防災の動き

セーヌ川氾濫からパリを守る

日本とインドの防災協力

背景

OECD(Organis ation for Economic Co-operation and Development)(本部:パリ)は、日本を含めた35ヵ国が加盟する国際機関であり、社会経済の発展に向けた政策の提言を行い、対話の場を提供する等の活動を行っている。

OECDは、2011年東日本大震災を契機に、リスク・ガバナンスの在り方について高級実務者による意見交換や政策提言を行うため、「ハイレベル・リスク・フォーラム」という場を創設した。同フォーラムは、OECD加盟国の要請に応じて、当該国におけるリスク・ガバナンスについて、政策分析や提言を行っている。このなかで、フランス政府は、1910年に首都パリを含むイル・ド・フランス地域圏において発生したセーヌ川氾濫以降のフランスにおけるリスクガバナンス体制の分析を要請した。その分析結果や14項目の政策提言は2014年に「イル・ド・フランス、セーヌ川流域:大規模洪水に対するレジリエンス」という報告書としてOECDより発表された。さらに、OECDは、これらの政策提言を踏まえた政策の改善状況について、2018年に報告書を発表した。

本稿では、OECDによるこれら二つの報告書から、フランスのセーヌ川管理に係るリスク管理政策の動向について紹介する。

  • 2014年にOECDが発表した「イル・ド・フランス、セーヌ川流域:大規模洪水に対するレジリエンス」
    2014年にOECDが発表した「イル・ド・フランス、
    セーヌ川流域:大規模洪水に対するレジリエンス」
  • 2018年にOECDが発表した「Preventing the flooding of the Seine in the Parisu –Ile de France region」
    2018年にOECDが発表した「Preventing the flooding
    of the Seine in the Parisu – Ile de France region」

OECDによる政策提言

2014年にOECDが発表した報告書によると、セーヌ川は総延長776km、流域面積78,600kmはフランス国土の約12%を占める。20世紀以降、セーヌ川で「大模洪水」と定義される、河川高6mを超える事態は11回発生している。特に1910年の大規模洪水は8.62mに達する「100年に1度の洪水」とされ、統計のある1649年以降2番目に高い記録であった。

同報告書は、1910年セーヌ川氾濫により、500万人の住民に被害をもたらし、経済的にも300億ユーロから3000億ユーロの直接被害及び間接被害(雇用、経済、財政への影響)が生じたと発表した。この数値が発表されると、これは多くのメディアの注目を集めた。

その理由は、

  • 2013年春、セーヌ川上流で洪水が発生したことを契機に、セーヌ川流域の洪水に対する脆弱性に関心が高まったこと、
  • 2007 年英国、2011年オーストラリア、2011年タイ(バンコク)、2012年ニューヨーク等で発生した大規模洪水がその後の社会経済に大きな影響を与えていることを目の当たりにしたこと、
  • フランス・エコロジー省が気候変動の影響によるセーヌ川洪水の影響を予測するための調査を行ったところ、1910年洪水をベンチマークとすることによって将来の対策を取ることが有用であると示されたこと、
  • イル・ド・フランスはフランス経済活動の三分の一を占めるユーロ圏最大の経済圏域であり、政府機関、主要産業、研 究機関、輸送拠点等を有し、1910年時点よりも、さらに重要性が増していること
等によると考えられる。

洪水の場合のパリの鉄道システムの状況
洪水の場合のパリの鉄道システムの状況

同報告書は、セーヌ川の管理体制が細分化し、政策と行動の間に連携が欠けていること、主体が重複していること等により、投資に見合った政策の実現を阻んでいる旨指摘した。これを踏まえ、同報告書は以下14項目の政策提言を行った。

(管理体制関係)

  1. イル・ド・フランス地域から河川流域全体に渡る洪水予防の各取組間の一貫性を確保すること
  2. 長期的視野に基づくビジョンと行動計画を策定すること
  3. グローバルなビジョンを具体的な目的に詳細化し、関係者に責任を認識させること
  4. 洪水リスクマネジメント戦略とそれ以外の公共政策を関係させること
(レジリエンスの構築関係)
  1. リスクに関する知識を改善しつづけ、リスク情報が入手できるようにすること
  2. 市民、政策決定者、企業に対しリスク文化を浸透させること
  3. グランパリプロジェクト(注)強化し、企業や公共サービスの事業継続性を確保すること
  4. 洪水予防インフラの責任を単一機関に担わせること
  5. 貯水池整備事業を継続すること
(資金関係)
  1. 予防のための予算戦略を確保すること
  2. 予防対策に関する関係者をあらゆるレベルで巻き込むこと
  3. 国の資源から、予防のための予算の優先順位を明確にする努力を強化すること
  4. 洪水リスク防止のための水害保険の影響を再評価すること

このうち、提言4について、以下のとおり解説する。

報告書は「洪水防御政策」は、他の公共政策との連携のもとに企画立案・運用されるべきであると提言している。洪水防御政策は、主に、環境・持続可能な成長・エネルギー省の所管であるが、同省の地方組織がイル・ド・フランス地域圏における洪水防御政策を担当している。このなかで、セーヌ川に関する他の公共政策は、以下の機関が主に担当している。

  1. 危機管理政策:内務省所管であるが、2004年危機対応近代化法により、市民・民間セクターの関係者による取組も求められた。
  2. 地域開発・計画政策:1980年代以来の地方分権のなかで、すべて地方政府の役割となり、特に2003、2004年法改正により、地域圏計画や経済成長は地域圏政府の所管となる。
  3. 水管理政策:セーヌ・ノルマンディ水機構(セーヌ川流域の水資源保全の企画と資金調達)、セーヌ川流域大規模湖(EPTB:1969年 セーヌ川上流にある4つのダム湖を管理し、洪水管理と河川の低水管理を行う目的の、異なる機関間を連携する機関)

報告書は、(1)危機管理政策は、事業継続性、(2)地域開発・計画は脆弱性の克服、(3)水管理政策はハザードへの対応に関するものであるため、洪水防御政策と連携が不可欠であるとし、担当機関が複数に複雑に細分化されていることに、強い問題意識を持ったものである。

政策提言の実施状況

2018年1月、OECDは、これらの政策提言がどのように実行されたか、進捗状況を調査した結果を以下のとおり発表した。(図1)進捗状況は、上記14の提言について、政府関係者、地方政府関係者、民間セクター、市民セクター等の幅広い関係者との意見交換によって調査された。

図1 OECD の政策提言の実施状況

(ガバナンス関係:提言1〜4)
全体として、ガバナンス関係は多くの者により、「進展した」「一部進展した」と認識され進捗度合が高いが、政策間の関連付け(提言4)は引き続き課題であると認識されていた。

(レジリエンス関係:提言5〜8)
グランパリプロジェクトとの連携(提言7)や、組織の統一化(提言8)は、進展がないと認識された割合が高く、細分化された組織の見直しについては、引き続き課題であると考えられる。

(資金関係:提言9-14)
2014年にOECDは資金調達の遅れや、それによるセーヌ川洪水リスク予防政策の実施の遅れを指摘したが、資金調達に関するOECD提言の実現はわずかであることが分かった。

まとめ

セーヌ川の氾濫は「低頻度・高影響」なリスクであり、このために災害の記憶が薄れることにより、対応の重要性についての認識が弱まっていることが課題である。そのなかで、OECDが指摘したように、細分化された政策分野を横断的・一元的に対応し、官民関係者合意の下で連携した体制を確保することの重要性は、我が国としても共通の課題である。リスク教育、リスク文化の浸透、事業継続性の確保、インフラ整備等の地域レジリエンスを高めるという観点からの取組は我が国にとっても多いに参考になる視点であると考えられる。



〈OECD 公共ガバナンス局リスクガバナンス専門官 チャールズ・ボウビョン〉
〈前OECD 公共ガバナンス局持続可能な成長のための地域政策課長 佐谷説子〉

所在地 〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1 電話番号 03-5253-2111(大代表)
内閣府政策統括官(防災担当)

Copyright 2017 Disaster Management, Cabinet Office.