東日本大震災(平成23年3月)
地震直後は救助活動 ~その後は「記憶が夜に飛ぶ」~
宮古市 50代 男性 消防団員
インタビュー日:2012年9月9日
地震が発生したときは、田老(たろう)で仕事の保険のセールス契約を済ませた直後でした。たまたま、よりにもよって消防署の田老分署にいて、雑談をしているところで地震が発生しました。自分の消防団の集合場所である屯所の近くにいたので、ほかの団員たちと水門を閉めに走りました。消防分団長がいなかったので、私は無線機を持って、ほかの団員が水門の閉鎖作業を終えるのを見ていました。
初めは防災無線から津波警報が鳴っていたのに、途中からサイレンも何も鳴らなくなった。手に持っていた消防の小型無線機で「午後3時20分に津波が来る」ということを聞いて、作業が終わって戻ってきた団員に、そのまま山の方へ逃げる指示をして、裏山まで避難させました。
それから10分するかしないかで、津波が来ました。湾の入り口に波の壁ができたときは、自分たちのいた山よりも高く感じたので、奥にあるお墓のところが高いので、周りの人たちに移動してもらいました。
それを確認してから、最初に避難していた場所に戻って、逃げ遅れていかだのように流れていく屋根に乗っている人を救助したり、「人の声がする」と言うので捜索のようなものはしましたが、危ないので団員たちをあまり屋根の上とかに載せないようにしていました。
記憶があるのは、そこらへんまで。そこからぽんと記憶が飛ぶんですよ、夜に。
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