防災ボランティア活動検討会(第1回) 平成17年3月7日(月)13:30〜16:30 都市センターホテル5階オリオン 分科会B (14:10〜15:40) 丸谷(政策統括官付企画官)  引き続きまして、Bの分科会について、私、丸谷と申しますが、事務局をさせていただきます。それでは、池上理事に進行をお願いします。よろしくお願いします。 池上(市民防災研究所理事/東京YWCA副会長)  これから司会をさせていただきます。よろしくお願いいたします。いつもコメンテーターをしていただいている室崎先生が、3時でご退席なさるということですので、まず初めに室崎先生からごあいさつをお願いいたします。 室崎(独立行政法人消防研究所理事長)  消防研究所の室崎です。発言の機会を与えていただきまして、どうもありがとうございます。私の気持ちは、しっかりいろいろ勉強しようというのが、今日参加させていただいた大きな理由ですが、なぜそんな気持ちになっているのかというところをちょっとご披露させていただきたいと思っています。  皆さんには「釈迦に説法」ですが、阪神・淡路大震災以来、やはり私は、国民の命、暮らしを守るうえで多様なマルチなネットワークをどうしても作らないといけなくて、従来の行政と市民という一つの対立図式で物事はうまく進まないと思っているわけです。  では、そのマルチというのは一体何かということですが、当然、その中には自治会とか、婦人会とか、消防団とか、いわゆるコミュニティベースの組織がしっかり頑張っていただかなければいけないですし、そこにある地域の企業、事業所の関係の人たちもうまく絡んでこないといけません。さらには、そこに我々専門家がしっかりつながっていく必要があります。あと、今日は中川さんがおられますが、メディアの関係の人たちもしっかり一緒にやっていきたい。ただ、それをしっかりまとめていくのは一体だれだろうと考えたときに、そこにNPOというか、ボランティアの人たちの存在は非常に欠かせないと思います。  そこのいちばん重要なことは、コーディネート機能というか、被災地とか被災者の立場に立って、心をつないでいける力をしっかり持った人は一体だれだろうか。だれでもいいのですが、僕は今までの実績を見ると、やはりボランティアが欠かせないと思っています。そういう意味でというと、ボランティアの人たちは、我慢するところは我慢したり、一歩引くところは引きながら、コーディネーターとしてその役に徹していただきたい。そういう方向で見たときに、まだまだ発展途上期というか、非常に大きな過渡期になってきているように思いますので、ボランティアの人たちが自ら課題を発見し、自ら解決していくことが今ほど求められているときはありません。そのための多少のお手伝い、私のお手伝いというのは口でパクパク言うだけですが、何かさせていただきたいということで、今日もここに参加させていただいています。  もう一つ、今日どうしてここにいるのか、AではなくてBに来たのかというと、僕はボランティアの安全の問題、私自身が防災の研究者であるからかもしれませんが、ボランティア自身がけがをしたり、いろいろなトラブルに巻き込まれたり、言うまでもないことですが、心の傷を負って帰るようなことがあっては絶対いけません。これがいちばん基本で、そこをいいかげんにして、活動資金やらネットワークはないと思っています。  今はまだそんなに大問題は起きていませんが、起きていないというのは間違いですね。けっこう起きているのです。やはり健康管理とか安全確保の問題、心も含めて心身の安全問題というのは、ボランティアのこういう取り組み、防災ボランティアが伸びていくうえでは、僕は最も基本的な条件のように思っています。今日はここでそういう安全問題をどう考えたらいいのかということを教えていただきたいと思って参加しました。ちょっと長くなりましたが、今後ともよろしくお願いいたします。 池上(市民防災研究所理事/東京YWCA副会長)  ありがとうございました。なぜこの分科会を選んだかというところは、非常に大事なポイントをいただいたような気がいたします。  それでは、スケジュールについてご説明いたします。これから3時40分まで、約80分ありますが、3時20分ごろまでそれぞれお話をいただきまして、あとの20分間で、まとめるという形でいきたいと思います。予定では私が報告をするようになっているのですが、ここにはまとめの達人がいらっしゃいます。両脇に陣取ってくださっている小村さんと中川さんに、まとめていただきますので、よろしくお願いいたします。  次に、本検討会はマスコミのかたを含めて公開で行います。議事録を取らせていただいて、後日、議事録を発言者の皆様に確認のうえ、ホームページ等で掲載するとのことですので、ご承知おきいただきたいと思います。なお、そのためにご発言の際には、お名前と所属を必ずおっしゃっていただくようにお願いいたします。  それでは、これからざっくばらんに、いろいろと日ごろ思っていらっしゃることをお話しいただきたいと思います。どなたからでもけっこうですので、いかがでしょうか。  まず、心身の話が出ていましたので、その専門家でいらっしゃる洙田さんから口火を切っていただきたいと思います。 洙田(医師・労働衛生コンサルタント)  こんにちは。肩書が医者と労働衛生コンサルタントということになっていますが、一応ボランティアでもあります。学会活動もやっております。日本予防医学リスクマネジメント学会の幹事をやっております。  すべてに関係すると思いますが、ボランティア活動のとき、先ほどご指摘がありましたように、最悪では死んだりすること、けがをしたり、病気になったりすることが、当たり前といえば当たり前ですが、ございます。それをいかに防ぐかということがボランティア活動では大事になってきます。最近でこそなかなか被災地に行けないのですが、以前は被災地に行きまして、どういった健康上の危険があるのかを探り出して、それの対策というのをいろいろやってきました。  今回というのは昨年の各種災害、水害、地震、そういったものを指しますが、そのときにおきましても、マニュアルを作成しました。昨年作ったマニュアルが、一応僕の完成の形かなと思っていましたら、年末に一人、中越地方でボランティアが死亡されまして、どうしようかなと今思っています。  そこで思ったのが、あれはちょっとまれな事例ではないか。まれな事例まではちょっとマニュアルには書けないなと思っています。では、どうすればいいのか。そういった新しい事態にも対応できるようなマニュアルというか、そういうマニュアルを作る能力を、各ボラセンで持つべきではないかとも思っています。ということは、どうしなければいけないか。そういう安全衛生マニュアルをいかに作成するかという教育を行わなければならないのではないかと思っています。  どうすればいいかという具体的なこともいろいろ考えています。僕はSARSのこともやっていますが、SARS関係で昨年11月に滋賀県呼吸器研究会で発表したことがあるのですが、健康上とか安全上の危険を小さなカードに書いてもらい、そのカードには、それをいかにして予防するかの欄と、起こった場合、いかにして対処するか、要するに事前対策と事後の対応もカードに記入するという仕組みを紹介しました。  そのカードを皆さんに書いてもらって、それを集めて、分類したり構造化したりするわけですが、言い換えると、KJ法をちょっと応用したような感じです。KJ法などの応用ですが、それがゴールではなくて、それを見ながら、いかに安全衛生上のリスクに対処していくかということです。  とにもかくにも文章というのは、言葉にするということが大事です。言葉にして、現場で解決できたらそれでいいし、できない場合も多くあります。多くある場合は、声を挙げていただきたい。困っているのだということを発信していただきたい。そうしたら、だれかが答えてくれるのではないかと思います。  ちょうどお隣に座っていらっしゃるかたが、自分は「ドラえもん」という漫画に登場する主人公で、彼が「ドラえもん」と叫んだら、ドラえもんがやって来る。たまたま私も、災害現場では「ドラえもん」と言われていまして、こういったコンビが要るのではないか。冗談みたいな話ですが、そういったコンビが、今はインターネットという手段がありますから、まずはとにもかくにも発信してもらえれば、何とかなるのではないかと思います。  そういったことまでやったら、ただ単にマニュアルに縛られるのではなくて、現場でマニュアルを作れるのではないか。そうしたら、ボランティアのけがとか、病気とか、心理上の傷とか、そういうものに対処していけるのではないかと思います。そういうのを通して、安全衛生に対処していけばどうかなと思います。それが全国各地でどのように実行されているか、ときどき調査を入れる必要があるのではないか。  私も「ドラえもん」と言われていても、結婚して以来、足かせをはめられまして動けないのです。それと、あまり変なことばかりやっていたので、大学も首になったし、研究資金がなく、自分のポケットマネーでやっています。ポケットマネーも月にお小遣いが5万円しかないので、ちょっとつらい状況なので、ぼちぼちやろうかなと思っていますが、ご協力いただけるかたがいらっしゃいましたから、もっともっと大きなことができるのではないかと思っています。以上です。 池上(市民防災研究所理事/東京YWCA副会長)  ありがとうございました。思わぬ方向に展開いたしまして、洙田先生の窮状まで伺うことになりました。早速、「高知のドラえもん」と言われている山崎さんが見えていますので、その関連で何か。実は山崎さんは県庁の職員でいらっしゃいますが、うわさによりますと、職員というよりもボランティアにのめりこんでいると高知で聞きました。 山崎(特定非営利活動法人NPO高知市民会議)  今日は休暇で来ています。日常はNPOの中間支援をやっています、高知の山崎です。私は「ドラえもん」ではなくて、見てのとおり「のび太」です。後でまた名刺をお渡しいたしますが、最近ふっくらしてきたので、「ドラえもん」に近づきつつありますが、あだ名は「のび太」です。  今回の分科会は、ボランティアセンターの立ち上げもかかわるということなので、それについてお話をさせていただきたいと思います。資料9の事前意見とりまとめの7ページで、一応書かせていただいていますので、こちらのほうを見ていただければいいと思います。  高知では1998年と2001年、それぞれ大きな水害が起きました。昨年は、私は新潟豪雨の見附と、台風での高松の高潮水害、それから台風23号の淡路島の洲本市に救援で入っていました。その経験からいつも感じるのが、やはり初動体制がきちっといっているかどうかというのがすごく大きいのです。水害ボランティアセンターの開設期間は大体2週間から3週間くらいです。初動の時点でうまく立ち上げがいかないと、最後まであとを引くなという事を実感しています。具体的にはやはり社会福祉協議会がどう食いついてくるかというのがすごく大きいのではないかと思っています。  基本的に社会福祉協議会が担う場合が多いのですが、これは一つには、社協は地元住民への信頼があるということと、いわゆる生活弱者といわれるかたの情報をいちばん持っているということで、社協が主体になる場合が多いのです。ただ、社協といっても、最近は規模が小さく、職員が2〜3人しかいないところもあって、または社協自身が被災をして、ボランティアセンターになかなか乗り切ってこないというときに、トラブルを起こすと、最後まで引きずる場合が多いのではないかと思います。  私も災害の救援の要請があって、現地で1日待機していたこともあります。そういった形で、どうやって社協を取り込んでいくかがすごく重要だと思いますが、社協が拒否反応を示すパターンというのは、私が見ていると二つくらいあります。一つは、やはり社協自身が被災されるということと、もう一つは言いにくいのですが、県外の災害ボランティアコーディネーターで、こわもての人がいきなり行って、これは災害ボランティアが何とかしないといけないと言われると、田舎ほど排他的な部分がありますので、「よそ者が来て勝手なことを言う、何かかき回されるのではないだろうか」みたいな拒否反応を示される場合がけっこう多いのではないかと思います。  例えば高松へ支援に入る際には、高知には社協自身に災害ボランティアコーディネーターがいますので、社協の人間が行って説得すれば、同じ社協マンということで人間というのはけっこう心を許すものですので、これが一つ有効なのかなと思いました。  社協の関係については以上ですが、次に、運営における行政との連携の在り方ということもあります。最近、協働という言葉がすごくはやっていて、協働、協働、協働がすべて正しいようなこともちょっと感じます。私は被災地支援を協働で取り組むということは絶対に重要だと思いますが、ボランティアセンターの設置を協働で行うかどうかということは、やはりその土地土地の特性というのがありますので、それで判断するべきで、ボランティセンターの設置も協働というのを理想形にするのは、ちょっと疑問だと感じています。  高知の場合、もし今後災害が起きたとしても、基本的に被災地救援について協働はするけれども、ボランティアセンターについては行政と別々にやったほうがいいだろうという確認を取っています。それはなぜかというと、基本的に全く理念の違うセクターですので、それぞれが特性を生かしながら、連携をしていったほうがスムーズではないかと高知は考えています。一つはそういう価値観があるというのも知っておいていただきたいと思います。  それから、ボランティアセンターの合意形成力、これは口で言うは易く、行うは難しなのです。今、大きな災害になると、全国から非常に熱い思いを持った災害ボランティアコーディネーターのかたとか、専門性を持ったかたがたくさん来られて、いろいろな提案をしていただけるのですが、すべてをやるのはやはり難しいです。その中でどれを選んでいくかということですが、ここで合意形成をする力というのがすごく求められているのかなと思います。  合意形成といっても、ただ人の意見を聞きっぱなしで、集約しなければ、ただ言い放しになりますので、ここの部分はコーディネーターの力量によって、1+1が2以上の力にもなりえるけれども、こういうオールスターというのは、へたをすると1+1が1以下になる危険性もあるということを知っておく必要があると思います。  先ほど洙田さんが言われた安全管理ということに関しては、私はそれほど詳しくないのですが、やはりボランティアさんが非常に無理をされる場合が多いです。私が知っている範囲では、救急車うんぬんというようなことになったことはありませんが、ただ、日本人というのは大体そういうのが好きなのです。「プロジェクトX」とか、阪神の星野監督のように血圧が200まで上がっても頑張ったというのを美化するというのが日本人はすごく好きです。しかし、「のび太」のように、やはりできないことはできないと言う勇気が必要なのですが、日本人というのは基本的に、「血を汗流せ、涙をふくな」というのがすごく好きで、そういうかたたちがいる限り、こういう問題はなかなかなくならないと思います。  ボランティアというのは、当日来られると、そこで適当に10人くらいのグループを組んで、災害の経験があろうがなかろうが、組んだ人間で行きます。その中でちょっと血の熱い人がいて、その人が「被災者のかたは大変だから、やらないといけない」と言われると、自分が腰痛を持っていてもなかなか言えないというのが人情です。そこの部分をどう抑えにかかるか、高揚感の「地上の星」ではなく、落ち着いた「ヘッドライト・テールライト」をいかに頭に流すかという、そこのあたりも考えておかないといけないと思います。  災害現場というのは、やはり独特の雰囲気がありますので、徹底的に無理をするのは偉いことではないというのを、くどいくらいに、最初のオリエンテーションで言っておかないと、現実は難しいのかなと感じます。特にこうしたらいいということではないのですが、私自身の経験から意見を言わせていただきました。 池上(市民防災研究所理事/東京YWCA副会長)  ありがとうございました。いろいろと経験がおありになりますが、その経験のある山崎さんからコーディネーターの力量が問われるという話がありました。  秦さんは長いこと横浜のほうで消防職員としてご活躍なさり、女性の消防職員としては草分け的な存在ですが、昨年、新潟県中越地震にはボランティアバスに乗られたと伺っています。その辺のことも含めて、日ごろいろいろとお感じになっていらっしゃることがあると思いますので、今日はいい機会ですから、どうぞお話しください。 秦(JFFW)  JFFWの秦です。私どもは消防吏員のサークルです。そのメンバーの中には、救助隊として現地に出掛けた者、海外に出掛けた者、さまざまなメンバーが構成員として入っています。スタンスとしては、災害を知るということと、被災の現実を知るということ、その中から、どういう形で予防につなげていくか、それを普及啓発にどういう形で伝えていくかということを連続して長いことかかわってきました。そういう意味合いから、仕事で災害現場に調査隊として出向くこともありますし、個人的に現場に出ることも多くあります。先ほど申し上げたとおり、現場を知るということです。  その中からずっと考えてきて、最近、強く感じていることは、三条市の水害もそうですし、中越も阪神淡路も奥尻島もそうでしたが、救援活動、支援活動をするときに、必要としている人に、必要なサービスを、必要としているそのときに、しかも必要としている量を的確にどう届けていくかということが、私はすごく大切だと考えています。  現状を見ますと、国が働きかけてくださっているせいもあって、企業はそれぞれ、例えばイオンさんであればおむすびを早く出すとか、全日空はおふろを出すとか、それぞれ我が社はという活動が目についてきたなと思います。それが、各業界団体それぞれが、それぞれの持っているものを、それぞれ仕立てた車で、要するにテレビで報道されている被害が多いとされているところに殺到してしまうことによって、積み上げられて必要なときに必要な人に行かないという混乱があると考えています。このことを主軸に据えて活動をしてきています。  実際にやっていることは、幾つかの大手企業の社会貢献活動に対するサポートをしております。例えば衣料品メーカーであれば、水害のときにはぬれていることが前提になって、下着から靴下から上に着るものまで、とりあえず1セットを、いかにして早く届けられるかということを考えました。中越地震のときには、やはり寒さですから、下着はいいから、とりあえず持ち越し品でも何でもいいから、住民の7割とか6割ではなくて、全員に1着いくだけの暖かい衣料を届けてほしいというアドバイスをしました。  その企業に対しては、物を送るだけではなくて、必ずトラックの受け取りの現場に社員を立たせて、地元のボランティアの力を借りて、自分たちで配布先まで見届けなさいというアドバイスをしていますし、幾つかの大手の企業ではそのようにしてくださっています。  今回はその企業では大変早かったと思います。多分ウェアとしては最も早かったと思いますし、量的にも被災地で確認したときには、必要な量だけいかないと、本当に必要としているかたが手を出せないということがあって、そういう意味合いでは、まとまった数をいただけたことが非常に気兼ねなく、みんないただけたという話がありました。それがまた企業にとっては役に立っている実感が、経営者のところにいくという非常に大切なところだろうと思っています。  幾つかの企業に対して、特に契約がどうとかこうとかではなくて、できるお手伝いをするということで、情報を共有して、例えばどちらのルートから流すほうが物はよく届くかとか、ボランティアネットワークの中で、どこの大きなボランティア団体が現地に入っているかということで、私からボランティア団体にお電話をして、人を集めてもらうこともありますし、そういうことをしております。  この中で、先ほど協働という話がありましたが、やはり行政と企業と市民が、それぞれの持っている得意とする部分を出し合わなければ、メニューはそろっているけれども、食べられる形でお皿に乗らないという状況が、いつまでも続くであろうと思っています。これが物の流れです。  もう一つ、ボランティアセンターで考えますと、やはり同様のことを感じています。まず登録のしかたから、これだけITが進んでいながら、例えば1軒の倒壊家屋に5人行くとすると、5人の名前を何枚の紙にも書かなければいけない、帰ってきたらその報告書を書いてほしいという話があると、「もういいよ」という話になるわけです。  また、登録に来た土地のかたが、「どこが壊れて、何人必要ですか。男ですか、女ですか。年齢はどうですか」と言われると、やはり「もういいです」という話を聞きました。また、5人ぐらい手伝ってほしいと言われたところに、7人のグループで、「7人ではだめですか」「コーディネート5人と言っているから5人です」というのもありました。  やはり臨機応変といいますか、実際に5人で行った人は、1軒の家で朝から晩まで大変なのです。交代要員がいないわけです。被災者に必要とする労働力まで測って、5人のローテーションで2班とか3班というところまで求めるのは、私は非常に酷だろうと思います。  例えば赤紙を張られるようなところであれば、片づけには5人の3班編成とか、黄色であれば5人の2班編成とか、そういうおおむねの考え方があって、ボランティアセンターでアドバイスができる。それで、頭数だけなのか。例えばその中に高齢者がいたり、若年のかたがいたり、体の小さい女性がいたりすると、やはりプラス1とかプラス2という話になって、中には帰りは歩けないくらい疲れてしまう人もいました。  ボランティアセンターの運営は、やはり協働という考え方からすると、土地の人たちがいて、お願いに来るかたと日頃から顔がつながっているかたが窓口にいて、その被災者の生活の状況をある程度イメージできて、「5人だけど、やはり7人くらいのほうがいいんじゃないの」と言ってあげられるほうが、相手も受け答えしやすいのではないか。それが他都市から入って、最初から、今日は7日目です、10日目ですという形で仕切っていると、その前に、「申し訳ございませんでしたが、けっこうです」という話が見られました。  新潟県中越地震でいいますと、私がそういう活動をしているということもありまして、割に資金の申し出というのは企業から、「お金がかかるなら出すから言ってね、お金が必要なら言ってね」という話をよく言われます。私も募金活動をしたり、支援活動をしているときに、災害ボランティアのコーディネーターは今年は災害が多くて疲弊しているので、休暇もお金もないから、そういうところにぜひ援助してほしいという話はいろいろなところでしています。  そうすると、「あなたにあげる」という話をよくされるのですが、本職があるのでなかなかできません。今回は、必要ならば出すという話で、「幾ら出しますか」「100万出します」「じゃ、バス代を出してください」ということで、渡辺さんも見えていますが、神奈川県下の七つの団体をとりまとめて実行委員会という形で、企業にバスを出していただきました。  あとは、向こうで段ボールを使った支援活動をしたいということで、段ボールメーカーの社長をご紹介いただいて、そちらの社長さんのネットワークで、横浜文明堂が、お茶菓子を出しましょうということで、お茶菓子が出るならコーヒーを出しましょうということで、どんどん企業が出してくれました。やはり企業も何かできることはやりたい。しかし、どこが自分たちの気持ちを受け入れてやってくれるかが見えないというところがあるだろうと思います。  そういうことを考えると、先ほどのところに戻りますが、やはりボランティアセンターを立ち上げるとき、活動に十分なスペース、それからその地域にとっていい場所を提供するというのは行政しかできません。ボランティアにスコップを持って来いというよりも、土木事務所のスコップを使って、「じゃ、スコップなりバケツなりは行政が出すよ」ということがあっていいだろうと思います。  当然、電話を引く、水道を使うというのは経費がかかりますから、連携していない、協働していないといっても、ツケは自治体にしっかり残っているのです。そういう意味合いからすると、やはり行政の持っている力と、企業の持っている物量の大きさと、やはりマンパワーでは個々の市民ということになります。  これを、本当に蛇口をひねれば水源地からおふろに水が入るように、必要なときに必要な量の必要なサービスが届く仕組みを、ぜひ国も自治体もボランティア団体もあげて、幾つかのデポから被災地に送り、ボランティアは入った先で何を必要としているかの適切な情報を出すという仕組みを、一歩ずつでもいいので組み上げていってほしいというのが、今の大きな願いです。  今、多分中越のあちらこちらもそうだと思いますが、救援物資を捨てるに捨てられなくて、さりとて整理する人もいなければ、場所を借りると倉庫代がかかる。そういう話を聞くと、いっそ都会に持ってきて、東京ドームを借りてバザーをやりましょうかという話をする現実があるのです。  そういうことを含めると、必要としているときに、必要としている人に、必要な量を、本当にタイムリーに届ける仕組み、それがやはりインテリジェンスだと思いますので、ぜひそれに向けて英知を結集してほしいと思っています。長くなってすみません。以上です。 池上(市民防災研究所理事/東京YWCA副会長)  ありがとうございました。久しぶりに長くお話をしていただきました。いつも短いので、私は切って切って、本当に申し訳ないと思っているのですが、いいご提案をいただきました。必要なときに必要な量を、これはみんなが考えているところで、救援物資に関しては本当に倉庫代がばかにならないのです。  奥尻島の地震のときに、江差港の倉庫代が8000万、そこから奥尻に船で運ぶ輸送料が3600万、計1億1600万がかかったにもかかわらず、成田さんという当時の振興課長さんですが、3か月めに私が伺ったときに、「こう言っては何ですが、あれは8割がた中古衣料で、中にはスイカと衣料とおもちゃが入っていて、ぐちゃぐちゃになっていました」と。こういう現実があるのです。  それから講演では、とにかく救援物資はそういうことのないように、私は一つ提案しているのです。郵便局に持ち込みますね。そのときに、被災地外の郵便局ですから、そこで仕分けをするボランティアがいて、これはとても迷惑だから、送らないでくださいというようなチェック機能があるといいと思います。 中川(時事通信社、特定非営利活動法人東京いのちのポータルサイト)  時事通信の中川です。ちょっと割り込んでごめんなさい。物資の関係ですが、あれは二つの問題があって、多分秦さんが先ほどおっしゃったのは民間物資の話ではなくて、企業系の物資の話だと思います。今はすでに民間系の個別の物資が無料の郵パックで輸送されるケースはほとんどなくなっています。実は制度としては総務省にあるのですが、事実上ほとんど運用されていません。自治体にニーズがあって、手を挙げれば運用されますが、運用されていないのが実態です。  私も直近のことは正確に知りませんが、最近のところで、最後に私が知っているのは、幾つかありますが、そのときも物を限って、「これだけは受け入れます」という格好の無料の物資配送が行われています。ある意味では、まさに奥尻とか阪神とか、いろいろな過去の災害の救援物資が、私がかつて取材したところですと、長野県西部地震の王滝村の体育館でもそうでしたが、今はあの物資の山はなくなってきていると思います。そういう意味では、自治体のほうが勉強して、もう手を挙げなくなったというふうになってきました。それはかなりいいことだなと思っています。  一方で、秦さんがおっしゃったように、民間の物資はきちんと整理して持っていけばすごくいい。ある意味では事前に整理されているものが来ても、被災地の中でどうやって持っていくかができないというところが、また次の問題になっています。  これについては、先ほど秦さんがおっしゃったように、送るほうが送り先の一人一人のところまで、避難所までちゃんと届けるような形で持っていけば、ある意味でよくて、今回の新潟の場合は、現地でのコーディネーションがうまくできなかったから、うまくいかなかったという問題もあるかもしれません。  一方で、なかなか難しいと思うのは、マッチングシステムの話で、ずっと10年前からいわれていて、例えば企業がいろいろなシステムをどんどん提案して、実際にはプロトタイプも幾つかできていますが、結局は全然使われていないし、役立っていません。それは、多分必要としているときに必要なものということの、先ほど秦さんがおっしゃったように、水害のときには例えばこんなことというのは、漠然とは事前に計画を作ってできるとは思いますが、現実に本当に細かいところにマッチングできる計画を作っておかないと、その時になって幾らITを使っても、現場が混乱する中では難しいのではないか。  そういう意味では、現実的には多少の混乱は前提のうえで行われる仕組みが要るのだろう、そのためにはすべて効率的にいかないということも前提にして動かなければいけないだろうと思います。  ただ、一方で、個人のものがなくなって、企業の善意がどんどん生かされるようになっていて、それをせっかくだからうまく使おうと。今日はここに来られていませんが、下に行かれましたが、五辻さんが言われた生協の宅配の仕組みを現地へ持ち込んだやり方は、一つのやり方だという気はします。 澤野(災害救援ボランティア推進委員会 事務局長)  災害救援ボランティア推進委員会の澤野です。資金と安全管理に分かれてなのですが、現場に入った団体のほとんどが、資金のほうの分科会に行ってしまったのがまず、非常に残念です。  私は、今回の新潟県中越地震の被災地で少なくともボランティアが現地で活動して、それが突発的であろうが何であろうが、一人のかたがお亡くなりになっていること、それ以外にも重体者が出ていることをもっとボランティア自身が重く受け止めるべきだと考えます。  そういう事実なり実態なりを、マスコミもボランティア関係者も遠慮して書かない傾向があります。ボランティアも、現地もそれを言い出したらお互いの責任追及になるからということで、ちゃんと議論されないまま、「ボランティアはりっぱだった」で通り過ぎています。室崎先生ではないですけれども、一人の人間が善意で死んだにもかかわらず、なぜその問題を本当にみんなが真剣になって取り上げて、こういうことは二度と起こさないようにしようという真剣な議論が出てこないのが私は非常に残念です。  私は川口町のボランティアの活動状況を知っています。だからあえて言うのですが、ボランティアセンターがキノコ工場の後片付け(死傷者を出した作業)にボランティアを大量に派遣したのはやはり間違いだったと思うのです。派遣されたボランティアも劣悪な環境での長時間作業に疑問を持ったはずです。やはり本来ボランティアが行うべき作業ではなかったと思うのです。 それと現地におけるテント等での長期の寝泊まりでも、寒さ等が原因で重体者が出ています。多くの人が栄養不足と疲れで風邪を引いていました。テント等で長期に滞在している人がりっぱなボランティアであるかのように思い込んでいる人がいますが、これも間違いだと思うのです。  結局、行け行けボランティアで、とにかくボランティアは自己犠牲で一生懸命やるのがいいのだという雰囲気で、安全は置き去りで、健康は後回しで、とにかく現場に突っ込んでいくという実態があります。やはり今の時点で活動のあり方をしっかりと考えて見直さないと、もっと大きな事故が起きる危険があると思うのです。そうなってからではやはり遅いのです。  特にボランティアセンターの問題が出ていまして、私も事前意見に書いたのですが、ボランティアセンターが派遣した先でけがをした、死んだ、そういう人が出た場合に、センターはどこまで責任を負うのかということです。現状の仕組みは、悲しいかな、ボランティア保険の範囲で、ボランティアの自己責任です。  皆さんはセンターが掛けるボランティア保険で、死んで幾ら出るか知っていますか。ほとんどの人が知らないのです。保険に入っていれば安心で、ちゃんと補償してくれるだろうと思っているけれども、今回、社会福祉協議会がやった天災特約付きのボランティア保険は、人が死んでも1160万円しか出ません。そんなもので若い優秀な人間が、幾ら自己責任だ、ボランティアだといっても、本当に世の中済むのでしょうか。私はボランティアが、ボランティアということであまりにも安い存在として、軽く扱われていると思えてならないのです。    安全の問題をもっと真剣にやって、極端なことを言えば、安全を重視すれば、かりに多少ボランティアが必要だとしても、強制力を働かせて、ボランティアはやらない、やらせないくらいの厳しい姿勢で臨まないといけません。特に川口町のボランティアセンターは、仕事がないのにボランティアを呼びかけ続けた結果、必要以上にボランティアが来てしまった、それでもボランティアの募集を止めなかった。その結果、人口5千人程度の町に千名以上のボランティアが殺到してしまった。それだけのボランティアが集まれば、いろいろな問題が起きてくるのは当然なのです。ボランティアセンターの暴走にどう歯止めをかけるのかは、今後の大きな課題です。  例えば今、現実に新潟県中越地震でいえば、ボランティアの雪かきの問題があります。安全管理で考えたら、雪かきは地元の人に聞いても、だれに聞いても、経験のない外からの人がやるのはとんでもないという話になります。雪かきをもしボランティアがやれば、ボランティア保険の適用にならないと、ボランティアセンターも言っています。非常に危険な作業です。実際に地元の人が作業中に犠牲になっています。ところが、マスコミ報道では、雪かきをしているボランティアはすばらしくて、地元では大歓迎みたいに賞賛されています。これでは雪かきに行けと言っているのと同じです。それで現地に行って死んだら誰が責任をとるのでしょうか。やはり自己責任なのでしょうか。  今回の川口での死傷者の件も、もう触れないようにしよう、現場へ行ってもどこへ行っても、みんな黙ってしまっています。私はこのような痛ましい犠牲者を二度と出さないためにも声を大にしてボランティアの暴走への歯止めと安全管理の問題を訴える必要があると思っています。 岡野谷(特定非営利活動法人日本ファーストエイドソサエティ)  皆様、初めまして。日本ファーストエイドソサエティは何やっているのかというのがあるかと思いますが、平時では、要は応急手当とか、それこそ救命手当て、事故や病気の予防対策というものを、子供たち、あるいは今行っているコーディネーターの皆さんと一緒に考えて実践していこうという活動をしています。  いちばん最初に入ったのはやはり阪神・淡路大震災だったのですが、その阪神・淡路大震災のときに、ボランティアの健康管理という名目で2週間くらい、うちのメンバーで入ったのです。その当時の風潮というのは、「ボランティアの健康? そんなのあるの?」と、まずそこでした。「ボランティアの健康管理なんてしている場合じゃないでしょう。被災地にたくさん健康管理をしなければいけない人がいるんだから、とにかくそちらを早くやりましょうよ」と言われつつ、「いや、そんなことはないんだよ」と言い続けてきました。  なぜそんなふうに考えるかというと、私たちの活動自体が応急手当を勉強しましょうということなのですが、通常、皆さんが応急手当てを勉強しても、「それは使わないほうがいいよね」というイメージがあります。それはもったいない。応急手当てを勉強したなら、事故予防を勉強したなら、どんどん使おうというのが私たちの考えです。  では、どこで使うかというと、マラソン大会の救護班とか、ちょっと珍しいことでは、自動車レースのレスキュー隊とか、そういった活動をどんどんしてもらっています。七夕祭りとか、子供たちのアウトドアの安全管理ということをやっています。そうすると、実はやはりボランティアのほうも汗をかく、ボランティアも倒れてしまうということが、たくさん起こっているのです。ですから、やはりボランティアの健康管理は絶対必要だということで、阪神地域に入ったわけです。  阪神・淡路大震災でけっこういためつけられたのですが、とにかくやってきて、石川とか有珠もそうでしたが、健康を害するターゲットがある場所は、マスコミのかたたちも、「これは絶対必要だ、要は重油の危険があるから、ボランティアの健康は守らなければいけない」「灰が降ってくるから頑張ってマスクをしなければいけない」、これはものすごかったのです。  ところが、また洪水があり、新潟県中越地震があり、また引いてきてしまったのです。「別に何もそんな大してまずいものはないんじゃないの?」というふうになってきてしまっていますが、やはりそうではありません。とにかくボランティアの健康管理、あるいは安全管理は必要です。これは安全管理という言葉を使うので、安全がベースになってしまうのですが、できれば危機管理とか、危険管理という表現を使っていただきたいのです。私たちは今、「危険管理をしに行こうね」と言っています。  では、何が危険なのかということが本当に分かっているかどうか。対象として見るのは、被災者のかたの危険がどうか、それからもちろん、ボランティアのための安全、危険ということですが、ボランティアの危険性を考えるのは一体だれなのかというと、もちろんボランティア自身です。それからもう一つは、先ほどからお話があるコーディネーターです。  澤野先生がおっしゃっていたように、ボランティアの保険があって、皆さん、当然ボランティア保険に入って行くわけです。それはコーディネーターの関係ではなくて、ボランティア個人が入るか入らないかです。入らないで行っている人も半分以上いますが、やはりそれは入って行ったほうがいいでしょう。  もう一つは、事前学習は絶対に必要です。しかし、災害があったときに、事前学習をそこでやるということはありえないわけです。ということは、平時にやらなければいけないということです。平時にやるのはどこなのかといったら、学校とかボラセンとか、プラス予算がつくということが、おのずと見えてくる線なわけです。  今、東京ボランティアセンターと一緒にやっていることですが、夏体験ボランティアというものを全国でやっています。この夏体験ボランティアの中で、「学ぼう予防とケア」という講座をやっています。これはボランティアセンターで採用してもらって、私たちが夏ボラに行くボランティアに講座をやっているのですが、これは全然災害とは関係ない。災害も一部入っていますが、ほとんどが通常、自分たちもボランティアに行く、例えば保育園とか養護施設に行くときに、どんな人と会うのかという話からスタートします。  それは中学生、高校生がターゲットですから、その人たちは今、どんな体をしているのか。どんな気持ちでいるのか、では、どんな危険があるのだろうか、では、どんなことができるだろうか、これだけです。そのベースを持っているか持っていないかで、災害の現場に行ったときに、その子たちの感覚が違うわけです。それは平時にやるしかないと思っています。そんな活動をしているのですが、それはボランティア個人の問題です。  いちばん問題なのは、コーディネーターがどうしていくかということで、やはりコーディネーターも今みたいなボランティアの事前学習はしていただきたいのですが、知見とか力量というお話が出ていましたが、それをどこまで求められるかというのは難しいことだと思います。  実際にこの活動をボランティアに紹介していいのかどうかということで、「自分なら」という言葉がよく出てきます。私も向こうでコーディネーターと話していて、あるいはうちが今、実際に救急の現場で手を貸した人たちが非常に悩んでいる部分があります。これは一般の社会の中でですが、例えば人工呼吸をしなければいけないようなかたたちがいて、一生懸命人工呼吸をしたけれども、自分がやったことは正しかったのだろうか。それから、血液が出ていて、私は感染していないだろうか。常日ごろから、そういう不安というのは実は出てきます。  そのかたたちのためのホットラインを、うちの団体でやっています。それは電話相談ですが、そこにけっこうコーディネーターから電話がかかってくるのです。とにかくもうそろそろ雪が降ってくるから、何とか早く片づけなければいけない。でも、余震とはいえない、本震が今回、3回も4回も来たわけです。片づけに入ってもらいたいボランティアがたくさんいるのだけれども、入れていいかどうかすごく悩みがありました。  ここは入れてはいけないです。私自身は、「絶対に入れないでくれ、もう一度家屋の危険度診断をしてもらってくれ」と言うのですが、現場のコーディネーターは、「それはできない」と。今、ここで早く片づけをしなかったら、体育館の人間は減らない。雪が降ってきたらどうしようもない。帰れなくなってしまう。その板ばさみの中で最後に出る言葉は、「私だったら行きます」とコーディネーターが言うのです。  それはコーディネーターとして言う言葉ではありません。でも、そこまでせっぱ詰まった状態の中で、どちらを選択していくのか。それは勉強会をしようとか、力量が試されるとか、そういうレベルではなくて、それを冷静に外から見てあげる、もう一つのコーディネーションが必要なのではないか。私とこういうふうに会話をしていることによって、彼らがそこに線を引いていかなければいけないということが分かっていってくれると思います。川口のボラセンの大将ともいろいろ話をしたのですが、外から見ていってあげるボランティアコーディネーションというのを、ぜひ考えて立ち上げていくといいのかなということも思っています。 池上(市民防災研究所理事/東京YWCA副会長)  ありがとうございました。時間がない中で、皆さんにお話をしていただきたいと思いますので、行政のほうからといいますか、それこそ休暇を取っていらしたのでしょうか。鍵屋さん、私と同じ板橋区の住民です。 鍵屋(特定非活動法人東京いのちのポータルサイト)  今、安全の話が大きく出ていますが、私は福祉事務所にいますのでその関連で話します。福祉の職業を選んだ人や福祉ボランティアは基本的には福祉が好きな人がやっています。ですから、やりすぎるというのがやはり問題になっています。継続性を高めるというか、質の高いサービスをやるためには、働かない、働くのをどこかで止めないといけない。それは強制的に止めないと、必ずやりたいわけです。  今、世界でいちばん優れた福祉サービスをするといわれる施設があります。そこでは、その施設に入るためには、本当に福祉サービスが好きかどうかがテストで、それに合格したら、専門性を徹底的にたたき込むそうですが、週に28時間しか働かせません。それ以上やったら、その人がフレッシュな状態で最高のサービスを提供することができないというような言い方をしています。  そう考えますと、安全管理というものについて、私は何らかのガイドラインがなければいけないのではないかと強く思いました。特に洙田さんが書いていらっしゃるように、法で保護されない、自己責任だと全部その人に押しつけて、あとは自分でやってくださいというものではないでしょう。ボランティア活動が社会的に非常に大きな意義を担うとみんなが思っていながら、いちばん難しい部分は自己責任ですから、それ以上はタッチしませんというのではなくて、やはり社会的な枠組みが必要ではないかということを、今のお話を聞いていて強く思いました。  それと、もう一つは、福祉の職場にいると、毎日、援助者とは何かということを自問自答するわけです。援助とは一体何だろうということをいろいろ考えると、人によって法を説くというか、相手によって援助のやり方が全然違うわけです。依存心の強い人には厳しくしなければいけないし、その場その場によっても違うのだけれども、基本的にはその人が自分の能力を生かして自立できるということがいちばん大きな柱で、それをサポートすることが援助者の立場なのかなと思っています。  今、介護保険のところでちょっと問題になっているのは、地域である程度見守り活動とかでうまくいっていたのに、専門家が介護保険でホームヘルパーということで派遣されるようになると、その人は今まで地域で見守られていたから頑張れていたのに、専門家が来るから、あれもやってこれもやってというふうに頼んでしまい、専門家はそれをやるのが仕事だと思っていますから一生懸命やります。地域は、専門家が行っているのだから、わざわざ行ってもしょうがないということで、本人は介護度が上がり、地域は地域の見守り力が落ち、専門家は忙しくて、行政としてコストがかかるということで、非常に悪い状況になっています。プロが出すぎると地域が引っ込むというのがあって、自立助長といったときに、どうしても個人の自立助長、被災者の自立助長と思ってしまうけれども、そうではなくて、地域全体の自立助長という観点も必要なのかなと思うようになりました。  3点目ですが、このマニュアルを拝見させていただきました。マニュアルというのは、何をどういう手順でやるかということを書いているのですが、せっかくボランティアが組織化されて動こうとしたときに、やはり行政のマニュアルとボランティアのマニュアルがマッチングしていたほうがいいだろうと思います。  強い組織は、目的、目標が統合されていて、同じ目的や目標のもとに自分の役割がはっきり分かっているものです。しかも、その仕事が任されていれば、非常にやる気がでて、いい成果を出せるのだと思います。行政は行政の得意分野をやってください。行政はあの辺まで走っています。ボランティアはボランティアでこっちを走りますというのは、大きく見れば効果的な組織ではありません。過渡的な場合には切り分けをしないと難しいというのがあるかもしれませんけれども。  理想を言えば、行政のマニュアルというか、被災地支援マニュアルみたいなものが、ボランティアのマニュアルと一体になっていて、その中で基本的な大枠が決まっていて、役割分担があって、それを日々どこまでやろうと決めて、ここまでできたから次はこういこうかという調整がなされるというような形で、実際に行政側が災害活動をするときは、そうですね。ボランティアもそのような活動で調整をしていくわけです。  では、行政とボランティアが上手に連携するためには、そういう全体を通す場というか、それは事前にマニュアルの段階から、地域のボランティア団体と行政とで作っておかないと、いざというときには十分には動かないのかなと思います。その意味で、このマニュアルを見ていても、1日目には何をやる、2日目には何をやるというような、時系列的にここまでやるという部分は、まだ入っていません。ボランティアが運営しやすいようにというマニュアルですが、被災者の自立助長というところに目標が統合されていないようなイメージをまだ受けます。その部分がこれからやっていく課題かなと考えました。 池上(市民防災研究所理事/東京YWCA副会長)  ありがとうございました。たまたま今、福祉のほうにいらっしゃるので、非常に分かりやすくお話しいただきましたが、福祉でも被災者でも、自立を支援するボランティア活動とよくいわれます。やりすぎると自立をさまたげるというお話がありました。 北川(みやぎボランティア総合センター)  私、初めてこういった場におじゃまさせていただきます。名簿のほうは、みやぎボランティア総合センターという名称になっていますが、実際には宮城県社会福祉協議会のみやぎボランティア総合センターから参りました北川と申します。  宮城県の場合、一昨年の宮城県北部連続地震を契機に、これから99%起こるといわれている宮城県沖地震に向けて、さまざまな取り組みを皆さんのご協力のもとにさせていただいています。今、皆様がたからいろいろなお話をお聞きして、社会福祉協議会という立場で、つくづく責任の重大さというか、私たちがかかわらなくてはならない部分が本当に大きいのだと、あらためて感じさせていただいておりました。  そこで、いろいろなところにいろいろコメントをさせていただきたかったところもありますが、2点だけお伝えしたいのですが、皆さんもご存じのとおり、やはり社会福祉協議会という立場上、最後に残されるのは私たち社会福祉協議会なのです。当然、NPOのかたがたや外部のかたがたのお力なくしては、この災害ボランティアの対応というのは、もちろんありえないのですが、2年、3年、5年、10年、ずっと地元で残って、災害というものを契機にまちづくりを進めていくのは、やはり私たち社会福祉協議会の責任、そのあと託される責任だと感じています。だからこそ、やはりコーディネーターとしても、トータル的なコーディネートができる人材養成であったり、スキルを持っていかなくてはならないとつくづく思います。  しかし、皆さんもご承知のとおり、地元の社会福祉協議会というのが何でも屋さんで、ありとあらゆることを任され、また人数もああいった状況であるという中で、どうしていったらいいのかということを、日々自問自答しているという感じです。  ありふれたお話かもしれませんが、ボランティアセンターにかかわる人間だけが、こういった研修、こういった知識をつけるというのも、もちろん必要ですが、一方で、やはり子供たちであったり、住民のかたがたに対する一般的な普及啓発活動というものを、これだけ災害ボランティアというものが文化として見られるくらい大きなものになっている中で、社会全体で普及啓発活動というものもやっていかないことには、専門家ばかりが増えていってもしかたがないと、最近よく感じています。  極端な話、例えばコマーシャルであったり、学校の中の福祉教育の一環にカリキュラムとして入っているだとか、もちろん総合的な学習の時間であったり、さまざまな場面があると思いますが、そういった中で両者が理解を進めていかないと、恐らく現場に行ったコーディネーターが最後はつぶれていってしまいます。  去年、一昨年の北部連続のときにもありました。墓石を建て直してほしいという依頼が来て、通常であればお断りします。私たちもそこにいたのですが、お断りしました。ところが、地元の住民の皆さんから、「なぜおらの町の寺を自分たちで直せないんだ、自分たちでやるんだから行かせてくれ」という強い思いを伝えられて、私たちも相当悩んで、そのかたがたとお話をして、いろいろなそういった責任問題のお話もさせてもらったうえで行っていただきました。  それは地元の皆さんが、自分たちの先祖が眠っているお墓を、自分たちで建て直したいという熱い問題があったから、私たちもそれに揺り動かされた結果だったのですが、そこでいろいろなことを考えました。訴訟問題になったらどうしようとか、足の指でも1本つぶれたらどうしようとか、そういった現場で直面したコーディネーターというのは、顔の見える関係なだけに、なおさら追い込まれてしまっています。この辺は多分両者が理解しないとだめなのかなと感じました。  一方だけ、コーディネーターが「こうなんです」と言っても、断れない現状があるので、これは住民のかたにも理解していただかなければいけないし、依頼者のかたも、またボランティアも理解しなければいけないという、そういった両面をこれからぜひ進めていければと感じた2点でした。 池上(市民防災研究所理事/東京YWCA副会長)  ありがとうございました。人とのかかわりというのはとても大事ですよね。 市川(株式会社レスキューナウドットネット代表取締役)  レスキューナウ・ドット・ネットの市川と申します。今日、今までのお話の中で私に関係していちばん反応してしまうのは、秦さんの最後のほうにあった、必要なときに必要な量の必要なものを提供する仕組みです。それをやりたくて5年前に会社を作ったくらいですが、いまだにそれが提供できていなくて、お役に立てていないことを逆に非常に心苦しく思う次第です。  株式会社ですから、ビジネスもやっていますが、ボランティアの部分というのはビジネスではなくて、あくまでも仕組み作りというところでの、専門企業としてのボランティアとしてやっていきたいと思っているところです。  有珠山以来、その時々で少しずつそういうことをお手伝いはしてきていますが、今回も新潟のときで問題にはなりましたが、今、心配されている東海地震とか、東京直下となりますと、新潟の比ではない規模の話になったときに、間違いなく大混乱になるわけですので、絶対にそれまでにというか、いつ来るか分かりませんが、至急作りたいと思っています。  一つ、私が疑問なのは、今の仕組みというのは、救援品というのをあちこちが皆行政の災対本部に送ってしまいます。行政のほうは、送られてきた物は責任を持って対応しなければいけないということで、無責任に配布もできないし、3万人の住民に対して2万枚の毛布、さあ、配る配らないというので毎回悩むわけです。そこの責任を、大混乱の中で全部が全部、本当に行政がやらなければいけないのか、民間の好意と、それを求めている市民をつなぐのは、民間の中で行っていいのではないかと思っています。  行政の責任というのは、縦に国、県、市町村があるとするならば、ボランティアというのはあくまでも基本的には民間活動ですから、その活動を現場、市区町村災対本部がうまくやるべきことをコーディネーションしたり、任せることは任せるということが不慣れならば、そういうところを自治体、行政を支援するということを県がやったり国がやったり、こういう場を通してより仕組みが進めばいいと思います。その仕組み作りというのは、民のほうはやはり民の中で作っていくべきだと思うというのが1点です。  それと、いろいろなかたの話にも出ていますが、現場だけではなくて、後方支援が絶対的に大事だと思っています。今の必要なときに必要な量、必要なものを送るという仕組みも、必ずしも現地でなければいけないわけではなくて、それの情報支援は別に日本で1個の災害情報支援センターというものがあって、どこかであれば、そこでニーズとシーズを突き合わせるというシステムを持っていて、どこであってもそれをすぐ支援するということはできるはずです。  ただ、そのときにはやはり現場に入って情報を集めなければいけないので、私どもが考えているのは、災害ボランティアの中に、まだできていないですが、災害情報ボランティアという仕組みが絶対なければいけないと思っています。別に体力に自信があって、泥をかくことが得意なのではなくて、パソコンが得意で、その中で正しい情報を上げるというのはどういうことなのかということをちゃんと分かっている。個人情報の扱いをどうすればいいかとか、そういうことがちゃんと分かって、訓練されている情報ボランティアというものを、全国的にある程度組織して、それが災害時に自治体に入ったり、ボランティアセンターに入ったりということと、それをセンターとしてサーバを用意したりして、あるいは全体的にそのボランティアの育成を進めていく後方支援をする、災害情報ボランティア支援センターみたいなものを作っていくべきではないか。  まさに後方支援のところを、私のところでやりたい、何とかそこは実現していきたいと思っていますが、うちだけでできる話では決してなくて、後方支援の一角を担いながら、全国的なネットワークというものを、ボランティアの中でも情報ボランティアというのを考えているということをお伝えしたいと思います。 渡辺(特定非営利活動法人YMCAよこすかコミュニティサポート)  NPO、YMCAよこすかコミュニティサポートの渡辺と申します。私は今、横須賀市の市民活動サポートセンターというところのスタッフをしております。今回、新潟県中越地震のときは、発生の翌日に神奈川県の災害ボランティアが集まりたまたま動けましたので、すぐに現地に入って、神奈川県からボランティアがどういうような活動ができるかということで、調査というか、現地の情報が全然入ってこなかったので、横須賀(災害)ボランティアネットワークの田口さんと二人で、チームで現地の情報を見てこようということで入りました。  先ほど秦さんがおっしゃったように、神奈川県からのボランティアバスを組んで、県内のボランティアのかたに呼びかけて、現地のボランティアに行こうということで活動していたのですが、現地の話よりも、私が今いる横須賀市の市民活動サポートセンターでどういうような形で取り組みをしているかということをお話ししたいと思います。  横須賀市の場合は、社会福祉協議会が持っているボランティアセンターというものと、市の施設である市民活動サポートセンターというところと、生涯学習の部門が持っている生涯学習センターと、いろいろな市民活動の関連機関があります。今回、新潟のときの情報は社会福祉協議会のほうに入ってきたので、社会福祉協議会から情報をいただいて、そういった活動をそれぞれの施設で張り出しをして、呼びかけをやりました。  実際に横須賀市で地震が起きて、被害が起きたときに、どういうふうに対応するのかというのは、ちょうど議論が始まったというか、これから準備していかなければならないところで、公的施設にいるスタッフどうしのそういった話し合いが、やっと始まったような状況です。  横須賀市の場合は、外からのボランティアのかたが来られるような状況はどうなのかというのは、幹線道路が、がけやトンネルで多分ふさがってしまって、外からの応援が来られないのではないかと思って、私も横浜から通っているので、帰れるのかなとちょっと心配になっています。そういったところで、実際に現地に支援に行くという形の議論ですが、実際に起こったときに自分たちのところでどういうふうな対応がとれるのかというのは、今回の新潟の例も参考にして、今やっとそういった話し合いが始まったところです。  先ほど秦さんがおっしゃっていた、必要なときに必要な物をそのところに届けるということで、愛知県のかたから聞いたのですが、小千谷市で今回、大量に物資が届いて、大きな倉庫にたくさんためてある状態で、全然生かされていなかったというのを見て、その愛知県のグループの人が、ボランティアセンターに登録してしまうと、いろいろと足かせとか報告とか自由に行動できないことが出てきてしまうから、ボランティアセンターには登録しないで、自分たちで御用聞きで回れるようなところを回っていったそうです。それで、「何か必要なところありませんか」みたいな感じで聞いて、すぐ連絡をして、物資のたまっている倉庫のところに、「ボランティアセンターのほうから来ました」みたいな感じで、「こういったものが必要ですので、ちょっと持ってきたいのですけど」みたいなことを言って、すぐにもらってすぐに届けたというようなことを独自にやっていたという報告を聞きました。  これは一つの大きい組織の中に入ってしまうとできない部分であって、本当にその場で臨機応変に、もったいない部分を生かせた例なのかなと思っています。ある程度落ち着いてきたあとに、そういった物資をフリーマーケットで、持って行ってくださいみたいな形をやっていたから、やはりそういうもったいない、本当にそのときに必要なものをすぐ届けられることというのは、今のボランティアセンターの形で組織的にやるよりも、逆にそういった合間をぬった形でできる例があるのかなと思いました。  また、私は2000年の東海水害のときに、まだ学生だったのですが、初めて被災現場に入りました。4か所、現地ボランティアセンターができて、名古屋市の南区に作った南部ボランティアセンターというところに入ったのですが、名古屋YMCAがその場所に入って、名古屋YMCAのかたがそこのボランティアセンターの運営に大きくかかわってやっていました。名古屋市の南区の社会福祉協議会が、ボランティアセンターのセンター長というような形で組織していたのですが、実際にセンターを運営するスタッフの中心になっているのがYMCAのスタッフの人たちで、それはお互いにふだんから活動している仲間どうしということでした。  私は名古屋市に初めて入って、地図も初めて買って、全然地理の状況が分からない形で入ったのですが、実際にそういうチームで動ける強さというのがその 場で分かって、知らない人どうしがそこで動くよりも、実際にその場所で活動しているグループの人がボランティアセンターを取り仕切ると、すごく機能的に 運営されます。実際、地域のこともよく分かっていますし、そういうのを見て、やはり横須賀で起こった場合も、そういったグループ単位で、そういう地域地 域にボランティアの支援活動につくことができれば、うまく機能するのではないかという状況を見ました。 緒方(総務省消防庁 防災課)  消防庁の緒方と申します。今、皆様がたの現場でのお話をたくさん聞かせていただきまして、本当に現場に行かないとなかなか分からない話だなというふうに聞かせていただいています。  私が今回の中越の地震、それからスマトラの地震等で感じました物資につきましては、やはり今、皆さんもおっしゃっていましたように、終わったあとには不要といわれるようなものがかなり出るということと、送る前にも、かなりの物資が集まってはきていますが、それをどうやって地元まで持って行くか、地元ではどうやって被災者の皆さんの手元まで届けるかということができなくて、出したいものがいっぱいあるのに、なかなか届かなかったという現実があると思います。このことについては、やはりルールを作る必要があるだろうということを痛感しております。  今、渡辺さんもおっしゃいましたが、新潟につきましては、2日目からは自衛隊のかたがたのご支援もいただきながら、各避難所には配送が始まっていました。けれども、市が確認している避難所以外のところには、なかなか届かなかったという現実はあります。ですから、今申し上げましたように、やはり物資、それから人的な支援というのを、どこでどういうふうにコーディネートするかというのを、事前に取り決めをしておくルールが必要だろうと思っています。  それから、もう一つですが、安全につきまして、私は今回の事故は本当に心が痛みました。今回、この会でもこういう内容について取り上げてくださいとお願いして、入れていただいたわけですが、私が思いますに、やはり地元のかたがたが行われる活動と、ボランティアで支援されているかたがたが行っていただく活動というのは、やはり区分けが必要ではないかと考えています。  やはり安全面から、危険性が考えられるものについては、専門のかたが入っていただくのがいいと思いますが、そうでないかたがたが入っていただくというのは、やはり控える必要があるのかなと感じています。これについても皆様がたの意見を聞きながら、ルールを作っていく必要があるだろうと思っています。以上です。 菅(人と防災未来センター専任研究員)  人と防災未来センターの菅です。私からは、ボランティアセンターの業務の範囲といいますか、責任についてちょっと考えていることをお話ししたいと思います。  阪神・淡路大震災以降、災害が起こると現地にボランティアセンターができて、大体そこの運営の母体になるのが社会福祉協議会ということで、先ほども北川さんがおっしゃったように、いろいろな悩みを抱えながら、ふだんやっていないような業務も急に発生してきて、その多くが来てくださるボランティアに関して危険が伴うような活動であるといったとき、通常の福祉での危機管理もあると思いますが、それ以外に分からないことが多い中で、ボランティアに行ってもらわなければいけません。  私が宮城県北部の被災地の南郷町に入ったときは、一個一個の活動に関して、これはボランティアでやるべきか、やるべきではないかというのを、日々のミーティングで決めていました。例えば家屋の上に上がってブルーシートをかけるのは危険だとか、物の撤去に関してもどうだとか、そういったことをボランティアセンターで議論して、みんなで決めたことをやっていこうというようなルール作りを日々やって、ルールを改定していきました。  みんなで議論して決めたことに従って活動を行うというのは、ボランティアセンターの柔軟なところで、いいところであると思いますが、ただ、そこにもうちょっと専門的な知識が入ったらいいのかなと思いました。  先ほど山崎さんもおっしゃっていましたが、ボランティアセンターの運営は共同でなくても、被災地の支援は行政と一緒に共同で行い、同じ目標を共有しているということがありました。特に人と防災未来センターというところは、行政支援をやっているところでもありますので、やはりボランティアセンターに入ると、行政が行っている災害対応業務との連携がどうしても気になるのです。  先ほども業務の範囲というか、鍵屋さんが、安全管理に関するガイドラインみたいなものがやはりあったほうがいいとおっしゃっていて、私もまさにそうだと思います。そういったガイドライン等を含めて、行政による被災者支援との業務の範囲を決めていくというか、連携させていく。例えば水害のときですと、ごみ、廃棄物の処理というのはすごく自治体の負担になると思います。あるボランティアグループは、家電などの処理を個別にやっていました。こういうのはもうちょっと行政と情報連携をしてやったら、スムーズにいくのではないかと思いました。  また、特に今回の新潟県中越地震に関しては、私は最先端の現場には行っていないのですが、中越センターというところで皆さんと議論しました。倒壊家屋の中にボランティアを入れるか入れないか。先ほどもちょっと問題がありましたが、行政の流れとしては、応急危険度判定は県がやり、そこで赤紙や黄紙というふうに張っていくのですが、それとは別に罹災証明を発行します。これによって、災害給付金がもらえたり、もらえなかったりということがあって、被災者にとっては非常に重要なものになるのですが、それは市町村がやるのです。  現場でどの程度それが徹底されてやられていたかというのは分かりませんが、罹災証明が発行される前にボランティアが入ってしまって、例えば家の中を片づけたり、家屋の修復に関することにも手を出してしまうと、罹災証明が出ません。そうすると、ボランティアが加害者になってしまう可能性もあるわけです。そうした問題も含めて、行政の業務の範囲と、ボランティアの業務をもうちょっと連携させていくようなリスクコミュニケーションというか、行政との情報のコミュニケーションがもっとされていれば、お互いにコストが減るのではないかということを現場で感じました。  感想だけになってしまいますが、そういった問題意識を持ちながら、調査研究のほうも進めているところです。長くなりました。 池上(市民防災研究所理事/東京YWCA副会長)  ありがとうございました。いろいろとご意見をいただいて、やはり物資のルールづくり、それから人の養成ということも出ていましたし、ボランティアの安全管理のガイドラインを作ったらいいということ、それから行政との連携が遅れているといわれていますが、連携をする部分と別々にする部分と、その辺が臨機応変にできたら、すごく動きやすいというお話も出ていたと思います。  お約束の時間ですが、小村さんと中川さんにはまとめということで、全体会でお話をしていただきます。もう一つは、補足という形で、特に私が言ったのに抜けているということがありましたら、ぜひこの際ですから、報告していただきたいと思います。そんなところでよろしいでしょうか。 中川(時事通信社、特定非営利活動法人東京いのちのポータルサイト)  その場で言うのは何ですから、今ここで皆さんに言っておかないといけないと思って、多分小村さんも何か言いたいことあるのではないかと思いますが、私から先に言います。  先ほどからの幾つかのことです。安全についてですが、私と小村の二人が、すごく失敗したと自分たちで思っているのは、重油災害のときのアクシデントです。あのときに油でだれも死んでいないのに、ボランティアで5人亡くなったということは、みんなで覚えておかなければいけないことだったということです。  そこに足りなかったのは、現場の専門家の支援だと思いますし、かろうじて洙田さんがいたから、三国ではだれも亡くならなくて済んだということがありました。でも、わざわざボランティアが何かやらなくても、そこには例えば地元の医師会とか、専門家が地元にいるはずで、その専門家たちとふだん仕事をしている自治体があるはずです。そこが地域防災計画をきちんと書かれていれば、できるだろうと思っています。  それから、物資の話もそうです。地域防災計画をどこまで書くか、これにかかっていると思います。本来的にはわざわざボランティアがやることではないでしょう。避難所にどういう物資を運んでいくか。何かがあったら被災する。当たり前です。その人たちにどうやって物資を届けるか、書いていなければうそです。これまでも書いてなかったわけです。書けといわれているわけですが、書いてないわけです。まにあわないから、ボランティアでやったわけです。  もちろん、行政ができないことのニッチをどうやって埋めていくかというシステムは、市川君が言っていることとか、秦さんが言っているようなことはできると思いますが。基本的なものは行政が運べるようにしなければいけないし、そこを何とか支援しようということをボランティアが考えるのは、ちょっと違うかなと思っています。それは多分、山崎さんが言ったようなことともつながるという気もしています。その2点だけ、皆さんのまとめの中で、私が先に言いました。小村君、どうぞ。 小村(富士常葉大学講師)  率直に言って、まとめ方をどうしようかと非常に困っています。まとめようがないなというところなので。現在、富士常葉大学の小村です。  まさに中川さんがおっしゃってくださったように、私たちにとって、私というのは中川、小村ですが、ボランティアの安全管理の問題にとっての屈辱は、やはり97年1月のナホトカ号海難・流出油災害のときに、暴走したボランティアを私が止めることができなかったということです。すなわち、「安全管理なんかするな」と言ったボランティアがいました。  実は私はそのときに、今は亡き籏野繁さんから電話をもらって、「注意しなさい。ストップを踏め」とは言われていました。それができなかったことが、今に残っています。  その話はともかく、全く違う話を一つさせてください。議論がようやく普及モードに入ってきたかなという感じがしました。つまり、多くのかたには失礼ながら、実は話としては、これは僕らは随分前にやったなというような議論がほとんどでした。その証拠がこれです。  皆さんのお手元に出している資料9がありましたね。事前に提出してくださいという資料ですが、事前意見とりまとめです。これは防災ボランティア組織の在り方というテーマですが、実は内閣府の委託のペーパーで、ここにいらっしゃる池上さんともども、私がコーディネーターになりまして、今日お集まりいただいている何人かも含めて、ナホトカ号海難・流出油災害と東海豪雨災害のときのグループディスカッションを行って、その中から引っ張り出したものです。  その際に、社会の基本的な常識があるなら、そんなばかはしないと。つまり、この場合、社会の健全的な常識といっているのは、例えば厚生労働省でいうところの、安全管理とは彼らはいいませんね。安全衛生法でいっているような活動、そういったものについてちょっとしたセンスがあるならば、そんなばかはしないはずです。  具体的にいえば、屋根の上に上ってブルーシートを張らせるという作業は、法律上、彼らは危険な作業だと認識しています。ですから、踏み抜き事故が多いから、ボランティアをやるときは注意しましょうという話ができるわけです。そういうような既存の知恵をどんどん使っていくということは、僕は可能だと思っています。ようやくそういう話がきちんとできるような段階まできたのかなという感じは思っています。  これから先、私が気になっている点を1点だけ申し上げたいのですが、それは物資です。あえていうと、秦さんの意見に私はかなり真っ向から反対することになると思います。企業系のボランティアの話だったらいいのですが、住民系の、つまり一般の不特定多数のかたから受け付ける援助物資は、もう受け付けてはいけない時代になっていると思っています。  理由は何かというと、実は企業系もあるのですが、阪神・淡路大震災のときの面白い記録集に、『大震災名語録』というのがあるのをご存じのかたはいらっしゃいますか。その中に、「地震で店がぼろぼろになっちもうた」。その次の一言が奮っています。「援助物資で商売がぼろぼろになっちもうた」。  つまり、無償の物資、無償のサービスが来る限りは、だれも自腹で金を出して、現地の物を買おうとはしません。例えば現地で髪を切ってもらおうとか、ネイルサロンへ行こうとか、ラーメン屋行こう、そば屋へ行こうという話が出ないのです。そのことをもっと本気で考えるべき時期に来ているのではないかという気がします。  一時期、なるほど社会主義計画経済の時期があります。それは理解できます。しかしながら、この日本で東海、東南海、南海のスーパー広域災害の話は別ですが、それを除けば物流が途絶されるのは、せいぜい半日か1日です。1週間あれば、中越のときでも明らかにコンビニは機能していました。ですから、物資を送るという発想はもうやめてもいいのではないかと私は思っています。当然のことながら、それにボランティアがかかわる必要もないと考えています。ちょっとその点だけはかなり気になったので。  もう1点だけ、忘れていました。岡野谷さん、現場でオリエンテーションはあっても、僕はいいと思います。 岡野谷(特定非営利活動法人日本ファーストエイドソサエティ)  あってもいいと思いますが、実際にオリエンテーションできる場所が幾つかしかないわけで、ただ集めて「はい、いらっしゃい」ではなくて、オリエンテーションは絶対やるべきだと思います。 小村(富士常葉大学講師)  オリエンテーションをやる人材がいなかったというのが、私の今回の小千谷での経験でした。だれもこの組織の在り方やボランティアの在り方という話を言ってくれませんでした。 岡野谷(特定非営利活動法人日本ファーストエイドソサエティ)  そこがコーディネーターとして学んでほしい部分です。やれる人材はたくさんいると思いますが、何をしなければいけないかというのをぜひ積み上げてほしいと思います。 小村(富士常葉大学講師)  それはマニュアルでできると思います。 池上(市民防災研究所理事/東京YWCA副会長)  秦さんが手を挙げていらっしゃるのですが、実は分科会Aはもう終わったという連絡が入っておりますので手短にお願いします。 秦(JFFW)  小村さんの、物は要らないのではないかというのは、一つはサラリーマンの発想なのです。例えばコンビニが開いていたのは、中越でも中心部だと思います。コンビニもない、ふだん買いに行かないから、農協の売店にも物がないというところもあるというところがまず一つと、現金を持っていない一次産業従事者のことも考えなければいけません。  それから、先ほどの安全についていえば、例えば三条市では、ボランティアの熱射病がかなり出ていました。私どものグループは、ボランティアのための救護所を作りました。行って、なければ自分たちで作る、スペースを得て作る。そこに心臓の発作のかたがいて、それは登録表から、救急隊に引き継いで出したということがありました。それはボランティアでくくっていますが、そのボランティアのくくりの中の専門性をもう少し考えたほうがいいと思います。  例えばブルーシートをかけられるとび職の経験があるとか、そういう人がいるならば、それは専門職として絶対やってもらったほうがいいし、ボランティアというくくり方が少し乱暴で、その中の専門性をどういうふうに見いだしていくか。例えば被災宅地の危険度判定の資格を私が持っていても、中越ではだれも私を使えませんでした。行政でなければ、ボランティアでは使えないのです。  その辺も含めて、ボランティアの専門性をどういうふうに受付でさばいて、行政の仕事につなげるか、ボランティアの仕事とするか、単独でごみを拾う側になるか、分類されている中の位置づけ、それをどうしていくかを、ぜひもう一つ先の議論の中に置いていただきたいと思います。部分的にいえば、被災者は日本国民で1か月養ってやってもいいなと思っています。 池上(市民防災研究所理事/東京YWCA副会長)  やっとこれから議論を戦わせようというところでいつも終わるので、とても残念ですが、たまたま今、ちょっと消化不良の方たちはいつでも会える人たちです。この続きはぜひやっていただきたいと思います。  本当に不行き届きで、時間を延長してしまって申し訳ございませんでした。それでは、ここで一応この分科会を閉じさせていただいて、まとめをお二人にお任せをして、下に移りたいと思います。よろしくお願いします。 丸谷(政策統括官付企画官)  5分前に下が終わったという情報ですので、申し訳ありませんが、取り急ぎ階下に下りていただいて、しばらくだけお時間があると思いますが、よろしくお願いいたします。