなとは思ったりもするのです。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  ありがとうございます。実はこのトピックに充てられる時間がもう来ているのですが(笑)、何か一言で重要なポイントがあればお願いします。 秦(JFFW)  「必ずここを通してください」ということではなくて、自主的にやられるかたが自主的にやられればいいと思うのです。そのかわり完結型でできる形でやるという。だけど、例えば行政なり企業なりに一定の支援を求めるときには、やはりばらばらにお願いするよりも、「この目的を持って集まった」というより分かりやすい目的を明確にするということだと思います。もちろん一人で行きたいという方の希望を阻害するものではありません。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  恐らくその辺のところは、山岸さんに発言をお願いします。 山岸(新潟県災害救援ボランティア本部 中越センター長/日本青年会議所新潟県ブロック協議会 会長)  新潟の山岸です。その件とは全く違う話かと思うのですが、ある意味「協働」というような話に行くのかなと思って、今お話を聞いていました。全く違う話で申し訳ないのですが、終わりだということだったので、ぜひ言っておきたいと思います。  協議会の運営ということが、この1個目のテーマの中でお話をされています。新潟も連絡会というものができつつあるということですが、協働に向けては、その連絡会というのは非常に有効だと思っています。僕も青年会議所で全国いろいろなところに呼ばれてお話をする機会があるのですが、連絡会や協議会など、青年会議所だけでできることなどはごくわずかです。必ずNPOのかたであったり、ボランティア団体であったり、行政であったり、社協さんであったりということで、これからは協働というものが本当に必要になってくるというお話を実はしているのです。ですから、協議会のようなものを積極的に作ったほうがいいという話をしています。  ところが、協働するがゆえに、実は継続ということが非常に難しいのではないかというような部分を感じています。平時からの活動もなかなか難しくなるし、行政のかたも、社協のかたも、ある意味作ったということで非常に安心感を覚えられてしまう。実際のその作った連絡会なり協議会なりがどれだけ社会に認知されるかということと、どれだけ機能していくかということが、実はいちばん問題なのですが、作ることにすごく一生懸命に、行政のかたがあまり積極的になってしまうと、作ったことで一定の成果がもうそこで得られたと思われがちになってくるのではないかということを、実はすごく危惧をしています。  昨日の連絡会のパワーフォーラムのいちばん最後のあいさつに、佐藤さんという県社協のかたが、実は社協が事務局をやっているのは必ずしもいちばんいい方法ではないのではないかというようなお話を、よくないのではないかとおっしゃられていましたが、実は、その真意がうまく伝わっていないのではないかと思っていました。決して佐藤さん自身逃げているのではなくて、行政という、例えば社会福祉協議会という枠をどうしてもぬぐい切れない部分があるので、できる範囲とできない範囲があって、連絡会というのは社協の範囲を大きく変えていかないとうまく機能していかないということを、実は佐藤さん自身がいちばんよく、作った段階で気づいておられるのかなと思っていました。  だから、その辺、ぜひ作ったあとにどんなことをしていくのかということを、役所的に計画を立ててということではなくて、実際にどういうことをやっていくべきなのかということを、作る前にもっと議論をしたほうがいいし、今あるところも、もう1回それを見直すべきではないかということを、実は感じております。  青年会議所も、そんな中で積極的に各地でそんな活動を進めていってくれればと思っていますし、日本青年会議所も、実は災害マニュアルのようなものを作ろうというときに、僕も言いました。青年会議所の中だけで災害マニュアルを作っても何も意味がないのではないかと。ぜひどういう団体とどういうかかわりを持って、どのようにするのだという部分を前面に出していかないと、本当に、また恐らくそれを冊子にして全メンバーに配るなどということをしても、何も意味がないのではないかなどということを話していたもので、協議会などは作っただけではなく、ぜひ有効に機能するような仕組みを何か考えていく必要があるかと思っています。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  ありがとうございます。それでは、次の話題に移りたいと思います。申し訳ございません。シナリオでは、ここで私がただいまの議論を集約することになっているのですが、時間がもったいないので(笑)、その辺は全体での発表を私にお任せいただくことにしまして、なるべく皆さんにご発言いただく時間を取りたいと思います。次のイベント・展示や訓練など、効果的な啓発・参加の呼びかけ方、災害ボランティア活動の啓発の在り方についてということですが、こちらのテーマに関しましては、まず秦さんのほうから口火を切っていただければと思います。お願いいたします。 秦(JFFW) 8月25日に「防災フェア2005 in KANAGAWA」というイベントを、東京ガス(株)が主催し横浜市と神奈川県が後援、新潟県中越地震のときにそれを目的としてボランティア団体が集まって作りました「横浜災害ボランティアバスの会」が共催する形で実施いたしました。  これは私が中心になって企画をしたのですが、一つには、目に見える形でボランティアの力量を行政に見てほしい。二つ目には、一般市民に「それなら自分もできそうだ」というように活動内容を理解して欲しいこと。三つ目は、企業の防災訓練は企業の中で終わらせないで、企業の防災訓練と地域のかかわりあいについて考えて欲しいという思いがありました。そのためボランティアの見本市のような形で企画をしました。  スポンサー企業になったのは東京ガス(株)神奈川県下3支店です。会場としてボランティア団体に提供されたのは野球場で使途は一任されました。会社の訓練との連携ですが、会社はガスの復旧活動として、実際に外づけでガスを復旧しガスコンロを設置するところまで行いました。ガスコンロを活用するところからボランティア団体は引継ぎ、給湯・給食活動をしました。フェアで会社に準備をしてもらったのは、会場の提供とテントの借上げ、必要資材の提供です。 参加団体への呼びかけは、「テントは準備してある。テントごとに自由に活動を展開してください」と。参加者はテント毎に被災地の体験と、ボランティアの体験をするという趣旨で、来たときには真っさらなテントと資材しかないという状況で、「さあ、皆さん、何ができるかやってみましょう」と、テントの立ち上げから始めてもらいました。  主催者、企画した側としては、参加者5000人の炊き出しはやろうということで、これがいちばんの課題でした。川崎市に「女性防災川崎」というボランティア団体がありまして、1000食の炊き出しなら毎日でもできると言う団体です。日常は福祉ボランティアをやっている団体なのです。、配食サービスも町内でやるし、お祭りや盆踊りの炊き出しもやる。お葬式の炊き出しも手伝うという、「炊き出しに関しては私たちに任せて」という団体です。その女性の団体を支援しているのが、中小企業の経営者や町内の様々な役員を中心としたグループで、必要な資材を保管する、資材を運ぶ、それから簡単な水道工事などはやってしまうという形で、その女性たちを支援していました。  それで、では5000食の炊き出しをやろうということで、企業に呼びかけて非常食を出してもらい、隣接の川崎市水道局が給水車を出す話になり、真夏の訓練ですので横浜市水道局の給水車には氷を入れて冷水を持ってくる。5000食の食材を温めるなべが少し足りないという話をしましたら、(株)JFEコンティナがドラム缶を二つに切って大きい鍋を四つ作ってくれました。 これでガスはそろったし、水道が川崎から来るし、鍋もそろったと。では、だれが作るかという話で、やはり被災地で子供たちが参加する場面がすごく少ない状況があるので、子供たちに作らせようということで、ポリ袋にお米とお水を入れるのは子供たちの役割、それをボイルするのはボランティアという仕組みを作りました。これで5000食は可能となりました。  フェア開催までの経過をご説明しましたが、協働で行う訓練開催に、ボランティア団体からは、「東京ガスのイベントになぜ自分たちが協力するの?」とか、「東京ガスが主催するのに、横浜市と神奈川県がどうして」という行政の担当者からの声もありました。行政に対する説明では、「行政が主催する防災訓練は、行政はこれだけのことができます」と見せてくださるが、「市民は見るだけ」という関係性はこれから変えて、行政改革の一環として例えば「自治体は場所を準備します。あとは、ここは被災地だから、さあ、皆さんやってごらん」というやり方を試行するというようにご理解頂きたいと提案をしました。それで、神奈川県も横浜市もゴーサインを出してくれました。  結果としてボランティア団体が中心にやってみて、いろいろなところからいろいろな申し出を頂きました。企業は、本当はいろいろなことに協力をしたいが、連携のしかたが分からないだけということがよく分かりました。市民の側からは、企業は業務以外に人を割くのは非常に大変ですが、生産物の提供や仕組み・ノウハウなどは難なく出せるということが分かりました。味の素(株)川崎工場担当者から「ボランティアに行くときにスープの1000人、2000人ならいつでも出しますので申出てください。ただ、送るよりも持っていってもらったほうがいいですから」とも言っていただきました。パン屋さんからも、被災地でどういうパンがいいのかということをやはり会社でも研究したいからという申し出があって、「じゃあ、原価でいいですよ」と。そういう形でさまざまな団体や企業が口コミでどんどん入ってこられたということが、非常に大きな効果を生みました。  いちばん難しかったのは、行政との連携で特に被災地での救急や医療を想定し、お医者さんは一人しかいません。しかし、そこに看護士と救急救命士、応急救護の体験者が何人かづついると想定するし、これをチームにするとかなりの力があるわけですね。阪神・淡路大震災のとき、お医者さんが水運びをしていましたが、水運びはだれでもできる。むしろチームを組むことが大事だろうということでテントを設けました。ここではAEDを使う重症者からボランティアが手当て可能な軽症者までの処置をイメージして訓練を行いました。私たちのチームの中に川崎市の職員ですがいろいろ助言を頂いている循環器の医師がおり、トリアージと全体のご指示をいただきました。この訓練で見えたことは、勤務として参加している救急隊員が、同じ救命士資格を持っていても、私服で参加している人と対等に連携ができないのです。制服優位とか行政優位の意識改革を脱して、資格で連携できるまでには、やはり数を重ねないとこなれていかないということもよく見えました。このことは救急隊を派遣いただいた消防局に対してご意見として申し上げました。  このフェアの成果は参加者みんなが主催者になれたことです。参加者を含めて、台風のときでしたから、大風・大雨の中で3000人弱の参加者が、アンケートの中ではほとんどの方から「よかった」と感想をいただきました。雨に濡れないように場所を変えるなど、いろんな苦労をしたと思うのですが、それがまたすごくよかった、いい体験ができたこと。参加者に「お客さん」がいなかったことがよかったと。参加した市民も自分は何ができるだろうかという思いを持って来ていますから、そこに参加できるテントがあって、自分もボランティア・ベストを着て、一員としてテントの中を仕切れるというのは、とてもいい体験ができたと皆さんはおっしゃっておられました。もう一つの成果は訓練経費の節減があります。このフェアのボランティアゾーン全体でかかった経費は、5000食の給食経費を含めて約170万円余です。 この活動の母体になっている「横浜災害ボランティアバス」の実行委員会というのは、地元の中小企業が、「中越のボランティア活動に」と、100万円相当の支援を申し出してくださいまして、それでボランティアバス3台の借上げとボランティア・ベストを作ることができました。延べ150人が2泊2日、2週連続で活動できたのですが、この時の実行委員会と参加者が母体になっています。  被災地支援のあとに、中越での活動のミニ版を展示会として横浜市の中心部でやりました。参加者はその展示会で二度目の経験をし、今回のフェアで三度学んだことになります。もう皆さん立派なリーダーに育っています。参加した教職の方は子供たちに対して、議員は議会活動を通じてということで、参加した人たちが日常の業務や活動の中でその体験を生かしていただいています。これは、「ボランティアの種まき効果」と思っております。 協働によるフェア開催の経験を生かして、今後は防災訓練の企画・指導を請け負って、出前をしていこうかと思っているところです。以上です。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  ありがとうございます。まさしく新潟でもそういうことをやりたいねということを話していたところなので、またご協力いただければありがたいなと思いながら、今のお話をお伺いしました。皆さんのご経験の中で、何かこんなことをしたらうまくいったというようなことを、ぜひここで共有していただければと思うのですが、川上さん。 川上(NPO法人Vネットぎふ)  Vネットぎふと、サポートコムネットという団体の川上です。まず、住民に防災、防災と言っても、例えばお年寄りにお話をすると、「そんな、川上君、家具の固定といったって、わしらもう20年も30年も生きんから、まあ、倒れてきたときはそれはええわ」というような、結局それで終わってしまうものですから、そういった点、なかなか防災というものが浸透しない。  また、去年の高山、台風23号で被災しました。あれが10月20日でした。10月23日になったら新潟県中越地震が発生しました。結局全国の目が中越に行ってしまって、「台風23号災害なんて、そんなのあったの?」と言われるのが現実で、そのときほど、やはり自前のボランティア、自分たちの自治体のボランティアがいかに大切かということを感じ、その2点を何とかクリアしなければいけないということで、まず子供たちに対して今仕掛けをしています。  まず一つめのプログラムとして、子供たちが防災に興味を持ってもらうことによって、大人も興味を持ってもらう。学校の宿題で家の見取り図、うちはどのようになっていて、どこにタンスが置いてあって、どこにテレビが置いてあって、どこに何が置いてあってと、全部書き込んでもらいます。それで学校へ来て、授業で、去年の、これは見附市が震度6弱だったものですから、見附市のそれぞれの家屋の中の写真などを見ていただいて、6弱だとこのようになるのだ、もし皆さんが寝ているときに地震が起きたらどうなるのだろうということを、自分の寝ているところ、家族の寝ているところを書いてもらったうえに、タンスがこう飛ぶとか、テレビがこう飛ぶとか、そういったことを書いてもらって、では自分たちはどうなるのか、家族はだれがけがをするのか、安全に避難できるのかと考えてもらい、それを親の前で発表してもらう。  そうすると、本当についこの間まで「そんな家具の固定なんてできないよ」と言われていたかたが、子供が目の前で、家具の固定をお父さん・お母さんにやってほしいとか、おじいちゃん・おばあちゃんにやってほしいというのを授業でやると、子供を通じてそういうことを大人に知っていただくと、やはり子供に対しては裏切ることができないということで、本当に効果としては高くなっているなというのが現実です。  あと、そのプログラムの延長として、その小学校では今「自主防災なだっこネットワーク」というものを作ろうと。自主防災組織というのは、今まで消火訓練などを主にやっていたのですが、やはり去年の中越でいろいろな避難所で課題がものすごく出てきたではないですか。そういったものをやはり一つの避難所、そこは小学校なのですが、小学校校下で解決していかなければいけない。ただ、これは今までの自主防災組織でやっていては、それは解決できないだろうと。親たちが中心となった自主防災組織を立ち上げて、それで解決していこうということで、今、学校と市の協力の中で進めることになっています。本当にそういった形で、ふだんから学校や市、行政のほうと協力しながらやるとうまくいくなと思うのです。  ただ、自主防災の件について、たまたま高山市が地域防災計画の中で消火を中心にしていた自主防災組織しか考えていなかったものですから、それはもう市の自主防災組織に対する企画を市自体が変えればいいではないかということを、市のほうも今ようやく言ってくださっています。ですから、今、学校を通じた活動が、やはり地域に広げやすいなということは本当に強く感じています。以上です。 渥美(大阪大学大学院助教授)  行事のシェアをするわけですか。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  行事のシェアというよりは、啓発というもので、取り組みの中で効果があったやり方とかポイント、考え方。 渥美(大阪大学大学院助教授)  いろいろな行事がありまして、僕らがやっているものもありますが、最近やったものだと、「カエル・キャンプ」というのが面白かったです。子供たちが小学校へ集まってくる。そこでカエルをキャラクターにして、水消火器でカエルの絵をかいたところを的にして的当てゲームをしたり、「おたま劇場」といって、オタマジャクシとカエルのお父さんとが、どちらかがボケとツッコミをやるわけですが、そういう防災についての知識を見せたり、紙芝居をしたり、絵本を読ませたり、あちこちでこういうものをやられているとは思ってはいるのですが、ポイントは多分、「防災、防災」と言って集めてくるのではないということが一つです。  それは地域によって違うと思いますが、もう防災はちょっと飽きたというところや、先ほどの「はや死ぬから、もうええわ」とか、そういうことが、それは本当にそうは思っていなくても、今もうそれは第一のことではないということがあるわけですね。そういうかたがたに対して、何とか来てもらうためには、そのかたがたが興味を持つものをするしかないということで、防災をやるから防災と呼びかけるのではない、「防災」と言わないで防災をやってしまうというのが一つのポイントだと思います。  それから、たまたま大きな企業があったり、気の利いた社長さんがいらっしゃったりすればいいのですが、自分たちでもできるものをやっていくことも大事で、この「カエル・キャンプ」は、最初はだいぶ手をかけてやるのですが、できたら次のときはその地域でやっていただきたいということで、盆踊りはやっているのです。盆踊りに引っかけてやって、恐らく去年の盆踊りはもうちょっと面白かったという感触で、今度はやられると思うのです。そういう、なぜ面白かったのかと考えると、何か防災ゲームのようなものがあったしとか、そういうことだろうと思うのです。こういうことをやってみるというのが一つですね。だから、自分たちでできるようになるというところをちゃんと視野に入れて、いつもNPOが行って一緒にやるのはしんどいだろうという感じです。  それから、あとはゲームを開発したり、すごろくとか、カードゲームとか、それで遊んでもらったりいう話も出てきていますし、だいぶ「防災、防災」と言わないで防災をするというパターンができてきているのではないかという印象を持っています。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  何キャンプとおっしゃいました? 渥美(大阪大学大学院助教授)  カエル・キャンプ。フロッグ(frog)です。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  では、川上さんに補足していただいて、あと洙田さんということでお願いします。 川上(NPO法人Vネットぎふ)  一点だけ肝心なことを言い忘れました。昨年の台風のときに、実はこれは被災しての話なのですが、台風の災害のときに、5000名が高山でボランティアをやってくれたのですが、その4000名が高山市の市民で、さらにそのうちの500〜600名が小中学生だったのです。これは災害のときに小学生・中学生でもできることは必ずあるのだということを、教育委員会から流してもらった。災害ボランティアに参加するということは、教育面でものすごく大きい効果があるということで、教育長のほうにお話をしたら、「強制はできないけれども、紹介はできる」ということで。そういった、いざ災害というときに、本当に市民に防災ということを考えてもらうには、ボランティアで参加してもらうのがすごく効果があるということは、これは本当にあとの行事をかなり進めやすくなりました。そういった点では、やはり子供を出すというのはすごく大きかったなということを思います。 洙田(医師/労働衛生コンサルタント)  堺から参りました洙田と申します。先ほど川上さんから「学校で」というキーワードがお話しされました。あと、渥美先生からは防災に見えない防災ということで、それに関して、私たちがちょっと取り組んでいることについてお話ししたいと思います。  私は堺看護専門学校で公衆衛生と福祉の講義を担当しています。その試験の問題がまさに災害のケーススタディです。昨年の試験は新潟県中越地震を素材に取り上げました。私の試験の特徴は、非常に難しいことです。非常に難しいので、前もって試験問題と標準解答例を印刷して、1か月前に学生さんに配っています。なぜするかというと、医学部の大学院ぐらいの水準の問題ですから、そこまでしないとできません。でも、逆にいうと、そこまでやったら、一人か二人ぐらいは落ちますが、ほとんど通ります。  何が言いたいかといいますと、試験の問題の扱いというのは非常に難しくて、普通は秘密に作らなければいけないものです。けれども、私の場合はもう最初から解答例を作って、それを配っていますから、その試験の内容について、前もって皆さんがたと相談できるわけです。そういう中で、試験ということを通して、そういったもの、人材の育成の分科会になるのか、ちょっと違うかもしれないのですが、効果的な啓発になると思うし、それを見て災害に非常に関心を持ってくれた学生さんが増えていますので、そういったことを通してやっていきたいと。それで、これに関しては、皆様がたのお知恵を十分に拝借したいと思いますので、今年からは皆様がたに前もって試験問題と解答をご相談するかもしれませんので、そのときはよろしくお願いしたいと思います。以上です。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  ありがとうございます。実はまた時間が過ぎてしまっているのですが、どうしてもこれを皆さんと一緒にシェアをしたいというかたがいらっしゃいましたら、もう一人ぐらい。では福田さん、お願いします。 福田(東京災害ボランティアネットワーク)  時間がない中で申し訳ありません。東京災害ボランティアネットワークの福田です。あまりしゃべると時間がないようなので、資料8の「事前意見」をもとに僕ら東京災害ボランティアネットワークがどういうことをこういう啓発活動の中でやらせていただいているかということを話させてください。  ここ数年いろいろな地域で、いろいろな方々と一緒に取り組ませていただいている中で僕らが気づいたことは、啓発活動のプログラムなどはどうでもいいということでした。多くのかたが参加できればいいのだと、多くのかたが参加し、真剣に考えることが大切なことだということでした。  地域におられるいろいろなかたがた、ここには、例えば行政のかたがた、消防のかたがた、社協のかたがた、NPO、NGO、ボランティア団体のかたがた、住民のかたがた、住民の中にも例えば自治会があったり、町会があったり、いろいろな地域組織がたくさんあると思います。そういうかたがたが一堂に集まって地域のことを真剣に考えられる場所を作ることが、もしかするといちばんの防災活動になるのではないかと僕は考えています。  そこでやるのは、別に消火器訓練でも、起震車体験でも、煙ハウスでも、何でもいいと思っています。ただ、そこで地域をおれたちが守らなければいけないということに気づくことが大事なのです。気づいて、いろいろな人たちが集まれる場を作るということがいちばん重要なのではないかと思います。  いろいろなかたがたがいれば、いろいろな知恵が集まってきます。集まることによって、専門的な知識や知恵のようなものを共有できるのではないかと思います。  ボランティア団体が、例えば僕らはいつもやるときに、何かちょっとした専門的な知識を知っていたり、知っていなかったりするわけですが、あえて知っていることでも、その専門の地域のかたがたに話してもらうというような組み立て方をします。そうすることによって、例えば消火器のことについては、消火器の話だったら僕でもできますが、あえて消防団のかたにしてもらうことが、僕はすごく重要だと思っていますし、そういう地域の中にある小さな専門性を持ったかたがたが一堂に集まって、当然ですが、市民のかたがたも集まってやるということが重要ではないかと思っています。  ただ、そのためのきっかけ作りとして、もしかすると少し被災地の経験がある僕たちが働きかけることができることではないかと思っています。何か小さな気づきを地域の中に投げかけていって、あとは地域のかたがたが作っていくプログラムを何となく後押しできればと思っています。先ほど渥美先生がおっしゃっていた、いつまでもボランティア団体がそこにかかわることは不可能ですので、地域のかたがたが一緒に集まれる場があって、別に1年に1回でも、半年に1回でも僕はかまわないと思っているのです。一堂にそのとき集まって、半年後の防災訓練、「防災訓練」とは言わなくてもいいけれども、何か小さな取り組みをどうするかと集まれる場を作るということが、すごく大事なのではないかと思っています。テクニックやノウハウの習得というのは、あとからついてくるものでいいのではないかと、僕自身は考えています。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  なるほど。ありがとうございました。ちょうど今のテーマのいいまとめをしていただいたような気がします。その方法論という部分では、渥美先生のところの、あえて看板にしない防災のようなやり方や、秦さんのところの取り組みなども非常に参考になったと思います。  それでは、最後のテーマに移っていきたいと思います。最後は、一般のまちづくり団体、この「一般のまちづくり団体」というのはどういう団体だという話にもなるのですが(笑)、一般のまちづくり団体と市民活動、私も一般の市民活動だったですが、防災というところにも首を突っ込んだりしたわけです。そういういわゆる普通のといいますか、NPO、市民活動と防災ボランティア、これがどのように融合していったらいいのだろうかということで、実は、この口火を切るのは私の役目ということになっています。昨年二度ほど新潟県内は大きな災害が続きましたので、そのときに感じたこと、経験したことなどをちょっとご紹介したいと思います。  もっとも私も災害ボランティアなどというものに取り組むなどとは全く思っておりませんで、普通の、何が普通か分かりませんけれども、中間支援組織をやっていたわけです。やはりもともと新潟県内にはそれこそ災害ボランティアなどというものは当然ありませんから、そういうところが最初に音頭を取ったり、ネットワークを構築したりということでやっていかざるをえなかったわけです。  現場レベルで非常に動きがよかったのが、NPOの枠でいうと、まちづくり系の活動を続けていた人たちだったのです。というのは、新潟県内というのは、まちづくりや地域づくりのコーディネーターの養成をこつこつと過去10年ぐらい進めてきたところで、そういうところである程度人々の意見を集約したり、次の流れを作るための仕組みを作ったりというようなことについて、非常に得意としているかたたちが、その養成講座の卒業生だけでも県内に400人ぐらいいました。そういうかたたちの中で、特別動きのいい人たちが各地のボランティアセンターに入っていって、コーディネーターの中でも中心的な役割を果たすことができたのではないかと思っています。  また、外と連携することが非常に得意な人たちですので、さまざまな団体が県外からヘルプに来ていただいたときに、そういうところの知恵を頂きながら、自分たちの形を組み立てていったというような経緯を見ています。  ただ、私の感触としては、ふだん自分たちの活動を持って、いろいろとやっているわけですね。いわゆる普通のNPOというのは。そういうところが、災害があったからといって、特別の事業を起こして何かやるというようなことは、実はなかなか困難なことなのです。もともと基盤が弱いですし、情けない話ですが、専門性も高いかというと、まだまだ企業なり行政なりと比較しても、NPOが必ずしも専門性において優れているわけではない。そういった中で、では災害だからといって、思いがあれば何かはできるのでしょうけれども、その何かをやるにしても、先立つものがない、マンパワーもない、資金もないというのが正直なところではないかと思うのです。その中で、やはり思いがあるから動きたいわけです。  では、そういう人たちをどのように支援するかというと、やはりその辺のところを考えていかなければ、こういったものは前に進んでいかないのだろうと思います。現実、私どもは「ボランティア活動基金」というものを作ってお金を集めましたら、水害と地震とで合わせて5000万円ぐらい集まってしまったのです。その5000万円を元手に70件ぐらいの活動に対して助成をして、それを元手に、やはり思いがあるけれども体を動かすだけではどうにもならないという部分の活動を支えることができたのではないかと思っています。  それと、このテーマを考えるうえで、もう一つ考慮したほうがいいと思うことは、何も団体とかNPO、一つの組織レベルで動くということだけではないのです。要は人ですし、まちづくり関係のかたたちが被災地で非常にいい動きをしたという話も、別にこれは組織として動いていたケースはあまりないように思うのです。その中で、思いのある人がやはり個人のレベルで動いていた。特にまちづくり関係というのは、自由業的なかたが多くて動きやすいということがありますし、あと、ほかのNPOと比べると、比較的ルーチンワークがありませんので、そういうところでも活動の中で融通しやすいということがあります。ですから、何も対象は組織だけではないのだなというのが私の感想です。  といったことで、口火になったのかどうか分かりませんが、皆さんのご意見もお伺いしていきたいと思うのですが、いかがでしょうか。 秦(JFFW)  職業として長く防災にかかわってきて最近思うのは、やはり住まいを安全にする視点をもっと大事にしなければいけないということです。スウェーデンで言われた言葉に、「人間は三つの洋服を着る」と。一つは身体に直接着る洋服。二つめの洋服は「家」住まいだというのです。そして、三つめの洋服は「社会」だというのです。この三つの洋服を正しく着てこそ「安全」は保たれると。  私は、先ほど「地震だ、火を消せ」の話の中で「消す前に死んじゃう」という現実を阪神・淡路大震災で知ったと申しました。多くの方から「避難所をもっと快適にできないか」とか、「非常食の内容」を多彩にとか、トイレのバリヤフリーとかいろいろ言われますが、「それはもう幸運に生き残った方たちの次の話です。その前に、生き残る確率を高めるための話をもっとしましょうと申し上げています。  私は今、まちづくり系の女性設計者とチームを組んで、「安普請でも美しく安全に」というキーワードで、家具の転倒防止や壁面の補強をしましょうと呼びかけをやっています。被災地へ行ってみて、例えば家が3割のダメージを受けた家屋を見たときに、それが2階や座敷損壊の3割はその家族にあまり大きなダメージを与えていないのですが、それが台所や居間というところになるととても大きなダメージを与えています。 特に台所は壊れる・落ちるものばかりで、併せて破壊音の恐怖に襲われます。「住まう」というのは「食」につながるところが「核」となっていているのだなと思っています。  火災でいえば、「火災区画」という燃えるところは小さくとどめましょうという法律の考え方があります。私は最近「被害区画」という言葉を使っています。例えば食器が壊れるなら棚の中で壊れるなど小さなスペースで壊れる仕組みをつくる。家屋や住んでいる人に害を及ぼさないようにしましょうと講演活動や本に書いたりしています。 確率論から例えると、配偶者ががんになり「手術をしても生きる確率は3割です」と言われると、家族が暗く沈んで、宗教にすがったり、薬草にすがったり手を尽くしますが、古い家に住んでいて「倒壊の率5割ですよ」というのは笑って過ごすのです。災害でも自分は大丈夫と思いたい。「命」に対してもっと深く、きちんと考えて対策をとることを日常生活の中でもっと大切にして、そのことをもっと言い続けていかなければいけないと思っています。  ある新聞記者に言われました。ある地域は防災に非常に熱心です。ここに取材に行くと、まちづくり系や何かいっぱい活動している人がいるのですが、自分のうちの耐震補強をしている人に出会っていないという話を聞きました。そういう「外では活動するけれども家ではやらない」ではなくて、やはり自分の生活で実証しながら、隣近所に話し、もう少し先につなげていくという活動こそが日常の活動かと思っています。先ほどのまちづくり系の話で、本当に耐震補強や転倒防止にはもっと注意を払っていく啓発活動をしていきたいと思っています。 永易(新居浜市社会福祉協議会)  新居浜市社協の永易です。防災ボランティア活動とか市民活動団体とかNPO法人のかたとの融合なのですが、その視点で考えると、やはり今回集まっていただいている皆さんのメンバーのような形で、地域の中での仕掛け人という立場とか、またコーディネーターという立場のかたが、明確にその地域地域に存在するということ。あと、それをつなげる、日ごろから市民に周知できる団体が存在すること。例えば社協であるとか、どこどこのNPO法人が団体と団体をつなげる中間支援組織というものが、明確にその地域にあることが、一般のまちづくり団体や市民活動団体、または防災ボランティア団体との融合になると思います。まずはその各地のところにしっかりとした中間支援組織ができるようなサポート体制を、できていない市町村などにはできるようにネットワークを張っていくということが、そういった活動につながっていくのだと思います。 松森(福井県災害ボランティア本部 センター長/ふくい災害ボランティアネット 理事長)  福井の松森です。今、我々は目的があって初めて融合が生まれてくるのですね。何のためにやるのかという。今、私たちが福井でいちばん融合しているのは、地域の自主防災、自主防との融合がいちばん多いです。自主防というのは、福井の場合、全国一緒だと思うのですが、行政のほうから「作れ」と言われて無理やり作った。作ったけれども、結局ノウハウは全くなくて、何をしたらいいのか全く分からない。  そこで、NPOが持っている、我々が持っているいろいろな知識や情報などを提供しましょうと。そして、地域の中の自主防と我々が融合するというやり方をするのですが、我々もNPO法人でやっている以上、費用がかかってくるのです。自主防は小さな町内単位ということで、費用はあまり持っていない。では、どうするのかという形なのですが、今私たちがやっているのは、自主防で助成金の取り方とか、どこからどのようにしてお金を引っ張ってくるのかといったこともやって、例えば自主防災の機具、装備を買うという形になると、うちの法人を通して買ってもらう。そこである程度の、微々たるマージンが出てきますので、それを我々は報酬として活動費に充てて、そこでの活動をする。  我々NPOの目的は、防災に関する意識の啓発、防災に対しての意識を広く多くの市民に持ってもらうことが、我々のいちばん最初のミッションですから、それをやることで、そのミッションも直結してやっていくことになります。私たちはあえて、今うちの団体で、地区でいうと今七つの地区の自主防災のバックアップ、あと小学校単位でも四つの地区のバックアップという形でやって、その費用も町内会費の中で出せるところはまだいいのですが、出せないところがほとんどですから、どうやってお金を引っ張るのか、そこまで我々はバックアップをしながら、自分の費用も作り出すということをやって融合しています。  その中で、イベントも一緒に出てくるわけですが、先ほど渥美先生の「防災と言わない防災」という形に全く反論してしまって申し訳ないのですが、あえて我々NPOは防災を防災と言おう、ただし地域の中でやっていくときには、防災を防災と言っていくと非常にネガティブになってきて、重い暗いイメージになるから、運動会の中とか、いろいろな中でやっていこうと。例えば災害時要援護者をどうやって避難させるのかといったことを、今ある地区で試験的にやっているのは、運動会とか地区の夏祭りに、迎えに行って連れていってあげるのです。障害者のかたも迎えにいって連れていってあげる。「だれが連れていくの?」といったことで、いわゆる見守りのシステムをそこで作るということで、この秋、そこの地区の運動会でそれを実験してみましたところ、やはりうまくいきました。独居老人のかたのかなりのパーセントが、これまで運動会に参加したことは全くなかった人たちが運動会に出てくるという形になってきました。  これも我々のほうから持っているいろいろなアイデアを地域の中に出させていただいて、一緒にやっていくというスタンス、いわゆる協働ですが、そういう形の融合を私たちはとりあえずはやっています。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  ありがとうございます。では、渥美先生。 渥美(大阪大学大学院助教授)  まさにそういうことで、「防災と言わない防災」というのは、参加する人に防災を強要する必要はないということで、企画するほうが分かっていなかったら、ちょっと何をやっているか分からなくなりますので、企画するほうは、それは防災だということは分かっているわけですよね。  今のような障害・高齢者を迎えにいく、なるほどなと聞かせていただきました。この「融合」という言葉にちょっと引っかかりつつ、最後の発言だろうなと思うので、違うことも入れて幾つかお話しします。  一つは、まず一般の、何もまちづくり団体でなくてもいいのではないかということをまず思いました。例えば大阪府教育委員会では、全部の中学校でフェスタとかそういうものをやるように進めています。それ自体はイベントにすぎないとおっしゃるのですが、人が集まるよい機会になって、ちゃんと防災訓練になっている。そういうことも、教育委員会さんは意識もしないかもしれないけれども、やっていると思います。  こういうさまざまな活動と連携すればいいと思うのですが、「融合」と言われると、僕は、これは松森さんに先ほど質問をしたくてできなかったのですが、福井県の例だと、そういう平常時の活動も災害ボランティアというと書いてあると、これは全部の活動になってしまいますが、実際の運用をどうされるのですかというのが質問です。また後で教えてください。  そういうことがありますし、また違う話としては、何の活動でもいいのですが、何の活動でもいいと言うと、それぞれ時間がいっぱいいっぱいのところで、あるいは資金いっぱいいっぱいのところでやっておられる活動が多いので、結局つながることのメリットが何もないということが実際には多いと思います。それをどう演出するかが実は問題になっているので、イベントなどをやってつながっておいたほうがいいということは、みんな多分分かっていると思います。何もこんなところから言われなくても、みんな分かっているのだけれども、そのメリットをどう出していくかという点を、もうちょっと議論できないといけないなと思います。それが、僕は防災ではないと思うわけです。防災と言ったって、それはメリットに聞こえないという気がしているところが、今まで申し上げてきた基本的な調子だったと思います。  それと、もう一つだけ関係ないことですが、こういう防災などを平常時と結びつけて考えるなら、何かもうちょっとおしゃれな防災とか、お笑い防災とか、そういう発想をもっと入れていかないと、非常持ち出し袋はある意味で格好いいけれども、家の中においてあったら、銀色で気持ち悪い色をしていますよね。ああいうものではなくて、もうちょっとおしゃれなものにして、そして、例えばこのマイクスタンドでも、いざ今起これば、これが伸びてバールになってとか、そういうことをもっと考えたほうがいいわけで(笑)、防災だけのものを一生懸命やろうというのはおかしいということと、かといって「融合」と言われると、下手に融合するのも難しいしというところで、結論はないですけれども、幾つか最後のネタで言ってみました。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  ありがとうございます。では、松森さん、融合については何かよろしいですか。 松森(福井県災害ボランティア本部 センター長/ふくい災害ボランティアネット 理事長)  平常時の活動。まさに基準がないのです。何でもかんでも入れられるということが、それが目的だったのです。線を引きたくない。「災害ボランティア」というのはここまでが災害ボランティアで、これは違うのですよという種類分けをしたくない。だから、その段階で必要性が認められる。いちばん最後のほうで、必要が認められるものは基金の運用の範囲になるという形の文言がありますので、最初、県のほうからたたき台で出てきたときは、かなり細かくいろいろな制限があったのです。「平常時の活動もここまでですよ」とか。ですから、何もない、ボーダーレス。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  連続性を持った連携のようなイメージなのでしょうか。そうですね。では、室崎先生、お願いします。 室崎(独立行政法人 消防研究所 理事長)  発言してよろしいでしょうか。いつもどのタイミングで発言していいのか困るのですが、まずはこの分科会の目的は一体どこにあるのだろうかということを考えたいと思います。それはやはり平常時、日常時の活動をどう進めなければいけないか、ということです。その場合に、どういう課題があるのかということと、その課題をどう進めるかということがあるのです。皆さんからすごく出ているのは進め方、「このようにやればうまくいった」というものがいっぱい出てきている。だから、僕はそれについては事例集のようなものを作って、その取り組み方の成功例や失敗例の教訓のようなものを事例集で共有化する。今日出たような話は事例集という形で進められたらいいだろうと思います。  ところが、いちばん大きな問題は、その前に何をやるべきかというところです。なぜ協定や条例が必要なのかというところは、日常時の活動とどうそれが関係しているのかということをしっかり位置づけておかないと、本当に条例が要るという確信になってこないと思うのです。  だから、平常時の活動として全体の課題をどうとらえるのかというと、僕は三つあると思います。一つは、やはり救援活動なり、直後の応急時の災害ボランティアの活動のための、事前準備をしっかりしておくということですね。これがいちばん第一義的な課題です。いざというときに、いや物資がないとか、資源がない、車もない、手袋がないというようなことだと、活動ができない。そういう意味でいうと、その事前準備をどうするかというところがいちばん大切です。それはロジスティックス(ロジ)とファイナンス(お金)とオペレーションの技能ですよね。そういうものをしっかり身に着けておかないと、できないということになってくる。  ロジスティックということでは、先ほどの船の話やバス会社の話が大切です。自分たちで行く手段がないから、バスや船を借りる。そのロジの中を見ていくと、自分たち自身で、例えば水を持っておくとか、そういうものを持っておくということもあるけれども、同時にそれは応援協定のようなもので、自治体が企業とやるのと同じように、ボランティア団体が、優先的に水などの提供を受けるための協定を結んでおけば、非常時のロジの保証がそこできちっとできるわけです。それは個々のボランティア団体の責任でやればいいと。先ほどどこかの船会社が、「あんたのところとやったら、ほかはどうなるんだ」という話になるけれども、それは向こうが決める話で、お互いに信頼できる団体どうしであれば、それはどんどん各団体が協定を結べばいいわけであって、よそのことはおかまいなし。ただ、そのときに、向こうの団体が「おたくとはやりにくい。もうちょっと信頼性のある団体はどうですか」と言ったときに、少しボランティア協議会などが出て、窓口に立つということはあるけれども、それはきちっとその協定を結んでいたときに、やはり資源をしっかり得られるという意味では、必要なものはしっかり協定で担保を取るということは必要なので、そのための協定は多分必要になってくるような感じがします。  ファイナンスの問題は、福井のものが参考になります。次のオペレーションの問題というのはすごく重要です。オペレーションの問題も、単に火を消すとか、人をどう助け出すかというオペレーションもあるけれども、例えばボランティアセンターの運営をどのようにやっていくのかというオペレーションの問題もあります。それはマニュアルを作ってトレーニングをして、例えば図上のボランティアセンター立ち上げのオペレーションの訓練をしておくというようなことです。そういうオペレーションのシステムが必要だったら、そのためのマニュアルを作るということが必要になってくる。  二つめは、そうではなくて、地域社会全体の予防ということに対してかかわっていく。これは、普通は行政がやってもいいのですが、昨日からの話の延長でいうと、行政のできない予防活動。例えば各家の家具の転倒防止というのは、これは消防や警察が入って、「これはけしからん」と言っても進まないのです。それは、細やかに入れるというのは、地域に密着したボランティアの人が、「家具の転倒防止はこうしたらどうですか」というような形でやっていく。ひょっとしたら耐震補強だって、行政ではなかなかうまくいかないけれども、民間団体が入ることによって耐震補強が進むかもしれない、そういう一つの予防的な活動をやる。  その予防的な活動の中に、意識啓発というか、地域の防災力の中に教育の問題がある。教育の問題も、そのボランティアの団体がやっていく。今皆さんが言われたイベントなどが多分そうなのです。ある部分は行政もやるけれども、市民自身が市民に対して啓発・教育活動をして市民力を上げていくという形として、イベントや教育を位置づけていくというのは、予防・減災的な取り組みとして、日常活動として、そこをやっていくということがあります。  三つめにあるのが基盤形成です。基盤形成というのは、これは、例えば僕はいちばんには信頼関係や人間関係を築いておかないとうまくいかない。だから、僕らも言うのは、そういう意味でいうと、きちっとした保証をやろうと思ったら、これは条例になるのです。条例の作り方というのは、大きくボランティア団体と行政との一対一の条例もあるけれども、本来は、「安全」というのは、ボランティアもNPOも自治会も、それからいろいろな企業も学校も、みんなが協力し合って安全・安心のためにやっていくという一つの精神規定と、そういう一つの非常に理念をしっかりうたって作るというのが本来の条例です。  福井の場合は、それに加えて基金がついてきているので、ちょっと特殊型だと思うのですが、僕は、本来は基金の話はまた別にかんがえることができます。理念ということでは、練馬区の災害対策条例などが参考になります。本来の対策というのは、行政だけではなく、みんなで一緒に力を合わせてやるのだという、一つのそういう関係性をしっかり条例でうたうというのがまずベースなのです。  そういうものもあるし、そんなことをしないで、みんな集まって話をしようということになると、協議会につながっていくのです。一緒に酒を飲んでいるような関係でもできていると、いざというときにうまくいくという、人間関係のようなものを作っておくのが基盤形成だと思います。  だから、そういう中に、あと情報共有のシステムというか、災害や安全などいろいろなことに関する情報、これも先ほどの議論で民生委員とか、守秘義務の問題がかかわってくるのですが、情報共有のシステムを行政のみんなで共通して持っておくというような情報のシステムとか、それから基金の問題も、大きな意味でいうと、ひょっとしたら基盤の問題かもしれません。保険といった安全性の制度の問題だとか。その制度や仕組みなど、非常に大きな仕組みをしっかり作っていくということが、僕は基盤形成だと思います。  基盤形成の中でいうと、条例を作ることも必要だし、もっと重要な協議会というか、ラウンドテーブルでいつもいろいろなことを話し合っておくような関係性ができていると、いざというときにうまくいくので、そういう中に多分このまちづくりなども入ってくるような感じがします。例えばNPOとコミュニティの自治会とは仲が悪いと。僕がそう見ているだけの話ですが、本来そうではなく、地元の町内会や婦人会とが一緒にやれる、そういう関係性が日ごろからいろいろな取り組みででき上がっているかということ、そういう関係性の構築が多分基盤形成の課題になると思います。  ちょっと長くなりましたが、まずそのように大きく整理したうえで、条例も協定も協議会もすごく大切で、今日出てきた話ですが、これをどう位置づけて、それを普遍化していくか。だから、僕はあるボランティアがどんどん民間の会社、ローソンと協定を結んでもいいと思うのです。ただでくれという協定は無理かもしれないけれども、優先的に提供するとか、バスや自動車を提供するというようなことは、僕は多分バス会社も災害時には拒否はしないと思います。そういうことをしっかりやっていくということが、今まではそれは行政がやるものだと思っていたけれども、多分それはそういう意味ですごく重要なので、今日は協定の話はちらっとしか議論になっていないのですが、将来はそういう方向を目指したほうがいいように思います。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  ありがとうございます。時間になりました(笑)。手短にお願いします。 秦(JFFW)  JFFWの秦です。日常の活動の中で、町内会長さんや民生委員さんを対象として、さまざまな訓練をしたり、計画を立てたりすることが非常に多いと思うのですが、今日配付された資料2の中の1ページのいちばん下に記載されていることに関連してお話いたします。 これは福井でのこの会議の席で申し上げたことに関連してですが、避難所での女性の声に対して集落の代表が、「そういう場合じゃないだろう」と一喝をしたという事例を紹介しました。そのときに、フロアからの意見としてその場に参加していた町内会長さんという市民から、「その場合であれば自分もそう言う。あれも町内会長、これも町内会長と、自分自身だって被災しているのに、町内会長だからといっていろいろなことを持ち込まれたら、自分だって『そんな場合じゃないだろう』と一喝する」というお話がありました。要は能力的にオーバーフロー状態と思慮されます。  端的にいうなら権限の委譲に関わることですが、平常時と非常時の地域リーダーのあり方について、もう少し考える余地があると思います。平常時は町内会長さん自身会議に出るのが割にお好きですし、いろいろな形で地域活動に参加されています。しかし、被災地の現場のリーダーとして担う能力となると、また少し違うような気がします。リーダーの一声で被災地での女性や弱い立場の方の意見が消されるという事例もあります。平常時の町内会長さんの役割と、災害時のリーダーの位置づけは少し切り離して計画するなど、新たな視点で検討を要するのではないかと、このことについては、ずっと福井以来思い続けてきています。以上です。 金子(NPO法人新潟NPO協会)  ありがとうございました。やはり非常に無理がありましたね(笑)。この三つのテーマを1時間半で、しかもこのメンバーでやるというのは。ただ、最後にちょっとまた室崎先生のほうから別の視点で課題の整理をしていただきまして、またそれを一個一個やるのに恐らくものすごい時間がかかっていくのだろうと思いますが、今日のまた一つのきっかけにして、こうやって集まって意見を交換できる機会を持つことができればと思います。  それでは、これで第二分科会を終了したいと思います。皆さん、このネームプレートをお忘れなく、2時40分から、また先ほどの2階の大ホールでということになります。では、どうもありがとうございました。 以上。