間違いだらけの防災対策 第2回

 災害イマジネーション能力の重要性

あなたはイメージできますか?

 ある自治体の防災関係者は、電車での通勤途上で仮に地震に襲われた場合の30秒後の状況として、次のような記載をしました。
 「激しい揺れで電車が止まった。窓から外を見ると多くの家が壊れ、あちらこちらからは煙が見えている。自分は車内のパニックを抑える行動をした……」
 みなさんどう思いますか。「防災の専門家として落ち着いた行動で、いいじゃないですか」という話になるでしょう。でも、本当ですか。
 冷静に考えてみてください。兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)の事例に従えば、震度6強になると電車は脱線し始めます。震度7になると、客室部が台車からはずれて、転倒する場合もあります。
 日常の満員電車で、運転手さんがちょっと急ブレーキをかけただけで、どんなことが車内で起こるでしょうか。押されて転んだり、もう少しで将棋倒しになるほど危険な状況になることを、多くの人は経験していると思います。それが、満員電車が脱線したり、客室が台車からはずれて転倒したりするような状況ではどんな事態になるのか。のんきに「窓から外を見れば…」などといっている場合ではないことは明らかです。しかし、防災関係者も含めて適切にイメージできない。これが現在の私たちの実態なのです。
 次に、このような例はどうでしょうか。津波で人が亡くなる原因で最も多いのは溺死ですが、これは通常の溺死とは違います。波にもまれ、船や瓦礫などにぶつかって脳震盪を起こしたり、気絶したり、手足に大きな損傷を負うという状況のなかで溺死してしまうのです。「私は泳げるから大丈夫、泳げないから大変だ」というレベルの話ではないのです。
 学生のなかには「俺は水泳部だ」とか、「サーファーだから大丈夫」なんていうものがいますが、「脳震盪を起こして、腕がちぎれても、スイスイ泳げるのだったら別だけれども、そういう話ではないんだよ」と、教えてあげなくてはいけないのです。

イメージできる人を増やしていくこと

 人はイメージできない状況に対しての適切な心構えや準備などは絶対にできません。世界各地の地震被害を見てきた私の考える防災力向上の基本は、発災からの時間経過のなかで自分の周辺で起こる災害状況を具体的にイメージできる人をいかに増やすかに尽きます。
 効果的な防災対策は、「災害状況の進展を適切にイメージできる能力」に基づいた「現状に対する理解力」と「各時点において適切なアクションをとるための状況判断力と対応力」があってはじめて実現するのです。
 すなわち、今やるべきことは、従来の「Aやれ、Bやれ、Cやるな」的な防災教育ではなく、自分の頭で災害状況を考え、その対策を講じることのできる災害イマジネーションを向上させることです。自分の周辺で起こる災害状況をイメージできるか否か、この違いは決定的に大きな意味を持ちます。
 地震被害の状況を具体的にイメージする能力の向上には、私が提案している災害イマジネーションツール「目黒メソッド」や「目黒巻」の利用をおすすめします。発災時の季節や天気、曜日や時刻などの条件を踏まえたうえで、発災からの時間経過のなかで自分のまわりで起こる事柄を具体的に考えて抜き出し、問題点を理解するためのツールです(次号で紹介します)。

阪神・淡路大震災で転覆した列車(写真提供:水藤恒彦)
目黒公郎さん

東京大学生産技術研究所都市基盤安全工学国際研究センター長
目黒公郎
めぐろ・きみろう
1991年東大大学院博士修了、2004年より現職。「現場を見る、実践的な研究、最重要課題からタックル」をモットーに、ハードとソフトの両面からの防災戦略研究に従事。

所在地 〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1 電話番号 03-5253-2111(大代表)
内閣府政策統括官(防災担当)

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