防災リーダーと地域の輪 第33回

兵庫県神戸市「アトリエ太陽の子」

防災リーダーと地域の輪 第33回

兵庫県神戸市に、子供向けの絵画教室でありながら、命の尊さや防災教育の大切さを伝えるためのさまざまな活動を行っているユニークな場がある。それが『アトリエ太陽の子』だ。

主宰・代表の中嶋洋子さんがアトリエを開いたのは昭和59年。それまでは高校で美術講師をしていたが、「子供たちが苦手意識を持つ前に、もっと自由に楽しむ絵画を教えたい」と一念発起、この教室を始めたという。時には山へ絵を描きに出かけるなど独自のカリキュラムや丁寧な指導が評判を呼び、順調に生徒が増えていた平成7年、阪神・淡路大震災が発生。大切な教え子やその家族を亡くして悲しみにくれる中嶋さんに、やがて転機が訪れる。

「このまま風化させてはいけない、という思いがあった時に、ちょうど内閣府の『防災ポスターコンクール』の告知を目にして、子供たちが描いた作品の素晴らしさに触れたことで『絵を描くことならできる』と気付かされたのです。」

以来、毎年1月17日が近づくと、幼稚園児から高校生までの子供たちに向けて阪神・淡路大震災の体験を語り継ぐ「震災・命の授業」を実施。当時の映像を目にし、亡くなった教え子とその家族のこと、地震の恐ろしさや避難の仕方などを中嶋さんから聞いた後、子供たちは「もし自分がその場にいたら」と想像しながら、震災をテーマにした絵の制作に取り組む。

「映像を見せることで、言葉以上に地震の恐ろしさを伝えることができます。中には衝撃的な映像を子供に見せることを懸念する親御さんもいますが、たとえ幼いお子さんであっても、地震が来た時にどう行動すれば良いのかを真剣に考えてもらうためには必要なこと。時間をかけて説得すると、皆さん納得していただけますね。」

  • 「震災・命の授業」の様子。真剣に話をすれば子供も高校生も皆静まり返り、真剣に耳を傾けるという。
    「震災・命の授業」の様子。
    真剣に話をすれば子供も高校生も皆静まり返り、真剣に耳を傾けるという。
  • 東日本大震災発生の翌日3月12日から取り組んだ「1,000本の命のサクラプロジェクト」。子供たちが祈りを込めて描いた1,000本の桜はおよそ1カ月で完成した。
    東日本大震災発生の翌日3月12日から取り組んだ「1,000本の命のサクラプロジェクト」。
    子供たちが祈りを込めて描いた1,000本の桜はおよそ1カ月で完成した。

傷ついた子供たちの心を開放

防災教育が着実に子供たちへ浸透していることは、東日本大震災翌日の授業の様子からもうかがえる。

「アトリエに来た子供たちに『昨日、テレビで地震の様子を見たでしょう。今日は普通の授業がしたい?』と聞くと、『東北の子たちが泣いているのに、絵を描くなんておかしい』って。そこから、小さな子までが一緒になって、自分たちに何ができるのか、どうしたら良いのかをみんなで話し合いました。」

自発的な意見や行動を引き出す中嶋さんの話術もあるのだろう。子供たちの口から次々に言葉が溢れ出し、“希望の春”を象徴する、津波にも地震にも負けない、大地を力強くつかむ根っこの太い桜の樹を描くことに決定。1カ月後には兵庫の子供たちが描いた1,000本分の桜の絵を被災地の学校に届け、東北の子供たちの心に希望をもたらした。

この活動をヒントに、みんなで一緒に一枚の大きな桜の絵を描く「命の一本桜プロジェクト」が誕生。横8m×縦3.2mという巨大な模造紙に、一人ひとりが気持ちを込めて押し当てた手形で満開の様子を表現するなど、中嶋さんの巧みな誘導によって子供たちは夢中で描いていく。

熊本支援活動での「命の一本桜」プロジェクト。震災の影響で御船中学校に間借りして学校生活を送る瀬尾小学校の子供たちと、御船中学校全校生徒による約460名での合同授業となった。
熊本支援活動での「命の一本桜」プロジェクト。
震災の影響で御船中学校に間借りして学校生活を送る瀬尾小学校の子供たちと、御船中学校全校生徒による約460名での合同授業となった。

「ここまで大きな絵は、決して一人では描けません。でも、仲間と助け合いながら行うことで、わずか1時間ほどで素晴らしい桜の絵が完成します。」

こうした体験から、協力することの大切さを学ぶだけでなく、思い思いの声を発しながら全身を使って描く行為が、傷ついた心を解きほぐすことにもつながっているようだ。

「言葉には『言霊』が宿ると言いますが、絵にも魂が宿ると思います。子供たちは大人と違い、胸の内をうまく語ることができません。普段は口にできないさまざまな思いを、絵を描くことで吐き出すことができるのです。」

東北3県で延べ60校・約4,000人の子供たちによって何本もの力強い「命の一本桜」が描かれたほか、平成28年熊本地震の際にも実施され、約460人もの子供たちが参加した。さらに、こうした活動の成果は単なる防災教育にとどまらず、未来を担う“次世代の防災リーダー”の育成にも役立っている。「震災・命の授業」によって防災意識に目覚めた卒業生たちが、今度は『アトリエ太陽の子・ボランティア部』を立ち上げ、今では20名近い若者たちが中嶋さんらの活動をサポートしているそうだ。

「命の授業がきっかけで『人の役に立つ仕事をしたい』と、消防士や医師、看護師などになった子も多いです。そういった子たちが、またここへ戻ってボランティアをしてくれるのは嬉しいですよね。」

子供たちの心に植え付けられた防災への意識は、根っこの太い桜の樹のように、これからも力強く育っていくに違いない。

(画像提供:すべて アトリエ太陽の子)


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