防災の動き

防災・減災分野の国際標準化

ISO/TC292/SG2事務局/株式会社インターリスク総研 上席コンサルタント
飛嶋 順子

1.はじめに

日本は自然災害の多い国です。世界の総陸地面積の約0.25%の国土ですが、およそ1,500あるといわれる世界の活火山のうち129も日本にあります。世界有数の地震国で、2000~2009年の期間だけをとっても、全世界で発生したマグニチュード6.0以上の地震の約20%が日本周辺で発生しました。同規模の地震は続いており、近年では熊本地震(2016年4月)が記憶に新しいところです。

このような国土だからこそ、日本にとっての防災・減災の焦点は自然災害なのですが、世界に目を向けると、そうとは限りません。

本稿では、国際標準化の観点から、世界が考える防災・減災をご紹介いたします。

2.防災・減災分野の国際標準化のはじまり

防災・減災分野の国際標準化は、国際標準化機構(ISO)で行われています。その契機となったのは、米国同時多発テロ(2001年)でした。3,000人近い死者・行方不明者と6,000人を超す負傷者を伴ったこのテロを、米国は「戦争」と位置付け、アフガニスタン侵攻に向かいましたが、その一方で、国土安全保障省(DHS)を発足して国土安全保障を省庁横断的に司るとともに、米国国家規格協会(ANSI)に国土安全保障規格委員会(HSSP)を設置し、国土安全保障の標準化に着手しました。そして、この動きを国際的に推進すべく、ISOに「社会セキュリティ」の国際標準化を提案したのが、防災・減災分野の国際標準化のはじまりです。

3.社会セキュリティ分野の国際標準化

社会セキュリティとは「意図的及び偶発的な、人的行為、自然現象及び技術的不具合によって発生する、インシデント、緊急事態及び災害から社会を守ること、並びにそれらに対応すること」です。このような定義になるまで、国際間で大きな議論がありました。米国提案の契機となった「人為的な意図的攻撃に対するセキュリティ」は、米国のみならず、ロンドン同時爆破テロ(2005年)を経験するまでにもアイルランド独立闘争(IRA)などによるテロ攻撃に対応してきた英国が強い関心を示す分野でしたし、ISOの上層部も、当初、冷戦時代に設置されたものの休眠していた市民防衛に係る専門委員会(TC)を検討の場として提示していました。一方、日本を始めとするアジア諸国の関心は「自然災害から社会を守ること」で、双方で標準化の視点がまったく異なったのです。しかし、検討を続けるなかで、スマトラ沖地震(2004年)やハリケーン・カトリーナ(2005年)による自然災害の脅威が各国に認識されたことにより、人為的な意図的攻撃も自然災害も幅広く含めた「オールハザード(全ての脅威を対象とする)」という共通認識をもって、国際標準化が推進されることになりました。

ISOでは、TCと呼ばれる分野別の専門委員会が実際の国際規格の開発を担います。社会セキュリティについては、2006年に設置された第223専門委員会(TC223)が担当しました。ひとつの国際規格が公表されるまでには、加盟機関の投票による6段階もののコンセンサスを経る必要があるため、数年かかるのが常ですが、TC223では約8年の間に、社会セキュリティを表題に持つ国際規格が10あまり開発されました(表1参照)。このうち、防災・減災分野に適用可能な代表例は、日本工業規格(JIS)に採用されたISO 22320(図2参照)です。

表1:防災・減災分野に適用可能な国際規格の例
※ 対応する日本工業規格(JIS)あり
表1:防災・減災分野に適用可能な国際規格の例

4.社会セキュリティからセキュリティとレジリエンスへ

社会セキュリティの名のもとに国際標準化に取り組んできたTC223は、その後2014年、「セキュリティ及びレジリエンス」を所管する第292専門委員会(TC292;図1参照)に改組されました。背景には、セキュリティに関する複数のTCの統合がありますが、自然災害をはじめとした予期せぬ事態が起きても回復する力「レジリエンス」が大切であるという国際的な潮流もあります。

「セキュリティ及びレジリエンス」の表題のもと、現在、開発・公表されている防災・減災分野の国際規格には、自発的なボランティアの関与をあらかじめ計画し活用するための指針(ISO 22319;図3参照) や、災害時要援護者と活動するすべての組織に適用可能な指針(ISO/DIS 22395;図4参照)などがあります。

社会セキュリティ(TC223)の時代には、単一もしくは複数の企業や行政機関が、事態にどのように対応するか、あるいは対応するためにどのように連携するかという、自助ないし公助がどうあるべきかという視点での国際標準化がメインでした。

一方、セキュリティ及びレジリエンス(TC292)の時代になると、東日本大震災(2011年)などを経て、事態の大きさによっては、不特定多数の人員を組織して事態にあたらざるを得ない現実や、災害における社会的弱者の存在がフォーカスされたことから、自助・公助に加え、コミュニティにおける共助の視点が国際標準化にも反映されているといえるでしょう。

  • 図1:ISO/TC292の概要
    図1:ISO/TC292の概要
  • 図2:ISO 22320の概要
    図2:ISO 22320の概要
  • 図3:ISO 22319の概要
    図3:ISO 22319の概要
  • 図4:ISO/DIS 22395の概要
    図4:ISO/DIS 22395の概要

5.おわりに

様々な背景を持つ多数の国々のコンセンサスに基づいて開発される国際規格には、各国の知見・経験はもとより、それぞれの事情や利害関係が色濃く反映されます。防災・減災分野の国際標準化も同じなのです。

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