2−2 地震から命と暮らしを守る



2−2 地震から命と暮らしを守る

(1)建築物の耐震化を進める
(建築物の安全性に対する国民の不安の増大)
 国民の安全に対する最大の脅威の一つである大地震への対策として,命を救うために最も効果が見込まれるのは,建築物の耐震化である。
 しかしながら,建築物の安全性は万全ではない。住宅については,現行の建築基準が施行された昭和56年以前に建てられたもののうち耐震性に乏しいと推定されるものが全国で約1,150万戸あり,全住宅戸数の約25%を占める。また,日頃多くの人々の命を預かり,また,災害時に応急対策活動の拠点となる学校や病院,防災拠点となる公共施設等についても,半数近くは耐震性に問題があると指摘されている。
 さらに,マンションやホテル等の構造計算書偽装問題が発覚し,人々の暮らしの安全を脅かす事態となった。この問題については,国土交通省を中心に,関係省庁が連携し,偽装が判明した建築物への対応として,売主(建築主)への徹底した責任追及を前提に,危険性が確認された分譲マンションに対する相談,移転,除却,建替えまでの総合的な公的支援策等の緊急的な安全確保対策を講じるとともに,建築物の耐震性に係る国民の不安解消のため,相談体制の確立,耐震診断,耐震改修の促進,建築確認・検査制度の総点検と再発防止策の検討等を進めている。
 全国で地震が立て続けに発生するなか,被災地域のみならず全国的に地震保険への加入が増加しているのも,建築物の安全性に対する国民の不安の増大の現れともいえるが,こうした個人や家庭の自助によるリスクに備える行動が広まることは社会全体の災害被害を軽減する上で不可欠である。こうした地震保険や建物更生共済等への加入といった災害による損失の備えに係る自助努力を支援するため,政府では,平成18年度税制改正において地震保険料控除制度を創設した。
(建築物の耐震化促進のための環境整備の充実)
 建築物の耐震化の促進のためには,所有者等が自らの問題,地域の問題として意識して取り組むことが不可欠であるが,こうした動きを加速させるとともに,建築物の安全性に対する国民の不安を払拭するための具体的な対策の充実が急がれるところであり,政府では,住宅や公共建築物をはじめとする建築物の耐震化を国家的な緊急課題と位置づけ,総合的な対策の強化を進めている。
  昨年3月に中央防災会議が策定した「地震防災戦略」(東海地震,東南海・南海地震)では,想定される地震被害(人的被害及び経済被害)の半減を目指し,住宅の耐震化率を今後10年間で約75%から約90%に引き上げる政策目標を掲げた。
  昨年9月には,中央防災会議において「建築物の耐震化緊急対策方針」を決定し,全国レベルの目標として今後10年間に住宅の耐震化率を90%に向上させることを位置づけ,また,学校や病院等の公共建築物等の耐震化についても具体的な数値目標の設定に努めるとともに,緊急性の高い施設を絞り込み,重点化を図りながら着実に耐震性を確保することとした。
 これに基づき,昨年11月の特別国会で改正され,本年1月に施行された建築物の耐震改修の促進に関する法律では,地方公共団体による耐震改修促進計画の策定に関する規定が盛り込まれたところであり,今後,各地方公共団体において,建築物の耐震化目標や相談窓口の設置,耐震診断,耐震改修に対する助成制度等についてそれぞれの耐震改修促進計画に定めることとなる。また,この改正により,所管行政庁による耐震診断及び耐震改修の指示の対象となる建築物に学校や老人ホーム等を追加するとともに,その指示に従わなかった場合には公表することができる制度を創設した。
 また,耐震診断や耐震改修のための費用※の支援措置として,平成17年度補正予算及び18年度予算において,耐震診断,耐震改修に対する補助事業を大幅に拡充・増額するとともに,平成18年度より,住宅や事業用建築物に係る耐震改修促進税制を創設するなど,建築物の耐震化促進のための環境整備の充実を図っている。
 こうした総合的な耐震改修促進策を最大限活用し,国民運動の重要課題の一つとして,建築物の安全性の向上に向けた実際の行動に結びつける必要がある。


(公共建築物の耐震化)
 このうち,行政側の責務として,災害対策の中枢機能を担う官庁施設の耐震化はもとより,災害時の被災者避難,負傷者治療等の応急活動の拠点となる公共建築物の耐震化に本格的に取り組む必要がある。
 本年3月に改正された地震防災対策特別措置法では,公立小中学校等の非木造屋内運動場(体育館)の補強に対する国の負担割合の嵩上げ措置が創設されたほか,前述のとおり,地域の戦略的な地震防災対策を推進するため,都道府県防災計画に地震により想定される被害軽減のための目標の設定を推進することが定められた。また,本年4月の首都直下地震の地震防災戦略(中央防災会議決定)では,学校や医療施設及び防災拠点となる公共施設等の耐震化に関する数値目標を初めて設定した。これらを踏まえ,地方公共団体においても,地域の実情に応じ,公共建築物の耐震化の数値目標等を明示した地域目標の設定に向けた検討を進め,国,地方が一体となって,計画的,重点的な対応を図る必要がある。
(地域コミュニティでの取組の重要性)
 これと同時に,行政だけでなく,個人や企業,さらには,地域コミュニティ全体の取組も不可欠である。地震による倒壊家屋が,救助活動の妨げとなったり,火災延焼につながることを考えれば,地域に危険な住宅等があることは,周囲の人々の命に関わる問題であり,建築物の耐震化は,一個人の問題として捉えるのではなく,地域コミュニティ全体で取り組むことが重要である。このため,地域みんなの命は地域で守る,地域コミュニティは災害に対する運命共同体であることの認識を深めていかなければならない。
 地方公共団体において,本年3月に改正された地震防災対策特別措置法の趣旨を踏まえ,内閣府が策定・配布した地震防災マップの作成マニュアルを活用するなどして,住宅の所有者等に対して地震に対する地域の安全性をわかりやすく伝える取組が進められ,地域コミュニティにおける耐震化促進に向けた意識啓発等の活動にも活用されることが期待される。
(2)地震から命と暮らしを守る技術を活かす
 防災に関する科学技術の研究開発による地震被害の軽減への貢献が期待される。特に,地震から命を守る技術開発を関係省庁や大学その他の研究機関,民間企業等が連携して進める必要がある。

(E−ディフェンスによる建築物の破壊実験)
 建築物の耐震化推進のためには,より安価で確実な耐震化技術の開発が欠かせない。兵庫県三木市に建設された独立行政法人防災科学技術研究所の実大三次元震動破壊実験施設(E−ディフェンス)では,世界最大規模で,実際に想定される地震の揺れを起こし,実物大の家屋やビルを破壊させ,地震時の建築物の挙動を再現することができる。
 実験に当たっては,現行建築基準が設定された昭和56年以前の建売住宅について,2棟の同様な住宅を同時に加振し,補強有り住宅と補強無し住宅の大地震時の動きに違いが見られるかを公開で検証するなど,耐震性能の評価分析に用いる詳細なデータの取得と併せて一般の人々にとっても補強の意味を視覚的にわかりやすく示すことに留意している。
(緊急地震速報の実用化に向けた取組)
 地震予知が極めて困難な現状にあって,地震発生後に大きな揺れが襲うまでの数秒から数十秒を利用した緊急地震速報の実用化に向けた取組も,多くの命を救う技術として期待される。
 緊急地震速報とは,地震発生後に最も早く到達するP波(縦波:地殻の中では速さ6〜7km/s)と遅れて到達して主要な破壊現象を引き起こすS波(横波:地殻の中では速さ3.5〜4km/s)の時間差を利用して,震源に近い地点でP波を検知し直ちに処理することにより,震源の位置や地震の規模,各地におけるS波の到達時刻や震度の予測を行い,発表する情報である。緊急地震速報の提供から主要動の到達までの時間は,震源からの距離によって大きな差があり,内陸で発生する直下型の地震の直上付近では主要動の到達に緊急地震速報が間に合わないこともある。しかし,海溝付近で発生する大規模地震等では,長いところでも,数十秒程度と短いものの,緊急地震速報の提供から主要動が到達するまでの猶予時間が得られる場合があり,この間に,列車やプラントの緊急停止,エレベーターの制御,また,火の始末や机の下に隠れるなどのリスク回避行動により被害を軽減することが可能である。
 気象庁では,平成16年から,鉄道事業者,建設業者,地方公共団体など全国の関係機関に対して,緊急地震速報の試験的提供を行い,関係機関と連携・協力のもと活用方策の検証を行うなど,実用化に向けた取組を行っている。昨年8月の宮城県沖を震源とする地震では,緊急地震速報の第1報発表から大きな揺れの発生までの時間が,震度5強の揺れを観測した仙台市においては15秒程度であった。さらに,わかりやすい伝達方法や利用に当たっての心得等の検討を進め,早期の本格的な運用の開始を目指している。
(3)命と暮らしを守る機能を確保する
           (官民の事業継続計画(Business Continuity Plan: BCP)は社会的責務)
 地震が発生した際には,自らの身は自ら守る,家族や周囲の高齢者や障害者等の災害時要援護者などを助ける,自助や共助の活動が命や暮らしを守る上での欠かせない大原則であるが,同時に,多くの命を守るための様々な公共的サービスが求められる。

(行政のBCP)
 救急救助活動や医療体制の整備をはじめ,行政による初動時からの迅速な緊急対応活動を確保するための万全の体制が求められる。また,被災者の暮らしの安全を守る様々な支援活動や迅速な復旧・復興への活動などの災害対策を講じるとともに,行政の日常的な業務のうち災害時にも継続すべきサービスについても円滑に提供される必要がある。
 こうした災害時における行政の重要な業務の継続を確保するため,予め,必要人員や業務環境の確保などを目的とした事業継続計画(BCP)を定めておくことが求められる。中央省庁については,一部そうした検討に着手しており,今後,内閣府では,各省庁と連携して,中央省庁版BCPのガイドラインを検討することとしている。また,地方公共団体においても地域の実情に応じてBCPの策定が進められることが期待される。

(企業のBCP)
 企業も,社会の構成員の多くの命を預かる重要な主体であり,顧客や従業員の命を守ることは企業の第一義の社会的責務である。また,企業の事業活動の継続を通じて災害時に役立つ物資やサービスの提供,さらには社会や経済の安定に貢献することは重要である。中央防災会議専門調査会では,昨年8月に企業のBCP策定を支援するための「事業継続ガイドライン」を作成した。
 これを受け,平成18年度から,日本政策投資銀行による「防災対応促進事業」(防災格付)融資制度が創設された。これは,中央防災会議専門調査会での検討成果を踏まえ,独自のスクリーニングシステム(格付システム)により企業の防災に対する取組を評価し,優れた企業を選定し,当該企業の防災対策事業に優遇金利で融資を行うもので,世界初の防災格付融資である。同行の大企業を対象とした調査では,事業継続計画の策定済み企業は全体の約8%にとどまっている。このため,こうした制度の活用を通じ,また,今後,さらに,企業のBCP策定をはじめとする防災活動を促進するための制度の整備等の環境整備を図ることにより,企業の防災への取組が進展し,経済被害が軽減されることが期待される。
(首都中枢機能の継続性確保と帰宅困難者対策)
 首都直下地震により東京に集中する政治,行政,経済の首都中枢機能がストップした場合の影響は甚大となることが想定されることから,昨年9月に策定された首都直下地震対策大綱(中央防災会議決定)では,首都中枢機関に対してBCPの策定を求めたところであり,これにより,建築物の耐震強化,災害時に寸断しない通信連絡基盤の確保,非常用電源の確保,電算センターやオフィスのバックアップ機能の充実,緊急参集要員の徒歩圏内居住の確保等の対策が進められる必要がある。
 また,首都東京などの大都市地域では,大規模地震が発生したときの膨大な帰宅困難者の対応が特有の課題となる。首都直下地震では,約650万人の帰宅困難者が発生し,その無秩序な行動が2次災害につながったり,また,応急対策活動の妨げになる等の混乱が生じるおそれがある。このため,首都直下地震対策大綱では,「むやみに移動を開始しない」という基本原則を定め,その周知徹底を図ることとしている。これを受け,本年4月,新たに中央防災会議に首都直下地震避難対策等専門調査会を設置し,帰宅困難者を企業や学校に一時的に収容する方策などの具体的対策の検討を進めることとしている。

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